[マーケターコラム] Half Empty? Half Full?

AIが何でも教えてくれる時代。あえて体験して実感する理由とは

マーケターコラム、今回はSTORES 株式会社の加藤千穂さん。AIが主流になっていく時代において、体験にはどのような価値があるのかを考察します。

加藤千穂

7:05

STORES株式会社 広報本部 加藤千穂氏

いま、私たちは「考えなくても答えが手に入る」時代に生きています。

AIは本当に便利で、毎日の生活に欠かせない存在です。AIに質問すれば、数秒でもっともらしい答えが返ってきます。

けれど、その答えをそのまま受け取って、先に進んでいいのでしょうか。

誰もが簡単に「正解っぽい答え」へアクセスできる時代だからこそ、自分の体を動かし、自分なりの視点で世界を確かめることに価値があるのではないか。そんな思いから、私は最近、あえて「まず体験してみる」という遠回りを繰り返しています。

PayPayではなく、すかいらーくアプリを使ってみて初めて気づいたこと

先日訪れたガストでの出来事です。

ガストでは、注文から会計まで、テーブルのタブレット一台で完結します。私はいつも、会計時にPayPayを選んでいました。決済が速く、その速さが正解だと思っていたからです。

けれどその日は、あえて「すかいらーくアプリでお支払い」を選んでみました。アプリを立ち上げ、クレジットカードを登録し、バーコードを読み込む。一手間かかるそのプロセスをたどる中で、これまでPayPayで支払っていたときには、すかいらーくポイントが付いていなかったことに気づきました。私はクーポン目的でアプリを入れていたので、ポイントを貯めることに意識が回っていなかったのです。

すかいらーくにとって、PayPay決済は利便性を提供できる一方で、その客が誰で、どんなメニューを好むのかといった詳細な情報まではわかりません。ですが、自社アプリで決済してもらえれば、顧客と直接つながり、来店履歴や嗜好に応じた提案ができるようになります。

もし私がいつもどおりPayPayで支払いを済ませていたら、ポイントを取りこぼしていたことにも、すかいらーく視点のこうした意図にも気づかなかったでしょう。AIに尋ねれば、「自社アプリ決済は顧客ロイヤリティを高める」と教えてくれるはずです。しかし、自分の指を動かして感じた納得感には及びません。

松本で経験した、「調べた正解」の先にある予測不能な体験価値

「体験」の重要性を感じたのは、デジタルだけの話ではありません。1月末、私は家族で長野県松本市を訪れました。

冬の松本に行くのは初めてだったので、事前にネットで積雪状況や天気予報を確認しました。市街地は雪がそれほど深くなく、歩道にほとんど積もっていないことがわかりました。「スノーブーツは必要なさそう」と判断し、家族分買い揃えていたスノーブーツは置いていくことにしました。

ところが、いざ現地に着いてみると、その判断が間違っていたと気づきます。大人の目線では確かに道に雪はなく、スニーカーでも問題なく歩けます。しかし、子どもたちは、歩道の端や日陰に残っている雪を見つけては、スニーカーのまま迷わず雪の中へ入っていきます。無邪気に雪と戯れる娘たちを見ながら「スノーブーツと手袋を持ってくればよかった」と後悔しました。

ネットの情報は、冬の松本の街を歩くうえでの「正解」は教えてくれますが、雪を見つけた瞬間の子どものテンションまでは計算に入れてくれません。実際に足を運んで、失敗して、濡れて冷たくなった子どもの靴を横目に、次は絶対スノーブーツを持ってこようと反省する。こういった経験が自分なりの体験の解像度を上げてくれるのだと痛感しました。

立体シールブームに飛び込んで感じた、嬉しさ、楽しさ、悲しさ

3つ目の体験は、最近流行している「シール帳」です。

私は10年以上、手書きの手帳を愛用していて、デコレーション用のシールを集めるのが趣味でした。すでに2冊のシール帳があり、気に入ったシールを買ってはコレクションして、シール帳を膨らませてきました。

ある日、小学生の娘が「シール帳がほしい!」と言い出しました。シール帳ぐらいだったら好きなものを買えばいいと思ったのですが、娘が求めている「シール」は、私のシールとはまったく別のものでした。

私のコレクションは、手帳に貼ってもかさばらない平面のシールです。しかし、娘が渇望していたのは、ボンボンドロップシールやぷっくりシールといった、立体感のあるシールでした。大事なのは、触れたときの感触や、シール帳を閉じたときの厚み。「もう閉まらなくなりそう!」と笑う娘の顔は、喜びであふれていました。

立体シールでパンパンに膨れ上がったシール帳

これまでコレクションしてきたシールとは違う世界でしたが、私もこの立体シールの世界に飛び込んで、娘と一緒にシールを集めてみることにしました。人気があり過ぎてなかなか買えない悲しさ、たまたま出会えたときの嬉しさ、買ったシールを娘と分け合う楽しさ。シールを通して、こんなにもさまざまに感情が動くことを知りました。

自分だけの言葉や視点を育てる唯一の方法

アプリ決済のマーケティングも、松本の積雪の様子も、シール帳が流行している理由も、AIに尋ねれば数秒でもっともらしい説明が返ってきます。

けれど、体験の中で生まれた感情までは、AIが代わりに感じてくれるわけではありません。

情報があふれ、誰もが「正解っぽい答え」へアクセスできる時代だからこそ、自分の体を通して得た一次情報に価値が生まれます。

誰かの分析をなぞるのではなく、自分の視点で世界を解釈すること。

効率という物差しをいったん脇に置き、あえて飛び込んで体験してみること。

一見すると無駄に思えるその遠回りこそが、AIには決して書けない、自分だけの言葉や視点を育ててくれる唯一の方法なのだと、私は信じています。

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