2026年、生成AIの話題は尽きない。文章生成の精度向上や画像生成の普及により、個人が遊び感覚でAIと付き合うフェーズは終わった。今や実務でどう成果を出すか真剣に考える時期だが、著作権やデータ活用の課題は多く、導入手前で「AI疲れ」を感じる担当者も少なくない。企業のAI導入を阻む壁とは何か。ミツエーリンクスの加藤健志氏が「デジタルマーケターズサミット 2026 Winter」に登壇し、自社の体制刷新事例を交え、組織でAIを使いこなす「6つの重要ポイント」を徹底解説した。
「AIをやろう!」という掛け声に潜む罠
ミツエーリンクスは1990年設立。FAXや音声応答システムの開発から始まり、90年代半ばからインターネット事業を本格化させてきた。現在はWeb構築を軸に、システムの開発やコンサルティングを通じて企業のデジタル化を広く支援している。2025年4月に新設された「X-tech推進本部」で副本部長を務める加藤氏は、現場の各部署と連携しながら、AI活用の着地点を模索している。
企業のAI導入はもはや不可避だが、加藤氏は「『ウチもそろそろAIをやろう!』という掛け声だけで進めるのは危険だ」と警鐘を鳴らす。
大規模言語モデル(LLM)の構築なのか、AIサービスの開発なのか、あるいは実務での利用なのか。すべてを「AIをやる」という言葉で一括りにすると、手段が目的化し、後に大きな認識の食い違いを生んでしまいます(加藤氏)
また、正式導入前から従業員が自身の判断でChatGPTやClaudeなどのAIツールを業務に利用する「個別最適」も一般的になった。しかし加藤氏は、それでは不十分だと指摘する。AI導入にはコストがかかる以上、組織として体系的な導入を促し、相乗効果を狙う必要があるからだ。単なる便利ツールとして終わらせず、浮いた時間をどの業務に振り向けるかといった議論まで詰め切ることが、組織的なAI導入の鍵となる。
「AI疲れ」を招く4つの要因と、将来を阻む「インフラ負債」
ネットワーク機器大手Ciscoのレポート「Cisco AI Readiness Index 2025」によれば、AI導入にいち早く取り組む「ペースセッター」と一般企業の間には、パフォーマンスにおいて大きな差が出始めている。ペースセッターは、AIのユースケースの確定、投資効果の測定、そして利益や生産性の向上といった項目において、他社を圧倒しているという。
ここで注意すべきなのが「AIインフラの負債」という概念だ。プログラミングの世界では、スピード優先で書かれた不出来なシステムを「技術的負債」と呼ぶが、これはAIにも当てはまる。基盤整備を後回しにして拙速に導入を進めると、拡張性を欠いたシステムが将来のイノベーションを阻む大きな足かせとなってしまう。
加藤氏は、組織的な活用を目指す中で起きる「AI疲れ」の正体を、「ゴール地点の見えない、長距離の障害物競争を走っているような感覚」と評し、以下の4つに分類した。
- 終わらない「すり合わせ」:人によってAIへの期待値や解釈が異なることによる、膨大な調整コスト
- 見えにくい「成果」:効率化の実感はあっても把握が難しく、終わらないPoC(概念実証)への疲弊
- 更新され続ける「正解」:日々の新情報に追い回され、キャッチアップが終わらない慢性的な疲労
- ストップ&ゴーの疲労:AI負債により、渋滞のように進んでは止まる繰り返しが生む精神的な負担
AI活用を組織文化にするための「6つの重要領域」
AI疲れを回避し、活用を組織文化として定着させるにはどうすべきか。加藤氏は、アップデートすべき「6つの領域」別に具体的なアプローチを解説した。
①組織設計 ハブとなる「AI CoE」の構築
全社横断でAIを推進するには、専門組織「AI CoE(Center of Excellence)」の設置が重要だ。個別の利用から脱却し、ノウハウの集約、リスク管理、そして実践投入のサポートを担うハブ組織である。
ミツエーリンクスでは、CTOが発起人となり「AIトランスフォーメーション推進・浸透統括グループ」を設置した。経営層の関与は社内調整を円滑にする一方で、加藤氏は「トップダウンとボトムアップの両方が不可欠であり、その間を取り持つのがAI CoEだ」と強調する。担当部門からの一方的な指示ではなく、現場の推進リーダーから実務データを吸い上げる双方向の体制が、同社の大きな特徴となっている。
②業務プロセス AI前提の「BPR」の視点
AIを前提に、業務プロセス全体を再構築する「BPR(Business Process Re-engineering)」の視点も欠かせない。従来のフローにAIを無理やり当てはめると、摩擦が大きくなりかねないからだ。
例としてWeb制作のフローを詳細に可視化し、「デザイン業務を部分的にAIで補完できないか」といった具体的な導入案を検討した。たとえば、エンジニアのチェックやデザインの微調整をAIに任せるという具合だ。
今の技術ですべてを任せられなくても、プロセスの一部を変えればAIで完結できるのではないか、と検討することがBPRの本質です(加藤氏)
③業務システムデータの棚卸しと「5つのV」
AIはデータがあってこそ本領を発揮するが、多くの企業ではデータが社内各所に散逸している。これを解消するため、加藤氏は判断基準として「5つのV」を用いたデータの棚卸しを推奨している。
- Volume(量):十分なサンプル数があり、学習に有利なデータか
- Variety(種類):テキスト、画像、音声など、多様な形式がそろっているか
- Velocity(速度):日報のように、頻繁かつ早期に収集できるものか
- Veracity(正確性):手作業入力の曖昧なものではなく、正確で信用できるか
- Value(価値):売り上げなどの事業重要指標に直結するデータか
④ガバナンス3層構造でリスクを緩和
ガバナンス(ルール)は抽象度が高くなりやすいため、「大・中・小」の3レイヤーで整理するのが実用的だ。
- 大=理念・原則:全社的なスタンスや倫理観を明文化したもの
- 中=ガイドライン:セキュリティ要件や禁止事項など、社内向けの基本ルール
- 小=実践・手順:現場におけるツール単位の利用手順やプロンプトの型
ミツエーリンクスの調査では、従業員の95%がAIを利用している一方で、ルールの不明確さに不安を感じていた。
管理者が把握しない「シャドーIT」のリスクは高いといえるでしょう。既存のひな型を活用してルールを整備しつつ、技術的に特定の操作を拒否する「ガードレール」を用意することで、安全な活用が可能になります(加藤氏)
⑤デザインシステムブランドの一貫性を担保
AIでマーケティングコンテンツを生成する際、ブランドイメージを100%維持するのはまだ難しい。そのため、禁則事項などをまとめた「デザインシステム」をAIに認識させる必要がある。アドビの「Adobe GenStudio」のように、自社のガイドラインやペルソナに合わせて画像を生成できる製品の活用も、一貫性を保つための有効な手段となる。
⑥組織文化好奇心を引き出す「チェンジマネジメント」
日本の職場ではAI利用に対する好奇心は高いが、同時に「仕事を失うのではないか」という不安も抱えている。
好奇心はあるが不安で悲観的というのは、ワクワク感と同時に「本当に安全なのか」という戸惑いの表れかもしれません。ガバナンスを整えて不安を軽減できれば、日本でも活用が波に乗る可能性は十分にあります(加藤氏)
組織を変える際には抵抗感が伴うため、推進側はロジックだけで進める「ロジカルハラスメント」に陥らないよう注意が必要だ。各部門の責任者と対話し、協調的な姿勢で進める「チェンジマネジメント」こそが、成功の鍵となる。
AI導入にゴールはない。見直しを続けられる「組織力」を
加藤氏は、AIの発展スピードを考えれば、企業の導入に明確なゴールはないと語る。
一度やって終わりではなく、見直しを続けられる状態を組織として作ること。それこそが、今求められる本当の組織力ではないでしょうか(加藤氏)
最初からすべてを完璧にやろうとすれば、それこそ「AI疲れ」で倒れてしまう 。まずは、自社が「個人レベル」なのか「部署レベル」なのか、広木大地氏が著書「AIエージェント 人類と協働する機械」で提唱する成熟レベルの5段階と照らし合わせ、現在地を正しく把握することから始めるのがコツだという。
個人レベル、部署レベル、社内ナレッジ活用へと順に育てあげる中で、自社が今どこにいるかを把握すれば、やるべき施策に集中できる。
ミツエーリンクスは、自社の推進経過をブログなどで発信し続けていく予定だ。「小さく始めて、大きく育てる」。組織全体でAIと共生し、ビジネスを加速させるための挑戦は、まだ始まったばかりだ。