転職や異動のたびに「この環境で本当に成果を出せるだろうか」と不安になる——これは多くのマーケターに共通する悩みだ。合同会社DMM.com(以下、DMM)のデジタルマーケティング部 部長である樋口氏も例外ではない。USEN、リクルート、野村ホールディングスと、まったく異なる事業領域を渡り歩いてきたキャリアの裏側には、そのたびにゼロから学び直す苦労があったという。
では、未知の領域に飛び込むたびに訪れる“焦り”や“自信の揺らぎ”を、どう乗り越えてきたのか。短期間でキャッチアップし、成果に結びつけるために何をしてきたのか。その実践の中で培われた、4つのマイルールを聞いた。
未経験領域の効率的な習得法は?
ルール1操縦できる「レバー」を増やし続ける
樋口氏は、USEN、リクルート、野村ホールディングス、そして現在のDMMと、複数の企業でマーケターとしてキャリアを築いてきた。そこで一貫して意識してきたのが「操縦できるレバー(=手数)を増やす」ことだ。
マーケターとして専門領域を突き詰めるという選択肢もありますが、私は事業成長のために操縦できるレバー、つまり手数を増やすことを重視してきました。事業や業界によって、どんなマーケティング施策が効くのかは千差万別です。
デジタル広告での獲得が主流になる事業もあれば、ユーザーの検討期間が長い商材ならSEOでコンテンツを蓄積し、中長期的な接点を作る方が効果的なこともある。だから、自分が実施することのできる手数は多いほうがいいと考えています。そのために、幅広いマーケティング領域を実践することを意識してきました(樋口氏)
たとえば、樋口氏のUSENでの当初の役割は、グルメサイト「ヒトサラ」に掲載する飲食店向けにGoogle広告などのオプション商品を販売・運用することだった。しかし、一人で500以上のアカウントを運用する必要があり、手動で管理・運用することが困難になり、運用の機械化・自動化にも取り組んだ。
その後、ヒトサラ自体のデジタル広告周りを担当し、次に「ヒトサラ自体が検索された時に上位に表示されなければ意味がない」と考え、SEOに着手。さらに、会員とのコミュニケーションを最適化するためCRMを学び、予算が余った際はテレビCMなどのブランディング領域にも手を広げた。
もし、マーケターがCMO(最高マーケティング責任者)のポジションを目指すなら、本質的な課題に対してさまざまな機能(How)の中から的確なオーダーを出す必要があります。そのためには、マーケティング領域を一つずつ習得していくほかありません。マーケティングを横断的に理解して、どのレバーを引くのが効果的かを見極める能力が求められます(樋口氏)
未経験領域の習得では「質より量」を徹底したという。毎日のようにセミナーに参加していた時期もあったという。そのうえで、セミナーとの向き合い方にも明確な工夫があった。
一つのセミナーだけだと、講師や運営側のバイアスがかかっていたり、営業的なポジショントークが含まれています。しかし、多くのセミナーを受けると共通項が見えてきて、抽象化すると要点が5つくらいにまとまることが多いです。
また、マーケとは少し異なるセミナーについても参加するようにしており、たとえば、営業の型化のセミナーにもあえて参加し、マーケとのつながりを探し、共通している考え方や新しいアイデアを意識的に発見することもしていました(樋口氏)
6カ月で成果を出す秘訣
ルール2事業・機能・人の解像度を高める
樋口氏は、さまざまな事業領域の事業会社でマーケターとして成果を上げてきた。その秘訣は「事業・機能・人の解像度を高めること」だという。
リクルートでは「事業の理解と専門性(機能)の掛け算で成果が出せる」と言われています。特に私は事業領域の解像度を高める経験を積むことができました。人材・旅行・美容・SaaSという異なる領域を半年ずつ担当したのです。まず1カ月で事業への解像度を一気に高め、残りの5カ月で成果を出すことを心掛けました(樋口氏)
リクルートは樋口氏が入社した当時、1つの専門領域を突き詰める傾向があったというが、さまざまな事業を経験したかった樋口氏は自ら希望して、さまざまな領域を担当したのだ。もちろん領域が変われば、ユーザーや市場の競争環境はまったく異なる。短期間でどのように事業の解像度を高めたのだろうか。
事業に携わるさまざまな役割の現場の人から学ぶことを心掛けていました。リクルートには「よもやま文化」という、アジェンダなしで公私含めたさまざまなトピックを話す文化があります。新しく一緒に仕事する人と1on1を設定し、今感じている課題やマーケティング機能への要望などの情報をかき集めました(樋口氏)
機能の解像度を高めるために、多くの学びをインプットし、すぐにアウトプットして実践で学んでいったという。では、「人の解像度」はどのように高めていくのだろうか。
仕事は人と人が動かしていくものです。共に働く仲間のバックグラウンドや、彼らが何を大事にしているのかを深く理解できれば、自然と伝え方が洗練され、相手の反応も変化します。相手のベクトルを正確に把握し、歩調を合わせることで、自分のやりたいことにも取り組むことができます(樋口氏)
一緒に働く人の解像度が高まれば、部門を横断したスムーズな連携が可能になる。これは自部門だけでなく、エンジニアなど連携している他部門の人にも当てはまる。たとえば、さまざまな案件を同時並行で担当しているエンジニアの仕事の進捗が思わしくないときも、関係性ができていれば「別案件の対応が入ってしまったので、少し納期を延ばしたい」といった相談を事前にしてくれるようになったという。
どこへ行っても課題を解決できる人材へ
ルール3「How」より「Why」を重視し、解くべき課題を正しく定義
マーケの現場では「どの媒体を使うか」「どのツールを導入するか」といったHowの議論が先行しがちだ。しかし樋口氏が重視するのは「そもそも何が課題なのか」を正しく定義することだ。
一つのマーケティング手法だけで課題を解決しようとすることはよくありますが、事業全体で見ると他の手法も取り入れたほうが成果が上がることは多いです。「そもそも解くべき課題は何か」を正しく定義し、横断的な視点でマーケティング手法を選択できれば、どんな会社でも課題を解決できると考えています(樋口氏)
こうした思考のベースとなっているのは、リクルート時代に叩き込まれた、Whyを5回繰り返して本質的な課題を掘り下げる習慣だ。課題解決を重視する樋口氏の考えは、やがてDMMの入社につながる。「もっと課題解決に向き合いたい」という思いが強くなっていったのだ。
DMMの面接で本部長から言われた「うちには課題がたくさんあります」という一言が響きました。さまざまな事業領域をもつDMMでなら、自分の専門性も生かせると思い、入社を決めました(樋口氏)
DMMには60以上の事業がある。課題を解決することが何より好きな樋口氏にとって、多様な事業の集合体であるDMMはぴったりのフィールドだったのだ。
ルール4個人の成長と会社のミッションを接続させる
現在はDMMのデジタルマーケティング部の部長を務める樋口氏。マネジメントにおいて最も重視しているのは、個人の成長と会社の成長をできるだけ合わせることだ。
自分が「こうなりたい」というエネルギーと、会社の業務をうまく合わせられると成果が出て、個人の成長にもつながります。仕事ではどうしてもハードワークが必要な場面もあります。そんな時にやらされ仕事では頑張れませんが、目指すキャリアや成長につながっている仕事だと確信できれば、驚くほどの力を発揮できるものです(樋口氏)
この考えは、樋口氏が自身のキャリアを通じて得た確信に基づいている。会社から求められる成果に対して、「操縦できるレバーをたくさん持つマーケターになりたい」という自身のやりたいことを重ねてきた。学んでいる領域の施策を実践で試すことで、マーケターとしても成長してきた。そして、マネジメントにおいては、メンバーに小さな成功体験を積ませることも意識している。
成功体験でしか人は成長しないと考えています。だから、小さくてもいいので成功体験を積んでもらうことが成長につながります。しかし、自分がどう成長したいのかを理解できている人は意外と少ないです。
ストレングスファインダーやキャリアアンカーといったツールを活用して対話を重ねることで、本人の資質やモチベーションの源泉の理解を心掛けています。その上で、「あなたの強みはここだから、プロジェクトでこの部分を担うのはどうか」と、会社のミッションと個人の強みを接続させるようにしています(樋口氏)
最後に、樋口氏は今後の展望を語った。
マーケティング領域だけに閉じず、事業を伸ばせる人になりたいと考えています。前職では人事や事業企画といった経営に近い経験もしました。DMMでも経営的な視点を強みとしながら、どんな環境でも課題を解決して事業をしっかりと成長させられる存在を目指していきたいです。また「一緒に事業を成長させていきたい」と感じてくださった方は、DMMの採用情報ページをご覧ください(樋口氏)