「マーケティングが浸透していない業界で、どう成果を出すか」物流施設を開発・運営する日本GLPのマーケ担当が語る挑戦
まだまだマーケティングの部署がない企業や、マーケティングの施策が浸透していない業界は多い。そんな企業や業界にマーケターとして飛び込み、成果を上げることは、なかなか困難である。
日本GLP株式会社でBtoBマーケティングを担当している黒木 俊氏もその一人だ。日本GLP株式会社は、物流施設に特化した不動産デベロッパーとして急成長を遂げてきた。開発・運営している物件は約180棟、総面積は約1,100万㎡に及び、東京ドーム約240個分の広さの物流施設を運営している。黒木氏が同社に転職した際は、マーケターというポジションがなかったという。
物流不動産という、マーケティングがあまり浸透していない業界に飛び込んだ黒木氏。どのような壁があり、どうやって成果を上げていったのか。
BtoBマーケターとして10年以上、3回の転職を繰り返した黒木氏に、キャリアや仕事に関する4つのマイルールについて聞いた。
リーマンショック後「ただ作るだけでは売れない」と実感
ルール1「わかりやすさ」を心掛けて、周囲を巻き込む
黒木氏が新卒で選んだのは、研究者などが読む専門誌や書籍を出版するベンチャー企業だった。
その当時は就職氷河期の終わりたての頃で営業職の募集が多く、営業にはあまり興味がもてませんでした。年上の知人に一緒に起業しないかと誘われて、オフィスもない状態から2人で立ち上げました。人と違う道を選んでみたかったんです(黒木氏)
書籍を企画する上でニーズがどのくらいあるのか知るため、企業向けセミナーを企画したり、企業研修を行ったりするなど、職種という概念もないくらいに幅広い仕事を経験した。転機になったのは、20代のときに訪れたリーマンショックだった。
リーマンショックで、参加企業の出張費や研修費が削られてしまい、セミナーができなくなってしまったんです。出版業界全体の影響も大きく、ただよい商品を作るだけでは売れない時代になってしまったことを、身をもって体感しました。そのタイミングで、今後ビジネスにおいてはマーケティングの知識が必要になると考えはじめたんです(黒木氏)
その後、黒木氏はシンフォニーマーケティングに転職し、クライアントのBtoBマーケティングを支援するようになる。当時はまだBtoBマーケティングは一般的ではなく、苦労することも多かった。
クライアントは製造業が多かったのですが、マーケティング部門がない企業がほとんどでした。マーケティング会社は横文字ばかり使う変なやつだと思われたり、施策への理解がなかなか得られないことも。『メルマガのトラッキング、それって犯罪じゃないの?』と言われたことは何度もありました(黒木氏)
黒木氏はマーケティングに詳しくないクライアントが納得できるよう、わかりやすい説明を心がけたり、現場の人を巻き込んで事例コンテンツを作ったりするなど、理解されやすい施策を行うようにした。「マーケティングはおもしろいらしい」「営業に潜在顧客のニーズをつなげるらしい」と思ってもらえるよう足元固めを行ったのだ。
転職する気はなかったのに…1週間で転職を決意
ルール2失敗してもなんとかなる、だからチャレンジする
黒木氏が2社目に転職して7年ほど経った頃、次のキャリアを考えるようになる。
マーケティング支援の立場では、どんなに頑張っても外の人でしかないと思ったんです。今考えればもっと踏み込むこともできたし、若気の至りの部分もありますが。提案した施策に対して、クライアントから『社内の稟議を通せない』と言われたら、通すための提案をしてしまっていた。自分が事業会社のマーケターを経験しないと、一歩踏み込むことはできないと思いました(黒木氏)
黒木氏が転職活動をはじめたときに出合ったのが3社目の企業になるインテージだ。当時は非常に多くの引き合いがある状態でマーケティング部門は存在しなかったが、黒木氏は面接の場でマーケティング部門の新設を提言したのだという。
業績がよいうちにマーケティング部署を作る必要があると考えました。業績が悪くなってからマーケティング組織を作るのでは遅いし、余力もなくなると考えたからです(黒木氏)
入社後すぐにマーケティング組織を作ることは叶わなかったが、2年目からマーケティング部署の準備をはじめ、3年目で部署を立ち上げることができた。ほどなくして企業からの引き合いが落ち着き、適切なタイミングでマーケティング組織のスタートを切ることができたのだ。さらに数年が経ち業務が落ち着いてきた頃、黒木氏は副業をはじめようと考える。
マーケティング組織が安定してきたので「何か次のことをしたい」と思うようになりました。不安定で混沌とした状況からカタチにしていく過程が好きなんです(黒木氏)
そんな時に、知人から「日本GLPというおもしろい会社があるんだけどどう?」という誘いを受ける。まったく転職するつもりはなく話だけ聞いたところ、黒木氏は日本GLPに強い関心をもった。
まず、ビジネススキームがおもしろい。自社でファンドを立ち上げ、投資家から資金を集めて物流不動産を建設し、賃貸収入を得て収益を投資家に分配するというモデルです。日本だけでなく、世界中の個人や機関投資家から注目されていて、企業としてすごいスピードで成長している。全盛期を迎えようとしている企業の空気を感じ、身を置いてみたいと思いました(黒木氏)
当時、日本GLPにはマーケティングのポジションはなかった。物流施設の開発リリースと、高い営業力でテナントが埋まるような状況だったからだ。そのため、まずは同社が提供している物流企業向けの新規ビジネスであるSaaSのマーケティングポジションで入社することになった。
黒木氏が転職を決めるまでにかけた時間はわずか1週間。即断即決するタイプなのだろうか。
やらない選択をすることは簡単ですが、やらない理由を探すのがいやなんです。だから、ちょっと腹黒いですが、失敗してもなんとかなるよう、これまで勤めていた会社は円満に退職しています(笑)。背水の陣を敷いての挑戦はリスクが高いですが、失敗したときになんとかなると考えておけば挑戦はいつでもできます(黒木氏)
「デジタルで広く狙う」が通じない業界
ルール3BtoBマーケはデジタルから考えない。まずはアナログから
黒木氏は現在、自社の物流施設にテナントとして入る企業向けのBtoBマーケティングを行っている。どのようなマーケティング活動を行っているのだろうか。
物流業界はデジタル化が特に遅れている業界です。そもそも、デジタルを検討する前に、業界のキーマンにつながる接点(人脈)がないかを考えるべきです。
一番キーマンに接触できる機会が、実は年に数回しかない物流関連のリアルイベントなんです。非常にアナログな話ですが、イベントの出展は立地が命です。何度か出展しブースの設営やどんなパートナーと組むかなど試しましたが、入口近くで立地がよく出展料が高いブースに出せるかが勝負です。マーケターがいかに出展予算を社内で獲得できるかが成果を決めます(黒木氏)
イベント出展のほかに、自社の物流施設に入居するテナント同士をマッチングする自社イベントも開催。単なる不動産業という枠組みを一歩超えた施策を実施し、日本GLPが運営する施設に入居することの価値を高めている。実際にテナント同士で新しいビジネス(共創)が生まれてきているという。また、最近では自社ウェビナーを活発に行っているという。
物流施設は高速道路のインター近くにあるので、鉄道などでは非常に行きにくく、現地で内覧会をしてもなかなか来てもらえません。そのため、施設を体感できるようなオンラインのウェビナーを行っています。物流業界の方たちは朝が早いので、朝7時から開催したこともあります(黒木氏)
日本GLPの場合は1件の受注額が数十億円にのぼるケースもある。物流施設は床面積が広く、数ヵ年の契約になるためだ。だからこそ、デジタルで広くマーケティングをするのではなく、1件の契約をしっかりと獲得することが重要になる。2023年にはウェビナー参加のみで受注したケースがあったため、24年はウェビナーを年間100本実施し、さらに強化していくという。
ルール4セールスやプロダクト担当とつかず離れずの距離を保つ
さまざまな会社で働いてきた黒木氏に、マーケターとして大事にしてきたことを聞いた。
セールスやプロダクトに寄りすぎず、俯瞰の視点をもつことです。ただ、俯瞰しすぎて距離が遠いと、同じチームメンバーにはなれません。誰とも深く交わりすぎず、でもみんなを味方にできるような位置づけを目指しています(黒木氏)
マーケターがセールスと同じマインドセットになると、売りたいものをどうよく見せるかというプロダクトアウトの視点にどうしてもなってしまう。ある程度、俯瞰の視点をもつことで「この文言に、ユーザーは本当にグッとくるのか?」「この言葉は社内用語じゃないか?」といった疑問がもてるのだという。
つかず離れずの距離感は今でも難しいと思っていて、マーケターの永遠の課題なのかもしれません。若手のマーケターが『営業がフィードバックをくれない』と言っているのをよく聞くことがあります。
マーケは100件のリードからの受注が1件から2件に増えたら正解(1/100→50/1)だと思いたい。でも、営業は受注できるリードの98件が外れと思ってしまうから、結果に満足しません。こうしたギャップはどうしても起こるものだと認識できれば、マーケターは不要な孤独を感じなくなると思っています。GLPの営業は非常にレベルが高いので、そういう意味では私は環境に恵まれています(黒木氏)
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