Web制作の「ちゃぶ台返し」を防ぐ! プロが教える「プロジェクトのあるある問題」の回避術
デジタルクリエイティブ業界の団体である一般社団法人I.C.E.が、現場の知見をまとめた「制作ガイドライン」や「作業範囲記述書(SOW)」を紹介。プロジェクト推進時によくある問題と、その回避策を解説した。
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Web制作のプロジェクトでは「仕様の認識齟齬」、「公開直前のちゃぶ台返し」といったトラブルが起きがちだ。デジタルクリエイティブ業界の団体である一般社団法人I.C.E.が「Web担当者Forumミーティング 2026 春」に登壇し、現場から得た知見をまとめた「制作ガイドライン」や「作業範囲記述書(SOW)」といったツールを紹介。プロジェクト推進時によくある問題と、その回避策を解説した。
(中央)同団体 制作委員会 担当理事(伊藤忠インタラクティブ株式会社 パズル事業部 執行役員)岡田 行正 氏
(右)同団体 人材育成委員会 担当理事(株式会社ワンパク 代表) 阿部 淳也 氏
プロジェクトで起こりがちな4つのあるある問題
登壇した3氏は、それぞれ数多くのプロジェクトに関わる中で、現場で起こりがちな問題に直面してきた。そのたびに、経験から得た知見や工夫によって課題を乗り越えてきたという。今回は、そうした経験を踏まえ、Web制作やデジタルクリエイティブのプロジェクトで起こりがちな4つの問題と、その理由や背景について議論が交わされた。
問題1)現状把握ができていない
「主管部門が他部門からのヒアリングを十分に行えない」「過去の担当者が退職や異動で不在でナレッジが共有されていない」といった事態はプロジェクトで頻繁に発生する。その結果、プロジェクトを開始したものの、現状を十分に把握できず、情報が不足したまま進行するケースがある。また、最初に決めておくべき事項が曖昧なまま進むことも少なくない。企業の担当者によっては、どこまで何を把握しておくべきかがわかっていないというケースもあり、パートナー側がフォローするにも時間とコストがかかる。
問題2)プロジェクトの目的とゴールが明確でない
企業の戦略上、そのプロジェクトの位置づけや、どういった課題を解消したいのか不明確なまま、Webサイト制作やリニューアルプロジェクトが進む場合も多い。また、手段と目的がすり替わってしまうケースも頻発している。たとえば、MAツールやCMSの導入が先に決まっていたり、SEO施策やAIOといった手段が目的になっていたりするケースだ。
岡田氏は、「Webサイトが古くなったからリニューアルが必要、とふんわりとした理由でプロジェクトが始まり、担当者は“やらなければ”という形で相談されるケースもある。その場合、目的探しから始めることも多く、パートナーとして付き合わざるを得ない」と語る。阿部氏も「外部視点での課題、たとえばユーザビリティの悪さなどは比較的目に見えやすい。一方で、プロジェクトにおいては、業務効率など内部的な目的も存在する。外部視点と内部視点を総合的に整理していく必要がある」と指摘した。
問題3)スケジュールの勘所がおかしい
たとえば、現状把握や目的・ゴール設定が曖昧なままプロジェクトが進行していた場合、その整理を改めて行おうとすると当然期間が追加で必要になる。だが、計画フェーズの成果が十分でない場合も、ローンチ日は決まっているという具合だ。スケジュールの勘所がおかしいケースに遭遇した場合、どのようにしているのか。
松田氏は、「スケジュールが極めて短く固定されたまま変わらないパターンと、クライアント側のスケジュール管理が緩く、ずっと取引が続くパターンの両方が存在する」と語る。いずれも、制作会社としては工数管理の面で大きな問題となる。プロモーション系の案件が多い岡田氏は「発売日やサービス開始日は決まっているため、それに向けて進めるしかないが、もっと早めに相談してほしいと感じることも多い」と話す。
つまり、原因はプロジェクトでやるべきことと、スケジュールのバランスが崩れていることだ。対処法としては、「やることを絞る」か「費用を増やして人員を投入する」の2つがある。岡田氏の場合、やりたい企画が先にあり、マス広告と連動するケースでは、コアとなる企画を損なわないことが重要だと言う。そのためにベストな方法を探り、内容を削ったり、どうしても譲れない場合はなんとか実現する方法を探ったりするという。阿部氏は「プロジェクトは“計画するもの”であり、スムーズな進行と計画通りの実行がアウトプットのクオリティに直結する」と強調した。
問題4)作業範囲と担当、体制があいまい
誰が何をするのか、どこまでやるのかが不明確なケースだ。また、合意形成における責任者や決裁者が不明確で、「誰に聞けばよいか」「誰が決めるのか」が曖昧なまま進行する。何も決まらないまま時間だけが過ぎるという状況だ。
解決策1:「制作ガイドライン」で、プロジェクトの流れ・タスクを理解する
こうした“あるある”問題は、事業会社側も制作・開発会社側のどちらも経験があるのではないだろうか。これらを解決するために大事なことは、確認のタイミングと確認を取るべきポイントだと阿部氏は言う。つまり、「プロジェクトの流れを知る」と「プロジェクト内での決め事を知る」の2つの視点が重要だ。
ただ、突然プロジェクトマネージャーを任せられても、「どういったスケジュール感で進行すればよいか」「いつ何を決めれば、どんな成果物ができるのか」がわからないという方が多いだろう。そこで、プロジェクトをスムーズに進行するため、プロジェクトの流れや、ルールのフォーマット化に取り組んだという。
広告制作プロセスマネジメントハンドブック
まず、「プロジェクトの流れを知る」ための制作ガイドラインとして、「広告制作プロセスマネジメントハンドブック【2025年度版】」が紹介された。このハンドブックは日本アドバタイザーズ協会(JAA)、日本広告業協会(JAAA)、日本アド・コンテンツ制作協会(JAC)、日本広告制作協会(OAC)、そしてI.C.E.の5団体によって作成された。発注者から制作者、取引代理店まで立場の異なる各団体が合意形成しながら、制作プロセスを取りまとめたものだ。
ハンドブックは制作物によって「CM・動画編」「グラフィック編」「Web編」の3編がある。Web編では、Web制作プロセスの全体像と、それぞれのフェーズ、すなわち企画~設計、制作~運用の段階において、発注者と制作者の詳細タスクとアウトプットが記載されている。
さらに、各フローを進めていくにあたり、発注者と制作者がどのような点に注意し、進めていけばよいかが具体的に解説されている。
I.C.E.が提供する制作ガイドライン
岡田氏は「各プロセスで『いつ、どこで、誰が、何を、どうするか』を決め、進行管理していくのが重要である」と語る。そこでぜひ活用してほしいのが、I.C.E.の「サポートキット」ページに掲載されている「制作ガイドライン」だ。Web制作、映像制作など5つの分野ごとにガイドラインがある。
5つの分野の1つ、大規模サイトのWeb制作フローもExcelでダウンロードできる。「広告制作プロセスマネジメントハンドブック」よりも詳細に各タスクやリスク、留意点などが記載されている。制作フローを把握し、順番に沿って進行することで、“あるある”の問題を回避しよう。
解決策2:「SOW」(作業範囲記述書)で、プロジェクト内での決め事を書面にし、共有する
もう一つ、「プロジェクト内での決め事を知る」ためにI.C.E.が用意しているのが、「SOW(Statement Of Work・作業範囲記述書)」だ。制作ガイドラインは、Web制作のプロセスをまとめたものであり、社内メンバー、特にまだプロジェクト経験が少ない若手にとって有効だ。しかし、実際のWeb制作の現場ではクライアントとのやりとりにおいて、口頭でクライアントに「お願いします」と伝えたことが、後々トラブルにつながることがある。
松田氏は、「クライアント側のタスクも多く、口頭のコミュニケーションだと後々トラブルになることがある。『ここはやってくれると思っていた』という認識齟齬を避けるため、プロジェクトの決め事、つまり作業範囲を書面として記載することが重要」と語る。納期や作業範囲を口頭やメールなどで連絡するのではなく、SOWという書式で作成し、作業範囲と担当者を明確にすることで、トラブルを防ぐというわけだ。
I.C.E.は「大規模サイト・ECサイト」と「プロモーション領域」の2領域のSOWを公開している。「大規模サイト・ECサイト」におけるSOWは9つの項目が定義されているが、プロジェクト開始時にすべてを決める必要はなく、各フェーズで段階的に作成していけばよい。
契約書では見えてこない、細かな決め事をSOWで明確に
松田氏は各項目で記載すべき内容について解説した。「3.作業範囲と担当、プロジェクト体制」においては、プロジェクトに関わる各社のメンバーと役割を明記し、コアメンバーと、スポットでのサブメンバー、決裁者は誰なのかを定義しておくとよい。たとえば、総務部がホームページ企画を担当しているが、採用ページは人事部が担当しているケースはよくある。クライアント企業内で複数の部門が関わる場合、プロジェクト体制にも明記しておこう。
「5.プロジェクト推進にあたっての前提・制約条件・準備事項」では、プロジェクトのルール(会議体と参加者)や、利用するツール、承認フローなどを決める。たとえば、定例会議を週3回やっていて多すぎるという場合、月に1回にして、初期段階だけ週に1回とするなど。また、使用するツールやコミュニケーション方法についても、セキュリティ面での制約がないかも明確にしておく。
「6.開発・制作に関わる要件」「7.テストと検収基準」「8.成果・納品物」の項目はすでに契約書でコミュニケーションをしているケースが多いと思うが、その前段階のところも明確に文書にして認識を合わせておくのが大切だという。松田氏は、「契約書では見えてこない、プロジェクトを進めていくうえでの決め事をSOWで明確に書面にしておくことが重要」と改めて強調した。
ガイドラインの継続的なアップデートと、業界全体への浸透が重要
デジタルクリエイティブ業界の技術トレンドは常に変化していくため、アップデートも必要だ。近年は、Web制作においてもAI活用が進んでいる。I.C.E.の制作委員会でも、AI活用のあり方や、その使用に伴うリスクヘッジについて資料に反映すべく、検討を進めているという。
阿部氏は「これらのツール類を有効に活用してもらうには、制作会社だけでなく事業会社側のプロジェクト主導者も含め、まずはツールを知ってもらうことが重要」と語る。プロジェクトにおいて発注者と制作者の双方が理解し合い、納得して成果をあげるためには、標準化されたプロセスルールと、変化に迅速に対応したガイドラインの継続的なアップデートが必要だ。
デジタルクリエイティブ業界全体の発展を目指すI.C.E.の活動
一般社団法人I.C.E.(Interactive Communication Experts・アイス)は、「デジタルクリエイティブ業界の今を見すえ、魅力的な未来をつくる」をビジョンに掲げ、2012年10月に発足した業界団体である。Web制作会社やデジタルクリエイティブ企業などが参加し、26年5月時点で正会員27社、賛助会員3社で構成されている。
各社は日々のビジネスでは競合関係にありながらも、デジタルクリエイティブ業界全体の発展という共通の目的のもとで連携し、知見の共有や課題解決に取り組んでいる。I.C.E.では活動ミッションとして以下の図の5つの柱を掲げている。今回はその中から、プロジェクト推進におけるさまざまな落とし穴を回避するうえで有効な「ルール整備・確立」を担う制作委員会の取り組みが紹介された。
