「失敗は戦略のせい、成功は現場のおかげ」その壁を越えたLINEヤフーのデータ事業戦略担当の仕事術
ゼロイチの事業をどう動かすのか。「戦略と実行の溝」とどう向き合うか、見えない不安をどう乗り越えるか。LINEヤフー・野口氏に、新規事業を前に進める「4つのマイルール」を聞いた。
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前例のない事業の立ち上げは、常にプレッシャーとの戦いだ。
描いた戦略が現場に受け入れられない。KPI未達への不安で、夜も眠れない──。ゼロイチの最前線では、多くの人がこうした壁に直面する。
LIFULLでCDO(最高データ責任者)を務め、LINEヤフーで企業向けAIエージェント「Agent i Biz」の戦略立案を牽引する野口氏も、かつてはその壁に思い悩む一人だった。
しかし、数々の新規事業を動かしてきた野口氏は、「戦略を立てる人間と現場の実行部の溝は、無理に埋めなくていい」と語る。重圧を推進力に変え、事業を確実に前へ進める。そのために実践してきた「4つのマイルール」を聞いた。
「絵に描いた餅」で終わらせない戦略のつくり方
ルール1「戦略」と「実行」の溝は埋めなくていい
野口氏は新卒でLIFULLに入社し、企画営業、事業企画、マーケティング戦略などを経験した後、新規事業としてデータビジネス事業の立ち上げを担当する。
当時、課題を感じていたのは、戦略を担う立場と実行する組織との間に生まれる溝だった。
本来は事業責任者自身が戦略を立て、実行まで責任を持つのが理想ですが、組織の形の中で、私が戦略立案を担当し、実行は別の組織が担当するというケースがありました。当時は若手だったこともあり、考えた戦略をなかなか受け入れてもらえないこともありました。うまくいかないと「戦略が悪い」と言われ、逆に成果が出ると「実行した自分たちがやり遂げた」と受け止められる。そのギャップに悩んでいました(野口氏)
悩んだ末に社長へ相談すると、返ってきたのは意外な言葉だった。
「戦略と実行は見ている景色が違うので、溝があって当たり前だ」
「実行家は今を見ているし、戦略家は3年後を見ている。溝はあって当たり前だし、そうでないといけない。見えている世界が違うことで議論になるのは自然なことだ」と言われました。その言葉を聞いて、溝を無理に埋めようとしなくてもいいんだと気持ちが軽くなりました(野口氏)
この考え方をきっかけに、野口氏は「戦略と実行には摩擦があるのが自然である」という前提で向き合うようになった。そして、それ以降は現場で機能する「絵に描いた餅にならない戦略」を描くことを何より意識するようになったという。
ゼロイチの種は、外部の人との対話から生まれる
ルール2意識的に人と会い、アイデアを具体化する
野口氏が新規事業の戦略を立てる上で与えられたお題は、「データを使って、何か新しい事業を立ち上げてほしい」という幅の広いテーマだ。ゼロイチで事業を立ち上げるときは、どのように戦略を考えていくのだろうか。
当時はアドテクが注目されていたので、デジタルマーケティングの支援事業を考えました。まずはフットワーク軽く立ち上げてみて、うまくいくこと、いかないことを分析すると要因が見えてきます。さらに、お客様に課題を聞きに行くことで、新しいニーズが見つかることもありました(野口氏)
野口氏が当時、大きな影響を受けたのが、一緒に事業を立ち上げた役員だった。予算の使い方や人の動かし方、他社との連携の進め方まで、その背中から多くを学んだという。
なかでも印象に残っているのが、「人と会うこと」の重要性だ。
役員は営業出身で、とにかくお客様に会いに行き、知らない人とも積極的につながっていました。その出会いがきっかけで企業間の提携が生まれ、「LIFULLとこんなことはできないか」と外から声がかかることもあったんです(野口氏)
その一例が、銀行の住宅ローン審査におけるデータ活用だった。
当時、LIFULLでは不動産ポータルサイトとして膨大な物件データを保有していた。そこへ、ある銀行から住宅ローン審査への活用を提案された。銀行が住宅ローンを審査する際の「担保評価」をより精緻に行うために物件データが活用できるのではないかという仮説である。試しに実証実験を行ってみたところ一定の成果を得ることができ、その後は複数の銀行から強い引き合いを得るに至ったという。
本来、住宅購入検討者のためのコンテンツデータを他業界に展開するユニークな取り組みであり、一定の成果もありました。アイデアが出たら、「おもしろいですね」で終わらせず、まずはコストを決めて一度試してみることが大事です。社内でただ悶々と考えているのではなく、外部の人と話すことで、新たな発想が生まれていくと、身をもって体験しました(野口氏)
この経験以来、野口氏は新しい事業に取り組むたび、知人や社内、グループ会社、投資先などから関係しそうな人を探し、まず会う機会をつくることを習慣にしているという。
新卒からCDO、そしてヤフー(現・LINEヤフー)へ
ルール3事業と自分のビジョンが重なる場所を選ぶ
LIFULLにはビジョンドリブンな文化があったため、野口氏自身もビジョンについて考える機会が多かった。野口氏はCDOに就任した頃、自身のキャリアビジョンを決めた。
それが、「データで日本をもっとよくしたい」だ。
CDOの就任が決まり、データについて学んでみると、データ分析やデータを活用してビジネスに転換するおもしろさに気づきました。データは、言わば現実社会で起こったことのログです。一人の人間が見ることのできる視野は限られますが、システムがログを残していれば、自分がいない他の場所で起きていたこともわかる。長年データを積み重ねていけば、未来の予測もできます(野口氏)
野口氏はCDOを4年ほど務めた後、2020年にヤフー(現・LINEヤフー)に転職する。転職先を選ぶ決め手になったのは、「データで日本をもっとよくしたい」という自身のキャリアビジョンとの方向性の一致だった。
ヤフーが新規に立ち上げたデータソリューション事業のメンバーを探していると知り、自分の経験が生かせるのではないかと感じました。さらに、その事業ビジョンが「データで日本を元気に」であり、自分のビジョンとの一致に驚きました。日本最大級のデータを保有するヤフーでなら、データを活用して日本をよりよくできると考え、転職を決めました(野口氏)
プレッシャーや不安とどう向き合うか?
ルール4不安の正体を構造化し、動かせるレバーだけを握る
野口氏はヤフーに入社し、新規事業のビジネス責任者を務めた後、現在は企業向けAIエージェント「Agent i Biz」の戦略立案を担当している。広告出稿やLINE公式アカウントの運用・分析をAIに指示し、設定まで完結させることを目指すプロダクトだ。
主な対象となるのは、LINEヤフーのマーケティングサービスを運用している企業や広告代理店だ。中でも専任の担当者がいない小規模事業者にとってはAIによる最適化・自動化は特にメリットになる。
事業責任者も経験した野口氏は、仕事の悩みや不安を抱える場面も多い。たとえば、KPI達成の見込みが薄いとき、「どうすればリカバリーできるか」「何が課題なのか」という悩みのループにはまり、寝つけなくなることもあるという。そんなときに実践しているのは「悩みや不安を徹底的に考えぬき、構造化する」ことだ。
たとえば「新規獲得数が想定を下回っている」という課題であれば、背景を洗い出し、どう対策すれば解決できるかを考える、というように、悩みの因果関係をロジックツリーにして、納得いくまで整理します。整理できたら忘れないようにすべて記録してから、寝るようにしています(野口氏)
悩みによっては、一晩で答えが出ないこともある。たとえば、外部環境が難しい状況であれば、「今考えてもしょうがないので悩みすぎない」というのも、その時点の結論だと考える。
その線引きの基準になるのは「コントロールできるか」という視点だ。動かせるレバーがあるかどうかを見極め、たとえ難易度が高くても動かせるなら、「どうやったら動かせるか」を考えぬく。
難易度が高いことは成功確率も低いですが、それでもやるしかないなら、事業のメンバーには「達成したらすごいことになる。絶対うまくいくと思うんだけど」とポジティブに話すようにしています。私は自分の戦略を人に話すのがとても好きなんです。自分で整理したロジックツリーを基に、論理的に説明することも心がけています(野口氏)
バイブルにしているのは、戦略をストーリーとして語ることの重要性が書かれた『ストーリーとしての競争戦略―優れた戦略の条件』(楠木建著、東洋経済新報社)という本だという。
このように一つひとつの悩みや不安と徹底的に向き合いながらも、野口氏は「データで日本をもっとよくしたい」という自身のビジョンを見据えている。
年齢を重ねて、自分の経験を社会や後輩に還元していく時期に入ってきました。日本をよりよくするという視点でいえば、消費者のためにも広告主のためにも、インターネット広告やマーケティングのあり方に変化を提供できたらと思っています。
LINEヤフーは、もともと広告ビジネスとメディアプラットフォームのバランスを高いレベルで取ってきた会社です。そのデータやAIサービスを開放することで、日本のインターネット全体の成長にも繋げていければと考えています(野口氏)
