インタビュー

ブラックボックス化していた広告業界の時間外労働に「待った」をかける施策とは?

時間外労働が常態化していた広告業界の「働き方改善」、現場の声から生まれた新たな取り組みについて日本アドバタイザーズ協会(JAA)に話を聞いた。

広告業界で常態化していた時間外労働が社会的な問題になったことを受け、公益社団法人日本アドバタイザーズ協会(以下JAA)、一般社団法人日本広告業協会(以下JAAA)、一般社団法人日本アド・コンテンツ制作協会(以下JAC)、公益社団法人日本広告制作協会(グラフィック制作、以下OAC)の広告関係4団体が協働して円卓会議を開催、広告制作業務における長時間労働削減の施策を打ち立てたという。

立場の違う広告業界の団体が協働し、今後の展望をJAA専務理事の鈴木信二氏、味の素株式会社 理事 兼 JAA働き方改善プロジェクトリーダーの名久井貴詞氏に聞いた。

「他人事ではない」と業界団体が動いた

――広告業界の主要4団体が協働したきっかけは何でしょうか?

名久井貴詞氏(以下 名久井):2017年に起こった時間外労働の社会的問題を受けて、「これは対岸の火事ではなく、広告業界に属する団体としてなんらかのアプローチが必要である」とJAAが最初に動き始めました。また、問題を共有化するためにも、JACなどほかの主要団体へ協力を仰ぎ、「広告業界の働き方改善へ向け何をすべきか」を話し合うための円卓会議を設けたことがきっかけです。

鈴木信二氏(以下 鈴木):JAAが最初に動き始めたことで、ほかの企業も動きやすくなったと感じています。

名久井:その後、円卓会議で協業した4団体が「広告業界における働き方改革」についての基本合意を発表しました。

――円卓会議は何名規模で開催されているのですか?

鈴木:円卓会議に参加するのは常時17名ほど、JACから4名、OACから4名、JAAAから5名、JAAから4名いった構成です。各々の立場から公平に意見を出し合うことで偏りなく意見交換できる場を設けています。

名久井:円卓会議は当初、この基本合意を発表するために組まれたようなものだったのですが、広告業界の労働環境をよりよくする施策を打ち立てていく組織として必要だと考えています。

味の素株式会社 名久井 貴詞 氏(JAA働き方改善プロジェクト リーダー)

現場からの声をヒントに工数を減らすメールテンプレをガイドライン化

――2017年7月に基本合意を発表、そのあと「働き方改革」は何から着手したのでしょうか?

鈴木:まずは広告制作会社の労働環境が実際どうなのかを知るためにJACを訪問、実態を伺いました。これはJACによる会員社の制作会社へのアンケートにつながります。

名久井:そのアンケートによると制作会社の現場から「ちゃんとスケジュールを引いてほしい」といった悲鳴が挙がっていて、よくよく見てみると広告会社から制作会社へのクリエイティブの発注納期が厳しく、「金曜発注・月曜納品」の実態もあるようでした。それは我々広告主からの仕事でもあるわけです。

そういう残業や休日出勤が当たり前の状況を少しでも改善するために「スケジュールにはあらかじめ余裕を持つ」「余裕を持ったスケジュールを広告主・広告会社・制作会社の三者が共有する」という共通認識を持つための手段として提案したのが「広告制作取引『受発注』ガイドライン」です。

鈴木:このガイドラインは、メールで広告制作の受発注を行う際のテンプレートとして、そのまま使ってもらうものです。電話で受発注を行うと、詳細がうやむやなままクリエイティブ制作を進めたり、仕様変更での「言った」「言わない」という無駄なやり取りが発生したりして、納期までのスケジュールがタイトになってしまう。そういった悪循環を、広告制作取引受発注ガイドラインを使ってもらって、少しでも改善できればと考えています。

日本アドバタイザーズ協会 鈴木 信二 氏

――なるほど。メール書面でやり取りすることにより、詳細を確認する手間も省けて工数削減にもなりますよね。実際に導入された企業からの声はありますか?

名久井:正直なところ、実際の導入はまだまだのようです。企業によってスケジュール感が違うことが大きな要因としてあると思います。

例えば広告出稿の意思決定者が違うことが挙げられます。マーケティング担当や広告担当が方向性やクリエイティブを決定する企業もあれば、会社のトップが決める企業もある。また広告の発注方法も、いつも依頼している広告会社へお願いするか、競合にかけるかでも変わってくるので、スケジュール感が大きく異なるわけです。

鈴木:ガイドラインはあくまで目安として制定しており、強制力を持つわけではありません。ガイドラインをきっかけとして制作会社・広告会社・広告主がお互いの状況を知り、話し合うことが大切だと考えています。

広告主と広告会社がお互い評価しあう仕組みも展開

――そのほか現場の相互理解を深めるために行われた仕組みがあると聞きましたが、どういうものですか?

名久井:2017年7月に制定された広告ビジネスにおける「働き方」改革のための基本合意に沿って、まず何ができるだろうと検討した結果、広告主・広告会社・制作会社の人間がお互いの業務について相互理解を図れるようなセミナーを同年9月に開催しました。

このセミナーは、アプレイスジャパンが提供している、広告主と広告会社がお互いの仕事について評価しあう仕組みを紹介するというものでした。

この仕組みはお互いの業務のコスト面、営業面、クリエイティブ面などについてどう思うか、200項目ほどある設問に回答し評価点をつけていく形式をとっています。

――面白いですね。日本ではまだ一般的ではなさそうですが、実際のところどうなのでしょうか?

名久井:この仕組みの世界的な結果の傾向は、広告主が付けた広告会社の評価より、広告会社が付ける広告主の評価の方が高いという、発注者と受注者の関係性が表れていると伺いました。実は弊社でもこの仕組みを利用して2社の広告会社と評価しあったのですが、うちの場合は広告主の点数の方が低かったですね(苦笑)

鈴木:そういう結果になるのは広告主と広告会社の信頼関係がきちんと築けているからですよね。他の大手企業でも「互いを評価しあう取り組みを実施したい」という声はあがりますが、時間とお金がかかるのでなかなか簡単に実施できないのがネックです。

名久井:実際にこの仕組みを導入するには少しハードルが高いのですが、メリットは大きいと思います。「お客様は神様ではない」とよく聞きますがまさにその通りで、お互いの仕事をプロフェッショナルだとリスペクトし話し合いをすることが大切だと考えています。

広告制作にかかる工数をフロー化した「ハンドブック」とは?

――今年に入って同4団体が新人担当者へ向け新たなハンドブックを発刊したと聞きましたが、どういうものですか?

鈴木:はい、2018年9月6日に「新しい働き方のための広告制作プロセスマネジメントハンドブック』を発刊しました。これは広告主の新人担当者向けに「広告制作のタスクスケジュールを立てる上でどれくらい工数がかかるのか」を目安としてグラフ化したものです。

「新しい働き方のための広告制作プロセスマネジメントハンドブック」一部抜粋

――広告主・広告会社・制作会社の各タスクと工数が割り振られていて大変わかりやすいですね。

名久井:広告主の立場からすると本当は、広告制作にはもっと時間をかけたいんです。例えば広告に起用するタレントさんが変わると、前準備から当日の段取りまですべて違うので、しっかり準備して対応したい。一方で広告会社や制作会社は、少しでも早くクリエイティブを納品して作業工数を減らすことで、時間的なコストを下げたい。
というように、それぞれの認識が異なる場合もあるので、実務で使う際には、両者できちんとすり合わせを行ってからスケジュールを立てる必要があると思います。

鈴木:このプロセス上にある「工数」はあくまで目安として見てもらって、実際にはお互いにコミュニケーションをとりながらスケジュールを立てていくことが重要です。

ハンドブックの内容は、実際に導入した広告主の企業や制作会社などから「現場の声」を聞いて、今後ブラッシュアップしていきたいと考えています。

働き方改善から業界全体の流れがよくなれば……

――ガイドライン、プロセスマネジメントハンドブック、広告主・広告会社の相互評価制度……これらの「働き方改善」に向けた新しい動きは今後どうなっていくのでしょうか?

鈴木:ガイドラインもハンドブックもまだ作成したばかりで、やっとスタートラインに立ったところです。先日ハンドブックの理解を深めるためのセミナーを開催しましたが、セミナーに参加した企業全体の1割程度にしか浸透していませんでした。

そこで来年の春をめどに、各4団体がそれぞれ企業へレビューを行い、使い勝手など「実際のところ」についてのアンケートを取りたいと考えています。

業界全体を一気に変えることは難しいですが、徐々にいい流れになっていけばいいですね。

こうした広告業界の流れについては、デジタルマーケティング広告業界からも参画したいという声が挙がっています。

名久井:デジタルの運用広告やマーケティングの動きはマス広告とは違って流れが速いため、私たちも把握しきれていないところはあります。デジタル広告のクリエイティブ制作の現場では、制作会社の若手スタッフが勉強がてら動画広告の制作に臨むことがあるなど“低コストとスピード” に対応しているという声も聞きますが、実際のところどうなのかは不透明です。

鈴木:広告業界の時間外労働の問題に気づけたのは、デジタル広告制作の現場からの声が挙がったからということもあり、何かしらのアクションは必要だと思います。
まずは広告業界の団体で働き方改善を推奨していき、業界全体にいい流れをつくれるよう、フォローアップしていきたいと考えています。

(左から)味の素株式会社 名久井 貴詞 氏、日本アドバタイザーズ協会 鈴木 信二 氏

――ありがとうございました。

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