なぜ経営者は、マーケティング部門の報告に納得できないのか?
売上に直結しない指標やデータの限界を越え、ROIで成果を示し経営者を納得させるマーケティング報告の改善策を解説。
7:05
マーケティングを中心としたコンサルティングという仕事をしていると、多くの経営者からマーケティング部門のパフォーマンス改善について相談を受けます。その相談の中で、彼らが抱えているそもそもの不満は、マーケティング部門の報告や説明を聞いても、納得感がないというものです。特に課題意識として大きいのは、マーケティングが上手くいったという報告を聞いても、それがどう業績向上に影響しているのかがわからないことです。
『なぜ戦略は正しいのに成果があがらないのか? 事業成長をリードするデジタルマーケティング・マネジメント』の著者である堀内氏が、上司が納得する報告の仕方についてアドバイスを送る。
「売上はどのくらい上がるのか?」という経営者の疑問
典型的な事例として、広告予算数億円を投資したTVCMを例に考えてみましょう。
マーケティング部門がTVCMを実施する際に設定する効果検証指標は、「ブランド認知度」や「ブランド好意度」です。TVCMの実施前と、実施後でリサーチ調査を実施し、対象指標の前後差分を取ることで、広告を実施した効果を計測します。
マーケティング部門の主張としては、ブランド認知があがれば商品を買ってもらえる確率が上がる。ブランド好意度があがれば、商品購入をしてもらえる確率はさらに上がるというものです。しかし、ここで最大の問題は、「売上はどのくらい上がるのか?」です。
「マーケティング指標」と「ROI」との大きな溝
おそらく多くの経営者の実感値として、たとえばブランド認知度が倍になったからといって、売上が倍になるということはほとんどありません。つまり、これらの指標と売上には連動性が薄いと言えます。マーケターのほとんどは、多くの企業が採用している指標であるため、それで問題ないと考えています。そして、その前提で、経営者に報告を行います。
しかし、経営者にとって、これは大きな問題です。広告投資に対するリターンの売上がわからないということは、ROI(Return on Investment)が計算できないからです。いうまでもなく、ROIは、経営者が投資をする際に最も重視する指標です。ROIという、シンプルな指標があることで、営業、マーケティング、人事、財務など異なる分野にわたる投資意思決定を共通の物差しで評価することができます。しかし、マーケティング部門だけは、ROIのRが計算できないという。ROIの報告もなく、ROIと連動しない指標の良し悪しを報告される。これで、経営者が納得するわけがありません。
ここで理解すべきは、マーケティング部門がROIを計算せずに、代替指標を使おうとする理由です。理由は2つあります。
- マーケティング活動の定義を狭義に捉えすぎていること
- 技術的な制約からデータの取得が困難であること
以下では一つずつ、具体例を使って説明します。
1. マーケティング活動の定義を狭義に捉えすぎている
ひとつめの、マーケティング活動の定義を狭義に捉えすぎていることから見てみましょう。事例として、人材紹介業のマーケティングについて考えてみます。
人材紹介業のバリューチェーンを求職者の動きから分解すると、登録 → ヒアリング → 求人提案 → 面接設定 → 入職の5段階に分かれます(図表1)。一般的に人材紹介業のマーケティング部門が担う業務は、求職者の登録を獲得することです。デジタル広告、TVCM、CRM、SNSマーケティング、インフルエンサーマーケティングなどさまざまな手法で集客をします。このため、自部署の活動の定義を「集客活動」と考えることが一般的です。集客活動を活動定義とした場合、活動目標=マーケティングゴールは登録数となります。
登録数の増加=売上アップとは限らない理由
ここで確認すべきは、登録数の増大が、事業の売上に連動するかです。人材紹介業の売上は転職支援した求職者の年収に一定の料率をかけた金額を採用企業に請求することで成り立っています。このため、入職者の平均年収と料率が一定であれば入職者数が増大するほど、売上が上がることになります。登録数と入職者数の連動性を確かめるため、2つの指標の関係を数式化すると次のようになります。
入職者数 = 登録数 × 入職転換率
この式を見てわかるのは、登録数の増大は、必ずしも入職者数の増大に直結しないことです。たとえば、登録数が10%増えても、入職転換率が10%以上悪化した場合、入職者数は下がってしまう可能性があるからです。それは、現実的によく起こる事態です。
「活動範囲」と「影響範囲」のギャップ
それにもかかわらず、多くの人材紹介業の企業のマーケティング部門は、活動定義を集客と定義し、登録数を目標としています。その理由は、自部署の活動の定義を、実際の活動範囲と一致させるべきだと思い込んでいるからです。多くの企業において、ヒアリング以降の活動を担うのは、マーケティングではなく営業部門です。
マーケティングは、登録者を集めた後は、求職者を営業部門に引き渡し、それ以降の転換は営業の活動範囲=責任範囲であると考えます。つまり、入職転換率は営業の活動指標であると考えます。組織間の役割を明確に線引きすることで、責任分担が明確になり、各組織のマネジメントがしやすいと考えるためです。
しかし、マーケティング活動を売上と連動させ、ROIを計算するという視点において、この線引きは適切ではありません。一般的に、入職転換率は、「求職者の質」と「営業部門のオペレーションの質」により決まります。営業が全く同じスキルとオペレーションで求職者対応をしても、求職意欲が低い求職者や、クライアントの採用水準に達していない求職者の割合が高くなれば、入職転換率は悪化します。ただ、営業は求職者の質を改善することはできません。なぜなら、マーケティング部門が登録者を獲得した時点で確定してしまっているからです。求職者の質は、マーケティングの活動結果の影響を受けます。つまり、マーケティングの活動範囲と、影響範囲には違いがあるのです。
「広義のマーケティング」で目的化を防ぐ
多くの企業が間違っているのは、マーケティングの活動の目的と活動の範囲を一致させなければいけないと思い込んでいることです。私は、この考え方を「狭義のマーケティング」と呼んでいます。狭義のマーケティング活動の目標を定義することの問題点は、活動結果に起因するが、活動の範囲外の影響に責任を持たなくなることです。その結果、狭義の活動範囲で定めた目標指標が目的化することです。人材紹介の例でいえば、求職者の質を無視して、登録数だけを追う状態です。結果として、安く、大量の求職者を集めることに特化し、求職者の質が下がり、入職転換率が悪化する事態を引き起こします。
この問題を解決する方法は、活動の目標を活動範囲を超えて、活動の影響も加味した指標にすることです。今回の例で考えれば、求人提案数を目標にしてはどうでしょう。求人提案まで行けば、ヒアリング段階の営業部門のスクリーニング、提案できる求人案件とのマッチング可能性などが考慮されるため、ある程度求職者の質を考慮した集客活動が可能になります。登録~求人提案までの活動の責任は、マーケティングと営業が共同で持つことで、両部門が共通の課題に対して議論する機会を作ることも可能です。
2. 技術的な制約からデータの取得が困難であること
次に、ふたつめの技術的な制約からデータの取得が困難なことについて説明します。特にこの問題は、オフラインのマーケティング活動を実施する際に起こります。最初に例として挙げた、TVCMで考えてみます。TVCMの効果検証の最大の問題は、TVCMを誰が見ているのか広告主が知る手段がないことです。テレビの前で誰が広告をみて、その人がその後どのような行動をしたのかを追跡する手段がありません。これは、テレビに限らず、デジタル以外の広告に共通する問題です。
このため、オフライン広告の効果検証は、リサーチを活用します。アンケートで、対象の広告を見たか、見た人のうちブランドを認知している人の割合は、ブランド好意度が高い人の割合は。このような数値の施策実施前後の差分を確認することで、効果検証をしようとします。そして、それがオフラインマーケティングの効果検証の限界であるとして、ブランド認知度やブランド好意度をマーケティングの活動指標にしています。
売上と連動させる3つの推計アプローチ
しかし、私はこのような考え方には、否定的です。もちろんデジタル広告のように正確な効果検証は出来ませんが、何とか売上と連動する効果検証の手法は存在するからです。いくつか具体的に紹介しましょう。
まず考えられるのは、売上の期間差分をとる方法(図表2)です。広告を実施している期間と、実施していない期間で売上の差分をとり、その増分を広告の効果とします。同じ考え方はエリア別でも実施可能です。広告を実施しているエリアと実施していないエリアの売上増加率の差分で広告効果を認識します。
次に考えられるのはクローズドループのデータを活用する手法(図表3)です。
クローズドループとは、例えば小売店であれば、ポイントカードを提示した個人認識できる顧客の購買データを活用して、全体への効果を拡大推計する手法です。この手法は、小売業における販促活動の効果検証などに活用できる手法です。
「完璧な検証」を求めずに精度を磨く
重要なのは、オフラインマーケティングの効果検証には限界があることを認識し、完璧な効果検証は出来ない前提で、ベターな方法を検討することです。私の経験では、マーケティング部門が、ROIベースの効果検証をせずに、ブランド認知度やブランド好意度のようなROIと関係ない活動指標を使う理由は2つあります。
一つは、ここで紹介したような売上推計手法の報告をした際に、上司にその正確性の粗探しをされ、いい加減だとダメ出しされた経験があるケース。このケースは、責任はマーケティング部門ではなく、文句を言った上司にあります。このケースに心当たりがある経営者のかたは、よく考えてみて欲しいと思います。オフライン広告の正確な効果検証には技術的な限界があります。その粗探しをして、ROIによる効果検証を全くやめてしまうのがよいのでしょうか? 私はそのように思いません。正しい態度は、ROIで効果検証をして、その精度を上げる方法を現場と一緒に検討することです。
もう一つが、売上推計をした結果、ROIが全く合わないという結果になってしまい、とても報告できないという部門内の結論になってしまうケースです。このケースは、責任はマーケティング部門にあります。自己の活動を正当化するために、不利な情報を隠している可能性があります。このようなケースでは、経営サイドから、間違っていてもよいので現状で最も精度が高い方法でROIを報告するように指示すべきです。ちなみに、一定規模の投資の場合、私はオフライン広告であっても、事前にROIを計算する効果検証手法を定めていない投資計画の承認はしないことにしています。
経営者と現場が持つべき「ROI」への意思
経営者が、マーケティング部門の報告に満足できない理由は、ROIベースで効果検証するというビジネスにおける基本中の基本を行っていないことを受け入れているからです。その要因は、マーケティングを狭義の定義で捉えている場合と、技術的限界を安易に受け入れている場合の2つのパターンがあります。しかし、今回紹介した通り、それぞれの課題には解決する方法は存在します。重要なのは、完璧さを要求して、ゼロサムゲームにしてしまわないことです。何事も一歩踏み出して、粘り強く改善を続ければ、必ず精度は向上します。
重要なのは、経営層と現場の双方がマーケティングも必ずROIで効果検証をするのだという強い意志を持つことです。その一歩を踏み出さずに、マーケティング部門の報告にフラストレーションをためている経営者の方は、自分にも課題があると考えてみるべきかもしれません。
- この記事のキーワード
