人気店に並ばずに入店できる「飲食店ファストパス」の導入が広がっている。2025年4月にSuiSui(スイスイ、栃木県那須塩原市)が正式提供を開始した「SuiSui」は、導入店数が100弱に拡大。ラーメンの「つじ田」や「ひつまぶし備長」、みそかつの「矢場とん」などで導入され、矢場とんではSuiSui経由で月約40万円を売り上げる店舗も出ているという。SuiSuiは、どのような仕組みで、どんな成果をもたらしているのか。“飲食×IT”の最新事例をSuiSuiと矢場とんに取材した。
初期費用ゼロで「収入増」と「新規顧客獲得」を実現
SuiSuiは優先チケットを購入することで、 行列をスキップして入店できる飲食店向けのファストパスサービスだ。チケット料金は変動制で、客単価、席数、回転率、客層、待ち時間、待ち環境の6つの要素を基準にチケット価格が柔軟に変わる仕組みだ。平均価格は1人900〜1000円で、これまでの最高価格は同約8000円となる。
運営するSuiSui CEOの佐藤 慶一郎 氏は、「待ち時間を価値に変えることで飲食店の利益増につなげたい」という思いから、同サービスを発案。「初期費用・月額費用ゼロ、成果報酬型」と、飲食店にとって負担のない仕組みを整えた。顧客がSuiSuiを利用する際の使い方は、以下のとおりだ。
- アカウントを作成(初回のみ)
公式Webサイト、またはSuiSui導入店舗の店頭に掲示されているQRコードをスマートフォンで読み込んでアカウントを作成する。決済はクレジットカードのみとなる。 - 仮チケットを発行
店頭でQRを読み込み、現在のチケット価格を確認のうえ、必要人数分の「仮チケット」を発行する。 - 店頭でチケット料金を支払い、入店
チケット画面を店舗スタッフに掲示して、SuiSui用の指定場所で待機する。席が空いたらチケット料金を支払って入店する。
導入にあたり、飲食店が専用機器を購入したり、システムを新たに導入したりする必要はない。店頭でQRコードを設置するためのポップスタンドなど一定の機材は必要だが、それらはSuiSuiから提供される。初期費用はかからず、チケットが売れた場合に、料金の50%をシステム手数料としてSuiSuiに支払う仕組みだ。混雑する休日やランチタイムのみ活用するなど、利用タイミングは各店で判断できる。
導入店舗のメリットとして、佐藤氏は「収入増」と「新規顧客の獲得」を挙げた。
飲食店の行列は「価値がある」ことの証明であり、それを実利に変えるのがSuiSuiです。お金を払ってでも早く入店したい人がいれば、結果として店舗の収入増になります。また、行列により来店をあきらめていた人たちを呼び込むことで機会損失を防ぎ、新規顧客を獲得できます。さらに、副次的なメリットとして浮いた時間で観光が可能になるため、地域経済への貢献にもつながります(佐藤氏)

2025年4月の正式提供から約1年で、導入店数は100弱まで拡大。主に「ご当地グルメ」を扱う店に導入され、東京、大阪、名古屋で多く導入されている。なかでも、食の強みを持つ名古屋が最も利用率が高い。一方で、ビジネスパーソンの来店が多い丸の内などでも導入されており、土日は観光客、平日はビジネスパーソンとバランス良く利用されているという。
行列ができる多くの飲食店で成果が期待できるが、一部、相性が良くない飲食店もある。座席数が少ない、あるいは2時間制やコース料理を採用するレストランなどは、1組でも優先入場させることで行列の待ち時間が大幅に増える可能性があるそうだ。
利用者の年代は、20〜40代が90%を占める。性別は男性が約6割だが、複数名分を男性がまとめて購入するケースもあり、1名利用からカップル、家族連れまで幅広く利用されている。インバウンド層の需要も高く、そのうち約5割をアメリカが占める。残りの約5割は香港、台湾、韓国、シンガポール、中国などだ。
チケット使用率を「平均10%」に調整し、販売価格を最大化
SuiSuiは顧客にとっても、店舗にとっても明確なメリットがある。一方で、気になるのは「オペレーションの難易度」や「クレームの懸念」だ。SuiSuiでは約8か月に及ぶ実証実験を行い、こうした課題を解消したうえで正式展開を開始している。そのため、矢場とんではスムーズに運用できているそうだ。
当社は実証実験の段階から参加しており、手書きでチケットを発行して、現金でのお取引から開始しました。当初は、「飲食店のファストパス」という仕組みを理解していただくために、一からお客さまにご説明する苦労がありました。しかし、現在はQRコードを読み込めばサービス内容が把握できますし、ファストパスの理解が浸透しているため、混乱やクレームは起こっていません(矢場とん 総務部広報グループ グループリーダー 片山 武士 氏)
導入店において、クレームを起こさず最大単価で販売するカギは、「利用率の調整」だという。SuiSuiでは、混雑ピーク時の利用率が平均約10%になるよう配慮している。一度設定すれば自動でチケット価格に反映されるが、そのロジックは各店ごとに異なる。さらに、現場の状況を見ながらの個別調整も随時行っている。そのため、導入前に佐藤氏が現場に出向き、各店の店長と相談しながら判断するのが基本だという。
現在、裏側のロジックはAIではなくアナログで調整しています。というのも、配慮すべき要素は、「何名掛けのイスが何個あるか」「店内で待てるのか、それとも道路で待つのか」など多岐にわたり、AIで算出する難易度が高いためです。わかりやすくお伝えすると「1人目が500円で購入すると、次の何分間は料金が変わる。その数字の算出に回転率や待ち時間、待ち環境などの要素が使われている」といったイメージです(佐藤氏)
現状、天候や地域でのイベントなどの外部要因は加味されていない。外部要因によって行列に影響がありそうなときは、店長と佐藤氏が相談のうえ個別調整しているそうだ。
最高売上は月40万円、SuiSui導入による「矢場とん」の成果
名古屋を中心に全国30店舗を展開し(テイクアウト専門店を含む)、名古屋名物の「みそかつ」で広く知られる矢場とんでは、店によって行列が常態化している。そんななか、新幹線の乗車時間などの制約により入店をあきらめる人が多いことから、SuiSuiの導入を決めたという。
当店の待ち時間は長くても1時間未満ですが、回転率が高いため行列が長くなり、もっと長時間待たなければならないように見えてしまう傾向があります。そこで、名古屋城の横にある金シャチ横丁内など、特に観光客の来店が多い5店舗にSuiSuiを導入しています。運用するタイミングは、各店の店長が行列の長さに応じて柔軟に判断しています(矢場とん 片山氏)
実証実験期間も含めて2年以上にわたってSuiSuiを運用している矢場とんでは、SuiSuiの売上高が月40万円に達することもあるという。導入店の月平均売上は約10万円であり、矢場とんにおける需要の高さがうかがえる。
結果として収益増につながっていますが、最大の目的は「機会損失を防ぐこと」であり、概ね達成できていると評価しています。時間がネックになっている方に選択肢を提供できることで、味を体験していただく良いきっかけになっています(矢場とん 片山氏)
導入店では狙った成果が出ており、行列がある他の店舗にも広げていきたい意向があるという。一方で、飲食店のファストパスが世の中に浸透してきているとはいえ、現場スタッフの教育など一定の負荷はかかる。そのため、現状は「使いこなせる」と店長が判断した店舗でのみ導入しているのだという。「システムが簡略化されるなど属人的にならず使いこなせるようになれば、採用店舗が増えるのではないか」と片山氏は話した。
矢場とんでは、行列を分散させるデジタル施策として、SuiSui以外にも「AIぶーちゃん」と呼ばれる自動案内システムを一部店舗で試験導入している。自社キャラクターのぶーちゃんがスクリーン上で会話形式で接客し、入店前に注文を受け付けるものだ。
「一流の大衆食道」を目指すなかで、事務的なタブレット注文や整理券発行では味気ないサービスになってしまいます。一工夫を凝らして、「おもてなし」を感じていただけるデジタル化を目指しています(矢場とん 片山氏)
SuiSuiでは、2026年度内に100社300店舗の導入を目標としている。近い将来、天候やイベントなどの外部要因も踏まえ、料金調整を自動化する「AI」の導入も見込む。現場を回って行列に反映される要素を洗い出しながら進めている最中だという。
