「で、それはいくら儲かるの?」に答える、AI時代のマーケターの翻訳力
CTRやCPAの報告だけでは経営は動きません。AIが出した施策案を売上や利益に繋げ、予算を獲得するための「翻訳力」をひも解きます。
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で、それはいくら儲かるの?
マーケターやWeb担当者にとって、これほど答えに詰まりやすい問いはありません。認知が上がり、CTRが改善し、CPAも想定よりよいと報告できたとしても、その数字が売上や利益、LTV、さらには将来の需要創出にどうつながるのかを説明できなければ、経営にとっては投資判断の材料になりにくいものです。
生成AIによって、私たちは以前よりも簡単に資料を作れるようになりました。市場調査、競合分析、広告文案、LP改善案なども短時間で形にできるようになりましたが、資料が増えたからといって、会議が動くとは限りません。AIが出した改善案を並べても、最後は「で、結局どうするのか」で止まってしまうことがあります。
いまマーケターに必要なのは、AIを使いこなす力だけではありません。AIが出した答えや現場で見えている数字を、経営や営業、現場が判断し、動ける言葉に変えていく力です。私はこの力を「翻訳力」と捉えています。

木田氏
マーケターは、ビジネストランスレーターそのものと同義ではありません。しかし、顧客接点、データ、営業、経営のあいだに立つことが多いマーケターは、ビジネストランスレーター的な役割を担いやすい職種だと言えます。だからこそ、AI時代のマーケターには、施策を考える力だけでなく、意味をつなぎ、組織を動かす翻訳力が求められるのです。
翻訳力の原点となった二つの泥臭い現場
私が翻訳力という言葉にこだわるのは、正しいデータや優れた分析だけでは、人も組織も動かない場面を何度も見てきたからです。その原点は、大きく二つあります。
原点1:手製データベースによる地域分析
ひとつは、20代半ばで新卒で入った大手通信会社を1年足らずで退職し、転じて経験した政治家秘書の仕事です。当時、私は落選中の元国会議員の、たった一人の秘書として働いていました。次の選挙に向けた活動は、いわゆる「どぶ板選挙」であり、地域の祭りへの参加、支援者への挨拶回り、商店街の人々からの相談対応、葬儀や地域行事への出席など、一つひとつの活動に人間関係の積み重ねがありました。
そこでは、政策という正論だけでは人は動きませんでした。「あの人は昔から地域に顔を出してくれる」「この人はうちの事情をわかってくれている」。そうした感情や記憶が、支持や行動を左右していたのです。
私は支援者の属性や発言、誰と誰が親しいかといった人間関係を、Accessで作った手製のデータベースに記録していました。地図に情報を落とし込んでいくと、やがて「この地域では誰がキーパーソンなのか」「この商店街では何が本当の悩みなのか」といった、数字だけでは見えない勘所が少しずつ見えてきました。
この経験は、後にマーケティングの現場でデータを見るときにも通じるものでした。人は属性や数値だけで動くのではなく、記憶、関係性、文脈によって行動するからです。
原点2:データ分析と現場の実践のギャップ
もうひとつは、百貨店で働いていた頃の経験です。データ分析から得られた示唆を売り場で共有する中で感じたのは、分析結果だけでは現場の実践につながらないことがあるということでした。分析そのものが正しくても、それが日々の接客や売り場運営においてどのような意味を持つのかまで伝わらなければ、十分に活かされにくいからです。
婦人服売り場で接客や売り場づくりに関わる中で気づいたのは、現場には現場の論理や経験則があり、データの言葉をそのまま持ち込んでも響かないということでした。大切なのは、分析結果を説明することではなく、それが日々の接客やお客様との関係において、どんな意味を持つのかを伝えることでした。
ビジネストランスレーターとは
この二つの経験が、後に私が「ビジネストランスレーター」と呼ぶ考え方につながりました。ビジネストランスレーターとは、現場、経営、データ分析者やAIの専門家のあいだに立ち、それぞれの言葉をつなぎ、意味を行動に変える人財のことです。
これはAI時代になって急に出てきた概念ではありません。私にとっては、実務の中で長く必要性を感じ、書籍などを通じて発信してきた考え方であり、今回の新著『AIを味方につける仕事術』は、そうした自論を、生成AIが当たり前になった時代に合わせてアップデートしたものでもあります。
積水ハウスグループで取り組む、ビジネストランスレーターの育成
私が所属する積水ハウス イノコムは、積水ハウスグループにおいてオープンイノベーションを推進している会社です。住まいや暮らしに関わる社会課題に対して、外部のパートナー企業やスタートアップとも協業しながら、事業づくりや課題解決に取り組んでいます。
こうした領域では、ひとつの専門性だけで物事を前に進めることはできません。「データを読む人」「事業を考える人」「現場で顧客と向き合う人」「経営判断を行う人」「外部パートナーとして技術やサービスを提供する人」など、それぞれが異なる前提と言葉を持っているからです。
そのため、積水ハウス イノコムでは、人財育成の一環として、社内でビジネストランスレーターの育成にも取り組んでいます。私自身も、これまで現場とデータの両方に関わってきた経験を活かし、積水ハウスグループ各社のDX、AI活用、マーケティング、データ人財育成に関する課題に対して、横断的に支援を行っています。
実際、これまでさまざまな業界に身を置き、マーケティングやAI活用の相談を受ける場面では、「どのツールを使うか」よりも前に、「そもそも何を解くべきなのか」が曖昧なことが少なくありません。部門ごとに見えている課題は違い、同じ数字を見ていても、経営、現場、マーケティング部門で意味づけが異なることがあります。
そこで必要になるのが、翻訳力です。AIが出した分析をそのまま提示するのではなく、経営が判断できる言葉へ変換し、現場が動ける行動に落とし込み、専門家の知見を事業の意思決定へ接続する。こうした役割を担える人財が増えることで、組織の中でAIやデータが「使われるもの」から「成果につながるもの」へ変わっていきます。
ビジネストランスレーターという考え方については、以前から多くの方に関心を持っていただいてきました。生成AIの登場によって、その重要性はさらに高まっていると感じます。AIによって答えを出すこと自体は簡単になった一方で、その答えをどう解釈し、誰にどう伝え、どの行動につなげるかが、これまで以上に問われるようになったからです。
AIは答えを増やす。だからこそ問いが大事になる
生成AIは、情報収集、論点整理、選択肢の提示を驚くほど速くしてくれます。市場規模、競合、顧客ニーズ、海外事例を調べれば、それなりに整った資料はすぐにできます。
ただし、AIが出した答えが整って見えるほど、そもそもの問いの曖昧さや前提のずれは見えにくくなります。資料を会議に出した瞬間に、
「市場が伸びていることはわかったが、自社が勝てる理由は何か」
「営業現場では本当に売れるのか」
「投資するとして、どこまでなら許容できるのか」
といった問いが出てくることは少なくありません。
ここで起きているのは、AIの性能不足ではありません。現場、データ分析などの専門家、経営のあいだで、同じテーマを見ていても重視しているものが違い、意味がつながっていないのです。私はこの状態を「翻訳不全」と捉えています。
現場は顧客の反応や営業活動の実感を見ています。データ分析などの専門家は、数値やモデルをもとに傾向を説明します。経営は、それが売上や利益にどうつながり、どこまで投資すべきかを見ています。どれも必要な視点ですが、つながらないまま資料や施策だけが増えると、仕事は前に進みません。
だからこそ大切なのは、AIに何を作らせるかの前に、いま本当に解くべき問いは何かを見極めることです。現場の違和感を、経営が判断でき、データで検証でき、現場が実行できる問いへと組み替える必要があります。
私は、翻訳を進めるための考え方として、Demand、Design、Data、Develop、Deployという5Dの流れを重視しています。Demandは、本当に解くべき事業課題は何かを見極める段階であり、Designは、その課題をAIやデータで扱える問いに設計することです。Dataでは判断に必要な情報を集め、Developでは施策や改善案に落とし込み、Deployでは現場が実行できる形にして運用へつなげていきます。
マーケティング施策でも同じです。広告のクリック率低下に対するクリエイティブ変更、CVR低下に対するLPボタンの改善、SNS反応の鈍化に対する投稿頻度の見直しなどは、一見すると合理的な対応です。しかし、それがブランド想起を広げているのか、カテゴリーの買い手に届いているのか、購買機会を増やすことに寄与しているのかという問いと接続されていなければ、施策は対症療法にとどまりがちです。
アデレード大学のバイロン・シャープ教授が率いるEhrenberg-Bass Instituteでは、ブランド成長に関する実証研究をもとに、「新しい買い手に広く届くこと」や「思い出されやすさ(メンタルアベイラビリティ)」「買いやすさ(フィジカルアベイラビリティ)」を高めることの重要性が示されています。
こうした視点を持たないまま、短期的に動かしやすい数字だけを追ってしまうと、目の前の指標は改善しているように見えても、新しい買い手に届いていない、ブランドの記憶構造を強めていない、購買の入り口を広げられていないということが起こります。
たとえば、新規顧客の獲得が課題であるにもかかわらず、既存訪問者へのリターゲティング広告ばかりを強化し、CPAの改善だけを追い続けるケースがあります。確かにCPAは下がるかもしれませんが、それはすでに関心を持っている人への効率が上がっただけで、新しい買い手との接点が増えているとは限りません。短期的な成果指標だけを見ていると、効率は改善しているのに市場そのものは広がらず、将来の成長機会を取りこぼしてしまうことがあります。
この状態で生成AIを使えば、施策の数はさらに増えます。AIは広告文案、LP改善案、SNS投稿案などをいくらでも出してくれますが、そもそも問いがずれていれば、ずれた問いに対してもっともらしい答えを返し続けるだけです。AIはリターゲティング広告の改善案やCPAを下げる施策を次々と提案してくれるでしょう。しかし、本来の課題が「新しい買い手を増やすこと」だったとしたら、その最適化は必ずしも事業成長につながりません。
だからこそ大切なのは、「AIに何を作らせるか」だけではありません。その前に、「いま本当に解くべき問いは何か」を見極めることなのです。
経営に伝わる言葉へ翻訳する
マーケターやWeb担当者が翻訳力を求められる理由は、経営との対話にもあります。
「認知が上がりました」「CTRが改善しました」「CPAが下がりました」という報告は、マーケティング部門の中では意味があります。しかし、経営が知りたいのは、その先です。売上への接続、利益への影響、LTVの変化、将来の需要創出に対する意味を説明できて初めて、経営判断の材料になります。
ここで難しいのは、マーケティングの成果の多くが、すぐには数字として見えないことです。たとえば「95対5の法則」では、ある時点で購買を検討している顧客はごく一部であり、多くの顧客はまだ購買タイミングにないとされています。ブランドの成長には、今すぐ買う顧客だけでなく、将来の買い手にも継続的に働きかけ、記憶に残り、思い出されやすい状態をつくることが重要です。
しかし、この考え方はマーケティングに携わっていない人には直感的に理解されにくいことがあります。特に意思決定層がマーケティングの知見を十分に持っていない場合、
「今すぐ買わない人に広告を出す意味があるのか」
「なぜ短期的な成果が見えない施策に投資するのか」
という疑問を持つのも自然なことです。
だからといって、「マーケティングを理解してもらえない」で終わらせるわけにはいきません。会社の持続的な成長のために必要だと考えるなら、マーケターは粘り強く説明し続ける必要があります。その際に重要なのが翻訳力です。
認知やクリック率、CVR、CPAといった指標をそのまま並べるのではなく、それが将来の顧客基盤の拡大や市場シェアの成長、LTVの向上、利益創出にどうつながるのかを、経営の言葉に置き換えて伝える必要があります。
たとえば、
- 「CTRが改善しました」ではなく、「同じ予算でより多くの見込み顧客に接触できる状態になりました」と伝える。
- 「CPAが下がりました」ではなく、「獲得効率が改善し、追加投資時の回収可能性が高まりました」と伝える。
指標を報告するのではなく、意思決定に使える意味へ変換することが重要です。
予算を獲得する場面でも同じです。「広告の反応がよい」「SNSで話題になっている」「サイト流入が増えている」という説明だけでは、投資判断にはつながりにくいものです。追加投資によって届く顧客層、生み出せる将来需要、事業成長につながるまでの回収期間について、完全に正確な予測はできなくても、ROIやLTV、利益貢献、将来の購買機会といった観点に引き寄せて語ることで、マーケティングは単なる施策報告ではなく、経営判断の材料になります。
翻訳力とは、現場やデータの言葉をわかりやすく説明する力だけではありません。マーケティングの価値を、経営が意思決定できる言葉へ変換する力でもあるのです。
AI時代のマーケターは「使える人」から「動かせる人」へ
AIは、マーケターの仕事を奪う存在というより、考えるための相棒になり得る存在です。ただし、その相棒に何を問い、どの答えを採用し、誰にどう伝え、どう実行へ移すかは、人間が担うべき役割です。
ビジネストランスレーターに求められるのは、すべての領域の専門家になることではありません。マーケティング、データ、AI、現場、経営のあいだを行き来し、それぞれの言葉を理解し、必要に応じてAIの助けも借りながら、意味を行動へ変えていくことです。
私が長く提唱してきたビジネストランスレーターという考え方は、AI時代になって古くなったのではありません。むしろ、AIによって多くの人が分析や資料作成、施策案づくりを行えるようになった今こそ、その重要性が増していると感じます。
AIは、翻訳力を不要にするものではありません。むしろ、問いの整理、論点の分解、異なる立場の人に伝わる表現の探索、施策の選択肢の拡張などを支援することで、翻訳力を補強してくれる存在です。AIの助けをうまく借りることで、ビジネストランスレーターの役割はより実践しやすくなります。
AIが当たり前になる時代に、差がつくのはツールの操作そのものではありません。問いを立て、文脈を読み、意味を翻訳し、人と組織を動かす力です。これからのマーケターに求められるのは、AIを使える人にとどまらず、ビジネストランスレーター的に、AIを味方につけて組織の意思決定と実行を前に進められる人になることではないでしょうか。
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