サントリージン「翠」大ヒットの舞台裏。「三位一体」のマーケティング戦略
酒類最大手のサントリーは近年、「ジン」の更なる普及に努めてきた。ビールやワインと比べればやや馴染みが薄いかもしれないが、「ハイボールに続く定番の“ソーダ割”へ育てる」という志の元で開発されたジン「翠」は大ヒットしている。サントリー株式会社の酒巻真琴氏(スピリッツカンパニーRTD・LS事業部 事業開発部 部長)が「Web担当者Forum ミーティング 2023 春」に登壇し、その舞台裏を明かした。
「ジン」を日常酒に
サントリーは創業から一貫して「洋酒文化の創造」に取り組んできた。たとえば1907年発売開始の「赤玉スイートワイン(発売当時の名称は赤玉ポートワイン)」は日本人の味覚にあうワインとして生み出され、国産ウイスキーを初めて手がけたのもサントリーだ。ハイボールはブーム期を超えてもはや定番の域に入っているが、サントリーによる普及活動の寄与は極めて大きいとされる。
本講演のテーマであるジン飲料「翠(すい)」もまた、そうした取り組みの1つだ。酒巻氏は「ハイボール、レモンサワーに続く『第3のソーダ割』として、お客様が日々の食事と合わせて楽しむ日常酒になりたいという志が開発陣にはあった」と説明。ジンを単に発売するのではなく、文化的定着までをも想定して開発したという。
翠の発売は2020年3月10日。当初は700ml入りの瓶タイプのみが出荷された。これを炭酸水などで割って飲むのがスタンダードな味わい方である。
サントリーは1936年にサントリー初となるジン「ヘルメスジン」、2017年からは「ROKU」というジンを発売しているが、翠が開発されるきっかけの1つに、海外でのジン市場拡大があった。2008年から2018年までの10年間にジン市場は20%増加しており、国内での可能性に着目したという訳だ。
ただしジンを日常酒とするには課題もあった。食事と一緒に飲むアルコールとしては、ビールのほか、焼酎や日本酒、ハイボールなどがすでに認知されており、その絶対的構図を崩すのは容易ではない。また、カクテルのジントニックなどのように「バーで飲むもの」という声も多かったという。
イメージをガラッと変えなければ日常酒になりえない。それが開発のチャレンジだった(酒巻氏)
3種の和素材を使用。食事に合うジン「翠」が誕生
そもそもジンとは、ジュニパーベリーという植物の香りを主とする、アルコール度数37.5%以上の蒸留酒ベースのスピリッツ(国・地域の法律によって定義は多少異なる)を指す。香りのクセがやや強く、それが「食事に合わない」とイメージされる主因だったと酒巻氏は分析する。
「食事に合うジン」のためにサントリー開発陣が選択したのは、3種類の和素材の利用だった。ジュニパーベリーを筆頭に、コリアンダーシード、アンジェリカルートなどジンで伝統的に使われてきた素材のほか、柚子、緑茶、生姜の原料酒を加えているのが翠の最大の特徴である。これら3つの素材は、「浸漬」の手法(梅を酒に漬け込んで梅酒を作るようにお酒に素材を漬け込む)を用いることで旨みや苦みを引き出した。
翠を口元にもっていくと、柚子の香りがパッと広がり、飲むと緑茶の味わいが膨らむ。飲み終わりには生姜のキリっとした辛みで後味を切る。こうすることで、次の食べ物を口にした時より美味しく感じられ、また翠を飲んで……と美味しく飲み続けていただけるようにバランスを考慮している(酒巻氏)
また「居酒屋メシ」をキャッチフレーズに、唐揚げ・餃子・焼き鳥など居酒屋の定番メニューと翠の相性の良さをアピールするマーケティング方針も決定。テレビCMも放映するなど、全ての準備は整った。
発売直後にコロナ禍へ突入も、売上は好記録を達成
前述の通り、翠の発売は2020年3月10日。この時期は日本国内で新型コロナウイルス問題が大きくなりはじめたタイミングと完全に一致する。緊急事態宣言(1回目)も重なり、アンテナショップ展開などはことごとく中止を余儀なくされてしまった。
居酒屋・飲食店での提供も販促の大きな柱だったが、そうした店舗も多くが営業を休止。ただ、宣言終了後やまん延防止等重点措置の期間などには、飲食店で翠を導入してくれるケースが多かったという。また、スーパーや酒量販店での店頭プロモーションも着実に行われた。
販売開始後、消費者から多くの声が寄せられたが、食事に合うお酒としての評価が想定以上に多かったという。酒巻氏らの狙いが見事に届いた格好だ。
好評の理由については、緊急事態宣言などで外食がしにくくなる中、“家飲み”の回数も時間も増え、その結果、アレンジして楽しめる瓶のお酒も手に取ってもらえたのではないかと考えている(酒巻氏)
調査結果によれば、翠の購入者の約80%はジンを飲んだ経験がなかったという。また、性別の偏りが少なく、20~40代を中心に幅広い年代が翠を購入していたこともわかった。さらに、2020年1~12月のジン市場における国産品割合は41%だったが、2021年1~12月には55%まで伸長。輸入ジンの構成比を超えるなど、翠がジン市場を大きく牽引したと言える。
発売2年後には缶タイプ投入、その成果は?
こうして翠の市場は広がっていったが、「本当に食事に合うのか」「飲む習慣のないジンをいきなり瓶で買えない」との声も依然としてあった。そこで2022年3月には「翠ジンソーダ缶」(RTD)の全国販売を開始。翠に興味はあるがきっかけがない消費者に対するトライアル促進が、製品投入の大きな狙いだった。
なお、瓶タイプの翠と翠ジンソーダ缶を比較した場合、使われている原料酒は柚子の浸漬度数等を変えていたり、その他原料酒とのブレンド比率を変更したりしているなど、おいしさ追求のための調整が加えられている。その上で、開発者がパーフェクトバランスと考える割合(ジンとソーダが1:4)で出荷されている。
コンビニでの先行販売では、各店舗の協力もあって大量陳列が実現。2016年以降のサントリー新製品としては初週売上が最も好調だったという。
翠ジンソーダ缶発売をきっかけに、初めて翠を飲んだという声が多く届いた。また『食事に合う』というメッセージは(瓶発売時から)CMなどを通じてかなり積極的に出していたつもりだが、缶の発売を機に、より多くの方に届いた印象だ(酒巻氏)
家でも、店でも、もっと気軽に缶でも。「三位一体」の展開
翠はこれまでのジンのイメージを一新し、新市場の創造を狙って開発された製品だ。消費者に馴染みのない商品をアピールするため、酒巻氏らは顧客接点の多様化を特に意識したという。自分で割って楽しむ瓶タイプ、居酒屋で1杯から飲める翠ジンソーダ、ご家庭でもより気軽に飲める翠ジンソーダ缶。3つの要素を、サントリー社内で「三位一体戦略」と呼ぶ。
瓶は飲むまでに手間がかかるので、敬遠される方がいるのも事実。ならば缶で楽しんでもらってもいいし、余裕のあるタイミングがきたら自宅で瓶を自分でソーダで割ってのんびり味わってもらうのもいい。それぞれの接点で自由にお楽しみいただくことが、ジンを当たり前に選んでいただける世界の実現につながる(酒巻氏)
翠ジンソーダ缶の発売効果もあって、販売計画も絶好調だ。2022年の缶の販売量は目標値の158%を達成。メディアで取り上げられる機会も多く、雑誌「日経トレンディ」の2022年ヒット商品ランキング酒類部門で大賞(全体ランキング7位)を受賞した。
世界展開を見据え、まずはアジア圏へ進出
国際展開も始まっている。シンガポール、ベトナム、タイ、フィリピン、マレーシア、韓国の6カ国には2022年4月から、国内と同仕様の製品(瓶のみ)を出荷中だ。
さらに今後は、サントリーのもう1つのジンであるROKUの販売にも注力していきたいという。スタンダードな翠で間口を広げ、そこからステップアップしてよりジンを楽しみたい層には、プレミアム価格帯のROKUを提案する。こうしてジン市場全体の存在感を高めようという発想だ。
ちなみに、翠のテレビCMでは2020年3月の発売当初「それはまだ、流行っていない」というキャッチコピーを打ち出している。逆説的だが“まだ”という言葉から、いつか社会に広く受け入れられたいという想いの現れだろう。販売数量、メディア評価の面では「流行っている」状態は達成されつつあるようにも見える。
だが酒巻氏はまだその段階ではないと、気を引き締めて講演を終えた。
『流行っている』と胸を張って言えるのは、ハイボール並にどの飲食店にもお取り扱いいただき、多くの方が飲食店様やご自宅で翠ジンソーダを当たり前に楽しんでいただく方が増えてから。まだまだ頑張っていかなければ(酒巻氏)
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