元テレビマンが語る「あえて数値目標を持たない」という企業YouTube運営
「日本初のマンツーマン専門」のプログラミングスクールを運営するSAMURAI ENGINEER (侍エンジニア)。そんな彼らが運営するYouTubeチャンネルSAMURAI ENGINEER [侍エンジニア]は、プログラミングに関する情報を初心者でもわかりやすく解説する動画を配信しています。コロナ禍の2年前からチャンネル運営をはじめ、2022年8月現在、登録者数は2.9万人に成長。
その成長を牽引したのが、今回取材に応じてくれたSさん。TV業界からWebの世界に転身し、YouTubeは初心者でありながら、多くのチャンネル登録者を獲得。そのノウハウを中山が聞いてきました。
2年間のYouTubeチャンネル運営を振り返って
中山: SさんがSAMURAI ENGINEERの運営に関わって、約1年になりますよね? 振り返ってみていかがですか?
Sさん: 私は途中から入ったので立ち上げ初期を知らないんですけど、変化で言うと「登録者の増加」が一番大きいです。裾野を広げて認知してもらい、ファンを増やすことが目的でスタートしてるので、2万人を超えられて良かったなと。
Sさん: 予想以上の数字ではあるかなと思います。一年ちょっとの時点で1.5万人に届いたのは、まずは良かったです。
Sさん: 動画経由でのウェブサイトへの遷移は期待したほどではなかったかなと。ただ、あくまで「あわよくば」「そうなればいいな」という認識だったので、問題にはならなかったです。アクセス増加が主目的ではなかったので。
中山: 主目的じゃなかった、と。
Sさん: 基本的には「遷移してくれればいいよね」という考えです。ただ、YouTubeから外に遷移するってなかなかされない行動じゃないですか。よって、その数字だけを追うと厳しくて、もうYouTubeはやめようって話になりかねません。
中山: あるあるですね。
Sさん: YouTubeって、継続してコンテンツを蓄積することで資産になっていくものなので、そこは長期的視点での運営を心がけるようにしていました。今ではYouTubeだけでなく、Google検索でも表示されるようになっていて、徐々に成果は出ています。
動画から直接CVしないパターンがほとんどですが、潜在層の人たちに覚えられ、巡り巡ってGoogle検索経由で申し込む人もいるでしょう。動画がCVに効いたかどうかを計測するのは実質不可能なので、直接CVの数字は追わないことにしています。
YouTubeチャンネルの経済効果測定
中山: 動画視聴からの自然検索だとか、広告経由って計れませんからね。では、たとえば、後追い調査などのアナログでリサーチすることはないですか?
Sさん: やろうと思ったんですけど、既存アンケートの項目をあまり増やすと回答率が下がるので、いったん止めています。専用のメールアンケートを単体で出すことはできるものの、塾生さんへの負担になるのでそれも無しにしています。
Sさん: 個人的には計測したいです。ただ一方で「数字が〇〇%だったから、来季は何パーセントUPしよう」と思っても、そこへつながる手段がない。何をすれば数値が上がるか下がるかを知りえないんです。データを得てもアクションにつなげられないなら、やる意味が薄いかな、という判断ですね。
Sさん: そうです。数字を気にするのをいったん止めています。この運営方針で、上長らとも合意を得ています。
中山: 細かな数字をいちいち気にするのではなく、まずは十分な量のコンテンツを投下していこうということですね。
Sさん: たくさんの人がSAMURAI ENGINEERで結果を出してますっていうインタビュー動画を今は多く出しています。いろんな実績があることが可視化されれば、自ずと信頼性は上がります。
中山: なるほど、多種多様な事例動画ですね。
Sさん: 入塾を検討されている方が調べている時に弊社のYouTubeチャンネルを見つけてくれ、調べているうちに「話を聞いてみよう」となるには、提供側よりもサービス利用者側の「ここが良かった」「こう役に立った」という本音を聞きたいはずですよね。それが少し未来の自分の将来の姿なので。
1年前と2年前とでは視聴者層が違う可能性が大
中山: 事例動画って、どのような位置づけのコンテンツなんですか?
Sさん: ナーチャリングコンテンツです。無料カウンセリングというものがあって、2回ほど行うんですけど、1回目の終了後に「あなたの目的に照らし合わせると、このように学んでいた元塾生さんが参考になりますよ」と動画を送るんです。
Sさん: 動画によるインパクトはやはり大きくて、テキストより明らかにエンゲージは上がった感覚はあります。あくまで印象なので数値では出せないところなんですけど。
Sさん: 現場に立つコンサルタントらの実感値としてはありますね。動画を共有するようになってから、成約率が上がったという声を受けています。
Sさん: ただ、他にも様々なマーケティング施策が同時に進んでいるので、YouTubeだけの手柄か?というとそれも断言できません。どの動画が、どの再生がどれだけ顧客行動に影響したか……そこを測定するのは、ほぼ不可能なんです。
中山: お客さんに質問したって、見たかどうかの記憶もないかもだし、見た結果行動しているかどうかを客観的に答えられるわけもないですし。
Sさん: そう。つまり、細かい数字にとらわれず、インタビュー動画をたくさん作って出していこう、そうすれば成果は後から付いてくるって考えです。チャンネル初期は学習に適した「教材動画」が多かったんです。Pythonとは?とか、Linuxの解説とか、サーバーの仕組みについて詳しく説明する動画ですね。入社時から思っていたんですけど、初心者にはレベルが高すぎました。プログラミングをしたことのない人には刺さらないよね、と。
中山: たしかに。
Sさん: 本来伝えるべきは、プログラミング知識を学ぶための動画じゃなくて、「そもそもスクールに入ったらどうなるのか」とか「プログラミングを学んだらどんな未来があるのか」ってことのはずなんです。
中山: 本来見て欲しい人じゃなくて、中級者ばかりが見てくれていた可能性もありますね。
Sさん: そうです。なので現在と立ち上げ期とではコンテンツも違うし、視聴者層も変わってきている可能性が大です。もちろん、過去動画は学習過程の途中で必要になるので、今も活用は続けています。
TV業界からYouTubeに来て起きた考え方の変化
中山: YouTubeチャンネルを運営して成果が出始めたことで、社内の評価に変化はありましたか?
Sさん: 「これから生徒さんになるであろう人たち向けの訴求動画として活用しやすい」とフィードバックをもらっていることです。
中山: セールス現場で生きていると。
Sさん: ええ、記事より映像のほうがより感情が伝わりやすく、心に訴えるものがあるのでしょう。再生回数や登録者数を追うだけではない使い方もあるということです。今後は採用動画の計画もあるし、B2B事業も新たに始まったので、そのための動画制作もする予定です。結果、いろんな部署との交流が増えています。
Sさん: 細かな動画制作のプロセスは違いますが、思考プロセスは同じです。想定視聴者に何を見せることで、何を感じてもらい、どんな行動を起こさせたいか…を逆算する考え方はYouTubeもTVも変わらないかなと。
中山: そうなんですね。
Sさん: ただ、テレビは短くて30分。ふつうは45~60分かそれ以上の尺があり、そのフォーマットに合わせた最適な構成や起承転結の進め方があります。YouTubeはジェットカットを多用して間を埋めるのが当たり前ですが、テレビではあまり無い手法ですね。スマホ画面だとジェットカット動画は違和感なく見えますが、同じことをTVでやると、見る側はきついものなんですよ。
Sさん: YouTubeは「映像クオリティーは二の次でOK」ってことですね。感覚的な話になりますがTVの50%かそれ以下の質で合格にしています。極端なこと言うと、テロップに誤字脱字が多少あってもユーザーは問題視しません。テレビ局だと許されませんけどね(笑)。
Sさん: YouTubeならOKです。ただ、TV出身なので細かいところに気が付いてしまったりも…。最初のうちは目についてイライラしたりもしましたが、今は見ないふりができるようになりました。こだわりだすと納期やスケジュールが間に合わないし、まあいいかなと。「いい加減にしておける」のはYouTubeで最も身についたスキルですね。
コストはかけすぎず、ライトに始めよう
中山: もし「YouTubeを始めようと思うんだけど」って相談を受けたとしたら、Sさんならどんなアドバイスを?
Sさん: 「最初の設計が一番大事」だと伝えます。目的や方向性はしっかり議論して固めること。途中で軌道修正するってすごく骨が折れますから。もう一つは、「短期的な成果や収益化は考えずに、長期的に取り組む」です。
中山:コストをかけすぎると、早期に回収したくなりますからねぇ。
Sさん: 直接CVだけを追って、半年後にROI合わないから辞めるってなるのはもったいない。コストをかけるのは軌道に乗ってからでOKで、それまではライトに運営するのが肝です。企業チャンネル単体での収益化も期待するべきではないでしょう。個人チャンネルで月のアドセンスが数十万あるとか、数十万円の単価の商品が月に数件売れる…であれば単体で黒字化するかもですが…。
中山: 企業で同じことをするのは難しい。
Sさん: なので、開始時に社内で期待値を確認をしてくことです。短期収益、単独収益は追わないって合意をとること。
中山: なるほど。
Sさん: YouTube単体でどうにかするのではなく、自社のマーケティング活動のあらゆるステージで……たとえば「サービス訴求」「事例紹介」「ファンとのエンゲージ強化」「露出機会を増やす」「ウェブサイトやブログでの二次利用」「営業現場やCSでの活用」「広告利用」などに動画を投資するイメージですね。
得られた成果
中山: これまでのYouTube運営で、最大の手応えって何でしたか?
Sさん: カスタマージャーニーとして段階ごとに以下の3種類のフォーマットを用意しまして。
- そもそもなぜプログラミングやらないといけないのか
- なぜスクールに行くべきなのか
- 通って学ぶことで何が得られるのか
これから学ぼうかどうしようか迷っている人に対し、なぜ?の疑問を三段階で解消するコンテンツを企画しました。いきなり「あなたはこれ勉強しましょう」って提案しても、正当性がないと「そもそも必要性を感じていないんですけど」って反応が返ってきます。
中山: たしかにそうですね。前提をすっ飛ばしたごり押し営業が刺さるわけもないし。
Sさん: 説得には段階があって、「なぜプログラミングをやらなきゃいけないのか」がまずあって、次に「理由はわかったけど、じゃあ独学でいいんじゃないの?」という反応に「いや、スクールの方がいいですよ」って提案をし、「スクールでプログラミングを学ぶっていうことはわかったけど、それで何を得られるんだっけ?」ってなります。段階ごとの疑問にしっかり応える必要があるわけです。社員が語る動画、創業者が語る動画、体験者が語る動画…と幅広く事例を用意してます。
中山: ジャーニーの各ステージにマッチするコンテンツを作っているわけか…。意図と目的がしっかりありますね。
Sさん: 事例動画ってダラダラ喋っておしまいっていうパターンが大半だと感じていたので、そうならないよう工夫して見やすくしています。
Sさん: ええ、業界で学んだことがバックボーンとして生きています。テレビの経験が無い人でももちろんYouTube運営は学べますが、経験のおかげで習得スピードが早かったのは間違いないです。
最低限の業界知識を持っておこう
Sさん: 私は動画に関する一定の経験や見識があったので、ゼロからスタートせずに済んだのは良かったです。でも、「たまたまYouTube運営の担当に指名された」って人がほとんどのケースだと思うんです。
Sさん: 基本的な業界知識ですね。そもそもの外注するときの相場観だったり、発注するにあたって何が必要かとか、発注の仕方の部分はインプットした方がいいです。本で学ぶもよいし、ネットにも情報はあるので見つけるのは苦労しないはず。
Sさん: そうです。期待外れの成果物ができるのは目に見えています。成果物に問題があったとき、8割は伝える側の責任だと私は思います。
中山: ちゃんとオーダーできていない側がダメである、と。
Sさん: そう。もしスキルがあまり高くない人にお願いするなら、そういう人でもちゃんと作れるような発注の仕方をしなくてはいけません。YouTubeに限らず、外部にお願いするときの意思疎通は極めて大事です。
どんな素材があればどう作れるとか、自分で編集ソフトを使いこなせなくても、基本的な仕組みを把握するのは最低限必要です。発注時に何の素材が必要か、どのフォーマットで渡せばいいのか、は知らないと会話すらできませんからね。
私もYouTube担当になってから初めてサムネイルを作れるようになりました。テレビ業界ではサムネイルはを使うことは無かったので、それまでPhotoshopも使ったことなかったんです。
中山: 新しいことにチャレンジできることは良いことですね! お話しいただきありがとうございました。
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