インタビュー

住む人の背景づくりに徹してブランドの気配を消した結果、逆に個性になった「MUJI×UR団地まるごとリノベーション」

無印良品を展開する良品計画のグループ会社、MUJI HOUSEが団地リノベーションプロジェクトを進めているという。なぜ今団地リノベーションなのか、ターゲットやアプローチの仕方、ブランドとしてどう取り組んでいるのかを担当者に聞いてみた。
伊藤真美[執筆], 吉田浩章[撮影], 山本敦夫[デザイン] 2022/8/26 7:00 |

良品計画のグループ会社であるMUJI HOUSEUR都市機構と連携して展開する「MUJI×UR団地まるごとリノベーション」は、UR都市機構の団地住戸をリノベーションするだけでなく、団地外観、屋外広場、商店街区といった共用部分、さらに地域コミュニティの形成にも連携して取り組むことで、団地を拠点とした地域生活圏を活性化しようという取り組みだ。あくまで住む人が主役となり、背景としての住環境・地域を豊かにすることが目的だが、なぜMUJI HOUSEが取り組むのか、またどのようにアプローチしているのか。一級建築士でもあり、同社でリノベーション事業部の部長を務める豊田輝人氏にお話を伺った。

株式会社無印良品 リノベーション事業部 部長 一級建築士 豊田輝人氏

団地の魅力を再発見し、“古さ”をヴィンテージ感として活かし、若年層に訴求

2012年から実施している「団地リノベーションプロジェクト」は、MUJI HOUSEがUR都市機構と連携し、若年層の取り込みを目的として発足した。このプロジェクトは2020年度末累計で1,000戸以上の入居が済み、入居者の40代以下が7割以上を占めるという成果を上げている。

そこで、2021年に発表した「MUJI×UR団地まるごとリノベーション」は住戸のリノベーションから一歩踏み込み、団地の外観や屋外広場、商店街区などの共用部分までを対象とし、地域コミュニティの形成にも連携することで、団地を拠点とする地域の活性化に関わっていこうというプロジェクトだ。

“まるごと”といっても本当に丸ごと建て替えするわけではなく、一戸も共用部分も、今あるものをできるだけ活かすことが前提です。最小のリノベーションで、どう団地の魅力を引き出すか、伝えるかが、テーマです(豊田氏)

団地は高度経済成長時代に建てられた物が多く、「建物が古い」「エレベーターがなくて不便」などのイメージがつきまとう。豊田氏自身も、本プロジェクトに参画するまでは、同様のイメージを持っており、「建物の大規模なリノベーションを行わないと、そのイメージを払拭できないのではないか」と考えていた。しかし、実際にリノベーションに携わるうちに、豊田氏はその“古さ”こそが若い人にとっても魅力になることに気づいたという。

清潔感は大事なので、水回りなどは新しくしますが、全体として古いからダメということはないんです。むしろ、若い人には古さがヴィンテージ感として魅力になる。そこで、古さを活かしてどう設計するか、どう物件としての魅力を引き出すか、を意識して作るようになりました(豊田氏)

そこで、リノベーションコンセプトを「生かす、変える、自由にできる」とし、作り込みすぎないことを掲げているという。たとえば、「生かす」部分としては、回すタイプの取っ手や、飴色に変化した鴨居や柱を積極的に残してヴィンテージ感を得られるようにしている。

鴨居や柱を残したデザインのリノベーション

また「変える」ものとしては、たとえば、団地の“アイコン”とも言える“押し入れ”の中棚だけを取ったり、壁と同じ色を塗ったりして、部屋とひとつづきにし、現代的な暮らしに合う空間に作り変えている。

リビングの押入のふすまと中棚を撤去し、部屋の延長としても活用できるリノベーションの例。中棚を撤去することで、4.5畳が6畳に広がっている

他にも、和室にオリジナルで開発した縁のない「麻畳」を敷くことで古さを払拭し、強度的にも普通の家具を置けるようにしている。フローリングも選択肢にあったが、コストが非常に高くなること、また遮音性が低下するという懸念があった。「麻畳」という性能を活かし、かつデザイン的に現代風にすることで、若い人にとっても新鮮な空間にすることに成功している。

畳の表面に麻を用いたオリジナルの「麻畳」。摩耗に強いので毛羽立ちが少なく、畳専用ではない家具も置ける

そして、キッチンについてもかつては部屋に背を向けた古いタイプが多かったものの、自由にレイアウトできる組合せキッチンもオリジナルで開発し、設置している。

オリジナルの組合せキッチン

「無印良品」の理念を踏襲し、住む人のためを第一に考えて背景に徹した結果、逆に個性になった

今や日本を代表するブランドの1つである「無印良品」。もとは1980年代のブランド台頭時代に“アンチテーゼ”として西友ストアーのプライベートブランドとして誕生し、“印”がなくてもシンプルでいいものを提供するという発想で事業を展開してきた。

豊田氏は、その本質的な良さを追求するという考え方をこのプロジェクトでも踏襲し、「表面的にかっこよくすること」は考えていないという。

人気のあるブランドだから、その色に染めるというのではないんです。むしろ、団地には、実はたくさんいいところがある。団地の“なかなか伝わりにくい魅力”が伝わりやすいように設計に落とし込む、という考え方でリノベーションに取り組んでいます(豊田氏)

部屋や建物の他にも、団地には次のような良さがあり、生活環境としての品質が高いことも大きな魅力だという。

  • 広い公園や広場がある
  • 商店街が近くにある
  • 建物と建物の距離が十分にある
  • 木や緑の配置も考えて造られている
  • 風通しや日当たりがよい

そして、団地の魅力を伝えていく上で、豊田氏が重視しているのが、「団地に住むメリット」を住民自身が認識し、自らよりよいものにしていこうというアプローチだ。

いきなり、『こういうところがいいでしょう!』とアピールするのではなく、そこに行き着くまでのストーリーを大事にし、『みんなでこの団地を良くするためにはどうしたらいいのか』を一緒に考えるほうがいいと考えています。なので、メルマガでアンケートをとって、『もしリノベーションしたら』『どんなリノベーションなら』と徹底的にヒアリングするところから始めました。すると、1回につき数千人、多いときには1万人から返信が戻ってくるんですよ(豊田氏)

 

集まったアンケートの回答はすべて読み込み、そこからアイデアを練って、具体的なリノベーション案へと落とし込む。そこまでの過程もなかなかタフな作業だが、手を抜かずに徹底的に行っているという。

陽当たりや風通しの良さをより感じられる4〜5階をリノベーションの対象にしたいというUR都市機構さん側のリクエストがありました。結果的に30〜40代が入居されることが多いのですが、基本的には全方位を対象にして、どんな人が入居されても住みやすい家づくりを目指しています。『暮らしの背景を整える』というコンセプトを掲げているように、あくまでお客様の生活が主役であり、家づくりはその背景と考えています。多くのリノベーションがデザイン性を前面に出す傾向にあるのに対して、反対にどれだけ後ろに下がれるかを常に意識しています(豊田氏)

住む人の生活を主役にし、どれだけデザイン性を出さずに住みやすい家づくりができるかを突き詰めた結果、実際にリノベーション物件に入居した方々からの満足度は上々だという。しかし、メリットを感じる部分は十人十色であり、まさに暮らしが住む人の数だけあることがよくわかるそうだ。ある人は、「風通しがよく、日当たりが良くてエアコンがいらない」という団地本来のメリットを評価し、ある人は、「あえて収納を作らない物件」に住んだ結果、「足るを知った」と前向きなコメントをしているという。また、インテリア好きも多く、「自分の好みの家具を置いても浮きにくい」という声も多いという。

あえて後ろの背景づくりに徹して、それが個性になったのはおもしろいと思いました。全方位向けにつくったつもりでしたが、結果的には『暮らしのリテラシーが高い人』の満足度が高いですね。たとえば、作り付け収納ではなく、自分で組み立てる方を好まれるような、いわば自分で暮らしをカスタマイズできる人、カスタマイズしたい人に向いていると思います(豊田氏)

団地から商店街、地域にコミュニティを発生させ活性化を促す

現在、「MUJI×UR団地まるごとリノベーション」の事業は、千葉市の花見川団地で住戸および商店街のリノベーションを設計している最中だ。団地の魅力の1つとして商店街が近いことがあるが、店主の高齢化や空き店舗が増えてきていることもあり、活性化することが目的だという。

「MUJI×UR団地まるごとリノベーション」の事業が進んでいる千葉市の花見川団地

そこで、まずはリノベーションによってデザイン面を整備するだけでなく、コミュニティづくりにも参画しているという。たとえば店舗の出張販売に月1回参加して団地の人に商店街に関するヒアリングをし、そこで得られた声を設計に活かしたり、品揃えに反映したりしている。

また、団地に住んでいる高齢者が外に出るきっかけを作ろうと、地域企業も参加してイベントを企画しているそうだ。店舗を盛り上げたり、イベントを実施したりすることで人が外に出る状況を作り、ふれあいの中からコミュニティを発生させることで、住民だけでなく商店街や地域を巻き込んで活性化しようというわけだ。

まずは人が仲良くなってにぎやかになり、新しい店舗ができて売上も上がり、どんどん商店街が魅力的になり、さらには周辺の地域の方々が商店街や団地内の公園に遊びに来るようになるでしょう。そんなふうに団地が地域の“目的地”になることを目指しています(豊田氏)

現在、MUJI HOUSEが手掛けた「団地リノベーションプロジェクト」の1,000戸のうち、空いている部屋はわずか。この事業が成功すれば横展開の可能性もあるだろう。来る少子高齢化の時代に、古くて新しい街づくりのあり方の1つとして大いに期待したい。

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