インタビュー

ミステリーマガジン『ムー』的マーケティングの世界征服計画とは? 不思議かわいいで若年層も巻き込む

ミステリーマガジン『ムー』が考えるマーケティングとは? 読者やコンテンツと真摯に向き合うからこそできる、“ムー”的マーケティング施策の数々に迫る。

2019年に創刊40周年を迎えた月刊誌『ムー』。“スーパーミステリーマガジン”として長年にわたり、ディープなオカルトファンを魅了し続けながら、幅広い層に唯一無二のブランドとして認知されている。コア層およびライト層、それぞれに訴求する『ムー』のマーケティング戦略について、三上丈晴編集長、ライセンスなどを担当する望月哲史氏に伺った。

世代を超えてファンを取り込み、老舗雑誌として創刊43年目に

“世界の謎と不思議に挑戦する”スーパーミステリーマガジンとして、唯一無二の存在感を放つ『ムー』。1979年に創刊されて以来、UFOから超能力、古代文明、UMAまでさまざまなテーマを扱い、「日本一怪しい雑誌」として盤石な読者層を維持してきた。

さらに近年では、都市伝説と呼ばれる陰謀論や真実性が不明な事件、占いや前世などスピリチュアル分野にも対象が広がり、謎と不思議への探究心はとどまるところを知らない。

雑誌としての『ムー』の現在の発行部数は約5万部。最盛期に比べると減少傾向とはいえ、デジタル化が進む業界で、これだけの発行部数を維持している雑誌は稀有だ。読者属性は、40〜50代の男性を中心にしながらも3割強が女性で、創刊時から定期購読する70代もいれば、会社員や主婦、10代の学生までと幅広い。

『ムー』の概要と読者層
『ムー』の発行部数遷移

読者の属性は年齢・性別を問わず、かなりばらけている印象があります。テーマも幅広く取り扱っており、占いや前世などスピリチュアル系は女性からの反響が大きく、歴史やUFOとなると中高年男性が好む傾向もあります。あくまで傾向で、おそらく個人差のほうが大きいと思われます。共通しているのは、未知のものに対する知的好奇心・探究心が強いということでしょうか。マニアやオタクというよりも、理系で知的好奇心が強い方が多いようです(三上編集長)

株式会社ワン・パブリッシング ムー編集部 編集長 三上丈晴氏

実は『ムー』の創刊は、もともと中高生向け学年誌の特集を切り出す形で企画されたものだという。創刊年の1979年といえば、世の中でも大予言者やミステリーゾーンなどが話題になっていた頃。当時、中高生だった人たちが読者になり、そのまま年を重ねても購読を続けているケースが多く、スピリチュアルブームで女性ファンが加わるなどの変化はあっても、ファンが入れ替わることはなかった。どの世代、どの時代にも一定数はいる、ミステリーやオカルトのファンを取り込んできた結果といえるだろう。

ライト層が増える中でも、『ムー』は“謎に真摯に取り組む”

近年になって、ミステリーやオカルトを取り巻く雰囲気はやや変化している傾向がある。芸能人などの有名人がオカルトファンであることを公言し、ミステリーやオカルトを取り扱う番組も数多く作られ、SNSや動画サイトなどの定番コンテンツとして扱われるようになってきた。

三上編集長は「需要があることは明らかだが、タブーに足を踏み込まざるをえないことも多く、テレビ番組ではなかなか難しい面はある」と語り、「それでも実話怪談のような力量が問われるコンテンツもあり、メディアが多様化する中で、さまざまな表現が試みられているのは興味深い」と評する。

しかし、世の中にはそうしたライトな楽しみ方をする人々が増える一方で、『ムー』の編集スタンスはやはり揺らぐことはない。歴史や科学など学問的な側面がありつつも、荒唐無稽と受け取られるテーマも多いことから、企画・編集時には絶妙なバランス感覚が求められる。ムーのコンテンツを作りについて、三上編集長は以下のように語った。

制作側が真剣になりすぎても引かれるし、かといって軽く扱えば茶化した印象が紙面ににじみ出る。オカルトやスピリチュアルな現象、物語を否定するのは簡単ですが、それではなんのおもしろ味もないでしょう。たとえ99%は合理的に理解できたとしても1%の謎があるからこそ、人は魅力を感じるのだと思います。それがミステリーたる所以であり、思考力・想像力を駆使して、読みこなす力が求められます。総じて言えば“哲学”であり、歴史や思想学、宗教、数学やアートなどの知識が多いほど、解明されない謎に思いを巡らせる知的活動は楽しいもの。その意味で、『ムー』の読者はリテラシーが高く、バランス感覚にも長けています。そうした方々に作り手として何を提供するか。まさに毎号が真剣勝負なんです(三上編集長)

ミステリーのテーマに真摯に向き合ってきたからこそ、『ムー』は創刊から長く愛されてきた

実際、読者からの投稿は冷静で興味深いものが多く、“ハマっている”というより2〜3周して楽しみ方に慣れた印象があるという。だからこそ、いい距離感を保ちながら、読者でいられる。そうした目の肥えた読者を飽きさせない誌面を真摯に提供し続けたからこそ、現在の「ミステリー・オカルトファンのバイブル的存在」となり得たというわけだ。

本誌を知らない人にも訴求する「あやしい・かわいい」ブランドイメージ

本誌を編集する上で、読者や謎に対して真摯なスタンスを保持する一方、「ムー」の“ブランド”としては、軽やかにさまざまなコラボレーションを実施してきた。

2018年から2019年にかけて、創刊40周年を記念して開催された「ムー展」では、従来のファンだけでなく、10〜20代の若年層まで幅広く集客し、いわば「ライトにオカルトやミステリーを楽しむ層」も取り込んだ形となった。同年にはコミックマーケットへの出展を果たし、フレーム切手セットも人気を博した。

2018年10月の「創刊40周年記念 ムー展」(池袋パルコ)
郵便局のネットショップで創刊40周年記念月刊「ムー」フレーム切手セットが発売された(現在は販売していません)

グッズとしても、2013年に始まったファッションブランド「ハードコアチョコレート」とのコラボTシャツを機に、さまざまなアパレルブランドのライセンス商品企画が急増。2018年に行ったファッションセンターしまむらとのコラボも大きな話題となり、バッグやキャップなどのファッションアイテムのほか、文房具や食玩などにも広がっている。女性にも購入者が増えており、特にムーのロゴをモチーフにした「ムーピアス」はSNSなどを通して拡散し、現在も入手が難しいレアアイテムとして人気を集めているという。

『ムー』のロゴを仕様したライセンス商品

「ピアスはロゴの形でしかなく、編集部にしてみれば、どのへんが『ムー』らしいのだろう……と謎なのですが」と望月氏は笑う。

雑誌自体は詳しく知らない、ともすれば手にとったことがないという人ほど、『ムー』の怪しく不思議な雰囲気と、ロゴデザインのポップさがあいまって『不思議かわいい』と感じ、サブカル的なブランド感があると受け取るようです。そうしたイメージが、本誌を読んだことがないという人にも浸透しているのは、創刊から40年の蓄積があってのこと。雑誌づくりをぶれずにやってきたからこそ、自由にブランドイメージを独り歩きさせても、本誌の価値を損ねずにいられるのだと思います(望月氏)

株式会社ワン・パブリッシング ムー編集部 望月哲史氏

先に三上編集長が語ったようなミステリー専門誌としての矜持が『ムー』にあるからこそ、さまざまなコラボレーションで、たとえ「不思議かわいい」という新しいイメージが追加されても、ブランドイメージが揺らぐことはない。だからこそ、望月氏も「本誌の外での活動は自由に遊ばせてもらえる」という。ブランド力への確信が、『ムー』の新しい試みに拍車をかけているのは間違いない。

TikTokで『ムー』を知らない若い世代にも確実にリーチ

『ムー』本誌の外での活動は、まさに多様化が進んでいる。前述のようなライセンス販売やコラボレーションに加え、ムーが蓄積してきたコンテンツとしての強みを活かしたYouTubeの動画配信や、リアルイベントの監修、コンテンツ制作協力などと幅広いラインナップだ。中でもユニークなのが、2020年9月から開始したTikTokアカウント、ムーPLUS(@mu_plus)の活用だ。

実はTikTok側から『ムーさんでやりませんか』とお声がけいただいて、かなりびっくりしました。TikTokといえば、10代が中心でポップでかわいい、楽しいコンテンツが好まれると思い込んでいたので、ムーにどんな用があるんだろうと(笑)(望月氏)

そこで、制作段階からTikTokに企画を相談し、「いつものムーをTikTokでやってみたら」というアドバイスを受けて投稿したのが「1分でわかる超常現象」のシリーズだ。静止画とテキスト、音声を組み合わせたスライドショー動画、もしくは三上編集長など、ムーではおなじみの方々が登場して1分間で解説するというもの。ほとんどの内容が、ムー読者なら当然知っていることばかりで、いわば基礎中の基礎だ。

@mu_plus 捕獲時には生きていた!衝撃の「ツチノコのミイラ」発見現場へ突撃!衝撃の画像はコメント欄のURLからチェック! #ツチノコ #ツチノコ目撃 #ミイラ #ツチノコ発見 #UMA #ためになるTikTok #tiktok教室 #ムー #都市伝説 ♬ オリジナル楽曲 - ムーPLUS
@mu_plus 太陽系外から飛来した小惑星オウムアムアは、宇宙船だ! #都市伝説 #オカルト #宇宙 #ためになるtiktok #tiktok教室 #ムー #月刊ムー #UFO #ハワイ #オウムアムア ♬ オリジナル楽曲 - ムーPLUS

スライドショーについては編集部で企画し、外部の制作会社がムーからの提供素材で作成しており、編集長の動画も社内でほぼ内製している。一部、人気声優が登場したライブ配信イベントなど、TikTokと連携したスペシャル回もあるが、ほとんどが手作りだという。

閲覧数にはバラツキがありますが、コメント欄から推測すると、閲覧者のほとんどがムー読者でないと思われます。編集長が登場しても『誰?』という反応で、多く閲覧されたオーストラリアの獣人ヨーウィを紹介した動画には『進撃の巨人に似てね?』という意外な感想のコメントが付いて盛り上がりました。だからといって、必ずしもムー本誌の読者にすぐにつながるというわけではありませんが、『ムーの名称やイメージだけ知っている』という認知から、少し足を踏み込んでもらうという意味では成果があったと考えています(望月氏)

アーカイブ目的のYouTubeでは500号記念イベントも

そして動画の活用についてはもう1つ、YouTubeも2021年3月から開始している。以前から三上編集長が他のチャンネルに登場しており、相性の良さはわかっていたため、満を持してムー公式チャンネルを公開。三上編集長などによる解説企画、東スポや大槻ケンヂ氏との対談企画、イベント時の動画などが投稿されており、基本的にはアーカイブが目的だという。

登場人物もテーマも固定せず、編集担当も毎回異なるので、YouTubeの成功セオリーには反していますが、ムーがやっていることの動画のまとめ、という意味では、これらはむしろ読者対象ということなのかもしれません。とはいえ、“ムー的”なものに興味をもっていそうな新規読者層も取り込める内容を意識して、2021年11月から新しい企画を開始しています(望月氏)

YouTubeの新しい企画は、その名も「チャレンジ企画『ムー部』」。2022年7月の創刊500号に向けて、田中俊行氏&チビル松村氏の怪談師コンビが、創刊号から順に読んでいくというもの。田中氏は40代、松村氏は20代で、いずれも創刊号は初見という二人が、どう反応し、どう読み解くのかをリアルに見せていく。

こちらも爆発的にバズる反応を期待するというより、視聴者にはじわじわと厚みを感じてもらいたいという。

“ムー的”マーケティングはブランド活用と本誌読者の新規獲得の2軸で展開

次々と新しい施策を展開してきた『ムー』だが、それが必ずしも本誌購買に直結しているわけではない。また、デジタルシフトが進む中で、施策の成果を紙媒体につなぐだけでは収益的にも厳しいものがある。そうした認識のもと、今後の課題について大きく以下2つの方向性を考えているという。

  • 国内唯一のブランド力をアドバンテージとして、ライセンス関連のビジネスやタイアッププラン、コンテンツやイベントの監修などを展開していくこと
  • 本誌を継続させていくため、新たなファンを獲得すること

特に1つ目については、ライセンス商品などでブランドイメージを消費するだけでなく、オカルト的なものへの関心が低下しないよう、業界そのもののあり方にも寄与していくという。それは、“ムー的”なコンテンツづくりの伝承といえるだろう。

一般にオカルトやミステリーを扱うと、どうしても茶化す扱いをしがちです。それは裾野を広げる意味ではよくても、続けていれば、いつかは沈下してしまいます。笑えるほうがバズるけれど、受けスジだけではよくない。『ムー』が継続してこられたのも、謎に真摯に向き合って真面目に検証を行い、それでも解明できない部分をそのまま事実として伝えてきたから。謎に対する畏怖の念を通底としてもち、ウソを絶対につかない姿勢が大切だと思います。そうしたモノづくりのスタンスや知見は、本誌だけでなく各方面にも提供したいと考えています(三上編集長)

ブランドイメージを損なうことなく、ライセンス商品を展開できるのも、本誌という本丸がきちんと確立し、継続してこそ。今後はライセンス商品で「ムー」ブランドに触れた層、TikTokやYouTubeなどで認知から内容に少し触れた層に、どのような働きかけを行い、本誌の購買につなげていくかが大きな課題となっている。

これだけ様々なメディアがある時代なので、どこからでも『ムー』にたどり着けるよう、あらゆる接点を設ける必要性を感じています。Twitterはフォロワー数10万を超え、TikTokは7万を超えたところですが、コツコツと取り組んでいます。また、ネット上で本誌の内容が閲覧できるよう、2020年1月からnoteの有料ウェブマガジン『ムーPLUS』を開始するなど、新しい収益チャネルにも取り組んでいます。そして、多くの読者がそうだったように、子どものころに抱いた不思議や謎への関心を育めるような、場や仕掛けを提供していきたいと考えています。具体的には、子ども向けの書籍やWebコンテンツを企画しています(望月氏)

あの老舗ミステリーマガジン『ムー』がここまでブランド、メディアともに展開しているとは驚くばかりだが、いずれもまだ始まったばかり。本誌の売り上げにつながるか、新しい収益構造を生み出せるか、正念場はこれからだ。2022年7月の創刊500号に向け、ますます加熱する“祭”のような取り組みと“ムー的マーケティング”が、今後の『ムー』にどのような影響を与えるのか、楽しみにしたい。

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