【レポート】Web担当者Forumミーティング 2021 秋

「オリンピックでメダルを獲れば観客が来る」は嘘!成果を上げたのは地道なマーケティング施策

「オリンピックでメダルを獲っても観客は来ない」と語る、フェンシング銀メダリストの太田氏。試合の観客席を満席にした21個の施策と、価値を創造する方法とは?

オリンピックでメダルを獲ったのに、全日本フェンシング選手権の決勝戦は観客席がガラガラだった。メダリストの試合でも埋まらなかった試合の客席を、チケットの手売りや観客との交流、写真撮影など地道な活動で満席に変えたのは、同じくメダリストの太田雄貴氏だった。

フェンシングの選手として2008年北京オリンピック、フェンシング個人銀メダルを獲得、2012年ロンドンオリンピックでは団体銀メダルを獲得した太田雄貴氏は、公益社団法人 日本フェンシング協会会長を経て、現在は国際フェンシング連盟 理事、IOC委員として、スポーツ界を盛り上げている。

Web担当者Forumミーティング 2021 秋」に太田氏が登壇。プロスポーツとは違った小規模のスポーツ団体や中小事業者、これから組織を立ち上げる人たちに向けて、認知度をあげ、ファンを獲得して事業を進めるにはどうしたら良いのかという視点で講演を行った。

国際オリンピック委員会 アスリート委員/国際フェンシング連盟 理事
太田 雄貴 氏

「オリンピックでメダルをとれば観客が来る」は嘘だった

ここに一枚の写真がある。2013年に代々木体育館で開催された全日本フェンシング選手権の決勝戦の様子で、選手は両者ともオリンピックの銀メダリストだ。

2013年 全日本フェンシング選手権の決勝戦の様子

コロナ禍の今ならそれほど違和感がないかもしれないが、観客がいない。しかし、この写真が撮影されたのは2013年。日本フェンシング協会が無観客試合にしていたというわけではなく、「無料でやってもこの有様」と太田氏は自虐的に話した。

太田氏が高校・大学時代に開催された大会にも、観客はいなかった。太田氏が日本フェンシング協会に「なぜお客さんがいないのですか?」と聞くと「オリンピックでメダルがないからだ。他の競技を見てみろ、オリンピックでメダルをとればお客さんでいっぱいになる」と言われた。若かった太田氏は疑問を持たず、2008年北京オリンピックでのメダル獲得を目指し練習を重ね、見事銀メダルを獲得した。

太田氏の活躍でフェンシングが注目され、その年の全日本選手権は多少お客さんが来たものの、他の競技のように観客で満席にはならなかった。再び協会に行って「なぜメダルをとってもお客さんがいないのですか?」と聞くと「個人ではだめだ。団体でメダルをとらないと」と言われた。そこで2012年ロンドンオリンピックの団体で銀メダルを獲得した。

その後の2013年の大会の様子が上記の写真だ。太田氏が再び協会に聞きに行くと「銀じゃだめだ。金じゃないと」と言われた。そこで初めて「『メダルをとれば変わる』はまやかしだと悟った」という。

メダル獲得と観客動員数に相関関係は多少あっても、因果関係はないです。いろいろな人が観客がいない理由を説明するが、まずは前提を疑うクリティカル・シンキングが必要だったのです。

秋元康さんの言葉で『認知と人気は違う』というのがあります。リソースがあれば、CMを大量に投下して認知を上げて、その中からコアなファンを作ることができますが、ヒト・モノ・カネが限られているならその逆をやらないといけない。AKB48劇場は、まず劇場を満杯にすることで話題になり、メディアに取り上げられるようになり、認知を獲得しました。リソースがないならば、まずは100人でいいので、圧倒的なファンを作ることが大事だとわかったのです(太田氏)

有料でも観客に見に来てもらうために、大会のあり方を変革

太田氏が日本フェンシング協会会長に就任した時は31歳。理事には年上の人が多く、組織をまとめるには苦労が多く、自信もなかったという。しかし、有料にしてもフェンシングの試合を観に来てもらえるように、前向きで建設的な議論ができるようにする必要があった。そこで、次のスローガンを掲げた。

日本フェンシング協会が掲げたスローガン

何かをなす時に、他の人についてきてもらうにはビジョンの共感が必要です。フェンシングを取り巻く、選手・コーチ・スポンサー・スタッフ・ファン・協会役員などすべての人々に感動体験を提供することを目指すのだと口に出して、仲間を集めていく必要がありました(太田氏)

事業でも「このプロダクト/サービスは誰に向けたものなのか」という問いは必要だが、スポーツ大会でも選手、観客、関係者など様々なステークホルダーがいるなかで、優先順位を決めないと何がしたいかわからなくなる。そこで、太田氏は選手をないがしろにせず、観戦しに来てくれるお客さんに重きを置いた施策を考えた。そして、2017年の第70回全日本選手権は、1,000円の有料チケットを販売することにして、21個の新しい取り組みを行った。

21個の取り組みと言っても、なるべくコストが、かからずにできる施策を考えたという。たとえば、会場でのコーヒー飲み放題サービス、スポンサーを見つけて1,500円相当のお土産の導入などだ。

2017年の全日本選手権から始めた21の取り組み

新しい取り組みの1つが、決勝戦を1日に集約したことです。これまで全6種目の競技を2種目ずつ、3日間にわけて予選から決勝までの試合を実施していました。家族や知り合いが試合に出ていれば観ていられますが、1日中予選から決勝までを固い椅子に座ってずっと見ているのは辛いですよね。この状態を当たり前にしていたのは、顧客目線が足りなかった。そこで、各種目の準決勝までを1日目までに済ませ、決勝戦を最終日の1日に集約し、決勝戦のみをお客さんが楽しめるようにしたました(太田氏)

「お客さんのため」という目的が決まると、他の施策も進むようになる。特に、試合の状況をわかりやすく伝えるための施策を工夫した。たとえば、試合でのLEDパネル導入だ。以前もポイントが入るとランプが点灯したが、見えづらかったので、ポイントを獲得した選手側の床全面が光るようにした。また、館内ラジオ放送「FMフェンシング」で、会場内の人に向けて代表選手が試合の解説を行った。

そもそもルールがわからないから、観客がフェンシングを楽しめないという課題がありました。その課題に対して、LEDで光らせてわかりやすくする、解説をつける。また、会場が寒いという課題にはホットコーヒーを出す、というようにお客さん目線で施策を考えました。それでいてお金をかけないこと。勝利した選手がTシャツを観客席に投げこむというパフォーマンスは、お金はかかりませんが、観客は盛り上がります。終わった後には、選手がサイン会を開きました。試合が終わればさようならではなく、来てくれた人に直接感謝を伝えるようにしたのです(太田氏)

館内ラジオ解説の導入
優勝者によるTシャツの投げ込み

観客目線での施策を行った結果、約3週間の準備期間で1,500名が来場した。来場した人が楽しめる施策だけでなく、集客の施策も考え抜いたという。SNSの広告では、イベントのために足を運んでもらうまでの影響がないと考え、関係者にチケットを手売りしてもらい、このチケットを購入した人には、特別な「インセンティブ=喜び」が得られるように設計した。

たとえば、車や保険の営業職をやっている後輩が、商品を買ってくれたお客さんにチケットを渡す。当日は、そのお客さんを連れてきてもらったら、一緒に写真を撮ったり、サインをしたりします。すると、お客さんは『後輩から商品を買ってよかった』と思ってくれます。チケットを売るよりも、お客さんが喜びをどう感じるか、インセンティブの設計が重要です。今回来た人が5年後10年後も来てくれるような、コアなファンになってくれることを目指しました(太田氏)

スポーツ大会から、見て楽しむショーへの転換

2017年を初めとして、全日本選手権の集客施策は3カ年計画で行われた。1年目は1,500人の集客を達成したが、翌年は客単価を上げることを目指した。もっとも大きな挑戦が、会場を東京グローブ座に変更し、チケット代を5,500円にしたことだ。バスケなどの試合のチケットの相場は1,500円だが、東京グローブ座を会場にして、試合の見せ方やアピールポイントを変えることで客単価を上げることに成功した。

これまで競合は卓球、バトミントン、バスケなど室内スポーツだと考えていましたが、演劇、ミュージカルなどと同じ感覚で楽しめる、非日常空間のショーとしてフェンシングを楽しんでもらおうと考えました。そこで、『座席もふかふかで、音響や照明にこだわり、エンタテイメントに富んで、トップレベルの選手が出る決勝6試合を観られる大会です』とアピール。チケット代は5,500円になりましたが、700席が40時間で完売しました(太田氏)

東京グローブ座での試合で新たに取り入れた取り組みの一つが、選手、そして審判の心拍数を計測して、リアルタイムに画面に表示したことだ。競技中は選手がマスクを着用していて、表情がわかりにくいため、選手の息づかいや苦しさがわかるように心拍数を表示し、臨場感を演出した。そして試合終了後に心拍数のグラフを見ながら試合の感想戦を行い、観客と体験の共有をする。

試合終了後に心拍数のグラフを見ながら試合の感想戦を行った

選手が試合としてやっていることは50年前と変わらない。しかし、見せ方を変えることでワクワクするようなショーになるのだ。

そして3年目の2019年の全日本選手権は、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で行い2日間にわたって約3,500席を埋めた。スポーツというよりも、アート、芸術を見るように楽しめるように、オープニングから選手のパフォーマンスを見せたり、映像や演出、照明にこだわったり、至るところに工夫をした。

舞台作品のような演出にこだわった

このまま、毎年この場所で開催できれば事業として安定すると考えた矢先、新型コロナウイルス感染拡大により大規模イベント開催できなくなってしまった。

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、大型イベントはもちろん、オリンピックさえも延期された2020年。どうやって価値を提供するか考えて、試合会場を秘密にして、オンライン限定で試合を観戦できるようにした。そして、今までと全く違う見せ方をめざし、「宇宙空間で試合をしている」ような大会を目指した。

2020年は宇宙空間で試合をしているような大会を目指した

スポンサー企業を獲得するためのコツ

太田氏はイベントの協賛企業をとにかくたくさん集めることに尽力した。うまくいくコツは「大義を話す」ことだという。

太田氏は「フェンシングがうまくいけばどの競技もうまくいく。すべてのスポーツのロールモデルになるように、成功例を隠さずにシェアする」ことをスポンサーに約束し契約にこぎつけた。

2020年のオンライン大会では、NTT西日本がスポンサーの一社に加わった。B2B企業のスポーツ大会への協賛はめずらしいが、同社の研究所が持っている技術のショーケースとして活用してもらうことを提案した。たとえば、離れた場所から選手とハイタッチできるリモートハイタッチだ。NTT西日本の技術を活用し、それぞれの会場に設置された透明ボードに選手がハイタッチすると、触れた振動を計測し、遠隔で映像と一緒に伝送する仕組みだ。離れた場所からでもファンエンゲージメントにつながり、未来の観戦体験を提供できることを訴えて協賛を得ることに成功した。

また、日産自動車の協賛では、EV車リーフの電気が家庭用の電源としても使えることを示すために、電気を使わないとできない競技のフェンシングだからこそと声をかけた。

車が置いてあるだけの展示では興味をひくことはできません。でも、展示車から供給される電気で子供がフェンシングを体験できたらおもしろいなと思いました。また、体験や試合の観戦を通して、展示車から試合に必要な電源が供給されていることがわかれば、車の使い方の訴求になります。実際にイベントで実施したら、多くの人が写真を撮っていて、リーフの宣伝になりました(太田氏)

財源が限られている中で、太田氏は自身の知名度を活かして、どんどん人に会ってトップ営業を行い、同時にスタッフの協力でスポンサー獲得を行ってきたという。2017年の無料コーヒー提供も、ネスカフェの社長に直訴して、ネスカフェ ドルチェ グストのプロモーションになることを訴えて協力をこぎつけた。

「大切なことは、あるべき姿を口に出して仲間を集めていくこと。仲間とともに顧客を創造し、価値を提供していくことです。皆さんも、学ぶだけではなく、ぜひ当事者としてやってみる経験をしてみてください」と太田氏は講演を締めくくった。

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