日本最大級のオンラインカウンセリングサービス「cotree(コトリー)」はスマートフォンやPCを通して、悩みや不安を気軽に相談できるサービスとして、2014年の事業開始から成長を続けています。登録しているカウンセラーの種類は臨床心理士、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントなど多様で、悩みの内容に合わせて、利用者が自ら選ぶことができます。cotreeはこれまで日本ではあまり重視されてこなかったメンタルヘルスケア事業に、早くから取り組んでいるITベンチャーです。
株式会社cotreeでCOOを務める平山和樹さんは、会社の認知度を上げるためグロースハック担当として2018年に参画。その成果もあって「オンラインカウンセリング」で入力すると、検索結果では1番目に「cotree」が表示されるようになっています(9月10日現在) 。
平山さんはオンラインとオフラインによる施策で、会社の成長に貢献しましたが、そこにはどのようなマーケティング戦略があったのでしょうか。今回は株式会社cotreeのCOO・平山和樹さんに話を伺いました。
(取材・文:Marketing Native編集部・岩崎 多、人物撮影:豊田 哲也)
カウンセリングを自分事にしてもらう工夫
――仕事や対人関係、人生の悩みなどを、オンラインで相談できるカウンセリングサービスとして有名なcotreeですが、あらためてサービス概要を教えてください。
cotreeはオンラインカウンセリングとコーチングのマッチングプラットフォームを運営しています。登録しているカウンセラーは180人以上、サービスを利用している会員は約3万名ほどです。ビデオ通話による「話すカウンセリング」と、専属のカウンセラーにメッセージ形式で相談できる「書くカウンセリング」の2タイプに大きく分かれます。オンラインカウンセリングを手掛けている会社は10社ほど存在しますが、業界のサービスとしては最大級にあたります。
――平山さんはCOOを務めながら、会社全体のマーケティングも統括されているそうですが、cotreeのマーケティング戦略で重視していることは何でしょうか。
ひと言で表現すると、cotreeの世界観を伝えたり、新しい文化や習慣を作ったりすることを重視しています。
そもそも日本では、カウンセリングといってもそれほど馴染みがあるものではなく、利用者は一部に限られていて、市場規模も約300億~350億円とまだ小さいものです。ただ、カウンセリングは仕事や対人関係の悩みなどを自ら掘り下げ整理していく手助けをする作業であり、多くの人にメリットがあります。そのためマーケティングの役割は、多くの人にカウンセリングを「自分事化」してもらい、毎月利用したくなるような新しい習慣を作っていくことになります。
今の市場だけでは限界がありますので、市場の中でパイを取り合うよりも、いかに市場を拡大できるかが基本戦略だと思っています。
また、カウンセリングという業態は、実際に使った人が口コミのように伝えていくかたちのほうが向いていると感じています。弊社がコンテンツを数多く発信して流入を増やす方法も行っていますが、利用者の方たちとともにサービスを普及させていくほうが、結果的に利用者数を伸ばしていけると考えています。
理由としては、UGCによりインプレッションが増加すること、利用者と近いつながりの人たちへの自然なレコメンドがされることが挙げられます。また、カウンセリングやコーチングは、使った人の主観的な体験を元に価値を作るため、ユーザー自身によって語られる言葉のほうが、適切な効果を示していることも理由の一つです。
もちろんメインのキーワードに対してSEOやSNS、出稿のようにビジネスセオリーとして押さえておかなければいけない施策は、粛々とやっていく前提での話です。
――世界観を伝えたり、新しい文化や習慣を作ったりするために、具体的に行っていることは何ですか。
会社のビジョンやミッションに紐付いた発信をしていくことです。例えば、不定期にユーザー会を開いています。我々のサービスを利用してくれた方と、興味はあるけどまだ利用していない人を10~20人ほどお呼びして利用者の感想を自由に話してもらう集まりです。
ユーザー会では利用者ひとりひとりがサービスを使った理由や感想を伝えます。カウンセリングというサービスの性質上、同じ悩みを持つ人が利用したとしても、それぞれ背景や性格などは変わるため、百人いれば百人が異なる感想を持つことになります。そのようにひとりひとりの個別なエピソードのほうが伝わりやすく、新たな利用者獲得につながる傾向にあります。弊社のミッションは「ひとりひとりが自分の物語をよりよく生きるための支えとなる」であり、これにも合致すると考えています。
もちろん、運営側のSNS発信も強化しています。というのも、この業界は利用者のセンシティブな内容をお聞きする仕事なので、運営側の人たちへの信頼が問われます。我々はSNSで仕事にかける思いや新たな事業が生まれるまでの経緯などを発信していますが、これも人となりを理解してもらうことで、サービスに安心感を持ってもらい信頼していただくことが目的です。
――ユーザー会などのオフラインイベントの効果はどう測定していますか。
我々はオフラインイベントの参加者数など定量的なKPIは特に設けていません。申し込み件数を増やすことがメインの狙いではなく、cotreeのサービスを使ったことのある人と使っていない人をつなげることがユーザー会を開く目的です。参加したもののcotreeのサービスを申し込まない人がいても構いません。
今のところ、ユーザー会を開催するたびに、イベント参加者の方から自発的にUGC(User Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)を発信していただけています。運営側ではなく、参加者の発言だからこそ届く層もありますので、そこから利用者数を広げていけますし、イベントを続けていけば複利的に効果が出てくるだろうと考えています。イベント会場は自社で行うため、運営準備に掛かった時間やコストは少なく済みます。コストがあまりかからないので、ポジティブなUGCの発生は見合うリターンであり、今後もユーザー会は継続していく予定です。
また、参加者の中には「運営側と一度話してみて、様子を見て良さそうであれば申し込もうと思っていた」という方が割といらっしゃいます。オフラインイベントを行えば、そういう方たちがサービスを利用する機会を見過ごさずに済み利用者数の増加が見込めるため、会社にとってもメリットがあります。
さらに、ユーザー会でいただける意見がすごく貴重で、そこから新しいサービス内容を作成するヒントが得られることも多くあります。例えば、cotreeでは先に複数回の利用分をまとめて購入するセット売りのプランがあります。これはユーザー会で出た「3回くらい使って慣れてみないと、自分なりのカウンセリングの使い方が確立できない」という要望に応えたものです。
第一想起を得るための工夫と指標
――カウンセリングやコーチングのジャンルで、第一想起を獲得するために工夫していることはありますか。
認知を広げていくため、検索順位を上げるSEOなどの施策はもちろん大事です。同様に、TwitterをはじめとするSNSやnoteなど、プラットフォームごとに露出度を上げることも重要で、検索順位に影響してきます。cotreeのWebサイトは、Google検索で「オンラインカウンセリング」のキーワードでは1位、「カウンセリング」で3位です。noteの記事が被リンクをもらえたことによるドメインパワーの上昇や、SNSでの言及の回数や内容などが評価されるアルゴリズムになって検索順位に反映されたことが大きいと考えています。
また、noteなど伸びているプラットフォームでの露出を上げていけば、普及とともに認知を伸ばしていくことができます。そのためにも、プラットフォームごとの特徴を分析して、意識して刺さるコンテンツ作りを行うことが重要です。弊社には、構成を整えた長い文章を作成できるスキルを持つ人が多く、長文を読みたい人が利用するnoteとの相性が良かったと思います。
――第一想起を得るうえで参考にしている指標は何ですか。
特に重要視しているのはcotreeの指名検索数です。その上でTwitterとnoteにおけるUGCの数も指標にしています。1年前と比べると指名検索の数は約2.5倍と大きく伸びています。指名検索数に比例して売り上げが伸びる関係にあるため、力を入れています。
過去に発信力のあるデザイナーの方にcotreeのコーチングを利用していただいたことがありました。感想をnoteに書いてくれたのですが、そうするとTwitterでその方とつながりのある人たちのタイムラインにnoteの記事が多く現れるようになり、cotreeのコーチングが流行っていると思っていただけました。結果として、noteの記事が出た翌日にコーチングの申し込みを多数いただきました。
SNSのタイムライン上で何度も見かけると、使ってみようかなという好奇心が生まれやすくなるものです。また、フォローしている人たちが利用していることで、サービスに対する安心感が醸成されやすくなります。こうした要因が利用者増加につながったと思います。
――Twitterとnote、オフラインイベント。いずれもcotreeでは積極的に活用されていますが、それぞれの利用者層に違いはありますか。
わかりやすい違いはエンゲージメントです。オンラインよりもわざわざオフラインのイベントに来ていただける人のほうがエンゲージメントは高いと言えます。オンラインの中ではnoteとTwitterを比較するとnoteのほうがエンゲージメントは高くなる傾向です。140字のつぶやきよりも長文を読んでもらった後のUGCのほうが、サービスへの理解が深くなる傾向にあると感じています。
どれくらい長時間、利用者に使っていただけるかがエンゲージメントに関係があると考えられるため、タッチポイントを増やすことが重要だと考えています。Twitterやnoteの閲覧にとどまらず、弊社サイトの訪問やイベントの参加までしていただける人は、理念に賛同してくれている可能性が高いので、ファンになってくださる確率も高いと言えます。
コロナ収束後も持続可能なサービス設計
――直近で成功した施策はありますか。
新しい取り組みの「新型コロナ メンタルサポートプログラム」は、スキーム自体が評価され、テレビの取材が入り、マスへの認知につながりました。
感染に対する恐怖や外出自粛に伴うストレス、経済的な不安など、多くの人たちがメンタルヘルスに不調を感じ始めており、日本国内でもコロナの影響が本格化した3月には、cotreeのオンラインカウンセリングの利用件数は前月比30%増となりました。
こうした中で、企業や個人の心のケアを行いたい企業とcotreeが共同で支援する形で、従業員や自社サービスの顧客らに無償でオンラインカウンセリングをお届けする仕組みが「新型コロナ メンタルサポートプログラム」です。
我々のメリットとしては、企業にcotreeというツールを使っていただける入り口を作れたことが挙げられます。この取り組みにかかる費用は、協賛企業とcotreeとで半分ずつ負担する形で、コロナが収束したとしても持続可能なかたちで設計されています。
私はコロナのためだけの施策はやりたくありません。というのも、タイミングキャッチ的なソリューションとしてすぐ終わってしまうからです。今回の新たなプログラムは、コロナ収束後も続けていきたい形式で、複数の企業に利用していただけたことから需要があることを確認できました。
――コロナ前後で、cotreeのサービス自体の利用状況に変化はありましたか。
2~3月と5~6月を比較すると利用件数はさらに2倍くらいに増えています。コロナのニュースを見て感染してしまうかもしれないという不安に関する相談が増えています。
利用件数の増加には、時期的な要因も考えられます。もともと4~5月は転勤や転職など環境の変化が大きいタイミングですが、今年はコロナの影響でリモートワークが普及し、働き方に関する相談が増えました。さらに、家族でいる時間も増えたため、家族との関係が上手くいっていない人たちから、「つらい」「やる気がなくなる」という悩みも寄せられました。
これまでユーザーの男女比は4:6で女性のほうがやや多く、年齢層も30~40代がメインでしたが、最近は、やや年齢層が上の50代以上の方の相談や、男性の利用が増えています。理由としては、オンライン環境やZoomが普及したことや、これまで対面でカウンセリングを受けていた人もオンラインカウンセリングへ移行してきたことが考えられます。
――逆にあまりうまくいかなかったものの、気付きが得られた施策はありますか。
過去に一度、紹介割引の制度を作ったことがありました。利用はされましたが、ものすごく利用者数が伸びたというわけではありませんでした。
紹介割引への導線などUXがうまくいかなかったことが大きな原因です。それと、利益を得て人を紹介するという行為に内在する、金銭で知り合いを売るようないやらしさを上手に払拭できなかったことも大きいと思います。紹介者と被紹介者の両方がポイントをもらえるサービスで、方向性自体は間違っていなかったと思いますので、いずれまた復活させたいと考えています。
利用件数と満足度の両方を担保する
――今後cotreeでは、マーケティングにおいてどのような面を重視していくのでしょうか。
オンラインサービスの中での差別化がより重視されていくと思います。今後、オンラインでのサービスは増え続けていくと見られるため、独自性や他と差別化するポイントなど、何らかのアピールできるものがないサービスは選ばれにくくなってしまうでしょう。
また、最近はコロナウイルス感染のリスクがあるため、イベントをオフラインで開催する必要性の有無がシビアに問い直されていると感じます。オフラインで行うための明確な理由が必要になります。
オンラインのほうが多くの人たちにリーチしやすい傾向にあるので、cotreeでは、まずオンラインでリーチをして、オフラインできめ細かいコミュニケーションを行うという使い分けや連携を大事にしていくことになると思います。
――最後にお聞きしたいのですが、会社の目標は何ですか。
弊社のビジョンは「やさしさでつながる社会をつくる」で、やさしさを生むつながりを増やすことをKGIとして置いています。やさしさが生み出すものには安全な関係性、他者信頼、自己信頼などがあり、これらの要素は相談者の悩みの解消につながると考えています。数値に置き換えて解釈すると、カウンセリングのセッション数の増加と、質の向上に集約されると思います。
ここで大事なのは買ってもらうことではなく、使っていただくことです。例えばカウンセリングの利用権を1000件買ってもらったとしても、実際に200件くらいしか利用されないような状態は望ましくありません。会社として売り上げは立ちますが、利用者の満足度も低くなり、サービスは続かないと考えています。カウンセリングの質を保つため、カウンセラーの採用要件を厳格化したり、カウンセラー間での勉強会を定期的に開催したり、クライアントから不満が寄せられた場合には、担当カウンセラーと振り返り面談を行ったりしています。現状では、件数が増えても満足度が下がっておらず、満足度は85~90%くらいで推移しています。このまま質を担保して件数を増やしていきたいと考えています。
――本日はありがとうございました。
Profile
平山 和樹(ひらやま・かずき)
上場ITベンチャー企業にて制作進行、マネジメント、新規事業立ち上げなどを担当した後、2018年よりマーケティング担当としてcotreeに参画。2019年よりCOO(最高執行責任者)に就任。SNSでの発信を通して、信頼されるサービス運営に尽力している。
株式会社cotree
個人向けオンラインカウンセリングサービス「cotree (コトリー)」や、個人向けコーチングサービス「コトリーアセスメントコーチング」、学生向けオンラインカウンセリングサービス「cotree for Student」を運営している。グループ会社に、経営者やリーダー向けのコーチング習得プログラム「CoachEd(コーチェット)」や経営者向けエグゼクティブコーチング「escort(エスコート)」を提供する株式会社コーチェットがある。
創業:2014年5月
所在地:東京都中央区
https://cotree.jp/
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