ネット広告に広がる"闇"は止められるのか? 不正広告対策に動きだした業界
この記事は、書籍『暴走するネット広告 1兆8000億円市場の落とし穴』の一部をWeb担向けに特別にオンラインで公開しているもの。
対策は進むのか
「フェイク広告」「飛ばし裏広告」「ボット」……。さまざまな新手の手口とともに拡大の一途をたどる、ネット広告不正をなくすにはどうすればいいのか。
今回の一連の取材は、大手の広告代理店や大手の配信事業者を主な対象としてきたが、ネット広告の業界団体、広告を出す側の企業、SNSなどを運営し、配信にも関わるプラットフォーマーの責任や対策はどうなっているのか。
ネット広告調査会社・モメンタムが2018年9月から10月にかけて、上場企業の広告担当者、約380人を対象に行ったアンケート調査によると、「アドフラウドという言葉も内容も知っている」という回答は、2017年はわずか5パーセントだったが、2018年には約25パーセントと5倍に増えた。
「ブランドセーフティ」については、「どういう内容か知っている」という割合は、2017年には14.0パーセントだったが、2018年には36.8パーセントと2倍以上に増え、「名前だけは知っている」も含めると約6割に達している。
ネット広告の問題点への関心が高まる一方で、その対策はまだ十分ではない。同じ調査で対策を取っているか尋ねたところ、「すでに対策を取っている」と答えたのは、「ブランドの価値が毀損されること」への対策で約2割、「アドフラウド」では1割強にとどまっている。
すでに対策を取っている企業にその理由を尋ねたところ、「メディアでの報道などを受けて問題を認識した」という企業が多く、さらには「漫画村などの問題のあるサイトが話題となり、こうしたサイトに広告が出ていないか、社内で議題に上がった」という回答もあったという。調査を行ったモメンタムは、「報道番組やニュース記事で、デジタル広告における不正行為や、広告が起点となったブランド毀損が問題視された影響が非常に大きい」と分析している。
ネット広告をめぐる不正行為を完全に防ぐことが難しい背景には、広告が出ているすべてのサイトを把握することが、広告主はおろか広告配信事業者ですら難しい点が挙げられる。これを解決しようと、広告主に代わって、自社のネット広告がどこに出ているのか調べて評価する「アドベリフィケーション」と呼ばれるサービスもある。導入しているのは、まだ一部の企業に限られるが、アドフラウドやブランド毀損を防ぐのに有効な手段だと考えられている。
広告を出稿する側の対応は?―――ネスレ日本の事例
国内に、ネット広告の不正対策にいち早く取り組んできた企業がある。
大手食品・飲料メーカーのネスレ日本は、広告のプランニングを行う媒体統轄室という部署が、ネット広告が適正に配信されているかどうかチェックし、広告代理店や調査会社と連携しながら日々データを計測・分析している。
取り組みを始めたのは2016年。スイスの本社から広告に関するガイドラインの通達が来たことがきっかけだった。それまで国内では、いかに多くのネット広告を出し顧客を効率的に獲得するかという、いわば「量」の部分を主眼に運用してきた。
それに対して、本社から来たガイドラインは、本当に効果があるサイトに出ているか、さらに問題のあるサイトに出ていないか、という「質」の部分をきちんと管理するべきだという内容で、具体的に「アドフラウド、ブランドセーフティ、ビューアビリティの3点について対策すべし」という旨が記されていた。
しかし、日本には先行事例がなく、担当した同社の媒体統轄室のユニットマネジャー・村岡慎太郎氏は、手探りの状態で対策を始めた。まずやるべきことは、自社の広告が、いつ、どのようなサイトに掲載されているか計測することだと考え、ネット広告専門の調査会社と組んで計測をスタートさせた。
それまでは何となく、「アドフラウドはどこかに存在するだろう」くらいの認識だった村岡氏だが、計測の結果を見て驚いたという。
時期によってアドフラウドの率が大きく変わるんです。たとえば、12月の中旬から下旬はアドフラウドの率が急激に高くなります。計測の結果、これが目に見える形でわかりました。弊社では誰も把握していなかった事実で、非常に驚きでした(村岡氏)
12月は、クリスマスや正月といったイベントが控え、人や市場の動きも活発になる。企業の広告費が集中的に投じられる時期でもあり、そこを狙われている可能性があるという。目に見えないネット広告不正の実態を目の当たりにした同社は、現在、週ごとに状況を取りまとめ、不適切なサイトには広告を配信しないよう確認作業を行っている。
しかし、最先端の対策を行ったとしても、運用型広告において、問題のあるサイトに広告が配信されるのを完璧に防ぐことはきわめて難しいという。
それでも、ネット広告がどこに配信されているのか、専用のツールで常に把握し、問題のあるサイトを「ブラックリスト」に加える作業を続けていくことで、ネット広告費が詐欺的にかすめ取られるのを限りなくゼロに近づけることは可能だと考えている。
まずは、見えにくいネット広告の配信状況を「可視化する」ことが、何よりも大切な一歩だと村岡氏は力を込めた。
「自分の会社は大丈夫だろう」と思っている企業も、実際、これだけアドフラウドが出ていることがわかると、「自分ごと」として認識し、危機感を持つことができると思います。広告費はあくまでも投資です。とすれば、投資に対するリターンをきちんと考えないといけない。どこに広告が出ているかわからない状況はあってはならないと思います(村岡氏)
業界団体の取り組み
ネット広告の健全化には、業界団体も動き始めている。
2018年春に漫画村が大きな問題になった直後、問題のあるサイトの「ブラックリスト」の共有が広告業界の中で進められることになった。
以下の三つの広告関連業界団体が、海賊版サイト対策を行っている一般社団法人・コンテンツ海外流通促進機構(CODA)の取りまとめた「ブラックリスト」を、会員企業と共有する取り組みをスタートさせたのだ。
- 一般社団法人・日本インタラクティブ広告協会(JIAA)
- 公益社団法人・日本アドバタイザーズ協会(JAA)
- 一般社団法人・日本広告業協会(JAAA)
手始めに十数サイトをリストアップして共有し、その後も定期的に協議の場を設けて、効果の検証やリストの更新も行っている。これまではそれぞれの企業が独自に「ブラックリスト」をまとめるしかなかったが、社会問題にまでなった海賊版サイト対策に業界全体で取り組もうという大きな一歩だ。
さらに、JIAAは、漫画村などの海賊版サイトへの広告出稿に会員企業が関与していないか、調査を進めていることも明らかにした。協会としての行動憲章や広告倫理綱領に反する事実が確認された場合には、内部規定に基づいて処分することも表明している。
実際に漫画村への広告出稿に関与したかどうかは明らかにされていないが、このタイミングで自主的にJIAAを退会したネット広告企業もあったという。
またJIAAでは、2019年4月、ネット広告を審査する現場で何が起きているのか、現状の問題点や各企業ができる対策、そして業界団体としてどのような対処を行っていくのかをまとめ、会員企業に対してニュースレターを配信し情報共有を始めている。
フェイク広告への対策にも動きがある。日本アフィリエイト協議会(JAO)は2019年1月、テレビ各局と連携し、番組のキャプチャー画像を無断で使用したフェイク広告への対策の検討を始めた。
まず、さまざまなウェブサイトのパトロールや情報提供によって、「テレビで紹介された」などの疑わしい内容の広告を把握する。そして、協力するテレビ局に事実関係を照会し、事実ではないことが確認できた場合、広告配信事業者に連絡して配信停止を求めるとともに、広告主にも連絡を取り、フェイク広告で発生した報酬を支払わないなどの対応を依頼するという。
危機感を持った広告配信事業者の中には、芸能人を起用した広告に関して、「エビデンス(芸能人側の許可が取れていることを確認する資料)」を求めるところも現れるなど、業界の中でも変化が起きている。
さらに2019年2月には、厚生労働省のロゴを無断で使用してダイエットサプリをネット販売していたとして、男二人が著作権法違反の疑いで警視庁に逮捕された。販売サイトには「厚生労働省の指定補助食品に選ばれた、唯一のダイエットサプリ」などと虚偽の商品説明が表示されていたという。
社会全体で不正行為を見逃さない姿勢を示すことも、ネット広告の健全化に向けた有効な手立てだろう。
電通とヤフーが動いた
問題のある広告を配信・掲載していた代理店や配信事業者も動いている。
電通は、2019年2月、「ホワイトリスト」と「ブラックリスト」という二つの対策を運用していくことを発表した。
「ホワイトリスト」の対策では、広告主ごとに異なる「配信先としてOKかアウトか」の基準に対応するため、膨大な配信先の中から独自の調査情報を盛り込んだリストを作り、広告主ごとに配信先の条件を設定できるようになるという。
一方、「ブラックリスト」の対策では、ネット広告が違法性・悪質性の高いサイトに出ていないかどうかを24時間体制でチェックして、不適切な広告配信先をリスト化するシステムを、モメンタムと共同で開発した。
一部では、不適切な配信先を常時自動的に排除できるようにしている。配信先として除外するかどうかは、著作権の侵害やヘイトスピーチ、アドフラウドのほか計六つの項目で設定しているという。
電通は「これら2つの施策を原則すべての案件で適用することにより、従来は困難であった広告主のブランドリスクに対する基礎的な安全性のコントロールと、広告主のニーズに合わせた最適なデジタル広告の運用が実現」するとした。
電通とそのグループ会社では、ネット広告について「リスクを把握し、最大限リスクをコントロールする施策を広告主に提案していく」という行動指針を「クリア・コード」と名付け、アドフラウドをはじめとするネット広告の諸問題に立ち向かっていく姿勢を示している。
第3章、第4章※で取り上げた 「飛ばし裏広告」というアドフラウドで、何者かによって作られた問題のあるサイトに広告を配信してしまっていたヤフー。常務の宮澤弦氏はインタビュー(本書第3章に掲載)で「大規模な広告配信の停止は難しい」という見解を示していたが、番組放送後の2018年9月21日から、安全性の確認できていないサイトへの広告配信を一斉に停止する措置を取ることを決め、その対策を公表した。
発表の中でヤフーは、サイト運営者の確認を含めた審査の厳格化や広告配信面でのパトロールの強化によって不正排除に全力で取り組むとし、不正行為に毅然と対応していく姿勢を示した。
さらに翌月、アドフラウドの撲滅を目指すとして、広告配信に関わる各ガイドラインを厳格化する改訂を行った。この中では、実態が不明な配信先を排除するため、以下のような条件を新設した。
- メディアとしての知名度・実績があること
- 広告配信先サイト内の情報に信頼性があること
さらには誤ったクリックを誘発するような配信方法や、アダルトサイト「Z」で見られたような「他のサイトから広告配信先サイトを強制的に表示して発生させる」ことを禁止事項として明文化した。
2019年4月、ヤフーはこのガイドラインの厳格化によって、約5900件の広告配信を停止したことを明らかにした。2018年9月21日から安全性が確認できていないサイトへの広告配信を一時停止していたが、その数は約6800件に上った。その後、再審査を行った結果、このうち約900件が新ガイドラインの基準を満たし、配信を再開したが、残りの5900件について、新ガイドラインに抵触しているとして停止したという(件数はドメインベース)。
そして2019年5月、ヤフーはアフィリエイトサイトに誘導するネット広告の配信を翌6月から原則停止することを発表した。その背景には、まさに第1章で取り上げたフェイク広告をはじめとする広告不正の存在がある。
ヤフーが配信するネット広告の「広告掲載基準」のうち、「広告の有用性について」という項目を変更し、「第三者のサイトへのリンクや広告が多数掲載されているものや、広告のクリック等をさせることを主目的としているような」サイトへ誘導する広告は、配信を行わないことを決定したという。
本書で見てきたとおり、配信事業者であるヤフーが配信する広告は、同社のウェブサイトYahoo! JAPAN のサイトだけでなく、新聞社のニュースサイトなど多くのウェブサイトに配信されている。この基準の変更で、これらのメディアについてもアフィリエイトサイトに誘導するネット広告は掲載されなくなる。変更理由について、ヤフーは「ユーザーの保護と広告掲載面の品質向上のため」とした。
※ 本書第3章、第4章では不正な広告について細かな取材内容が記載されているが、今回の記事では紹介していない。
この記事は、書籍『暴走するネット広告 1兆8000億円市場の落とし穴』の一部をWeb担向けに特別にオンラインで公開しているもの。Web担サイトでは書籍の以下ページを3回に分けて特別公開。
- 第1回:明らかになった「ネット広告の“闇”」 広告費はどこに消え、誰が儲けているのか?(P3~P6)
- 第2回:漫画村の裏サイトで表示されていた広告。広告費を不正にかすめ取る「裏広告」の実態(P124~P128)
- 第3回:ネット広告に広がる(P188~P199)
特別公開に許諾いただいたNHK出版には感謝申し上げるとともに、インターネットを利用するすべての人に読んでもらいたい1冊。
暴走するネット広告 1兆8000億円市場の落とし穴
インターネットを利用するすべての人が読むべき1冊
急成長を遂げ、年間売上1兆8000億円に迫ろうとするネット広告市場。近いうちに地上波テレビを追い抜き、「広告の王者」になると目されている。
しかしその巨大市場の奥底で、ネット広告特有の複雑な仕組みを逆手に取って、不正に金儲けを行う者が存在する。
NHKクローズアップ現代+「追跡! 脅威の“海賊版”漫画サイト」「追跡! ネット広告の“闇”」「追跡! “フェイク”ネット広告の闇」を放送し、大きな反響を集めた「クローズアップ現代+」取材班が、現在のネットビジネスが抱える問題点を徹底追跡。
目次
- はじめに
- 第1章 肥大化するネット広告──ニセ広告が作られるわけ
- 第2章 巨大海賊版サイトとネット広告
- 第3章 あなたの税金も狙われている
- 第4章 闇に消える広告費 ──儲けているのは誰だ!?
- 第5章 ネット広告不正をなくすために
- おわりに
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