一人ひとりの行動データから顧客のモーメントを分析する

MY Bunkamura登録者43万の行動分析で「頼られるマーケティング部」に成長。東急文化村の意識改革ストーリー

43万の登録者のデジタル行動から仮説を立て、攻めのチケット販売を行っている東急文化村に話を聞いた。
(右から)東急文化村の荒木氏、角田氏、佐久間氏、苗村氏

お客さまの行動をデータで追っていく過程で、マーケティングとは何かを個人顧客室のメンバーに、理解してもらえたと思います。お客さまの行動が視覚化されているために共通の言葉で会話できるようになり、ぶれなくなった。そこが大きいですね。

と語るのは、東急文化村のマーケティング部を率いる荒木氏。

同氏は、さまざまな公演のチケットをオンラインで売るという目的を達成するために、それぞれが徹底的に顧客にフォーカスすることが重要だとメンバーを鼓舞。可視化されたユーザーの行動によって顧客の理解を深め、小さな成果を積み重ねることで多部署からの信頼を獲得できたという。その変革のプロセスを聞いた(以下、発話は敬称略)。

作り手の思いを、43万登録者の望むかたちに変換して伝える

――まず、皆さんが所属するマーケティング部個人顧客室のミッションについて教えてください。

東急文化村 マーケティング部 個人顧客室 荒木氏

荒木: 東急文化村が運営する各施設で行われる公演のチケットをオンラインで販売するチームです。

東急文化村では、渋谷の複合文化施設Bunkamura内にある「オーチャードホール」や「シアターコクーン」などの施設に加え、渋谷ヒカリエ内の「東急シアターオーブ」やセルリアンタワー東急ホテル内の「セルリアンタワー能楽堂」も運営しています。

これらの施設では、自社で企画・制作した公演や、外部の団体が制作する公演などが常時行われています。公演のチケットは窓口で直接買うことも、外部のチケット販売サイトで買うこともできますが、私たちのチームは「MY Bunkamura」というオンラインサービスを運営し、その登録者に向けてチケットを販売しています。

――各公演の宣伝活動やWebサイトの管理は、どの部署が行っているのでしょうか? 関係する部署間の役割分担を教えていただけますか?

荒木: 組織としては「制作」「販売」「施設運営」に分かれており、私たちの役割は「販売」に当たります。作品ごとの宣伝は、それぞれの制作担当が行います。また公式サイトの管理は同じマーケティング部の中にある広報室が担当しています。

公演は制作する側と出演する側(演者)、そして見てくださるお客さまがいて成立するものですが、一般的な消費財とは違って、お客さまの要望をすべて受け入れて作っていては芸術にはなりません。作る側も自分たちがやりたいもの、見せたいものをやるのだという気持ちが強く、それを受け手のお客さまにわかりやすく伝えることがこれまではできていなかったように思います。しかし、デジタルの時代になり、お客さまにわかりやすいようにコミュニケーションしていくことが可能になってきました。

個人顧客室のミッションは、MY Bunkamuraというオンラインサービスの運営と、主にメールマガジンによる登録者へのチケット販売促進を通じて「チケットを売る」ということに尽きるのですが、その根底にあるのは、作り手の思いをわかりやすく、また見る方の望むかたちに変換して伝えていくことなのだと考えています。

顧客データ活用の課題とは

――MY Bunkamuraの登録者は何名くらいいますか?

荒木: 現在の登録者数は43万人です。2013年11月のスタート以来、毎月6,000人近い方々に新規にご登録いただいています。

もともとは30年前の開館当初から有料の会員組織があり、年会費をいただいて優先的にチケットを販売していました。当時のことですから、電話で予約を受け付け、チケットを取りに来ていただくような仕組みですよね。それを世の中の動きにあわせて、登録も年会費も無料、24時間インターネットで買えるという形に変えたのが5年前です。

角田: 従来の有料会員だった方からは当時、「今まで優先的に買えていたのにどういうことでしょうか」「インターネットでの買い方がわかりません」といったお声を、対面や電話でいただきました。操作を説明してトライしていただいたり、ご意見をもとにサイトを変更したり、よくある質問(FAQ)を整備したりしながら、移行には2年くらいかかりましたね。

荒木: そうする中で、登録者も増え、購入履歴などのデータもたまってきます。3年くらい前からは、お客さまの動線なり購買行動なりをきちんとこちら側で把握して、それぞれにあったかたちでおすすめできないだろうか、ということを検討するようになりました。

――顧客の行動を観察し、それぞれにあった情報提供をという取り組みの背後には、当時、どのような課題があったのでしょうか?

荒木: 課題ばかりでしたけれども(笑)、売上も十分には上がってはいませんでしたし、まずもって自分たちがチケットを何枚売るのだ、そのために何をするのだという意識がなかった点が一番の課題だったと思います。

――チームや個人の目標設定が明確でなかった、ということでしょうか?

荒木: そうですね。「結果としてこれだけ売れた」だと、それは作品の力があったからだという認識にしかなりませんし、逆も同じです。人気の公演はあるにせよ、どの作品も素晴らしいものばかりです。なので、売る側の伝え方の問題だった、伝えられていなかったのだ、ととらえて「すべての公演を満席にする」ために、自分たちがどれだけ売らなければいけないか、そのために何をすべきなのかを考えるように変えていきたいと思いました。

ただしチケットはオンラインだけではなく他の部署も含めて全体で売っていますので、自分たちだけで勝手に販売目標を作っても夢物語になります。販売目標数を定めるために、販売チャネルで細かくブレイクダウンしていき、どこがどれだけ受け持つのか、全体として目線を合わせるのに1年ほどかかりました。

定めた販売目標を達成するにあたって、個人顧客室のメンバーには、お客さんはどういう人なのかを考えるように促しました。たとえば、「中高年の女性」といった漠とした顧客像ではなく、「中高年の女性とはどういう人なのか」を考えてみよう、そしてその人をあとひとり連れてくるためにはどうしたらいいのか考えよう、というような具体的な話から始めました。

販売への意欲を高めるために、自分たちの課題に合うツールを選定するまで

――手法やツールの観点では、どのようなものを検討しましたか?

荒木: 当初は「カスタマージャーニーマップを作り、マーケティングオートメーションを入れていこう」みたいな、カタカナばかりのことを考えた時期もあり、実際にDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)に関する提案を複数のベンダーから受けたりもしました。ただ、当時はこちら側の知識があまりにも少なく、プレゼンが終わった後にメンバーから「すみません、何の話だったのでしょうか……」と言われたこともありました。

角田: それまでずっと接客メインの、アナログっぽい仕事ばかりしてきていましたので……。

荒木: 皆、データと格闘するためにこの会社に入ったわけではありませんしね。

なので、初めから精度の高いものを求めるのではなく、ユーザーの履歴ないし、人の動きといったものが可視化されれば、第1段階としてはOKかなと考えました。最後は数字なのですが、扱っているものが公演だったりコンサートだったりということもあり、人間味が必要だろうと。

そういう中で知ったのが、ビービットの「USERGRAM」(ユーザグラム)でした。

USERGRAMは、お客さま一人ひとりの行動データを可視化できるツールです。どのお客様が、どのメールマガジンから流入して、Webサイトでどのような行動をとって、公演チケットを購入しているのか、という流れがわかります。Webサイトに来たお客さま一人ひとりの行動が見えるので、お客さまがWebサイトを見ながら何を考えているのかが想像しやすいです。

メンバーにデモを見てもらったところ「これなら私たちにもわかります」ということで、2017年9月に試験導入しました。

――デモを見てツールを導入し、そこからすんなりと成果につながっていったわけではないですよね?

荒木: 導入初期に担当者から使い方のレクチャーを受け、「わからなかったら一緒にやりますよ」と言っていただいて、実際に何度か同席してもらいました。ただ、操作そのものは習熟しないと使いこなせないといったものではなく、使いながら「こういうことはできますか?」と聞いたりして、チームとしても個人としても理解を深めていきました。

佐久間: 実際に触ってみると、とてもわかりやすく見やすい作りになっています。なので当初は、施策を考えるでもなくただユーザーの行動を見ているだけでおもしろく、時間が過ぎていってしまいました(笑)。

顧客の行動データからどう施策につなげるか ― 隔週の定例会議で、狙うセグメントと伝えるべきメッセージを検討

――それでは、実際にどのようにツールを活用されているのかをお聞かせください。

荒木: 個人顧客室が行う販促のアプローチは、MY Bunkamura登録者向けのメールマガジンが主体となっています。送り方としては、2種類あります。

  • 全員に向けて定期的に配信するもの
  • セグメントを切って配信するもの(登録していただいた「お気に入り項目」などをもとに趣味嗜好にあった公演の情報をタイムリーに配信)

特に後者のセグメントを切って配信するタイプのメールマガジンについては、全員でツール画面を見ながら、検討する定例会議を隔週で実施しています。

――どんなことを検討するのでしょうか?

荒木: たとえば、これから販売する公演が昨年やったものの再演ということであれば、まずは前年度にどんな人がどのような買い方をしているかを確認したり、新作であれば、過去に行われた類似の公演について購入状況を確認したりします。この段階では先入観も何もなしに、ニュートラルに見ていきます。

その中で、なにか特徴的な行動や特性があった時にそのユーザーについて詳しく深掘りし、その行動の背景にあるものを推測し、セグメントとして有効かどうかをデータベースとも突き合わせながら検討。そのセグメントに対してどのようなメッセージを送ると有効かを議論する、といった使い方をしています。

――絶対に買うであろう人と、その周辺にいる人をうまくすくい上げて、売上の全体を大きくしていくような考え方ですね。担当者ベースでの、それぞれの活用の仕方についても教えていただけますか?

佐久間: 個人としては、担当する公演のメールマガジンを配信した際にどのような反応があり、どう購入につながったかを確認するのに使っています。確認の頻度としては、配信の直後と3日後、1週間後くらいです。どういう属性の人が購入してくれて、他にはどういうものを見ているのかなどを確認し、当初の想定と比べて響いたのかどうかを検証します。

佐久間: ご購入いただくお客さまがどこから来て、どこで迷い、どのくらいの時間をかけてどんなふうに悩んだかなどをツール画面で見て、お客さまを身近に感じるようになりました

苗村: 私はメールマガジンの編集を担当しており、公演の制作の方からいただいた文言をより伝わるように調整したり、反応のよい文言を見出しに持ってきたりする際の判断材料に使っています。メールマガジンは毎号開封してくれているけれどなかなか購入に至らなかった方の動きを見て、次回は曲目や出演者の情報を早めに出してもらうようお願いしてみたり、ということもありますね。

以前はメールマガジンも送りっぱなしだったのですが、ユーザーの反応を見ながら検証する中で、もっと全体的な利便性などを向上させていきたいと思うようになりましたね。メールマガジンはすぐ開くけれど購入は翌日だったりという行動が見えると、「誰か誘っているのかな」と経緯を推測もできるので、よりお客さまの立場で考えられるようになったと感じています。

角田: それぞれの施策の担当が自分の考えをまとめるために使ったり、「こういう結果が出たがどう思う?」と定例の場に持ってきて、みんなでアイデアを出し合ったりしています。

荒木: 個人顧客室のメンバーには、ツールを通じてマーケティングとはどんなふうに考えて何をやるのか、ということを理解してもらえたのではないかと思います。抽象的に何か言ってもなかなか理解されませんが、視覚化されているために共通の言葉で会話できるようになり、ぶれなくなった。そこが大きいですね。

「ツールを通じて、マーケティングとはどう考えて、どうアクションするのか、メンバーが理解したように感じる」と荒木氏

お客さまをデータで深く理解することが、他部署への説得力に

――ユーザーの行動が見えるようになったことで、何か手応えのようなものはありましたか?

佐久間: これまでは「たぶんこうだから、こうしよう」という販売側の推測でしかなかったところを、「こういう動きなので、こうします」という確実なものとして公演の制作担当者に伝えられるようになりました。

角田: 私たち自身がお客さまのことをきちんと把握・理解した状態で説明できるようになり、説得力が上がってきているのではないかと思います。

荒木: 制作やプロデューサーを長くやっている担当者は、経験も豊富で、信念を持って取り組んでいます。そのように公演を一番知っている担当者に「たぶんこうだと思います」と伝えるだけでは、同じ土俵に上がって議論できないことが多いのです。なので個人顧客室のメンバーにはいつも実際のお客さまの行動データをもとに、「これは私が考えたことではなく、お客さまが思っていることなのです」と社内に伝えることが重要だと日頃から言っています。そういったお客さまの情報は公演の成功にもつながると考えています。

――ユーザーの行動が理解でき、成果、つまり実売にもつながってくると、他のチームから相談を受けるようなことも出てくるのではないですか?

佐久間: はい、以前に比べると明らかに増えました。

荒木: お客さまに対する理解が蓄積されて説得力が生まれ、小さな成果をひたすら積み上げることによって、マーケティング部は頼りになるんだという他部署からの信頼につながってきています。あとは、経営のトップに対して、公演の成功した理由/失敗した理由を数字で入れられる(説明できる)ようになった点も大きいですね。

マーケティングの土台を整え、幅を広げる新たな展開

――最後に、今後取り組んでいきたいことについて教えてください。

苗村: 私自身、舞台が好きでよく行くため、お客さまの立場でメールマガジンを読んだ時にどう思うかを大事にしています。入稿されたものをそのままメールマガジンに仕上げるのではなく、制作部門の意思を汲みつつ、「お客さまの目線でこういうことが知りたいはずだから何かありませんか」とこちらからも聞くなどして、次も読みたいと思ってもらえるメールマガジンにしていきたいと思います。

佐久間: 「MY Bunkamuraの登録者のことは、誰よりも私やこの部署の人間がわかっている」と言えるよう、ツールも活用しながら、登録者についての理解を深めたいと考えています。

角田: これまでの取り組みを振り返って、ツールとシステムとをつなぎ込むことによって、いろんな可能性が生まれるということに気づけたのが一番大きかったと思います。世にあるいろんなツールとシステムを連携させることで、日々の業務を便利にしたり、考えを広げることが、そこまでの負荷なしに実現できるのだなあと。

角田: 今後でいうと、チケットのオンライン販売では、今はMY Bunkamuraのデータしか活用できていません。システムやデータベースの課題でもありますが、登録されていない方のホームページ閲覧行動や、オフラインでのギャラリー来訪者やレストラン利用者などのデータも集約して活用できるようになれば、もっと精度の高いおすすめができるのではないかと考えています。

荒木: 部門を預かる立場としては、相対比較という視点が不足しているので、たとえば、○○ホールであればここまでやっているというように、他と比べてどうなのかという視点でも質を高めていきたいと考えています。

それから最後に、クリエイティブへの意識を高める必要があります。よいマーケティングの施策を実行するための枠組みはある程度できてきましたが、たとえば今後、外部のクリエイターにお願いする際にもきちんとディレクションできるよう、クリエイティブ力を上げていくことに取り組みたいと思います。

――ありがとうございました。

(取材・写真/編集部、取材協力/ビービット、文/河田顕治)

本記事は、ビービットでも公開されています。

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