インタビュー

女性トップリーダーが本音で語る――これからの働き方、生き方、組織のあり方【インフォバーン今田素子×Panasonic山口有希子対談】(後編)

日本のデジタルマーケティング領域を代表する女性トップランナーのお二人に、仕事観やキャリアに対する考え方などを聞いた(後編)。

ヤフーやIBMなど大手IT企業のB2Bマーケティングに携わり、2017年12月にパナソニックのコネクティッドソリューションズ社常務(エンタープライズマーケティング本部 本部長)に就任した山口有希子さんと、インフォバーンの創業者として20年にわたってオンラインメディアの新しい形を追求してきた今田素子さん。

デジタルマーケティング領域の女性トップランナーによる対談の後編は、仕事観やキャリアに対する考え方など、ビジネスパーソンとしてのご自身について語ってもらった。8年ほど前のマーケティング系イベントで知り合い意気投合したという同世代の二人の、共通点と差異が浮かび上がる内容となった。

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私たちは後輩のロールモデルにはならない

――あらためて、お互いに対する印象を聞かせてください。

山口: 20年前にメディアとして起業し、今も事業を継続している。メディアがどうあるべきかについて確固たる理想がある人だという印象です。

山口有希子氏
パナソニック株式会社コネクティッドソリューションズ社常務・エンタープライズマーケティング本部 本部長。同社のB2Bマーケティング強化に邁進している。
1991年、リクルートコスモスに入社。その後、商社にて各種海外プロジェクトや海外IT関連製品の輸入販売・マーケティング活動を実施。シスコシステムズ、Yahoo! JAPAN(オーバーチュア)、日本IBMでマーケティングコミュニケーションに20年以上従事。
2017年12月から現職。日本アドバタイザーズ協会 理事、国際委員会 委員長。ACC広告賞審査員。

今田: 強い信念を持って、大企業の中で実績を伴ってポジションを作ってきた、業界においてとても尊敬できる女性ですね。さまざまな事象を時系列あるいは国内外の状況の中に位置づけて、どうすべきかを語ることができる人です。

今田素子氏
株式会社インフォバーン代表取締役CEO。1989年、同志社大学経済学部卒業。1991年、イギリスのSotheby'sにてHistory of Art course修了。同年、株式会社同朋舎出版に入社。海外版書籍、雑誌の編集を行う。1994年、雑誌『ワイアード』日本版のビジネス・マネージャーを務める。1998年、インフォバーン設立。代表取締役に就任。2008年、メディアジーン設立。代表取締役に就任。2013年、第1回Webグランプリ Web人部門受賞。2015年、インフォバーングループ本社代表取締役CEOに就任。2018年1月より電通総研フェローに就任、現在に至る。

山口: お互い「サバイバー」的なところがあるのかなと思いますね。

――お二人は男女雇用機会均等法の第一世代ですよね。

今田: そうですね。もちろん上の世代もいらっしゃって、その人たちが切り拓いた後ではあるのですが、同世代があまり残っていないところを見るに、厳しい状況ではあったのかな、と。

山口: ただ、「私たちはこうやってきたからあなたも」は通用しないし、言っちゃいけないと思っています。

今田: 私たちはいろいろ「がんばらなくちゃいけない」状況でしたが、私たちの働き方を今の人たちに押し付けようとは思わない。今の時代において、私や山口さんはロールモデルにはなり得ません。

とはいえ、女性の働き方には言いたいことはたくさんある。社会も変わって来ているし、昔とは違うやり方で、もっとしなやかに成果を出していけるはず。そのために、昔と違う道をどんどん作っていきたいと思っています。

山口: 私は外資系企業で勤務した時期もあり、女性の経営者とも接する機会がありました。かたや日本企業は、なぜこれだけ女性管理職が少ないんだろうかと、カルチャーの違いなどを強く感じています。社会の構造などマクロの環境に起因する部分もありますが、あるべき姿にするために声を出していく責任があるのだと、この年になってきて思います。

ダイバーシティ(多様性)への取り組み

――それぞれ立ち位置(今田さん:創業社長/山口さん:大企業の管理職)は異なりますが、社内的にはどのような取り組みをしていますか?

今田: 働きやすさ、出産後の復職しやすさ、ライフステージに合わせて働き方を変えてゆくといったように、自由度をどう高め、その中でどう成果を出してゆくか、出してゆける会社にするかは重視し力を入れています。私も二人の子どもを産み、育てながら働いてきたので、制度自体は試行錯誤しながら整えてきています。もちろん、仕組みを作る側の想いだけでは時代のニーズを捉えることはできません。受け止める側、つまり周囲の意識も変えていかないといけません。

山口: それもカルチャーだよね。

今田: そうそう。カルチャーと制度の両方をどう作っていくかを意識しています。

「カルチャーと制度の両方をどう作っていくかを意識している」と今田氏

――創業から20年の中で、余力のない初期の頃はどうでしたか?

今田: 最初はできませんでしたね。会社を存続させていくことが優先順位として高かった。メンバーも若く、ライフステージも今ほど多様ではなかったので。

山口: トップが出産、子育てに関するライフイベントを経験してきたことは、会社として強みでは? 制度を導入する際にも自分事として捉えられるし。

今田: 確かに、経営陣が男性ばかりの会社では当事者として課題を認識しづらい面もあるかもしれません。そういう意味で、インフォバーンではある程度自然に実現してこられたと思います。

――パナソニックのような歴史ある大企業では、社内の障壁が大きそうですが……

山口: それはどうでしょうか。たとえばコネクティッドソリューションズ社(パナソニックの社内カンパニー)のマネジメント陣には3人の女性が入っています。2017年4月に樋口(泰行氏)が社長に着任してから、さらにそういう動きが加速しています。

ただ、外資系企業も経験した身として、日本において会社だけのチャレンジではうまくいかないことも多いと感じています。待機児童の問題しかり、社会インフラ部分の変革がないと難しいですね。

働くことには意味があります。「働き方改革」や「人生100年構想」などともつながる話です。大変だけど楽しい、やらされるのではなく、何かをしたいと思って働く世界。それが女性が活躍することも含めて、ダイバーシティにつながってゆくのだと思っています。

――ダイバーシティについてもう少しお聞かせください。

山口: これだけスピードの速い経営環境だからこそ、価値観が違う人を組織の中に包含することが、会社にとって重要だということを強く感じています。

ただし、多様性は一方で、意思統一の難しさにもつながります。だからこそ、コミュニケーションが大切になってくるのです。会社が何を目指していて、どういうカルチャーを作りたいのか、それらを社内外に伝えるということもマーケティングの役割の一つだと思います。

「価値観が違う人を組織の中に包含することが、会社にとって重要」と山口氏

マーケターとしてのキャリアをいかに築くか

――マーケティングと組織、特に日本企業におけるマーケティング関連部門についてお尋ねします。日本企業の場合、マーケティングに関連する機能が社内のあちこちに分割されて存在することもありますね?

山口: マーケティングを統括するCMOを置いている企業もまだまだ少なく、上場企業のうち数パーセントと言われています。ただ、マーケティング関連機能が社内に分散していたとしても、それでビジネスが回って伸びているならよいのではないでしょうか。

マーケティングの役割としては、ブランディング、新規事業の創出、既存事業の維持継続の3つがあると考えています。スピードの速い競争環境の中で変革が必要となった場合には、事業ごとの収支にとらわれがちな従来の組織ではやりにくいこともあるかもしれません。

またマーケティングの領域は流れが速く、常に勉強していないとすぐに分からなくなる世界だと実感しています。その意味では、マーケティング専任の担当者が常に専門性を持ってその領域の最新動向を追い、社内に共有してゆける体制のほうが好ましいかもしれません。グローバル企業ではそういった組織になっています。

――ジョブ・ディスクリプションで職務内容が明確に規定されるジョブ型の雇用や、事業会社~エージェンシー間での人材移動もあり得るような流動性の高い働き方のほうが専門性は高まると考えますか?

山口: 私自身は、専門性を高める方法が転職ありきだとは思いません。勤務先の企業が十分に学べる環境であれば転職はマストではないでしょう。

また、自分がマーケターとして扱う商品・サービス、それらを使ってくださる顧客について十分な理解がないと、そもそもコミュニケーションができないということもあるでしょうし。

――今は主にWebサイトを担当しているWeb担当者Forumの読者が、マーケティング担当者にステップアップしていくためには、どこでどう学ぶべきでしょうか。

山口: 最終的に、自分自身が何をしたいか次第ではないでしょうか。自分でゴールを決めないと、そこには絶対に達しない。ゴールを設定することで、目標とする自分と今の自分のギャップが明確に見えるし、やるべきことが分かります。私はそう考えて自分のキャリアを作ってきたつもりです。

仕事は「しんどくて楽しい」

――責任あるポジションで多忙を極めるお二人ですが、ずばり、仕事はしんどい? 楽しい?

今田: 楽しいですよ。でもしんどい(笑)

山口: 私は逆。しんどいけど楽しい、です。チャレンジをし続ける限り仕事がしんどいのは当たり前だと思っています。それに、しんどくないと楽しくないでしょ?

今田: 経営者である私にとってしんどいことは、次を生み出していかなくてはならないところです。数年後にこうなるであろうという仮説のもとで、今変えていかなくてはいけませんし、それをサボると、てきめんに事業の結果として出てきてしまいます。

――数年後を見通すのは難しくありませんか?

今田: ものすごく難しいです!(即答) だからこそ、とにかく、常に、いろいろなところから情報を得て、自分で考えて、次を作っていくことを決めないといけなくて、それが「楽しい」けど「つらい」です。

山口: 今田さんは情報収集のために海外を飛び回ったり、また海外で講演したりもしていて、視点が高いなあと感じます。刺激になる部分がたくさんあります。

私自身もマーケターとして、ナレッジの陳腐化に対する恐怖があり、いろんな人と話すように心がけています。

「数年後を考えて次を生み出していかなくてはならない経営者の仕事は、楽しいけどつらい」と今田氏

今田: 次の一手をどうするかという選択に関しては、会社の成長に寄与するかという観点と、働く人が楽しく意義を持って働けるかという観点を含めて考える必要がありますが、その決断に際しては自身が収集した情報だけでなく、社員が持ってくる情報に助けられることも多いです。

山口: 社員の話を聞くというと、私も自戒したいポイントが。長らくこの領域で仕事をしているので、課題に対する問いがあらかじめ頭に浮かんでいる場合も多いのですが、その解と異なる案がメンバーから出てきたときに、それを素直に受け止め、よい案であれば受け入れることができるか、はいつも自問しています。

それができなくなっているようだったら、お互いに声をかけようねとは、今田さんとは話をしています。

人的ネットワークの重要性。そして海外への志向

――ふだんの情報収集や「勉強」はどんなふうに?

今田: 活字というか情報マニアなので、ずーっと何かしら読んでいます。あとは、いろんな人に会って話を聞くこと。人的ネットワークからの出会いもあれば、海外カンファレンス等や海外向け情報発信の結果としての出会いなども。月に十数人、新しく知り合った人とじっくり話しています。

山口: 私も人と会う、かな。欲しい情報をもっとも持っている人に「教えて」と聞くのが一番だと思います。マーケティング業界の人に限らず、主婦つながりやボランティア関係など、ほぼ毎日、いろんな人と会っています。

新聞などで気になる情報があったら、Facebookで検索してメッセージを送ってつながったりと、リアルだけでなくデジタルでの出会いも活用しています。

「欲しい情報をもっとも持っている人に「教えて」と聞くのが一番」と山口氏

――二人の共通点として、海外への志向があるように思います。海外に目を向けたきっかけは何でしょうか? それが自分のキャリアに与えた影響は?

山口: 私は早い段階から明確に海外を意識していました。それは米国など海外の企業がマーケティングにおいて先行しているという認識があり、それを学びたいと考えたからです。

ヤフーからIBMへの転職においても、グローバルなB2Bの巨大企業が取り組んでいるマーケティングを学びたいという気持ちが強かったですね。在籍中はエグゼクティブとの会話などを通じた気づきも多く、その時代の人的ネットワークは私の宝になっています。

今田: 私の場合はまず、小さい頃から周囲に海外の方が多かったんですよ。その後、自分も海外に留学しましたし、最初に働いた出版社はWIRED以外にも、さまざまな海外のコンテンツを日本へ持ってくる事業を行っており、何件か成功させる中で、さらに話が持ち込まれるような状態になっていきました。自然な流れでそうなっていった、という感じです。

私自身は海外への情報発信や、サービスの海外展開などにも興味があるのですが、でもそちらは今は難しいという状況ですね。

仕事への姿勢。誰と働きたいか

――仕事をする上でのポリシーないしフィロソフィーを教えてください。また、どんな人と働きたいですか?

今田: 「オーセンティックである」ことを大事にしており、社のポリシーにも「One from the authenticity」(真実をもって信頼を得るコミュニケーションを提供する)と掲げています。社会のためになることができているかと自問しながら、お金儲けをしたいと考えています。

一緒に働きたいのは、おもしろい人。わくわくする人、変化を楽しめる人と働きたい。ただその前提として、オーセンティックであること、つまり本質にこだわり、本質論を語れることはクリアしている必要があります。

山口: 私には子どもがいますが、私自身は子どもに使う時間を仕事に使っているようなところがあります。それだけに、子どもや子どもたちの世代に恥じない仕事がしたいし、次の世代が正しくいられるようにしたいという気持ちが強いですね。

誰と働きたいかということについては2点あります。まずは今田さんと同様、新しいことにチャレンジする人や先を見据えている人と働くのは楽しいですね。同時に、組織の管理者として、同じ方向を見て、思いを持って仕事をしている人、一緒に進もうという意思がある人を大事にしたいし、皆にそういう気持ちになってもらえるようにしたいと考えています。

「おもしろい人。わくわくする人、変化を楽しめる人と働きたい」(今田氏)、「新しいことにチャレンジする人や先を見据えている人と働くのは楽しい」(山口氏)

取材を終えて(後記): ほぼ同じ年代ながら立ち位置もキャリアの積み上げ方も異なるお二人だが、思いや志といった言葉で表される方向性の近さを強く感じる対談となった。

両者とも、長いキャリアと経験を持つがゆえに、業務の中で周囲の声を素直に受け止められなくなることを自戒していて、「人の話が聞けてないように思ったらお互いに言おうねと話している」という関係性の深さが印象的だった。

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