森田雄&林真理子が聴く「Web系キャリア探訪」

キャリアの軸はPR。軸からスキルを広げてパラレルキャリアを見据えた働き方をしたい

パナソニック株式会社 コネクテッドソリューションズ社で、PR、ブランディングに携わる鈴木恭平さんに、これまでのキャリアやスキルの身につけ方についてうかがった。
 

新卒でPR会社に入社。以降、外資系PR会社、外資系IT系企業を経験し、現在はパナソニックグループでB2Bソリューション事業を担う、パナソニック株式会社 コネクテッドソリューションズ社で、PR、ブランディングに携わる鈴木 恭平 氏。趣味で漫才をしたり、iPad DJをしたりと、パラレルキャリアにも関心があるという鈴木氏に、これまでのキャリアやスキルの身につけ方についてうかがった。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。

SNSとともにキャリアがある

森田: Webに触れたきっかけから教えてください。

鈴木: 2007年に新卒でPR会社に入り、PRの一環でWebに触れるようになったのが、最初だったと思います。当時、YouTubeを知らなかったくらいWebとは遠いところにいました。その翌年の2008年に、Facebook、Twitterの日本語版がスタートし、そこからSNSの企画や運用などに関わるようになったので、キャリアと共にSNSがあります。

林: 新卒でPR会社を選んだのはなぜですか?

鈴木: 大学で演劇をやっていたのですが、チケット販売のノルマが厳しくて苦労しました。最初は友人も来てくれるんですが、回数を重ねるとどんどんチケットが売れなくなっていくんです。そういった経験からうまく集客をしていくには、「広告」に関する知識を身に付けると解決するのでは、と考えて最初は広告業界を志望していました。

林: 役者の道ではなく、就職を選択したのですね。

鈴木: 役者として生きていくのはハードルが高いとわかっていたので、自分は趣味として役者を続けつつ、才能ある役者が演劇を続けられるようにサポートできればと思い、就職しました。

しかし、志望していた広告会社はすべて落ちてしまって、就職活動のなかでPR会社を知り、広告業界と同じような感じかなと思い、就職を決めました。まずは関係ある業界に入って、そこから転職して、広告業界にたどり着くキャリアもありかなと考え、3年半はこの会社で頑張ることを目標に業務にあたっていました。

森田: 2007年くらいだと、新卒入社でも転職が当たり前の概念としてあるんですね。

鈴木: そうですね、終身雇用の発想はありませんでした。

パナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社 エンタープライズマーケティング本部 デジタルマーケティング部 ブランディングコンテンツ課 主幹 鈴木 恭平さん

社会人になってわかったB2B企業のおもしろさ

林: 予定通り3年半、PR会社で働いたのちに転職したのでしょうか?

鈴木: 実際は4年半勤務した後、次は外資系の小さいPR会社に転職しました。就活時に目指していたのは広告業界でしたが、4年半働くなかで「PRを軸にしてもっとグローバルな仕事がしたい」と思ったからです。

新卒入社した会社では、B2C、B2B、業種問わずさまざまなクライアントのPR業務を経験させてもらいました。なかでも、「B2BのPRはすごくおもしろい、もっとやりたい」と思い、外資系のPRに転職しました。

林: 社会人になって、経験してみて初めてB2Bのおもしろさが見えてくるというのは共感します。

鈴木: 一般の生活の中では触れないものが見えるからでしょうね。たとえば、基盤にチップを載せていく「実装機」という機械があることをパナソニックに入社して知りました。それがみなさんの使っているスマホを作るのに欠かせない機械なんです。そういったイノベーションを支える技術が見えるとおもしろいですよね。

森田: 次の外資系PR会社ではどんな業務をしていましたか?

鈴木: 海外のIT企業やスタートアップ企業など、広報、PRに手が回らないような企業の支援を中心に担当していました。そのPR会社で知り合った人に誘われて、次に外資系IT企業に転職しました。

林: PRを支援する会社から事業会社にうつったのですね。

鈴木: はい、グローバルな仕事を事業会社側でやれるのは、新しいチャレンジになると思って転職を決めました。当時その会社が掲げていたビジョンも志が高くていいなと思いました。

森田雄(聞き手)

SNSからオウンドメディア立ち上げまでを実施

森田: その事業会社ではどういう経験をされましたか?

鈴木: 2013年に転職したのですが、SNSやオウンドメディアの新規立ち上げを担当しました。当時、B2C企業のSNS活用に関しては、ベストプラクティスが確立していました。しかし、B2B領域ではまだ、うまく運用できているところが少なくて、マーケティング目的の活用はこれから、という段階でした。同時に、コンテンツマーケティングも注目されていた時期で、SNSだけでは誘導する先がなくリード獲得できないので、SNSとオウンドメディアの両方を担当することになったのです。

オウンドメディアでは、技術系のメディアや新聞では取り上げられないようなAIの活用方法を紹介したり、業界のインフルエンサーに取材して記事を作成したりと、企業独自の発信に力を入れて、リード獲得を目的として運用しました。

しかし、オウンドメディア運営はお金も労力もかかります。マーケティングにおけるオウンドメディアの価値を在籍期間の5年半で提示しきれず、大変残念ではありますが、別の兄弟サイトに吸収される形で終了することになりました。コンテンツはすべて引き継ぎましたが、メディア自体はないという状態です。

その会社では、すでに既存のマーケティングのフレームワークがあって、与えられた領域での仕事がやりやすい分、新しいことにチャレンジすることの難しさがあったと思います。ただ、オウンドメディアという取り組みをすることで、キャリアチェンジとまではいきませんが、PRという専門性を持った上で、新しいスキルを広げるきっかけになったと思います。

5年半勤めた後、現在のパナソニック コネクテッドソリューションズ社に入ることになりました。

林真理子(聞き手)

組織づくりは荒野に家をつくるような仕事

林: PR会社 → 外資系PR会社 → 外資系事業会社のPR → 日系事業会社のPRと、確かな軸足を持ちつつコンフォートゾーンの外に一歩踏み込むようにして専門性を広げてこられた感じがしますね。パナソニック コネクテッドソリューションズ社に転職を決めたのはどういう理由ですか?

鈴木: 理由は2つあります。一つは、実は以前から知り合いで、一緒に働いてみたいと思っていた方が、パナソニックで働き始めたと聞いたからです。そしてもう一つは、組織づくりという、荒野に街をつくるような仕事に新たにチャレンジできるからです。パナソニック コネクテッドソリューションズ社は、ITソリューションのB2B領域で事業展開しています。

B2C領域の家電などでは認知度が高いパナソニックですが、B2B領域ではチャレンジャーの立場であり、マーケティング組織も再構築する必要があります。この点においては、すでに組織も手法も確立していた前職とは正反対で、新しいものを作り上げるクリエイティブな仕事をすることになります。

森田: 10年以上のこれまでの経験を買われてということで、最初からプロフェッショナルとして雇われていたということですね。

鈴木: はい。デジタルマーケティングチームは、外部からの経験者が大半です。

林: 今はどういった取り組みをされているのでしょうか?

鈴木: 私のミッションは、パナソニックのITソリューション分野でのブランドイメージを作ることです。

具体的な内容としては、ブランディング、宣伝の領域で、PR企画、IMC(Integrated Marketing Communication、統合マーケティングコミュニケーション)、マーケティング戦略設計から、動画コンテンツのディレクションまで多岐にわたります。

PRとデジタルマーケティングを横断して設計するような役割で、自分としては、PRを軸にスキル、キャリアを広げられる仕事であると捉えています。デジタルマーケティングに関しては一通り経験していて知識もあるので、社内のメンバーから相談を受けることもあります。

パナソニックのような大きな組織の中で、マーケティング組織を改革して作り上げることは楽しいですし、社長の樋口のようなプロ経営者と一緒に仕事ができることもやりがいがあります。

社内でのチームメンバーと。現在はテレワークで業務を遂行している

失敗を含めて、知見を共有できる仕組みを作る

林: いろいろなスキルを身につけるために、どういった学び方をしてこられましたか?

鈴木: 図書館に行くのが好きなので、そこで古典から新しいものまで読んでいます。『グランズウェル~ソーシャルテクノロジーによる企業戦略』も図書館で読みましたが、仕事をする上でバイブルの一つになっています。仕事がらみの本が多いですが、デジタルとは関係のない仏教の本なども読んでいます。

PR会社にいた時は、Google リーダーを使って、さまざまなジャンルの記事を幅広く読んでいました。海外のブログでは、デジタルマーケティングに関して深い知見が共有されていることも多く、勉強になる情報が読めました。PR会社のときには、数人と勉強会を月1で開催して、その分野の専門家を講師に呼んだり、ワークショップを開催したりという活動もやっており、良い学びになりました。勉強会を主催するといろいろな人と知り合えるので、そこでできたつながりも大切な財産です。

※2013年にサービスは終了

森田: 新人のスタッフに仕事を教えるときは、どういったことに気をつけていますか?

鈴木: 「Execution first, fail fast.」と伝えています。「とっととやって失敗しろ」ということですね。特に、デジタルは失敗が数値でわかるので、机上で考えるよりも実行してみて、失敗したら反省して次に活かすことで、経験を積めます。

自分でも、失敗した経験は社内に共有していて、実行したらフィードバックするというループを作るようにしています。あと、過去に自分が作ったフレームワークや資料などを共有していて、必要な人はどんどん使えるようにしています。資料の作成に時間をかけるのももったいないので、使えるものは使ってほしいですね。

100年働く時代、パラレルキャリアを視野に活動したい

林: キャリアのなかで、会社組織から学んできたこと、育てられたなと思う経験ってありますか? 上司の方から言われて印象に残っていることとか。

鈴木: 新卒で入ったPR会社で、顧客ごとに記事をクリッピングする仕事があったのですが、企業によっては膨大になって深夜2時まで残業することがありました。ある時上司に、「その仕事は外部の会社に頼めば」と言われました。

本来、私がやるべき仕事はクリッピングではなく、クリッピングされた内容から効果的なPRをすることです。クリッピングに時間を割いて本来の仕事ができないのでは、意味がないわけです。この経験で、大抵の仕事はすでにプロがいるので餅は餅屋、全部自分で抱え込まずに、依頼できるものは依頼することを学びました。SNSの運用でも代理店と一緒にチームを組むことで外部のノウハウを吸収することもできます。

今の上司にはいつも「あなたはどうしたい?」「どう思っている?」と聞かれます。何か相談するときは、自分でどうしたいかを考えてから相談するようになりました。仕事をするうえで、自分の頭で考えているかは意識しています。組織というよりも上司の考え方に学ばせてもらうことが多いです。

森田: これからについてはどう考えていますか?

鈴木: 人材育成の視点からは、Web広告研究会のソーシャルメディア委員会の委員長をしているので、他社の若手の学びの機会を作り、スキルの共有ができるような活動がしたいです。マーケティング、PRは新しい課題に直面するので、他の会社も一緒に解決方法を考えるような取り組みができるといいですね。

キャリアとしては、これからの社会は100歳まで働くチャンスのある時代になっていくので、起業するのもいいし、起業家をサポートすることでもいいですし、やりたいことをやっていきたいですね。

林: 正社員、フリーランス、起業、副業など、キャリアの選択肢は広がっていますよね。今後ますます多様で複合的な選択肢が一般に広がっていくように思います。

鈴木: 自分も趣味で漫才をやって舞台に立つことがあります。「ワークシフト」を読んでパラレルキャリアの考えに共鳴したので、自分でも意識して副業のような働き方をしていきたいです。本職のキャリアとしてはPRを軸にしながらさらに幅を広げていきたいです。

本取材は、オンラインで実施

二人の帰り道

林: 「1社目は3年くらい勤める想定で、どこで何を身につけるか考える」とか「どの能力を伸ばし&活かしたいかを考えて職場を変える」とか「やりたいことは仕事以外でも続けていく選択肢をもっている」とか、現代ならではのキャリア観に触れることが多い取材でした。就職時にその仕事に就けなかったら「もうそれはやらない、できない」という世の中じゃない。「これはプライベートで続けよう」というのもありだし、新卒時は断られてしまった狭き門の仕事に就けるチャンスが、経験を積んだ数年先の自分の転職先として考えられる。仕事をしていくうち、自分の中に新たな野心や希望が芽生えてキャリアチェンジすることもある。10年もすれば、もっと違う多様な働き方が世の中に一般化しているかもしれない。そんなふうに未来の曖昧さを受容して、自分と世の中の変化に期待感をもって、頑なさをほどいて自分のキャリア選択を考えていくことが大事だよなって感じ入りながら、鈴木さんのキャリア話を堪能しました。

森田: この連載で話を伺っているみなさんたちも基本そうなんですけど、鈴木さんもやはり同様に、なんというか結構しっかりと筋道の見えるようなキャリアの遍歴なんですよね。それまでやってきたことの延長線上でありつつも、スキルセット的にはきちんと掛け合わせを考えているといいますか。僕自身は、かなり行き当たりばったりで現在に至っているうえに、昨今では、はて?やりたいことって何だろう?みたいな気持ちになることもしばしばで、それに比べて、鈴木さんは本職の研鑽とパラレルキャリアの展開までも見据えているわけです。僕よりも全然若いのに。僕は人生折り返し地点を越えてる感じなこともあり(男性の平均寿命81歳を人生とした場合)、じゃっかん危機意識が芽生えましたね。とりあえず、鈴木さんのおっしゃるように100歳まで働けると思えばまだ折り返し地点より前になるので、そういうこととして、自分の今後について考えておこうと思うなどしました。

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