物知りにありがちな失敗に学ぶ、捨てる作文術
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の301
安易な便乗商法に喝
連載300回の大台突破し、いつもの「現場」に戻ります。
某ラーメンチェーンのナルトに「八」の字を見つけました。期間限定メニューに「新島八重」とあるので、NHKの大河ドラマ「八重の桜」に便乗しているのでしょう。そういえばこのチェーン店の本社は、ドラマの舞台である福島県にあります。
福島県といえば、震災被害と風評被害に見舞われ、多少のことには目をつぶり応援したいのは山々、昼食に迷ったときにはこのチェーン店を優先的に利用しています。わずかながらもこのチェーン店の株主というのも理由の1つ。しかし、期間限定メニュー「新島八重ラーメン(仮)」の「説明」があまりに残念でガッカリ。むしろやってはならない作文の見本ともいえ、「八重の桜」に便乗するなら「ならぬことはならぬものです」と叫びたくなる仕上がりでした。
今回は「ブラックテキスト芸」ではなく、正統的なコンテンツのための作文技術について。
自分のことは棚に上げて
散らばるトピックを力業で結ぶこともある本稿が述べることに自己矛盾をはらむのですが、コンテンツ作文の基本は「捨てる」ことにあります。換言すれば「要点を絞る」ということ。つまり、要点以外のトピックは、可能な限り削ることで「論旨」が明快になります。
どうでも良い情報や表現が、読者を混乱させている文章は少なくありません。先の「新島八重ラーメン」とは、ラーメンの上にすき焼き風の具材がのっているもので、すき焼きをのせた理由をこう説明します(以下は主旨を汲み取ったうえでの意訳)。
(新島八重は)老舗店で当時は珍しい牛肉料理を食べていた
違和感に気がついたでしょうか? 伝統をイメージする「老舗」と、新規性を連想する「珍しい」の組み合わせが、読者を混乱させるのです。「○○の老舗店」や「老舗店だから○○」という「珍しい牛肉料理」を説明する必然性が示されていないのです。ならば「老舗店」を省いてしまえば「当時は珍しい牛肉料理」だけに読者の注意を引きつけることができます。もちろん、老舗店が珍しい料理をだすこと自体は間違いではありません。
たった一言で変わる印象
上記ラーメン店の例は、余計な修飾やキーワードが説得力を失わせる一例です。たったその一言のために、文章全体の躍動感を失うことがあるのです。そしてこれは「物知り」の作文に見られる特徴です。
意訳なしの原文では「京都にいた際に、市内にある老舗店に夫婦一緒に……」と書かれています。新島八重が後の世に「幕末のジャンヌダルク」と呼ばれることになったのは、会津戦争において女だてらに武器を持ち戦ったことが理由です。会津とは現在の福島県の内陸部から、新潟県の一部にまたがる地域で、大河ドラマの綾瀬はるかさんも会津言葉を使っています。そこから「京都に居た」と説明を加えたのでしょうが、先の「老舗」と同じく、重要なことは「牛肉料理」であって新島八重の所在ではありません。
大切なものは何か
「京都」と「夫婦一緒」を記したのは、八重の旦那「新島襄」が、京都で後の同志社大学を開いており、2人の関係性なくして八重を語れなかったからだと推察します。新島八重という人物を語るうえで新島襄は避けて通れません……が、これは「物知り」が陥穽(かんせい)にはまる典型です。
ものを知らなければ余計な説明はなく、語るべき基礎知識がなければ、修飾のしようはありません。ところが、「物知り」は知りすぎており、すべてを語らないことは不正確であり不誠実と思い込みます。しかし、すべてを語るには字数が足りず、「キーワード」を入れ込むことで、説明を尽くしたと納得し、とっちらかった文章が生まれます。
触れないという失敗
八重には「幕末のジャンヌダルク」の他に、もう1つ「ハンサムウーマン」という代名詞があります。新島襄が知人にあてた手紙の中でこう紹介しており、また「男女同権」を実践していたことも彼女を紹介するうえでは重要です。そこから「夫婦」という記述を外せないとするならば、「ご主人は同志社大学を設立した新島襄」という説明を加えなければなりません。八重のネームバリューを利用する企画だからです。新島襄に触れることで、共に歩んだ八重の名を高め、イベントの価値を上げることこそ、この文章に求められる使命なのです。
余計な修飾は避けるべきですが、人物像を説明するのに必要な情報、コンテンツなら商品の価値を高める理由を、紹介しないのは本末転倒。そして「珍しい牛肉料理」という表現も問題ですが、これまた大切なことなので次回に掘り下げます。
大林宣彦の教え
そもそも論に立ち返れば、ただの便乗企画なら、新島襄はおろか新島八重の人となりに迫る必要はなく、ならば「牛肉料理を食べた」と紹介すれば事足ります。むしろ、牛肉料理についてもう少し掘り下げ、文明開化とともに「流行に敏感な人を中心に広がっていた」とする方がお客の好奇心を刺激します。
本旨に不必要な説明、修飾、キーワードは「捨てる」。これは映画監督の大林宣彦さんの言葉にあります。映画は興行の都合で上映時間が決められ、編集作業とは時間に納めるためにあるといっても過言ではありません。一方で、監督はすべてのカットを使いたいものです。迷ったときはどうするかと問われた監督はこう答えました。
一番好きな部分をカットする
思い入れが強すぎるシーンほど、他人から見ればどうでもよいことが多いとのことです。拙文でも肝に銘じています。初稿は「物知り」と誇るためのトリビアに溢れることが多く、今回でいえば「明治2年にはすでに生肉・生牛乳が発売されていた」は入校直前まで、つい残してしまい……。
戯れにメニューを妻にみせ、文章のおかしさを尋ねます。しばし考えた結果、得意げに妻が答えます。「そもそもこの時代の人はラーメンを食べていないでしょ?」。それをいったらラーメン屋の販促は台無しです。
今回のポイント
必要な情報だけに絞り込む
迷ったら一番好きな場所を削る
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