企業ホームページ運営の心得

なぜ幸楽苑は290円の中華そばをやめたのか。一石四鳥の価格戦略を追う

看板メニュー値上げの裏に隠された戦略とは
Web 2.0時代のド素人Web担当者におくる 企業ホームページ運営の心得

コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。

宮脇 睦(有限会社アズモード)

7/2更新 本文「ローボールテクニック」を「ハイボールテクニック」に修正しました。

心得其の414

原材料の値上げにつき

Noel Hendrickson/Digital Vision/Thinkstock

山崎製パンは、7月1日出荷分から食パンや菓子パンの価格を最大7%値上げすることを決定しており、ユニクロも新商品の2割で平均10%値上げすると発表しています。8月にはカゴメがソースを値上げするなど、まさに「値上げラッシュ」です。多くの食糧を輸入する日本において、円安による食品価格の上昇は避けられません。さらに「ゆうパック」も平均4.8%の値上げを予定しており、ネット通販業者への影響も懸念されます。

そんななか、桁違いの値上げを敢行したのが、株主として週刊誌の取材を受けたこともあるラーメンチェーン「幸楽苑」。この春、看板商品を290円の「中華そば」から、520円の「醤油らーめん 司」へとモデルチェンジ。値上げは客離れの要因となり、体感値で2倍の値上げといえば致命傷になりかねません。

しかし、そこに値上げを逆手に取った、ブランドイメージの再構築をはじめとする「一石四鳥」の周到な戦略を見つけます。一般ビジネスの事例ながら、マーケティングまで求められるWeb担当者の参考になることでしょう。

値上げの理由は

ラーメンの原価率は低く、食材の高騰によるダメージは他業種に比べれば軽微であり、2倍もの値上げの理由にはなりません。しかし、値上げは外食産業全体が抱える問題であり、Web業界にも通じるのが「人手不足」です。

人件費の安い若者を採用することで、外食産業のビジネスモデルは成立していました。しかし、少子化で若者が減ります。そこに東日本大震災からの復興需要、東京五輪にともなう都市整備、訪日外国人観光客によるインバウンド消費の盛り上がりなど、「仕事」が増えれば企業は人手を求め、人材の確保が困難となります。記憶に新しい所では、深夜営業や店舗数を縮小した牛丼の「すき家」が挙げられます。

都内では飲食業の時給は、高校生でも千円台に突入しており、数年前に800円台で賄えていた人件費の高騰分を補うために、「値上げ」が避けられなくなっています。

すき家の教訓

Web業界も同じです。国内の若者の数は限られ、近く「若者争奪戦」に巻き込まれことでしょう。そして、一部に見かける若い技術者(見習い)や営業マンを、安い給料で「使い潰し」するようなブラック企業は、今後の採用が難しくなり淘汰されていくでしょう。「ワンオペ」に代表される過酷な労働条件によって人が集まらなくなり、営業が困難となった「すき家」が示した歴史の必然です。

「長崎ちゃんぽん」の「リンガーハット」が、数年前から「電磁調理器」に切り替えていったのは「高齢化対策」です。ガスの火を使う中華鍋は重く、「電化」によって負担を軽減できれば、高齢のパートでも調理できるからです。

具材を入れれば炒め上がる、ドラム式の「炒め器」の導入も同じ理由です。今後の「求人市場」において「高齢者」は、団塊世代のリタイアと絡めて注目すべきセクターです。字数の関係で深掘りしませんが、シルバーなWeb担当者の活躍する日がやってくるとみています。

ハイボールテクニック

幸楽苑に話を戻します。幸楽苑の価格戦略のうまさは、520円のラーメンが「最安値」でないところにあります。

看板メニューが290円だった当時から、幸楽苑には醤油、味噌、塩、それぞれに390円のラーメンがあり、今も提供されています。つまり、現在の最安値は390円。なのに看板商品を520円とするのは「ハイボールテクニック」です。

店内で観察していると、看板メニューの変更を知らない客が、290円の「中華そば」を注文すると、520円の「醤油らーめん 司」に変わったと告げられ戸惑います。しかし、メニューを開くと、そこに「390円」の「極旨醤油らーめん」を見つけ、ホッとした表情でこちらを注文します。

「ハイボールテクニック」とは、始めに無理な(高めの)要求を伝えておいてから、次の要求を下げることで、相手が受け入れやすくなることを狙う交渉術です。290円から390円ではなく、520円から390円へと導くことで「安い」と錯覚させるということです。

なお、ハイボールテクニックは、取引先との価格交渉で多用される基本技。覚えておかないと損します。

ライバルとの戦いのなかで

同様の格安ラーメンチェーンに「日高屋」があります。こちらの看板メニューは390円の「中華そば」。幸楽苑の最安メニューと同じ価格です。日高屋は駅前に重点的に出店している強みを活かし、1年ほど前から、会社帰りのサラリーマンを狙った「ちょい飲み」を打ち出して人気を集めています。対する幸楽苑は、郊外のロードサイト型店舗が多く、全店規模で「飲酒」を前面に押し出すことはできません。

そこで従来比で高価格の「ラーメン」を看板にすることで、「ラーメンの幸楽苑」というブランドイメージの再構築を目指した、というのが私の見立てです。それはそのまま、「ラーメン以外の価値の提供」へと走る日高屋へのイヤミ、もとい「差別化」となります。マーケティングにおける、差別化の大切さはいわずもがなです。

料金設定の妙

さらに値上げは500円ではなく520円(税別)。消費税が5%だったときによく見た価格で、その分まで乗せてしまった気もしますが、そうだとしても称賛します。これまでの幸楽苑は「セットメニュー」のお得感が乏しかったからです。

お得感を探すのは、メニュー選びの醍醐味でもありますが、520円が「司」登場したことで、100円を超える割引額の「セットメニュー」が続々と登場しました。こうした値引きを演出する余白(余力)をも生み出すための料金設定であり、あえて520円と「+20円」の値引き原資をしっかり取りつつ、「人件費」「ハイボールテクニック」「差別化」とあわせて一石四鳥。平成になってから、ここまで見事な「値上げ」を見たことがありません。

ちなみに新看板メニューの「司」は中細のストレート麺。新メニューというより懐かしいラーメンです。従来の「幸楽苑味」とは異なります。

今回のポイント

価格もブランドを構成する要素

高いメニューを看板にする戦略もある

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