「これからはFacebook」や「シナジー」は戦略ではない。優れた戦略ストーリーの起承転結とは?
「戦略の2つの本質は“違いを作って”、“つなげる”こと」
「部分を見ると非合理だが全体としては合理的なものが優れたストーリー」
「リーダーの条件は“話がおもしろいこと”」……。
今日は、書籍『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』の筆者である一橋大学大学院の楠木 建 氏の講演から、戦略について興味深い解説を、イベント「ネットPR Day 2011」のレポートとしてお届けします。
少し前になりますが、7月6日に、株式会社ニューズ・ツー・ユーが「ネットPR Day 2011」というイベントを開催しました。同社のリリース掲載サービスNews2u.netの10周年を記念したセミナーイベントです。
このイベントの特別講演は「マーケティング&PR担当者のための“ストーリーとしての競争戦略”」。一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授の楠木 建 氏が、競争戦略と競争優位について「ストーリー」という視点から述べたものでした。
イベントでは、その後も、
- 鼎談「企業戦略としてのソーシャルメディア活用について ~経営トップがソーシャルメディアを使う理由」
- パネルディスカッション「ネットPR活用のポイント1 ~ソーシャルメディア活用の重要性をいかに社内に伝えるか」
- パネルディスカッション「ネットPR活用のポイント2 ~ネットPRとソーシャルメディアの親和性」
など、興味深い内容が展開され、充実した1日となったのですが、今回は、特別講演から「戦略」と「ストーリー」の話題をお届けします。もともとは企業戦略としての講演でしたが、Web戦略を考える際にも参考になります。
マーケティング&PR担当者のための“ストーリーとしての競争戦略”
楠木氏は、企業にとっての戦略の2つの本質は「違いを作って」「つなげる」ことなのだといいます。
違いを作る部分は「ブルーオーシャン」のような形やさまざまな形でよく解説されていますが、楠木氏が強調するのは後者の「つなげる」こと、つまり「ストーリー」。氏の講演は、この「ストーリー」という言葉を軸に展開していきました。
楠木氏によると、企業がよく「戦略」として挙げるが実際には戦略ではないものとして、次のようなものがあるということ。
- 目標の提示(5年以内に営業利益●%を達成」
- 組織体制
- 環境分析(市場や競合)
- 自社資源の棚卸し
- バズワード
- 気合い
また、「価格」「仕様」「市場投入時期」といった項目や、それらをまとめたアクションリストも、戦略ではありません。
楠木氏は、「経営の問題の多くは、分割していけばわかってくる。しかし、戦略ストーリーの真髄は総合することにある。つまり、分けるとわからなくなるのだ」といいます。
こうした個別の項目にはそれぞれ背景があり、他社との違いを生んでいるはず。しかし、個別の項目を見ても「ストーリー」は見えてきません。各項目がそれぞれどうつながって利益になっていくのかを示すのが「ストーリー」なのです。
また、SWOT分析で「強み」「弱み」「機会」「脅威」を考えれば、自社の強みが見えてくるだろうといわれますが、本当にそうなのだろうかと楠木氏は問います。たとえば、「会社が小さい」というのは強みなのか弱みなのか、3月に起きた震災は自社にとって機会なのか脅威なのか。そうしたことは、自社にストーリーがあり戦略があって初めて決まるものなのです。
楠木氏は、確かな戦略ストーリーの作り方として、「起承転結+一貫性の5C」を示しました。
まず「起承転結の“結”」――競争優位、利益創出の最終的な論理
戦略ストーリーは結末から考えます。ここに来るのは、利益を創出するための最終的な論理。利益を伸ばすには売上をアップするか、コストを下げるしかないので、ここではそのどちらを進めるのかを決めておきます。
ちなみに、売上は、顧客が何かに価値を感じて発生するものなので、「売上アップの論理」ではなく、顧客の「支払おうと思う気持ち」をいかにして上げるかの論理を考えるべきだということ。
次に「起承転結の“起”」――コンセプト、本質的な顧客価値の定義
ゴールが決まったら、起点となるコンセプトを作ります。
たとえばリクルートは人間の消費が発生する範囲の広さに着目して、より消費を喚起する「狭域情報」を提供するというコンセプト。また、スターバックスは、コーヒーを売るのではなく「過ごす場所を売る」というコンセプト。
優れたコンセプトというのは、見たままではなく、顧客にとっての本質的な価値の定義。だから、それを見つけ定めるには、人間の本性を直視することが必要なのです。
次に「起承転結の“承”」――競合他社との違い
本当はみんなが気づいているのに、見ないふりをしてきている点をみつけて「他社と違った良いこと」に結びつけていきます。
次に「起承転結の“転”」――クリティカル・コア、中核的な構成要素
戦略は、ストーリー全体が「合理的か非合理的か」と、部分が「合理的か非合理的か」のバランスで考えます。
「各部分:非合理、ストーリー全体:非合理」だと、単なる愚か者。ここを目指す人はいません。
楠木氏は、「ストーリー全体:合理的、各部分:合理的」の組み合わせを指して「普通の賢者」だといいます。これを目指そうとする人もいるが、他社に真似をされる余地がおおいに残るパターンです。
では「各部分:合理、ストーリー全体:非合理」はどうかというと、意外に陥りがちな、「合理的な愚か者」なのだということ。
そうではなく楠木氏は、部分部分を見ると「おかしい(非合理だ)」けれども、ストーリー全体としては合理的に儲かる理屈ができているのが、優れた戦略であるとして、そうした戦略を作れるのが「真の賢者」だといいます。
部分が非合理で全体が合理というのは、他社が「まねられない」ではなく「まねる気にならない」戦略。
たとえばAmazonはECなのに大量の倉庫を作っていて在庫を大量に持っています。
これは、投資家から見ると効率が悪くおかしいところ(部分を見ると非合理)。
しかし、Amazonのストーリーは「顧客の購買意志決定を支援する」ことであり、顧客が購入したいと思ったときに、「いつ届くか」の情報は、価格と同じぐらい購入の意思決定にとって大切。だから、顧客の購買意志決定を支援するには商品配送のタイミングまで示さなければいけない。だから在庫を持っているのだというのです(全体としては合理)。
最後に「一貫性」――ストーリーの評価基準
一貫性の例として楠木氏は、マブチモーターの事例を示します。同社の戦略は、「持続的に利益を出す」というゴールに対して、「モーターを標準化して“マブチモーター”として売るようにする」というもの。
製品ごとにカスタムのモーターを作っていた時代からの戦略で、利益を出すためにコスト面で優位に立つ方向を選び、コスト優位をもつためには大量生産をしなければいけない、だから個別にカスタムで作るのではなく標準化するという流れなのだといいます。
モーターを標準化すれば「まず間違いなく」大量生産でき、「まず間違いなく」コストを下げられます。このように、因果論理が明確であるのが重要なのです。
因果論理が不明確なものや突然出てくる飛び道具は、戦略として弱いもの。たとえば「シナジー」「相乗効果」のようなものや、突然「これからはFacebookだ」と言い出すなどがその例で、人はストーリーを詰め切れていないとこういった飛び道具に頼ろうとするものなのだといいます。
楠木氏は「データは過去、戦略は未来」であり、「“こうしよう”というイメージは数字ではわからない」として、「数字よりも筋」という言葉を使いました。
戦略において重要なのは、「こうなるだろう」ではなく「こうしよう」であり、「見える化」よりも「話せる化」なのだといいます。戦略を作っている本人がイメージできないことは実行できないからです。
そうしたうえで、優れた戦略の絶対の共通点として「戦略を語る人がおもしろがっていること」を挙げました。だからリーダーの条件は「話がおもしろいこと」なのだといいます。といっても、表現がうまいかどうかではありません。「興味を持てる話をする人間」がリーダーであるべきで、それが戦略になるのだということなのです。
個別のアクションや手段の前に重要なのが、「そもそも何を達成するためにどこへ向かうのか」の戦略。長く生き残る、人を巻き込んで進むことができる戦略を考えるうえで、「ストーリー」は大切な役割を果たしそうです。
最近は、ビジネス領域においても、こうしたロジックでは説明のしきれない右脳的な話題が多くなっている印象がありますが、御社の戦略ストーリーはどうなっていますか?
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