コミュニティを企業が活用する方法論&べし・べからず/フォレスター・リサーチ オウヤン氏インタビュー
SNSやブログなどのオンラインコミュニティを活用したいと考えている企業は多い。しかし、コミュニティがビジネスにもたらす効果やリスク、展開の方法論は必ずしも明確にはなっていない。
米国の調査会社フォレスター・リサーチのシニアアナリストとして、企業のソーシャルメディア展開を中心としたWebマーケティングやインタラクティブマーケティングの専門家であるジェレマイヤ・オウヤン氏に、オンラインコミュニティを成功させる秘訣、コミュニティの運用上のポイント、ユーザーとの関係構築などについて聞いた。
取材・文:林 千晶(ロフトワーク) 写真:津島 隆雄
増加が顕著なユーザーのSNS参加
企業が活用するには目的の明確化が重要
●林 千晶(以下「林」) まず、最近のソーシャルメディアの動向について教えていただけますか?
●ジェレマイヤ・オウヤン氏(以下「オウヤン」) あくまで米国での調査をもとにした分析ですが、ユーザーのSNSへの参加がたいへん活発です。ブログへの投稿やコメントの書き込みといった行動と比べても非常に顕著ですね。SNSユーザーの数は、ここ数年、継続的に増加しています。
●林 SNSの人気がそれほど高いのはなぜでしょうか? 自己表現という意味では、むしろブログの方が効果的に思えますが。
●オウヤン ユーザーがSNSに参加する動機には、大きく2つあります。1つはまさしく自己表現、つまり、自分の考えを周囲に伝えたいということ。そしてもう1つは、コミュニケーション、つまり、ほかのユーザーとのやりとりや情報共有です。
おっしゃるように、自己表現がしたいならブログを使うという方法もあります。しかし、SNSに参加するほうがブログを書くよりずっと簡単ですし、自分のコンテンツをだれに見せるかをコントロールすることもできます。そういった理由で、SNSが人気を集めているのです。
●林 ブログを書いている人とSNSに参加している人は、同じ層だととらえていいのでしょうか?
●オウヤン ブロガーに関してはリサーチをしていないので断言はできませんが、ブロガーの多くがSNSを利用しているのは確かです。しかし、SNSのみを利用している人もたくさんいることを考えれば、SNSは、ブロガー以外の多くの層を巻き込んでいると考えていいでしょう。
●林 企業がオンラインコミュニティやSNSを活用することで得られるメリットには、どのようなものがありますか?
●オウヤン コミュニティやSNSの活用にはさまざまな目的があります。何を目的とするかによって、メリットもおのずと異なります。
コミュニティを、その声に耳を傾けて「消費者からの意見の吸収(Listening)」のために利用する場合は、意見を効率的に集め、それをスムーズに商品開発などに活かすことができます。たとえば、世界的に有名な玩具ブランドのレゴ社は、将来どんな商品が欲しいのかをコミュニティで消費者に自由に話してもらい、その意見を新製品開発の参考にしています。「レゴマインドストーム」という最新のラインナップは、まさしくコミュニティからのフィードバックをもとにつくられたものです。
「消費者サポート(Support)」もコミュニティを通じて行うことができます。コミュニティを活用すれば、消費者同士が製品やサービスについて相互に情報を交換できるようになります。いわば、自発的なサポート体制が成立するわけです。マイクロソフトでは、開発者同士がQ&Aなどを通じて自由に情報を交換し、課題や疑問を解決できるオンラインスペースを構築しました。
それ以外にも、消費者と一緒にサービスや商品を開発していく「巻き込み※(Embracing)」という手法や、企業のアイデアやメッセージの伝達力を高めるための「語りかけ(Talking)」といった手法があります。コミュニティの活用法は、常に目的に応じて考えていかなければなりません。
ウォルマートのコミュニティはなぜ失敗したか
対象となるのも企業側も「人」がポイント
●林 コミュニティを活用する場合、自社で立ち上げるべきか、既存のコミュニティを活用すべきか迷う企業も多いと思います。選択のポイントは何ですか?
●オウヤン 自社で立ち上げるのも既存コミュニティを利用するのも、どちらも有効な手法です。また、長期的には両方を活用するという判断もありえます。どの方法を選択するかは、ターゲットをしっかり調査して、ニーズを把握してから決めるべきことです。
ウォルマートの失敗例を聞いたことはありますか? ご存知のように、ウォルマートは米国最大の小売業者です。そのウォルマートが独自のオンラインコミュニティをつくったのですが、わずか10週間で閉鎖してしまいました。
●林 たった10週間で!? なぜでしょう?
●オウヤン 理由はシンプルです。人がまったく来なかったから。それだけです。「釣りは魚がいる場所で行うべし
」ということわざがありますが、コミュニティを展開する際にも、まずはターゲットユーザーを研究し、彼らがオンライン上のどこに、どんな理由でいるのかを把握しなければならないのです。ターゲットとなるユーザーがFacebookにいるのならFacebookを活用すればいいし、ほかのSNSにいるのならば、そこにコミュニティを立ち上げればいい。ターゲットを理解せずにいたずらにコミュニティをつくっても、人は来てくれないのです。
●林 費用の観点から見るとどうでしょうか? 自社で独自にコミュニティを立ち上げる場合は、構築費用がかかるわけですが。
●オウヤン コミュニティ運営の主要コストは人件費であるという事実を忘れてはいけません。コミュニティ運営コストの平均的な内訳は、技術やプログラム開発の比率が約20パーセントで、残りの80パーセントは運営に関わるさまざまなスタッフの人件費です。プログラムやソフトウェアにかかるコストは全体のごく一部にすぎないのです。したがって、初期の構築費用で戦略を判断するのは得策だとは言えません。
●林 自社でコミュニティを立ち上げたケースにおける成功例と、既存コミュニティ利用における成功例をそれぞれ教えていただけますか?
●オウヤン 独自コミュニティの成功事例には、すでに述べたレゴ社とマイクロソフト社のものがあります。
既存コミュニティを活用した成功事例としては、BMWが有名ですね。BMWは、エントリークラス車種の新モデルのリリースにあたってオンラインキャンペーンを実施しました。これは、Facebook上でユーザーに広告素材を提供し、だれでも自由に広告をつくれるようにするというものです。クチコミを利用した「活性化(Energizing)」といわれるマーケティング手法の一種で、日本では「バズマーケティング」と呼ばれていますよね。このような参加型マーケティングによってユーザーを巻き込み、盛り上げることができるのがソーシャルメディアのおもしろいところです。
最近の事例では、スターバックスがあります。スターバックスは、「マイ・スターバックス・アイデア※」という独自コミュニティサイトを立ち上げ、欲しいサービスや商品についてユーザーが自由に投稿したり、ほかのユーザーのアイデアに投票したりできる仕組みをつくりました。独自コミュニティによって「消費者からの意見の吸収(Listening)」を実現している事例ですね。
これら以外にも、米国ではコミュニスペース社やパッセンジャー社のような、コミュニティソリューションの提供を専業で行う企業も生まれています。コミュニティの基盤構築や運営代行、オンラインでの消費者テストや商品モニター調査などのサポートサービスが主な事業内容で、最近非常に注目を浴びています。
効果測定は目的に合った指標で
ネガティブな発言はチャンスだととらえる
●林 コミュニティのマーケティング上の効果はどのようにして測定すればいいのですか?
●オウヤン コミュニティマーケティングの効果を測定する場合は、目的に応じて評価指標を設定すべきであると私は考えています。たとえばバズマーケティングを目的としたコミュニティ展開であれば、クチコミが伝播するスピードや規模を評価の基準とすることができます。先のBMWのキャンペーンでは、クチコミがどれだけの範囲に広がったかを週ごとに追跡することで効果を測定しました。
目的がサポートである場合は、コミュニティ活用後にサポートコストがどれだけ削減できたかが重要な指標になります。米国では、平均的な消費者サポートコストは、1分あたり12ドルという統計があります。このコストがどれだけ減ったかでコミュニティの価値を金額換算できるわけです。また、顧客満足度の変化でコミュニティの成果を計るという方法もあるでしょう。
いずれにしても、コミュニティ展開の成果は、常に明確な指標によって判断されなければなりません。
●林 コミュニティマーケティングの効果を語るときに「エンゲージメント」という言葉がよく使われます。この言葉は、日本語で適切な訳語がないのですが、どういうとらえ方をするのがいいのでしょうか?
●オウヤン 米国でも「エンゲージメント」という言葉は、人によって違う意味を表すことが多い用語です。いろんなマーケターにエンゲージメントの定義を聞いたら、みんな違うことを言うものなのです。
だから、私はコミュニティマーケティングの効果を語るときに「エンゲージメント」という指標は使いません。そうでなく、さきほど言ったような、目的に応じて適切に設定した他の指標を使うようにしています。
●林 コミュニティ運営で「してはいけないこと」「するべきこと」があれば教えてください。
●オウヤン してはいけないことは、コミュニケーションの阻害です。調査では、企業によってはコミュニティで掲示板機能を使えないようにしているところもありました。しかし、そうしてしまうと、「ソーシャル」ネットワークではなくなってしまい、求める目的を達成できなくなってしまいます。
するべきことは、コミュニティのすべてを企業側がコントロールしようとせずに、コミュニティに任せるということです。これは多くの企業にとって実行するのが難しいのですが、コミュニティでネガティブなことが語られたとしても、それを許すことで信頼を築けるのです。
それに、企業にとっては、ネガティブな話題はビジネス上のチャンスなのです。そういった話題をちゃんととらえて、製品やサービスを改善する流れを組織として整えておくことが大切なのです。オンラインで聞こえてくる声は、現実の世界で言われていることを反映しているものなのです。
ネガティブな話題は無視したり隠したりするのではなく、「そういう問題があるのですね、では、どうすれば改善できるでしょうか、意見をください」という方向に、うまく抱え込めばいいのです。
●林 やはり、コミュニティへの反応は迅速に行うべきなのでしょうか?
●オウヤン 大切なのは、その意見を企業側が認識して理解していることを、コミュニティに伝わるようにすることです。たとえその問題をすぐに解決できないとしても、問題があることを認識していることを伝えるのが重要です。
すべてはユーザーを知ることから始まる
人を知り、目的を設定するPOSTメソッドで
●林 コミュニティ立ち上げの段階で、「賑わい」の演出の一環として企業のスタッフがユーザーのふりをする、いわゆる「半サクラ」のような施策がありますが、これは有効だと思われますか?
●オウヤン そういった偽りの行為は、遅かれ早かれいずれ露呈してしまうものです。その際に生じるかもしれないブランドイメージの低下やユーザーとの信頼関係の破綻といったリスクを考えれば、実行する価値がある施策だとはとても思えません。
立ち上げ時に勢いをつけたいのであれば、偽りのユーザーを仕込むことではなく、ユーザーをリサーチし、業界やテーマに関心の高い人たちを見つけ出して「アルファカスタマー」という形で優先的にコミュニティに参加してもらうという手法を使うのがいいでしょう。ただし、そういった協力者へのお礼を金銭で行ってはいけません。優先的な協力者であることがほかのユーザーからわかるようにするなど、「社会的表彰」もしくは「名誉」のような形で報いるのがポイントです。
●林 やはり、ユーザーを知るところからすべては始まるのですね。
●オウヤン そのとおりです。フォレスター社はコミュニティ構築の正攻法として「POST理論」を提唱しています。
まず「P(=People/人)」、すなわちユーザーを調査し、その実態を把握する。次に「O(=Objective/目的)」を設定する。そして「S(=Strategy/戦略)」を決定し、最後に採用すべき「T(=Technology/テクノロジー)」を選択するというものです。
コミュニティの失敗の多くは、このフローを逆に辿ることに起因しています。つまり、どんなシステムを使うかの議論を優先し、ユーザーの把握を後回しにしているわけです。テクノロジーは常に進化し続け、新しいソフトウェアも次々に登場します。そんな不確実なところから戦略を導き出すのは馬鹿げています。目的や戦略は、比較的不変のもの、つまり消費者から導き出されるべきです。
もう1つ大切なのは、オンラインのコミュニティは、現実社会の縮図であるということです。コミュニティで起こっていることは、リアルな社会でも起こっています。なぜなら、いずれも同じ「人間」によってつくり出され、同じ「人間」によって営まれているものだからです。コミュニティに取り組む際には、そのような視点を忘れてはいけません。
フォレスター・リサーチのアナリストが執筆した書籍『グランズウェル』が翔泳社から発売されている。
企業活動にソーシャルメディアやコミュニティを取り入れるための戦略を、導入事例や費用対効果まで含めて解説している1冊だ。
本書が示している、ネットのソーシャル化によって生まれた「Groundswell(大きなうねり)」の活用は、オウヤン氏のリサーチや解説と併せて参考になる情報のはずだ。
Web担でも書評『グランズウェル』の記事で紹介しているので、参考にしてほしい。
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