ワールドカップだけじゃない! ラグビーはオンオフ2軸のファンマーケティングでファン層拡大
2015年五郎丸歩、2019年は稲垣啓太や姫野和樹などスター選手が登場し、良い意味での「にわかファン」が急増したことが話題となったラグビーワールドカップ。2023年7月のリポビタンDチャレンジカップ「All Blacks XV戦」では来場者数およそ2万人を達成と、その熱はまだ高い状態だ。
その背景には、日本代表による素晴らしい戦績だけではなく、日本ラグビーフットボール 協会(以下、JRFU)やラグビー業界全体のマーケティング施策がある。ラグビーを盛り上げるためにJRFUが行ってきた施策とその想いについて、日本ラグビーフットボール協会理事で、ジャパンラグビーマーケティングの池口徳也氏に話を聞いた。
課題はプロフェッショナルな興行化による競技の収益化 、協会から独立した「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」始動
2015年のワールドカップ以降盛り上がりを見せている日本のラグビーだが、ある課題を抱えていた。それはプロフェッショナルな興行による競技の収益化だ。
この課題を解決しようとしていたのが、今回取材に応じていただいた「日本ラグビーフットボール協会(JRFU)」だ。JRFUは日本を代表する唯一のラグビーフットボールの統括団体であり、国際的な統括機関である「ワールドラグビー」の管轄下にある。
JRFUの役割は日本代表、U20など若い世代の日本代表の強化・発展と小学生から中高部活動、社会人の競技運営統括だが、収益を上げることも重要な役割だという。
スポーツ競技を発展させるには、お金がかかります。JRFUが日本代表を強化し、支えるためのスポンサー獲得や放送権販売獲得したり、大きな試合でのチケット販売を行ったりして収益をあげることも大切な役割なのです(池口氏)
競技全体の収益を考えると、日本代表だけではなく、試合興行のプロ化による競技の収益化も大きな課題だった。国際的にみてもラグビーのプロ化はサッカーから100年遅れており、海外ではイングランドが1996年、ニュージーランドが1995年にプロラグビーリーグを設立し、南半球が先んじてプロ化へ進んできた。しかし、日本は約20年遅れで初の社会人全国リーグ「JAPAN RUGBY TOP LEAGUE(トップリーグ)」を開始。
そして2021年、国内リーグの事業発展を目指して「JAPAN RUGBY TOP LEAGUE」は「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE(ジャパンラグビー リーグワン)」になり、もともと協会の下で運営されていた社会人リーグから、独立した一般社団法人ジャパンラグビーリーグワンによって運営されるリーグになった。まもなく3シーズン目を迎え、まだこれからという事業だ。
ワールドカップなど国際的な大会で良い結果を出していくための競技力強化の基盤として、スポーツのプロ化は避けられません。そのため、『JAPAN RUGBY LEAGUE ONE』は自ら収益を上げられる独立したリーグとしてスタートさせました(池口氏)
「JAPAN RUGBY LEAGUE ONE」の収益モデルはサッカーのJ リーグをイメージするとわかりやすいだろう。放映権をリーグが統括して販売し各チームに分配、さまざまなスポンサーを集めて収益を上げることを目指している。しかし、この収益化にも以下のような課題があった。
- 団体競技としては大きい15人という人数
- 総勢約50人規模となるチーム運営にかかるコスト
- 選手への負荷が高く、年間の試合数の限界
- 時間がかかる地域に根ざしたファンコミュニティの形成
- ファン網の構築に必要な投資
これらのような課題をクリアするために設立されたのが「ジャパンラグビーマーケティング株式会社」だ。
事業化にあたり、ラグビー協会やリーグが持つ、大会興行運営基盤やファンの基盤などのアセットを共有化して最大の効果を得られるようにしていくために設立されたのが、ジャパンラグビーマーケティングです(池口氏)
ワールドカップで184万枚のチケットを販売、100万人近い“にわかファン”を育てるためにファンマーケティングへ
ジャパンラグビーマーケティングが競技の商業化のために取り組んでいることや取り組む予定のものには、以下の4つの領域がある。
- 選手のプロパティを活用した商業商品サービス
- 試合運営とチケット販売、会場での様々なサービス
- 熱心なファンへのファンクラブサービス
- あらゆる場面でラグビーコンテンツに触れることができるデジタルサービス
歴史的に日本のラグビーは、スポンサーによる協賛に依存してきました。かつてはなかなか結果を出せなかった日本代表を強化するために、投資を支えて頂ける有り難い存在です。収益源としては放送権もありますが、試合数も少なく、2019年のワールドカップ前までは大きな価値が出せずにいました(池口氏)
商業化に向けた潮目が変わったのは、2019年に日本で行われたワールドカップでの成功だ。スポンサーや放映権での成功も大きかったが、それ以上の価値があったのは“にわかファン”と呼ばれた人々。この人々がチケットの販売数を大きく底上げし、販売枚数は約184万枚を達成。
それまでは、多くても年間延べ40万〜50万人程が最大でした。あの短い期間で100万人近い方々が『にわかファン』となったことは資産です。これを今後、どのようにいかして次の日本ラグビーファンとして育てていくか。これからはファンに支えられる形で、収益をまかなっていく必要があると考えています(池口氏)
そこで、この“にわかファン”を各リーグへ送客し、ファン層へと育てていくため、新たに生まれたのが2023年5月に始まった共通ID「Japan Rugby ID」だ。日本ラグビーのすべてが1つのIDで楽しめる共通IDで、プラットフォームや全体の運営はジャパンラグビーマーケティングが担っている。
こうして、日本のラグビーはワールドカップを転機に、協賛やスポンサー、放映権セールスだけではなく、ファンマーケティングで収益を上げていく基盤が整いつつあるのだ。
ジャパンラグビーマーケティングが考えるファンエンゲージメント
それでは、ジャパンラグビーマーケティングが考える、ファンエンゲージメントつまり、ファンとの結びつきや関係性とはどのようなものなのだろうか。
日本代表の試合やリーグワンのプレーオフ準決勝、決勝、新しい試合・大会の企画運営を行い、チケットを販売して収益を得ていくことが大きな事業の役割です。その中で、ファンというベースを育て、スタジアム以外からも収益を得ていくこと。そして、試合がない日にもサービスやコンテンツを提供するデジタル施策を行っていきます(池口氏)
スタジアム外でのデジタル施策の具体例としては、モバイルアプリ「JAPAN RUGBY APP」があげられる。このアプリによって、いつでもどこでも楽しめるラグビーコンテンツや試合情報などのデジタルコンテンツをファン向けに提供しているのだ。たとえば、放送されない試合の配信(今後実施予定)や、試合の予想ゲームといったゲーミフィケーションコンテンツ、NFTなど選手のさまざまなプロパティをパッケージにしたコンテンツなどがある。
また、「JAPAN RUGBY SAKURA CLUB」というファンクラブ運営も大事な柱だ。会員限定のコンテンツやチケット先行発売はもちろん、プレミアム会員限定の入会記念グッズなど、ファンクラブに入会するコア層へのコンテンツも充実させている。
リーグワン各チームの独自のファンクラブもあるが、JRFUが主体となったファンクラブと共通したチケットサービスを運営することで、共通インフラから各チーム運営をファンが支えられる仕組み作りを行っている。ここで重要になってくるのが共通ID「Japan Rugby ID」だ。
こういったネットワーク上でのコミュニティビジネスを行っていくためには、共通の事業基盤、すなわちプラットフォームの上で進めていくことが鉄則です。共通IDである『Japan Rugby ID』があれば、好きなチームや選手のサービスも、男子日本代表の試合も、女子日本代表やその他代表カテゴリの海外コンテンツも、すべてシングルサインオンで受けられることを目指しているのです(池口氏)
リーグの創設が遅れたことが逆に功を奏した! 共通ID導入で目指す新規ファンの拡大
協会やリーグ、リーグのそれぞれのチーム、ファンなど多くのステークホルダーがいるなか、共通ID導入に障壁は無かったのだろうか? 池口氏は、リーグ独立が遅れファン形成の歴史が短いことが功を奏したと語る。
他のスポーツだと、プロリーグの各クラブにそのフランチャイズ地域に根差したファンがいて、独自のサービスを通して自らのファンを育成しています。しかし、日本のラグビーは元々、日本代表とトップリーグが中心となって各クラブではなく日本協会が、マーケティングやファン形成を行ってきた背景と、各クラブによる独自性を出したファン形成の歴史がほかのスポーツに比べてまだ短いため、ファン情報の統一化の理解を得やすい環境だったと思います(池口氏)
チームによるユニーク性の蓄積がまだ少ない時点から、共通ID化と連携しながら、各チームによる独自のサービスを築こうとしているのだ。
しかし、一方でラグビーファンは“にわかファン”だけではない。昔からのファンのコア層は40~50代以上の男性で、大学ラグビーが盛んだった時代に学生だった方が今もラグビーを観戦し続けている。そういった方々は、ワールドカップに限らず、日本代表、大学、リーグワンでもチケットを買って今も会場へ足を運び続けているのだ。
池口氏はこういった古参ファンに対し、わかりやすくアナウンスすることは心がけつつも、「共通ID化を通して無理に完全デジタルへ移行する必要はない」と考えており、人間が対応するチャネルは引き続き残していく方針だ。
ありがたいことに離れずにずっと支え応援してくださるコアなファン層とは別に、2019年のワールドカップがきっかけで『はじめて見た』という80万人程の新しいファン層を得ました。そこには、これまで開拓できてこなかった若年層の方や女性の方など、さまざまな方がいらっしゃいます。共通IDはこの新規のファン層を醸成するのに役立つと考えています(池口氏)
そもそも共通IDは、新規ファンの裾野を広げることに注力したデータドリブンでのマーケティング戦略であり、ラグビーをよりエンターテインメント化していくことを念頭に、これまでのファン層とは違うアプローチを行っている。
世界的にラグビーファンは富裕層が多いが、従来のファン層だけではこれ以上の拡大が難しい。そのため、エンターテインメント要素を加え、より楽しんでもらえるようにワールドラグビーも含め、真剣に取り組んでいると言う。
ジャパンラグビーマーケティングとしても、エンターテインメント化をどう進めていくかが課題です。新しいファン層獲得のために、ソニーやNTTドコモといったパートナーシップ得て、新たなターゲットに向けた施策を進めていきます(池口氏)
スタジアムで生まれる熱気を会場の外にも。オンライン×オフラインで熱気を伝える施策
スポーツ競技である以上、ベースにリアルの会場での試合があった上で、デジタルによってオンライン/オフラインの熱気をマージしていく必要がある。
そのため、デジタルを通して、会場の熱気以外でどのようにラグビーを楽しんでもらうのかも、1つの課題だ。この課題に対し、ジャパンラグビーマーケティングは「JAPAN RUGBY APP」をもちいた試合中の抽選呼びかけなど、デジタルとリアルを掛け合わせたエンターテインメントコンテンツも提供している。こういった取り組みを生む際に、心がけていることはあるのだろうか。
スポーツなので、一番エキサイトするのは試合中のスタジアムです。そこで見るだけではなく、共感できる仕組みがとても大事。選手や観戦してくれている人たちが共感して生み出された熱気が、試合会場以外に伝わっていく流れができるといいと考えています(池口氏)
こうした共感性の熱気を生み出すために、「JAPAN RUGBY APP」を通して、以下のような施策を考えているという。
- 初心者向けに試合中にラグビーのルール解説(インターネットラジオの仕組みを活用)
- 多様なコンテンツ、キャンペーンの発信とファン参加型企画の提供
良いゲームで生まれる熱気+観客が楽しむという仕組みは、デジタルツールなくしては実現しなかったでしょう(池口氏)
熱気を伝播させるデジタル施策は「JAPAN RUGBY APP」だけでない。もちろんSNSも運営しているという。
SNSに対しては、マルチパーパスでやっていこうと考えています。X(Twitter)は告知をしっかり広げるチャネルとして。Facebookは、年齢層が高いコア層をターゲットとし、コミュニティの中心として考えています。若い世代に対してはTikTokに期待しています。女子男子問わず、普段見られることがない選手の様子などを掲載していきたいです。特に女子セブンスなどで活用していきたいですね(池口氏)
海外からも日本ラグビーへの注目が高まる中、SNSはグローバルに展開する際に欠かせない。試合のハイライトやファン向けのインサイドストーリー、ドキュメンタリーなどユニークなコンテンツをニュージーランドラグビー協会など海外のラグビー協会とも提携し世界中のファンへコンテンツ展開を検討している。
共通IDやアプリ、Webサイトを通したデジタルマーケティングだけではなく、試合を通しての顧客体験向上を目指してファン化の基盤を築きつつある日本のラグビー界。ジャパンラグビーマーケティングの存在により、今後も一層の盛り上がりを期待している。
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