森田雄&林真理子が聴く「Web系キャリア探訪」

「日本でトップ5になれることをやる」今はAI専門家になった男の“変幻自在なキャリア”

クリエイターからプロデューサー、営業、アナリストなどあらゆる職種を経験後、現在はAIの専門家である野口竜司氏に、これまでのキャリアを伺った。

「会社や市場が求めている役割にピボットし、変幻自在に職種を変えてきました」

こう語るのは、AI活用の領域で名高い野口竜司氏だ。2022年4月には、東大松尾研発のAIスタートアップであるELYZA(イライザ)の取締役CMOに就任。AIビジネスの推進や文系AI人材の育成など、AIの社会実装に向け奔走している。そんな野口氏には意外な経歴があった――。特定の領域でトップを走り続ける野口氏に、これまでのキャリアと仕事観について話を伺った。

Webが一般に普及してすでに20年以上が経つが、未だにWeb業界のキャリアモデル、組織的な人材育成方式は確立していない。組織の枠を越えてロールモデルを発見し、人材育成の方式を学べたら、という思いから本連載の企画がスタートした。連載では、Web業界で働くさまざまな人にスポットをあて、そのキャリアや組織の人材育成について話を聞いていく。
インタビュアーは、Webデザイン黎明期から業界をよく知るIA/UXデザイナーの森田雄氏と、クリエイティブ職の人材育成に長く携わるトレーニングディレクター/キャリアカウンセラーの林真理子氏。

株式会社ELYZA 取締役CMO 野口竜司氏

デジタルアーティストやデータアナリストなど、さまざまな職種を経験

林: Webに触れたきっかけから教えてください。

野口: インターネットビジネスが始まる頃の1996年、立命館大学に入学しました。ICT教育に力を入れていた大学だったので、そこでコンピュータ・サイエンスを履修して、インターネットやPCの基礎を学びましたね。他にも、ゲーム理論やマーケティングにAIを使う研究などにも触れました。

林: 書籍『文系AI人材になる』を出版されているので、学生時代はどっぷり文系だったのかしらと思っていましたが、その頃から学ばれていたんですね。

野口: 文系・理系どちらでも入学できる学部でした。私はプログラミングをやりませんので、文系のアプローチで話をすることが多いですね。あとコンピュータでいえば、大学3年生のときに、ソニーミュージック主催のデジタルアートのコンテストで優勝し、専任のデジタルアーティストになりました。1年休学して、所属している有名アーティストのデジタルクリエイティブを手がけました。

林: デジタルアーティストですか! それは意外な経歴。

野口: 復学した後に、当時20人ほどのITベンチャーであるイー・エージェンシーに誘われたので在学中から働きはじめ、19年間勤めました。日本で初めてディレクトリ型検索エンジンを作った会社です。

森田: 19年間は長いですね。イー・エージェンシーではどのような仕事をしたのですか?

野口: クリエイターとして入社したのですが、その後は「ディレクター」「プロデューサー」「営業」「インフォメーションアーキテクト」「UXデザイナー」「データアナリスト」など、会社や市場が求めている役割にピボットし、変幻自在に職種を変えてきました。役職が付いてからは、子会社の代表取締役社長や取締役として、ビッグデータ分析やレコメンドエンジンなどAIをベースにした新規事業の立ち上げに携わりました。やっていないことのほうが少ないかもしれないですね。

林真理子氏(聞き手)

林: さまざまな役割を担ってこられたんですね。それだけ広範な職種転換の過程では合う合わないも出てくると思いますが、市場や事業発展に必要とあらば何でもやってやろうというスタンスで? ご自身のキャリア形成上の意図も何か働いていたのでしょうか?

野口: 求められる役割に応じる一方で、「日本で5番以内になれることだけをやろう」と思って仕事をしてきました。AI活用の分野ではトップ5かどうかはわかりませんが、その分野で私を想起いただけることも多くなっていると感謝しております。過去でいくと、たとえば日本初のA/Bテストの専門書を書いたのは私で、A/Bテストの文化を定着させるのに先駆者の立場として一部は貢献できたのではないかと。

森田: その方針はいつから決めていたのですか?

野口: 大学時代からですかね。大企業に就職するよりも、スペシャリストとして国内のトップを目指すほうが自分には合うと思いました。デジタルアーティストを辞めたのも、「この領域ではトップ5になれない」と悟ったからです。

森田: ちなみにその悟りって、どのくらいで見定める感じなんですか?

野口: いい質問ですね(笑)。打ち込み始める前に、現在のその領域のトップを調べて、いけるかどうかを判断し、2~3年で見定めますかね。

今のキャリア軸は「AIの社会実装」

林: 19年も勤めた会社を転職するきっかけは何だったのですか?

野口: 手がけてきた事業が安定して利益を生むようになったので、今度はデータ分析ができる事業会社で働きたいと思ったからです。それで2019年にZOZOテクノロジーズ(現ZOZO NEXT)に「VP of AI driven business」として転職しました。前澤友作さんがZOZOの社長だった頃です。

森田: ZOZOテクノロジーズではどういう仕事をしていたのですか?

野口: 画像識別系のAIを活用し、販売の需要予測としてユーザーが検索した服と似たアイテムを探したり、ユーザー行動の予測などに取り組んだりしていました。顧客の予測AIの開発にも携わり、プロダクトに入れ込んだことも。あと社内のAI人材の育成ですね。2021年には「ZOZO NEXT 取締役 CAIO(Chief AI Officer)」「Zホールディングスの Z AIアカデミア幹事」を務めていました。

林: 2社目は、AI一色ですね。そして再び転職され、今はAIのスタートアップであるELYZAの取締役CMOに。

野口: はい、ここ数年は「AIの社会実装」がキャリアのコンセプトになっています。他にも、日本ディープラーニング協会の人材育成委員やGrowth XのAI戦略アドバイザー、さらには自分でも会社経営をしています。

森田雄氏(聞き手)

森田: お立場が色々ありますね。「どこの方?」と聞かれたら、なんと答えているのですか?

野口: ELYZAの取締役CMOです。本業をしっかりやりながら、あえてたくさんの役割を持っています。このほうが自分の腕を磨くための自己投資をする気になりますし、いい方向にいくんです。

転職先は自分で見つけて、情熱を訴える

森田: ELYZAに転職したきっかけは何だったのでしょう。

野口: AI業界ではパラダイムシフトが起きていて、ELYZAが取り組む自然言語処理系のAIはその最前線です。そこに行きたくて飛び込みました。ELYZAが現在公開している大規模言語AIは2つあります。1つは長文記事の要約です。文章要約AI「ELYZA DIGEST」は、単に文中のキーワードを切り取るのではなく、文章の意味合いを理解し、要点を絞ってなめらかな文章に要約します。もう1つの機能である文章執筆AI「ELYZA Pencil」はキーワードを複数入れると、自動でニュース記事を書いてくれます。他にも、メールや日程調整などを自動で生成してくれます。

林: 職務経歴書を自動で作れる機能を試してみました。「エンジニア」「PHP」「マネージャー経験」など入れてみると、自動でドラフトを作成してくれますね。

野口: 日本語の自然言語処理ができるAIはここ1~2年で発展していて、これから先、ホワイトカラーの仕事を変えるでしょう。自然言語処理はAIの社会実装において大本命だと思っています。

「ELYZA Pencil」が自動生成した職務経歴書

林: いろいろなお仕事の引き合いがあったと思うのですが、ELYZAで仕事をする縁は、どのように築かれたのでしょうか?

野口: 私からお声がけして入らせていただきました。「とにかくELYZAの技術と会社に惚れ込みました。私もジョインさせていただき、一緒に会社を大きく発展させていきませんか?」と。

林: ご自身で会社経営もされているとのことですが、具体的にどんな事業をされているのですか?

野口: 個人の屋号である「DX OFFICER」は、大手事業会社のAIコンサルティングをしています。DX責任者の補佐として、社員と同じ目線で社内のイシューに向き合わせていただいています。あと「DX MGR club」というDX責任者様のコミュニティを運営しています。会社に縛られることなく、業界のよい循環をつくっていきたくて。

森田: そのコミュニティの特徴や主旨を教えてください。

野口: DX界隈の仲間づくりとして、勉強会や交流会などを開いています。入会には審査があるのですが、現在、会社のDX担当者様や責任者様など150名程度が所属しています。昔から幹事をするのが習慣で、知らない人同士をつなげるのが好きですね。

過去の経験が、AIの分野にも役立っている

林: 野口さんが育成したい「AI人材」とは、どういう人物像でしょうか?

野口: AIの知識があり、企画し、実装・導入できる人です。プログラミングをするのではなく、ビジネス課題を解決するためのユースケースを発見できるようになることに重きをおいて育成します。これまで社内調整やプロジェクト推進などを経験した人が、AI活用について学べばキャリアも広がると思いますので、身につけておきたいスキルですね。

森田: AI人材になるためには、どういう勉強方法がありますか?

野口: 私自身、AIを学ぼうとしたときに、プログラミングの情報はたくさんあっても、文系向けの教材がないことに困りました。最新の情報を得るためにはAIエンジニアに聞くしかなかったです。ただ私は情報収集マニアであり、整理マニアなので、得たAIの知識をまとめてきました。それを元に、AIを学べるアプリ「Growth X AI編」の監修をしています。このアプリは1日5分~10分の学習を6か月続けると、AIの企画を立てるのに必要な知識が身につくようになっています。

林: 野口さんは、ご自身でインプットした情報を咀嚼して体系化し、皆に役立つ形で編集して伝える活動を、いろんな分野でずっと続けてこられたんですね。

野口: そうですね、情報をまとめたり、図にしたりするのが得意です。ある程度まとまったら世の中に普及していないことは書籍にして啓蒙してきました。これまで共著を含めて10冊出版しています。いろいろな役割をこなしてきたので、書籍のテーマはECサイトやアクセス解析、Webマーケティングなどバラバラですが。しかし過去に習得した分野が、AIのサービス体験を考えるのにも役立っています。

森田: 最後に、今後のキャリアの展望をお聞かせください。

野口: グローバルで見ると、大規模言語処理AIに多額の投資がされています。日本でもそれらに負けない成果を出していきたいですし、AIのムーブメントを起こすことに当面は注力していきたいです。新技術の本格的な導入をきちんとやりきりたいですね!

本取材はオンラインにて実施

二人の帰り道

「AIの社会実装」という骨太なコンセプトを打ち立てて、これに沿うプロジェクトを多方面に走らせる野口さん。1社の中の事業領域、職階や職種内に活動フィールドを収めようとせず、自分の関心を中長期でひきつける社会的な課題を基軸に据えて、自分のやりたいことそれぞれを、やりたい相手と組んでチームを編成、自分の役割や発揮する職能も自在に変えながら、実現したいことの具現化にまい進する。自分の役どころや契約形態は二の次で、事を成すためにどうしたら好循環が生まれるか、どうしたら良いコンディションで動けるかを広い視野で見渡して最適解を見出す。ご自身のキャリアも、そういう枠組みで見てマネジメントしている感じがしました。個々人のキャリア自律、市場変化に応じて変幻自在なプロティアン・キャリアの重要性が説かれる中で、まさにそれを地で行く手本のようなお話でした。とりわけ自分が尽力したい社会課題をもっていて、それを軸に自分のキャリアをデザインしていきたい方には、ぜひ参考にしてもらいたいお話を伺えました。

森田

「インフォメーションアーキテクトの教科書」という2007年の書籍、そういえば読んだことありました。野口さんのご著書だったのですね。なんというか僕はもうかれこれ四半世紀以上インフォメーションアーキテクトをやっているんですけど、いまだにトップ5にもなれず、本の1冊も書けず、何者にもなってないなとじっと手を見たくなる気持ちでお話を伺っておりました(笑)。その時々において役割にピボットしていくという、かろやかなスタイルには嫉妬さえ覚えるほどの憧れを抱きました。この辺の立ち回りって人それぞれで、自分の役割はそのままにできることを少し増やしていくというやり方や、隣接している知識領域に踏み込んでいくというのもあると思います。ただ、こう今くらいの年齢になり半生を振り返ってみると、環境や状況が許すのであれば、ピボットしてその都度の立ち位置を新たに作ってしまうというのが実に合理的で、それが一番いいなというのは確信をもっていえます。自分自身の中で知識や経験の領域をネットワーク構造化できるのが何より強いというか。本当に体現している人っているんだなあと、感服いたしました。ありがとうございました。来世のキャリア形成ではピボットスタイルに挑戦したいなと思いました。

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