年間2億PVの日本自動車連盟(JAF)がサイトリニューアル。600人がCMSで更新する組織はどう作った?
約2,000万人の会員を有し、ロードサービス、全国47,000ヵ所の会員優待施設、モータースポーツ振興等を事業としている日本自動車連盟(以下、JAF)では、中期経営計画に沿ってWebサイト改善に取り組んでいる。
2021年11月に開催された「Web担当者Forumミーティング 2021 秋」には、JAFの根木美香子氏が、パートナーとして並走した合同会社あやとりの谷川雄亮氏と共に登壇。総勢600人の全社横断Webマーケティング組織を作り上げた経緯、5年間に及ぶプロジェクトの全貌を紹介した。
Web改善プロジェクト発足のきっかけ
きっかけは2016年冬のこと、「うちのホームページ使いにくいなあ」という当時のJAF会長のひとことだった。
相談を受けたあやとりの谷川氏は、当時のWebサイトの状況を把握するためにウェブサイトの俯瞰調査を実施。その結果、サイト数70以上、計20万ページもあり、管理運用担当者も制作会社もバラバラ。ドメイン、操作性、使用用語も統一されてない状況だったという。
さらに、真の原因を探るべく、各部署の関係者に組織内事情のインタビューを実施。JAFではこれまでページビュー(PV)をKPIとして部署や支部ごとに目標を定め、その中で各々がバラバラにWebサイトの運営をしていた。そのため、PVを増やすためのコンテンツばかりが増えていき、気が付けば70サイト、20万ページという膨大なWebサイト群になってしまっていたという背景が見えてきた。谷川氏は、「使いにくいウェブサイトは、『PV至上主義』『縦割り組織』によるウェブ運営を長年積み重ねてしまった症状に過ぎない」と結論づけた。
その当時の状況を内部にいた根木氏はどう感じていたのだろうか。
自分が担当するサイトのKPIに最適化するあまり、全体最適を考える担当者が誰もいない状況になっていました。また、大きい組織ゆえに、人事異動のたびに担当者が変わってしまうことも、このような状況になってしまった要因の一つかもしれません(根木氏)
Web戦略策定「90日変革プロジェクト」(2017年7~9月)
ここからはリニューアルの経緯が時系列順に紹介されていった。まずは戦略策定から。経営企画部門、システム部門など各部門のマネージャー9人が集められ「90日変革プロジェクト」が実施された。
これは毎週水曜日、メンバーが会議室に終日こもり、10個のワークショップを3か月実施するというかなりハードなもの。実施の理由について谷川氏は次のように説明した。
真の問題はWebサイトそのものではなく、縦割り組織で他部署が何をやっているかよくわからない状態が続いてしまっていたことにありました。したがってWebサイトをどうするかを考える前に、まずはビジネス全体の流れを共有し、そのうえでWebサイトの役割や機能を組織横断的に決める必要がありました(谷川氏)
ワークショップでは、左から右にビジネスの流れを俯瞰して可視化する「ビジネスプロセスマップ(ビジプロ)」の作成を通して、全体の流れを俯瞰して考えるということを行った。マップの上半分には「顧客の行動」、下半分には「自社の活動」を書き出し、並列で全体を通して見ることによって、各工程でのWebの役割を定義できるようになったという。
このマップは実際にサイトリニューアルの工程でもたびたび活用された。
たとえば、施策案をリストアップした後に、それぞれの施策をマッピングしていくんです。すると、その施策はビジネスプロセスのどの工程に寄与するかということが整理できますし、重点的に改善していかなければいけないプロセスの特定や優先順位付けにも役立ちます(谷川氏)
最終的にこの戦略策定工程では、組織の全員が「ひとつのJAF」として顧客に向き合うという大方針を定めたプロジェクト憲章『ONE JAF宣言』を策定。この憲章にのっとって、サイトリニューアルプロジェクトや、組織全体のマーケティング変革に取り組むサイト改善プロジェクト「サイトプロ」が始動した。
この「90日変革プロジェクト」を経てサイトのリニューアルが決まったタイミングで根木氏はPM(プロジェクトマネージャー)に任命された。
私はそれまで、Webサイトを運営した経験も知識もありませんでしたが、逆にそのことでフラットに見られるという理由で選ばれたのかもしれません。とはいえ、『90日変革プロジェクト』でできあがった成果物のボリュームには圧倒されましたし、なによりマネージャー層が集結して取り組んで作り上げたものを引き継ぐと聞いて、変な汗が出たのを覚えています(根木氏)
また、プロジェクト憲章についても、「リニューアル作業の進行中に何度も読み返すことで、原点に立ち返って軌道を外さずに進めることができました。現在も、新しくWeb担当者が着任する際、サイト運営の理念や目的を理解してもらうことにも役立っています」と話した。
RFP作成から開発ベンダー選定まで(2017年10月~2018年4月)
次に業者選定にあたって、「ロードマップ作成」と「スコープ定義」を行った。前述の「90日変革プロジェクト」は、5年先、10年先を見据え、JAFはどうあるべきかという中・長期的な意味合いを持っていたが、実際の開発では最初に取り組む範囲を決める必要があった。
当時JAFのサイトは70サイト20万ページにも及び、とても一気には作り直せない状態にあった。また、規模が大きいだけではなく、裏で社内システムも密接に絡んでいたため、うまく切り分けて段階的に実行しないと運用が破綻する危険があった。そのため開発スコープの絞り込みや開発フェーズ分けの検討にあたっては、事業面の緊急性だけではなく、他システムとの絡み具合、オーナー部署の準備体制なども考慮する必要があった。
スコープが定まってきたら、次はベンダーに提示するためのRFP(提案依頼書)の作成だ。まずは「〇〇をしたい」「〇〇を解消したい」といった具体的な要求仕様を洗い出し、全部で401件に及ぶ要求一覧を作成した。それをもとにRFPには、JAFの事業概要、リニューアルの目的と狙い、サイトの現状、新サイトの全体像、想定顧客、施策案、移行方法、運用スタッフへの教育訓練、運用保守条件、プロジェクト管理方針などを順番に記述していった。
作成中のRFPには、JAF内部の組織課題が赤裸々に書き綴られていて驚きました。でも、組織的な課題をベンダーにも理解してもらいながら、Webサイトの再構築を進めないと、先の二の舞になってしまうと感じました(根木氏)
要求一覧も重要と考え、単純に要求を書き連ねるだけではなく、設計デザイン要求、システム要求、解析要求、データ移行要求など、領域別に分けて整理した。
要求一覧には、ベンダーへの要求とあわせて、JAF内部の課題要求も記述した。
開発を成功させるためには、並行して事業主であるJAFの課題も解決する必要があります。JAF側としてやるべきことも改めて要求事項として整理しました(谷川氏)
また、候補ベンダーには、要求一覧の項目別に見積もり積算を依頼した。こうすることで予算やスケジュール面を考慮して冷静に取捨選択できたという。
以上の「RFP」と「要求一覧」を用意したうえで業者選定を実施、1次書類審査、2次プレゼンテーション、3次最終面談という3つのステップに分けて行われ、最終的に20社近くの候補の中から、住友商事グループのSIerであるSCSKに決定した。
提案の範囲は1次フェーズだけだったのですが、その先の2次・3次フェーズも見据えてプロジェクト進行を任せられるパートナーになってくれることを重視しました。SCSKの提案内容は、JAFの課題や将来展望についてよく理解してもらえており、単なるシステム導入だけではなく、プロジェクトを通じて事業改革をするところも一緒に目指していただけると感じた点が最後の決め手になりました(根木氏)
リニューアルプロジェクトの体制作りと要件定義
ここからは実際のサイトリニューアルの工程に入る(1次フェーズ:2018年5月~2019年9月、2次フェーズ:2019年12月~2021年8月、現在は3次フェーズ)。
まずはプロジェクトの体制作り。領域別にサブチームを作り、組織横断でメンバーを選定。これまでよりも具体的な議論や仕様の詰めが必要だったので、実務寄りの現場メンバーで構成した。
プロジェクトの全体統括は広報部に事務局を置き、根木氏が統括マネージャーを担当。当初戦略策定を行ったマネージャー陣は、サポートチームとしてプロジェクト進行を裏で支え、部署をまたいだ意思決定を担うこととなった。
ベンダー側の体制は、全体の開発統括や管理進行をSCSKが担当し、設計デザイン工程のパートナーとしてマイクロウェーブ、CMS開発はLYZON、DAM(デジタルアセット管理)開発はアマナの協力を仰いだ。
谷川氏のあやとりは事務局に所属し、あやとりのパートナー企業である三栄ハイテックスとともにPMOとしてプロジェクトに関わった。専門用語が飛び交うベンダーとの会議で意思疎通を担い、設計書のチェックやベンダーからもらった宿題をJAFと一緒に取り組んだ。
体制が決まって最初に取り組んだのは要件定義。「○○をしたい」「○○ができないようにしたい」といった要求を実現する方法を決めていく工程だ。
実装するための専門的な技術や知識も必要になってくるため、ここからはベンダー主導で行われていくが、一方で事業の方針や組織事情などの考慮も必要なのでクライアント側の役割も非常に大きい。JAFではサブチームをもうけ、要件種別ごとに分科会を編成してSCSKと二人三脚で進めていった。
ここで注意することは、組織内部課題の要件定義も必要という点だ。RFPのところでも紹介したが、内部の課題も同時に解決していかないと、新しいサイトができた後に実際にそれを事業活動に組み込んで機能させていくことができないからだ。
設計から公開までをスムーズに進めるための4つのポイント
要件定義が終わると、そこからはリニューアル開発(設計~開発~データ移行~公開)の流れを順に進めていくことになる。
谷川氏はこの工程で共通して工夫したポイントを4つ紹介した。
ポイント①会議体の持ち方
細分化した分科会は便利な半面、全体を把握しづらくなるという課題があるため、分科会でやることと全体会でやることの役割分担や開催頻度、出席者などを丁寧に設計して進めていった。
ポイント②業務フローの精査
600人規模という類を見ない運用体制なので、システムが機能的にすぐれているかだけではなく、実際にそれを全国できちんと回すことができるかどうかが重要となる。今回はWebコンテンツだけではなく1,200万部ある紙媒体の入稿管理機能(Webコンテンツとの一元管理が必要)も開発スコープに含まれていたので、一連の業務フロー図を何度も書き直してシミュレーションを行った。
ポイント③各種資料でチェックすべき観点の認識あわせ
はじめてWebサイトリニューアルに関わるメンバーが大半だったため、SCSK側が設計書を作っても、どのような視点で何をチェックすればいいかがわからないということがあった。それでは望みどおりのものは作れないため、それぞれの設計書の役割や、どんな視点でチェックすべきかというところをアドバイスしながら一緒に確認作業を進めていった。
ポイント④プロジェクトを通して人材育成
次フェーズ以降、JAF職員がより主体的にプロジェクトを回せるようになっていくことを目指して経験値の蓄積、スキルトランスファー(技術移転)などに留意しながらプロジェクトの各工程を進めていった。
このような形を経て、2019年10月1日に公開されたのが、以下のサイトだ。表示されているのはPC版だが、実際にはモバイルの割合が7割を超えているので、モバイルファーストに留意して進めた。
600人運用体制を実現したワークショップ、説明会、ガイドライン整備
プロジェクト進行中は節目節目で、ベンダーのSCSKとともに「振り返りワークショップ」を定期的に行った。これは、チーム一丸となりコミュニケーション方法や進行方法を見直して、よりよいプロジェクト管理をしていこうというのが狙いだ。
またCMSは、600人という桁違いのアカウント数で運用という、これまで類を見ないような規模感だったため、操作説明会も非常に大きな規模になった。
コロナ前なので50人程度を集めた説明会を3回行いました。実際には600人が操作しますので、これでも全員ではありません。各支部リーダーに代表で集合して研修会を受けてもらい、それを各地に持ち帰って横展開してもらうことでスキルトランスファーにつなげるという狙いもありました(根木氏)
操作習得と同時に、全国のみんなでガバナンスの効いた運営をできるように「運営ガイドライン」も整備した。ガイドラインは理念編、管理編、実務編の3ブロックで構成されており、用語規定もあわせて作成した。このガイドラインは人事異動で着任した職員への導入としても活用している。作成当初はWord文書だったが、現在はイントラサイトに職員向けサポートサイトとして構築し、ブラウザで簡単に閲覧ができるようになっている。
また、ガイドラインの付録として各種ワークシートの整備も行われた。たとえば「施策要件シート」。新規コンテンツを作ったり、プロモーションを始めたりするとき、その目的やターゲットをしっかり言語化し、ユーザー目線で企画を進めるために活用している。
これは過去にPV至上主義で手段が目的化してしまい、ページ数が膨れ上がってしまったという反省をもとに、改めて顧客のことをきちんと考えてコンテンツを作っていくという原点に立ち返るために作ったものです(谷川氏)
費用対効果とリスクのバランス、社内の合意形成に苦労
各工程を進めていて苦労したことについて、谷川氏から聞かれた根木氏は「やはりPMとして判断を迫られるときですね」と答えた。
たとえばある課題について、システム制御で解決するのか、運用でカバーするのかの判断だ。開発費は当然抑えたい、ただ運用でカバーするにしてもJAFの場合は600人になるため、費用対効果や運用リスクのバランスで悩むことが多かったという。
また、苦労した点として社内の合意形成を挙げた。これまで各部門がよかれと思ってやっていたことをリニューアルによって覆すことなどもあったため、改革の必要性を理解してもらうのが大変だったという。説得には前述の「90日変革プロジェクト」の成果物が役立ったという。「顧客視点、顧客ファーストの視点から説明すると納得してもらえました」と根木氏は語った。
全体を振り返って「プロジェクトの成否を分けるポイントはどこだったのだろう」という質問には「あきらめるところはあきらめる」と即答した根木氏。思いついたことを全部やると、開発は難しくなるしコストも膨れ上がる。何をやるかよりも、何をやらないか、何をやめるのか、を冷静に考えられたことがポイントだったと強調した。
全国の職員を巻き込んだ組織横断のマーケティング変革(2017年~継続中)
JAFではリニューアルプロジェクトが始まると同時に「実践ミーティング」と名づけた、全国組織横断のマーケティング組織作りの活動を進めている。デジタルマーケティングを推進するためのリーダーを全国から選任し、人材育成と組織内浸透、さらにはテストマーケティングを実践するのが狙いだ。
最初の1年目はプロジェクト憲章『ONE JAF宣言』の理念、ミッションを共有するところからスタート。2~4年目は各部署や支部が縦や横につながりながら、小グループに分かれて様々なワークショップを行った。
データに基づいた企画運営ができるようになるため「ウェブ解析士」の資格取得も推進した。全社で資格取得希望者を募り、2020年度までに55名が合格。資格取得者にはそのスキルを活かして日々活躍してもらっている。
また、この「実践ミーティング」に最初から関わった支部のメンバーの1人が、自主的に勉強会を提案、自ら講師となってオンライン勉強会がスタートしたことには2人とも感激したと語る。
支部の職員は現場でいろいろな日常業務がある。Webは仕事の一部にすぎないのに、『ONE JAF』という理念を汲み取り、『我々が変わらなければいけない』を現場から率先して広げていただいた。とても感謝しています(根木氏)
そして5年目となる2021年は活動の集大成として、Webを使って事業そのものを作っていくという活動に着手。前年度のワークショップで作成した事業計画案をベースに、リーンスタートアップ、アジャイル開発などの考え方も採り入れ、3チームに分かれて実際にテストマーケティングの活動を行った。
このプロジェクトの最大の目的は、全社一丸となって、これまで不足していた顧客視点でのデジタルマーケティングを進めることだった。「他部署の協力もあり、少しずつではあるが顧客視点の課題解決ができるようになり、組織感の風通しもよくなってきた」と根木氏は振り返った。
まとめ:600人がCMSで更新するマーケティング組織はどう作った?
最後にまとめとして、谷川氏は、600人が参加するマーケティング組織の作り方について改めて5つのポイントを挙げた。
ポイント①Webサイトに「症状」として現れていた課題の「真の原因」を追究
「Webサイトが使いにくい」という「症状」から、なぜそうなってしまったのか、「真の原因」を追究し、解決するには何をするべきかというところに注力した。
ポイント②各部署のマネージャー層が中心となって組織横断でWeb戦略を策定
「使いにくいWebサイト」をよくするには、Webサイトやシステムだけではなく、組織自体が変わる必要がある。「変わるんだ」という思いを持ったマネージャーに集まってもらい、組織横断でWebの活用方法、事業にどう貢献させていくのかを考えるためのWeb戦略を策定した。
ポイント③他プロジェクトと足並みを揃えながら、段階的にリニューアル開発を進行
同時進行で動いているプロジェクトが多数あったため、それらと連携し、足並みを揃えながら段階的にリニューアル開発を進めていった。
ポイント④プロジェクトを通して人材を育成し、プロジェクトチームを強化
プロジェクトを通してプロジェクトを回せる人材を育成することは、持続的に成長ができる組織を作っていくうえでも重要。プロジェクトチームをより強化していくような取り組みも進めた。
ポイント⑤デジタルマーケティングを推進するリーダーを全国から任命し、人材育成と組織内浸透、テストマーケティング実践の場を創設
未来のリーダーとなってもらうような大事なメンバーを全国から任命し、人材育成と組織内浸透、さらにはテストマーケティング実践の場を作っていった。
最後に根木氏は「JAFにとっても、私にとっても、とてもチャレンジングな取り組みでした。人口減少が進んでいるにもかかわらず、JAF会員になってくださる方は増加を続けており、やはりWebサイトを中心としたオンラインでの接点が有効に働いているのではないかと思っています」と締めて講演は終了した。
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