マーケターの裏仕事 ―― ポジションの数だけ存在する正義を整理する
こんにちは。エイチームフィナジーの稲垣です。
前回のコラム「『自社の商品やサービスにしかない強み・売り=USP』の構築に必要なものは何か、マーケターの視点から考える」は、「読んだよ!」と感想と併せてお声がけいただけた数が最も多かった回となりました。
コラム執筆を1年以上続けてきましたが、コラムを通じて人とのコミュニケーションが生まれる嬉しさは、文字では表せないほど大きいものだと実感しました。
今回は、「ポジションの数だけ存在する正義を整理し、どのようにして社内の問題を解決するか」というテーマです。
例えば、マーケティング担当者にはマーケティング担当者の正義があり、営業や法務などの担当者にもそれぞれの正義があります。立場が違えば、普段の業務や責任範囲、追うKPIが異なるため、それぞれの正義があって当たり前ですよね。
正論だけで問題が解決しないのは、「正義の反対は悪ではなく、また別の正義」だからだと思っています。
正義が異なると、同じ問題に対しても、各自がベストだと考える解決策が異なり、解決に時間がかかるぐらいならまだいい方で、話がこじれて感情的なしこりが残ったり、深刻な部署間対立に至ることもあります。
これに対する一般的な解決策として、「相手の立場に立って、物事を考える」がありますが、このアドバイスで問題が解決するのって難しくないですか?
今回は、一つの解決策として「なぜ不合理かつ非効率な状態で"今"を迎えているかを理解する」をご紹介したいと思います。
会社のあちらこちらでよく見る風景
人間は、自分を正当化したいと考える生き物です。
皆さんも、自分の正義や正解を相手に押し付けたり、問題の原因を他人や環境のせいにしたりして責任逃れをしている人を何度も見てきていると思います。
例えば、マーケティング担当者のAさんは優秀な外部パートナーとの契約を早急に進めたいと考えているケース。理由は、早く成果を出して会社に貢献するためです。
一方で、法務担当者のBさんは、今回の契約で法的な不備がないか、あるいは契約後に問題となりそうな点がないかを隅々まで確認し、リスクを減らしたいと考えています。
さらに、①マーケティング担当者のAさんは、上司であるマーケティング部のC部長に今回の契約の詳細を説明すること、②法務担当者のBさんへの連絡は、C部長からのみ可能であること、の2点のルールがあります。
マーケティング担当者のAさんは、「1つの契約に数ヵ月もかけているから競合に勝てないんだ!」と思っていますし、法務担当者のBさんは、「もっと契約書の詳細を確認して、潜むリスクに対してどう対処したいかのリクエストを出してほしい」と考えています。
マーケティング部のC部長に至っては、あらゆる事業の契約に携わっていて多忙であるため、マーケティング担当者(Aさん)と法務担当者(Bさん)で直接やりとりしてほしいと思っているかもしれません。
このようにそれぞれの正義や思いは、立場ごとに異なって当然です。
しかし、マーケター・戦略家の森岡毅氏がおっしゃっている「マーケティングとは『組織革命』である」の観点から見ると、「1つの契約に数ヵ月かかる」という致命的な問題を放置することは、あってはならないことです。
解決に向かわない便利な言葉
「属する企業への利益貢献」という根本のミッションは一致しているはずなのに、往々にして、職能や部署によって異なる正義が対立構造を形成しています。
冒頭にも述べた、「相手の立場に立って、物事を考える」という使い古された便利な言葉で穏便に片付けようという風潮が、今回のような重要な問題が放置されたままの状態が継続されている理由の一つだと考えます。
考えてみてください。
想像力を駆使したとしても、実際のところ、人は、相手の立場になることはできないし、相手とまったく同じ経験をすることもできません。そもそも「相手の立場に立って、物事を考える」という方法は、経験の積み重ねによる人格や価値観の形成をあまりにも軽視した解決策と言わざるをえません。
まず、考えるべきは、「なぜ不合理かつ非効率な状態で"今"を迎えているか」です。
相互理解と信頼
当たり前の話ですが、各人・各部署の目的は、それぞれの正義を貫き通すことや、相手を論破することではなく、「問題を解決することで、より多くのお客様を幸せにし、企業に利益貢献すること」です。
ここに向かうためには、「相手の立場に立って、物事を考える」という短期的な視点ではなく、「なぜ不合理かつ非効率な状態で"今"を迎えているか」という長期的な視点で過去を振り返り、それぞれの正義の由来を探り、解決策を考えていく必要があります。
また、「相手の立場に立って、物事を考える」は1対1のコミュニケーションであるのに対し、「なぜ不合理かつ非効率な状態で"今"を迎えているか」は、1対nもしくはn対nのコミュニケーションに発展する可能性があります。
担当者個人や各部署は、過去から現在までどのような責任を負い、どのような使命感で日々の業務に取り組んでいるのか、という歴史やストーリー。
チーム単位・部署単位で、上位部署からどのような指示が下っているのかと、その指示の強制力。
担当者が前任者から引き継いだ際のアドバイス。
個々人の組織内でのミッションや、個人的なキャリアにおける目標。
挙げだすとキリがないですが、ざっと上記のような要因が複雑に絡み合い、"今"を迎えているのではないでしょうか。
会社内で日常的に起こっている問題の背景には、長い時間をかけて蓄積した複雑な要素が絡まり合っています。これらを解決するために、圧倒的に大切なことは、相互理解と信頼です。すごく一般的なことを申し上げている自覚はありますが、何度でも言います。「相互理解と信頼」が必要です。
社内の担当者は敵ではなく、同志です。「問題を解決することで、より多くのお客様を幸せにし、企業に利益貢献すること」という同じ目標を共有する同志であるという認識を持ったうえで、それぞれが抱える「正義」はその目標とどのような関係にあるのか、目標のために譲れるポイントはないのかなどについて、時間をかけて対話を重ね、解決に導くという意志と根気が必要となります。
まとめ
現在の担当者には見えない所で繰り広げられてきた、誰かと誰かのコミュニケーションの積み重ねにより、"今"という世界線にたどり着いています。
そして、その積み重ねの上で、現在の担当者たちが違和感を覚えながら働いています。
あなたがマーケターとして、お客様の課題やインサイトを探る方法の解像度を高めていくのと同じように、関係部署の担当者や現在のルールの意味を探る方法の解像度を高め、不合理で非効率な現状に変化を与えていっていただけると嬉しいです。
そのきっかけになる合言葉は「なぜ不合理かつ非効率な状態で"今"を迎えているか」です。
今回のコラムも最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
本コラムをきっかけに新たなコミュニケーションが生まれることを期待して、筆をおきたいと思います。
私のコラム連載が始まって1年以上経過しましたが、「Half Empty? Half Full?」でのコラム執筆は、今回で最後となります。
また、皆様とあらゆる形でお会いできることを期待しています。改めて、これまで1年以上もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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