ビジネスモデルから理解する! 初心者のためのマーケティング

BtoBマーケティングで大手企業を顧客にしたいときは何をすべき? Sansanのビジネスモデルから学ぶ

BtoBマーケティングって何からすればいいの? なかなか単価の高い受注に繋がらない……。オンライン・オフラインでのアピールの仕方をSansanの事例から解説します。

新人マーケター:BtoBマーケティングって何をすればよいのかな? まずはWeb広告? 展示会? やるべきことがたくさんあってわからないです。

黒須:BtoBマーケティングって難しいですよね。Web広告などのデジタル施策や展示会出展などのオフライン施策まであります。

新人マーケター:そうなんですよね。予算も人も限られていますし。なかなか受注にも繋がらなくて……。特に大手企業から受注を取りたいのに上手くいきません! どうしたら良いんでしょうか?

黒須: 比較的安価に成果が出るのがデジタル施策ですが、BtoBマーケティングはデジタル施策だけ偏るのも危険です。大手企業から受注を取りたいとなると、アピールの仕方も考えないといけませんね。今回はSansanという名刺管理サービスを提供する会社でマーケティングを担当されていた岡田氏(現在ClipLine社マーケティング・インサイドセールス部長)に取材をしました。

Sansanという会社を題材にしてBtoBマーケティングのポイントを伝えたいと思います。

新人マーケター:よろしくお願いします!

Sansanのビジネスモデル

Sansanは元三井物産の寺田氏が2007年に創業した会社で、現在売上が133億6,237万円(2020年5月期日)従業員429名の会社です(2020年8月時点)。創業以来の主要事業は、名刺管理ソフトウェアサービスの提供です。

月額制の企業向け名刺管理ソフトウェア「Sansan」は、顧客が持っている名刺をWeb上にアップロードすることで、社内をまたいで検索・閲覧ができ、名刺リストに対してメール配信もできるようになります。

この名刺管理のソフトウェアサービスは、登録する名刺の枚数や利用社員数に応じて月額が変わります。金額は最小で月額数万円、大手企業になると月額数十~数百万円といった額になります。つまり、名刺の登録数、利用社員数が増えれば増えるほど収益が大きくなるというビジネスモデルです。

このSansanにはどういったマーケティング上の課題があったのでしょうか。

BtoBマーケティングにおけるデジタル施策の罠

岡田氏がマーケティングを担当していた2011年頃のSansanは、デジタルマーケティングで成果を出していました。特に、検索エンジン上に出稿した広告を細かく調整することで良い結果を出していました。

Sansanを利用する企業の用途はメインが名刺管理ですが、他にも以下のような用途があります。

  • 顧客管理
  • 名刺データ化
  • SFA(Sales Force Automation)

こうした顧客の利用用途に応じてキーワードを選定し、広告出稿することで顧客との接点を徐々に増やしていきました。

顧客の用途別に広告を出稿

また、「名刺管理Hacks」というオウンドメディアで「名刺管理」関連ワードで記事を用意したり、様々な名刺管理サービスを比較するコンテンツを配信したりと、自社のサービスを全面に出さずに運営しながら、新規の顧客接点を作っていきました。

 

「名刺管理Hacks」は現在、名前が「DIGITALIST」に変わっています。扱うテーマも名刺管理メソッドよりもデジタル社会の変化にどう対応するかといった抽象度の高いものになっています。これはあくまでも私の想定ですが、Sansanは名刺管理の会社ではなく、社会のデジタル化支援を担う会社であることを伝えたいのではと感じました。

さて、当時オウンドメディアなどのデジタル施策はうまくいっていたものの、一方でなかなか大手企業からの受注を増やせない課題がありました。これについて、元Sansan岡田氏は以下のように語っています。

日本で上場企業は約4,000社、中小企業は380万社、と数字でわかるように上場企業のような大手企業はそもそもの数が非常に少ないです。SansanでデジタルマーケティングやテレビCMを使った大規模なマーケティングを実施したところ、全体的な案件数は増えても、大手企業・中小企業の比率を変えられませんでした(岡田氏)

また、デジタル施策によって接触できた顧客は検討段階における最終局面のケースが多く、顧客側で要件がはっきり決まっている場合が多かったと、岡田氏は言います。大手企業でも中小企業でも、デジタルマーケティング経由の顧客は明確な用途があって問い合わせをしています。サービスの単価は顧客の課題の大きさで変わるので、課題が明確になっている商談の単価はあとから上げづらいという構造があります。

こうした背景から、Sansanのビジネスモデルで売上目標を追うには、社数を追う必要があります。しかし、今すぐサービスやツールを検討するお客さまには限りがあるため、社数を追うにも限度がありました。

こうした課題から、大手企業に特化したマーケティング手法を考える必要があったそうです。

課題のまとめ

  • デジタルマーケティング経由の商談は大手企業の数が少なく、単価が小さいので売上を伸ばすには受注数を追わなければならない
  • 商談になったとしても、顧客に明確な要件があるので単価がコントロールできなかったり、比較検討されたりすることが多かった

では、顧客単価が大きい大手企業にどうマーケティングをしていったのでしょうか。

Sansanはどのように大手企業を開拓し単価アップを果たしたのか

まず、今までの商談で失注していた大企業や、すでに一部の部署で導入済みの大企業に対してアプローチをしました。しかし、効果は限定的だったと言います。

大手企業の既存顧客や失注済み顧客の数は限られており、ローラー作戦をしても1~2ヶ月でアプローチが一巡してしまいました。大手企業の一部署で導入済みのお客様に対し、別部署にも導入を推進して、そこから全社展開を狙う取り組みによって一定の成果は出ましたが、すぐに数が枯れてしまったのです。これは他のSaaSでもよくある話だと思います(岡田氏)

この他にも大企業向けにアウトバウンドコールなどを実践して、大手企業の部門長・役員との接点を創出しましたが、すぐの受注につながらなかったり、一部のインサイドセールスのスキルの問題があったりと、仕組化には時間がかかっていたそうです。Sansanはこういった問題に直面し、さらに別の方法を模索しました。

大手企業向けのマーケティングが徐々に成果を出す

課題に直面しながらも、さまざまなアプローチのなかで見えてきた1つの方法が著名人によるセミナーでした。

大手企業向けのビジネスの意義の一つは取引単価が大きいことです。高い単価で売るためには、提案する課題のサイズを大きくする必要があります。そのため、大手企業向けのマーケティングでは、決裁者である役員に対し、経営テーマについて話し合う商談を獲得する必要がありました。

そこで竹中平蔵氏、大前研一氏、楠木建氏といった、大手企業のリーダー層が関心を持ちそうな方に登壇してもらうセミナーを企画しました。これが集客面ではうまく機能しました(岡田氏)

岡田さんが在籍されていた当時、Sansanは大規模なイベント・セミナーを隔月で開催していて、登壇者も豪華な印象がありましたが、こうした背景があったようです。(参考URL:https://www.b-forum.net/event/jp806/

ただし、この方法にも課題がありました。大手企業向けのイベントでリーダー層と名刺交換ができても、製品やソリューションに対する検討状況がまだ浅い段階だったのです。そのため、すぐに商談化、すぐに受注に至るということは現実的ではありませんでした。

デジタルマーケティングだと具体的な検討をしているものの、抽象度の高い経営テーマのイベントで集客したリードは役職が高い反面、ニーズが薄いという課題がありました(岡田氏)

この課題に対して岡田さんが行った打ち手は以下です。

  • ニーズが薄い顧客には、“ご挨拶”と称して商談をし、自社製品が解決できるテーマを示す
  • 受注に至らなかった顧客向けには完全クローズドな業界特化のSansan導入事例成功セミナーを個別に招待
  • 商談後に「個人的に良いと思っているが、会社組織に対して稟議を上げづらい」と思っている顧客に対しては、Sansanを導入する意義や、投資対効果がどのように表れるのかを説明する、シミュレーションセミナーを用意する

このように、まず検討度が浅い顧客との接点をセミナーやイベントで持ち、複雑な意思決定、稟議プロセスを突破するためのコンテンツを個別に用意していくことで徐々に大手企業の契約社数が増えていったそうです。

 

岡田氏は、デジタルマーケティング施策で発見できる顧客ニーズと、オフライン施策で発見できる大手企業の顧客ニーズはまるで異なると話します。

Sansanは製品の性質上、社員の人脈を共有するソリューションなので、大手企業の一部署だけに入っていても効果は限定的です。そのため、巻き込む社員数・部門数を多くするため、経営レイヤーへのアプローチは必須でした。

一方で、顧客の役職が上にあがれば、上がるほど経営の未来、競争優位、ブランド確立などに関心が強くなります。『人脈共有による営業強化』という具体的なテーマでは経営層を動かすには足りませんでした。このニーズ・課題のサイズ感・抽象度がデジタルマーケティングで接触できる顧客層との違いでした(岡田氏)

Sansanでは、大手企業担当の営業ほど、役員に向けてサイズ感の大きい課題と自社のソリューションを結びつけることを意識していたそうです。Sansanがイベントのコンセプトで伝えていたキーワードは以下です。

  • 人脈共有によるイノベーションの加速
  • 働き方改革の入り口としての名刺のデジタル化
  • 事業部間シナジーの最大化

大企業のマーケティングにおいては、まずイベントに対する権威付けを強化することで、決裁権のある人と接触できるかどうかが変わります。接触したあとのニーズ醸成は、後工程の業界特化セミナーなどで担保します。

ありがちな失敗は、決裁者との商談でいきなり現場と同じレベルの導入メリットの提案やデモンストレーションをしてしまうケース。これだと相手にしてもらえません。たとえば、顧客のIR資料の中期経営計画を事前に読み込み、Sansanを使うとどのように企業価値の向上に貢献できるのかといった観点で会話を進めていました(岡田氏)

決裁権限のある方にアプローチするために、発信するメッセージを役員クラスの方の関心に合わせるようにしていったSansan。

顧客の関心層にあわせてコミュニケーションの階層を引き上げる考え方を、私が所属する株式会社才流では「ワンランクアップの法則」と呼んでいます。以下の図を見れば、決裁権限のある方の関心にあわせてコミュニケーションを行っていく重要性が理解いただけると思います。

 

また、岡田氏は大手企業に対するマーケティングは、営業とマーケティングチームのタッグが必要だと語ります。

BtoBマーケティングと営業のよくある話で、営業がマーケティングチームに対して『検討度の低い見込み客を渡すな』という意見があると思います。しかし、大手企業・高単価向けマーケティングは、抽象度の高い経営テーマを抱える決裁者の方(同時に具体的な課題の検討状況がまだ高くない方)に対して、いかに態度変容を促すことができるかが肝です。

高単価の分、営業・マーケティングコストは多くかけられるので、顧客を動かすためにあえてニーズが薄い商談を営業にパスするなど、営業とマーケティングがタッグの組み方を柔軟に考える必要があります(岡田氏)

まとめ

BtoBにおけるマーケティング施策は、以下のような点が見過ごされがちです。

  • 大手企業を狙う場合、そもそも絶対数が少ないことを理解する
  • デジタルマーケティング施策で解決したいことが明確な顧客を集めると、コンペになりやすく、単価も低くなる
  • イベント、セミナーで集客した顧客は、その後のニーズ醸成の施策がセットで必要になる
  • 経営層と現場担当者では関心事が違う

Sansanの事例には「BtoBマーケティングで必ず直面する課題を乗り越えるヒント」がつまっています。ぜひとも自社のマーケティングを見直すきっかけにして欲しいです。

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