【レポート】デジタルマーケターズサミット2020 Summer

日経電子版を成長に導いたデータ活用術。DXを阻む4つの壁と乗り越え方

社内データ活用どう進める? 日経の山内氏が解説。
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2020年に創刊10年を迎えた「日本経済新聞電子版」。紙の新聞からデジタル時代にいち早く対応したものの、データ活用は最初うまくいかなかったと「デジタルマーケターズサミット 2020 Summer」に登壇した日本経済新聞社DX推進室データドリブングループマネージャーの山内秀樹氏は話す。

山内氏は、データ活用が社内で浸透していかない課題を4つに整理し、その壁を壊していった。ネットネイティブでなかった企業がどのようにしてデータが使えるようになり、顧客視点やマーケティング意識を取り入れていったかを解説した。

日本経済新聞社DX推進室データドリブングループマネージャー山内秀樹氏

ネットネイティブではない新聞社

2020年7月現在日経電子版の有料会員は約80万人、無料会員を含めると約500万人に。「スマートフォンの普及時期と重なり新聞からのデジタルシフトを吸収しながら成長できたのは大きかった」と言う。読者は30代から50代のコアビジネスパーソンで、20代も増えて裾野も広がってきた。山内氏は顧客IDサービス「日経ID」に携わり、会員数は1000万人の規模感だ。

日経電子版10年のステップ

日経ではまず紙面をウェブメディアに転換し、「紙面ビューアーアプリ」で届けることにも力を注いだ。続いてスマホ中心のデジタル環境が整ったので、テック企業を意識してエンジニアを中途採用してアプリの内製化に取り組んだ。現在はDX(デジタルトランスフォーメーション)に全社で取り組んでおり、編集局は「速報だけでなく特ダネもデジタル優先で配信している」という。

デジタルファーストを支えるデータ活用について山内氏は「顧客の要望とか、何を考えているかをちゃんと理解してサービスを届ける。プロダクトアウトからマーケットインへと発想を変える段階に入ってきた」と言う。

データ活用、最初はうまくいかなかった

データ活用、最初はうまくいかなかった

データ活用では、アクセス解析やBIツールを導入したものの、うまく活用されなかった。マーケティングや販促、広告営業の担当者などはデータ活用の価値を感じてくれたが、会社全体では少数派で多くの社員には関係ない話だった。「使わない人たちに寄り添い壁を取っ払わないとデータドリブンにならない」。山内氏は、社内にある壁を次の4つに整理した。

4つの壁とは

  1. 仕組みの壁
  2. 手間の壁
  3. 人材の壁
  4. 意識の壁
データ活用できるまでの壁を壊していく

調べたいことがあってもデータがない、仮にデータがあったとしてもデータ出力に時間がかかるのが「① 仕組みの壁」だ。「② 手間の壁」はツールの操作を覚える勉強が面倒。「③ 人材の壁」は、データからわかったことを基に改善したいが効果測定できる人がいない。「④ 意識の壁」はデータを読んで効果があるのかという懐疑的な視線だ。

4つの壁を一個一個つぶしていく。3年計画の見切り発車だった(山内氏)

①「仕組みの壁」を越える

「仕組みの壁」を乗り越えるために、山内氏は自身で定番のWeb解析ツール「Google アナリティクス」や「Adobe Analytics(アドビアナリティクス)」などを使っていろいろ試してみた。しかし、広告やECなどマネタイズ向けの機能は豊富だが、メディアで知りたいデータが取りづらかった。「自分たちにはフィットしないという課題感が積み上がった」と山内氏は振り返る。

データ分析となるとさらに困難だった。ツールで取得できるデータと、日経IDの顧客データはバラバラで見たい情報が得られない。また、メディアはリアルタイムが求められる。速報ニュースの場合、1分後のPVがわからず30分後、1時間後にアクセス状況がわかっても意味がない。「誰が、いつ、何を読んだのか」をすぐに把握できてこそ改善できるわけだ。

自分たちに最適なデータ基盤を自前で開発「Atlas」

この解決には正攻法で取り組みシステムを内製化した。自分たちの要件でデータを取得する「ATLAS(アトラス)」を作った。蓄積したWebログや顧客データを一元管理して分析できる「プライベートDMP」で、リアルタイムでログデータを処理する基盤をアマゾンウェブサービス(AWS)で構築した。

超高速リアルタイムなので、電子版に公開した1分後のアクセス状況がグラフの波形でわかる。検索で伸びている、SNSからの流入が増えた、といったこともわかるので、読者の動きに合わせて原稿に添える関連記事リンクを付けたり、あまり読まれていないので写真を変えたりするなど、リアルタイムで編集が行えるようになった。

ATLASは記事を読んでいるさまをビーコンで追い、どこまでスクロールしたかもわかる。全部読むには文字数に対して何秒かかるか統計的に明らかなので、「読了率」「熟読率」といった指標で読まれたかどうかが見ている。PVではわからないところに手が届いた。

②「手間の壁」を越える

忙しいし、やっぱ面倒ですよね
操作が面倒だし見ている時間ないんだ、そっちで出しといて

編集局向けに操作の習熟不要でワンクリックだけで使えるダッシュボード「Data Squad(データスクワッド)」を独自開発した。山内氏はウェビナーで実際にデモして見せた。日経電子版の記事を見ている状態から、ブラウザに登録済みの「Data Squad」をクリックすると、その記事のアクセス数など一覧できる画面が開いた。

読者のアクセスデータを簡単操作で(編集向け機能)

ブックマークを押せばその記事のアクセス数が見える。これで一気に操作の壁を下げられた(山内氏)

ビジネス部門向けの取り組みでは、事業推進に必要なデータを簡単な操作で一覧できるようにして、サービス利用の状況や会員属性を専用ダッシュボードで瞬時に理解できるようにする取り組みを続けている。

③「人材の壁」を越える

仕組みの壁・手間の壁を乗り越えられると次に問題になるのは、データ活用人材の不足だ。「データサイエンティストは(給与が)高いし、採れない」と山内氏。データに明るい人材を中途採用し、社内のコアメンバーを集めて10人規模の「データドリブングループ」にはなったが、全社のデータ分析を担うには10人では足りない。データはあっても分析をできる人がいないし、簡単には増えない壁があった。

それぞれの部門にデータを扱える人を増やす

そこで2017年から「データ道場」を始めた。人材を採用できないのであれば、育成する方が近道だ。データ分析のノウハウを学ぶ約3カ月の講座で、カリキュラムはデータサイエンティストを育成するスクール事業者に依頼。毎回約10人集めてSQL※1を学んでいる。

道場は実践的で、KPI(重要業績評価指標)を自分で設定して、何が課題かデータを取りだして明らかにしてもらう。基礎編ではSQLの簡単なSELECT文※2の書き方からPDCA(計画・実行・評価・改善)の回し方までやる。対象者はビジネス企画職などで、デジタル以外の部署にも入ってもらう。課題をよくわかっている現場の人こそデータを使うべきだ。

※1 SQL:リレーショナルデータベース(RDB)を操作するコンピュータ言語
※2 SELECT文:データテーブルからどんな条件でデータを抽出したいか表した命令文

忙しい人たちを無理やり捕まえて週1回、1日2~3時間缶詰にしてATLASを直接触って「実弾」でやったらマインドがどんどん変わっていった(山内氏)

仮想データではなく、日経が保有する実際のデータをATLASで直接触っている。得られた分析結果はそのまま自分の部署に持ち帰って使えるし、周辺にも広めてもらえる。真に実践的なトレーニングだ。

また、スキルや目的に合わせてツールをそろえた。編集局向けアクセス解析ダッシュボード「Data Squad」やビジネス向け「Atlas Dashboard(アトラスダッシュボード)」は独自開発したが、その上のクラスのビジネス活用ではBIツールでSQLクライアントの「re dash(リダッシュ)」があり、現在500人が使っている。BIは「DOMO(ドーモ)」も利用。さらにオープンソースのデータ視覚化・調査ツール「Kibana(キバナ)」もある。

④「意識の壁」を越える

最後は試行錯誤の段階で「メディア企業ならではの部分が多いが……」と断りを入れながら紹介する山内氏。

データ活用が徐々に進みだすと、各人が独自目標を掲げてしまい、全体として足並みがそろわなくなってしまう。そこで「オーディエンスエンゲージメント」という考え方を取り入れた。

「オーディエンスエンゲージメント」とは、読者とメディア社との関わり度合いを見える化することだ。この考え方は欧米メディアで取り入れられている手法で、それを参考にした形だ。

しかしここにも問題があった。読者とのエンゲージメント(関係)を指標化したいが、影響する変数は多い。「年齢」「性別」「業種」「アクセス数」「ページ遷移」「来訪数」と効く変数で複雑な式を作っても誰も理解できなし、「ふーん」と一瞬で忘れ去られてしまう。

このギャップを埋めて、誰でもわかる式にするため、超シンプルに考えた。

「エンゲージメント」を見える化する

メディアで一番大事なことは、毎日サイトに来て記事を読んでくれるかどうかだ。「紙の朝刊を毎朝読む習慣は、電子版でも変わらない。電子版に訪問してくれる回数が多いほど、電子版の継続率は上がる」というデータはすでにある。「コンテンツを読んだ量に比例して継続率が上がる」というデータもある。

つまり、「毎日読みに来てくれる(接触頻度)」と「記事を読む本数(閲覧記事本数)」が上れば上がるほど、エンゲージメントが高まり継続率は上がるのだ。そこでエンゲージメント指標としてF√Vというシンプルな指標を作った。

エンゲージメント指標(F√V)

「F」は毎日来てくれているか、1日に何回来るかのフリークエンシー指標。「V」は十分に読まれているか、コンテンツに触れているかのボリューム指標。「V」のボリュームは数字が出過ぎるのでルートをかけて微調整している。

PV至上主義の考え方ではなく、エンゲージメント指標が上がればメディアとしての価値が上がり解約が減る。フリークエンシーとボリュームなら、コンテンツ面でもサービス面でも自分たちの努力で数字を上げることができるわけだ。

F√Vのスコアとボーダーライン

指標の数字は一人一人の読者に対して点数が出る。ボーダーラインは30点ぐらいで、ここを越えると急激に解約が下がる。平日週3回来て朝刊を読んでもらえればこのラインを越えてくる、というふうに目標を意識できるようになった。

データが「民主化」された

4つの壁を超える取り組みを3年やり、山内氏は「データが『民主化』され、マインドチェンジが起きた」と胸を張る。現場の改善にデータを役立てることを担当者が自分で取り組むようになってきた。今までは専門家がレポートを作って「見てください」だった。

編集局では、たとえば「朝早い時間は金融系、午前8時を越えると製造業やIT系の読者と時間帯で違う。この時間にはこういうコンテンツを出した方がいいのでは」という会話が出るようになってきた。良いコンテンツが増えてエンゲージメントが高まる循環になった。

IDとデータを核にして、DXへ挑戦中!

山内氏は、「データを使ってなんとかしろ! と言われて悩んでいる方もいると思う」とセミナー視聴者に声をかけた。日経の事例は、新聞社・メディア企業という「特殊な事例が多かったかもしれないが、少しでも参考になれば」と話し、その上で「データを自由に扱える環境を整えていけば、社内のマインドが変わっていきます」と締めくくった。

マインドが変わるとデータを使った自発的な流れに変わる。データを顧客に還元することを考えながら現場のマインドをどう変えていくかを考えていく(山内氏)

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