アフターコロナでどう変わる? 購買行動の変化に応じたマーケティング戦略の考え方
新型コロナウイルスの影響で消費者の購買行動は大きく変化している。4月に実施したインターネット調査では、コロナが過ぎ去っても「以前の購買行動には戻らない」と自覚している消費者は8割以上だという。
「デジタルマーケターズサミット 2020 Summer」に登壇した村山氏は、このような状況を踏まえて「マーケターはただ数値データを眺めるのではなく、顧客の『ナラティブ』から仮説を得て、変化に対応したマーケティング施策で実行しなくてはいけない」と言い、そのための「アクセプターモデル」という技法を紹介して、新しい生活様式の消費者のナラティブから具体的なCMコンテを作って解説していった。
ナラティブって何?
ところで、マーケティングの用語として「ナラティブ」とは何だろうか。ナラティブの直訳は「語り」だ。100年前から心理学や社会学、医学の領域で研究され、活用されている。患者は「おなかが痛い、食欲がない」と症状は語れるが、「十二指腸に潰瘍がある」とは言えない。患者が「語ったこと」から医者は症状や病名を推察する。
患者は正確な病名を知らなくても、患者にとっての状態は語れるし、医者は診断できる。この関係が、顧客・消費者とマーケターの関係によく似ている。ナラティブの考え方をマーケティングに応用し、顧客の語りからマーケティング施策を推察するのだ。
補足として村山氏は「ブランドストーリー」との違いを説明した。ナラティブはあくまで生活者が主語になって「語るもの」。「我々のブランドにはこんな歴史や理念があって、と売る側が考えたブランドストストーリーとは違う」と強調した。
ナラティブで顧客を理解するとは
そのナラティブを使って、顧客理解をどのように進めてマーケティングに活用すればいいのか、村山氏は次の三つを挙げ順に解説した。
- アイデアが出る「顧客理解」はどうやるのか?
- 成果を出せる顧客体験はどうやって作ればいいのか?
- ナラティブから顧客体験を実際に作ってみた
アイデアが出る「顧客理解」はどうやるのか?
生活者の行動変化の事例として、コロナ自粛、外出自粛で化粧品が大きいダメージを受けている。マーケティングリサーチ・データ解析事業のインテージの調査を基にした情報だが、売上が落ちたからもうこのカテゴリーはダメかと言えば、そんなことはない。
「この自粛の中で、あえて使うようになったアイテムを教えて」という7月のアンケートで、「口紅・リップ」はワースト2でも12%が新たに使うようになっていた。使用頻度が減って需要量そのものは減っても「あえて使いたい」人がいるのだ。
こんな時、村山氏が行うデータ分析は「ひとりひとりの体験のエピソードを語ってもらう」ことだ。たくさん聞いて定量を追うよりも「n=1」というアプローチが「どうしたらいいのか」のアイデアを出すのに適している。数字の背景にある体験が何かを探し出すのだ。
30歳女性でコロナでもリップを購入・利用した方のナラティブだ。化粧に熱心な人ではなく口紅を全く使わなくなったが、逆に退屈になりマスクでも落ちにくいティントリップを買うようになった。自分の気分を上げ、自信を持って笑顔でいるためだ。購買データの裏に埋もれた「それでも買ってくれる人のナラティブ」にヒントがあった。
マーケティングのアイデアを出したければ数字の裏にある物語をちゃんと消費者に聞く。ナラティブを読み解くことがアイデアを出すポイント(村山氏)
成果を出せる顧客体験はどうやって作るのか
アイデアが出たら、ここから「成果を出せる顧客体験」を作るのだが、ここで間違いやすいのが「顧客接点の組み合わせ」のナラティブを集めてしまうことだ。
たとえば、「婦人向け生活雑誌の『LDK』で見て、コスメサイトの『@cosme』で調べ、ドラッグストアの『マツモトキヨシ』で買った」というナラティブだが、これは典型的なダメな例だ。雑誌、ウェブメディア、店舗と顧客接点順に並べたカスタマージャーニーは「価値が成立した構造」ではない。
一方、良い例はこうなる。「外出しなくなり化粧もしなくなった。退屈で物足りなくなった時に雑誌のリップ特集を見て落ちにくいティントリップに興味を持ち、マスクの下で塗っても落ちにくいと評価されているものを探して購入した。マスクをする時でも使い続けている」。心の中でどのように価値が成立したのかが「価値が成立した構造」だ。
ナラティブ用語で「顧客の物語(ドミナントストーリー)」がある。ティントリップに興味を持ってマスクの下で塗っているナラティブが相当する。この商品を受け入れた構造が整っていれば、「顧客にブランドを受け入れてもらう物語(オルタナティブストーリー)」としてマーケターが何をすべきかが明確になる。
- たとえば、「メイクしないと物足りない」と認識変更してもらう戦略PRを考える。
- 「マスクの下から気分をアゲるリップ特集」を雑誌やウェブメディアに掲載して需要創出する。
- オウンドメディアやECで自社リップが「落ちにくい」「気分が変わる」の評価で見つけてもらい、売り場を整えて待つ。
- 「マスクの下で口紅を使っている人がいるよ」と口コミで広まり、顧客を獲得していく。
顧客のドミナントストーリーを前提に、ブランド側でオルタナティブストーリーを作る。顧客の物語をきちんと構造に沿って収集すれば、ブランド側はどんなストーリーを提供すればいいかがわかる(村山氏)
ナラティブを施策に落とし込む「アクセプターモデル」
村山氏はここで、日用品大手のプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン(P&Gジャパン)の動画広告を提示し、「アクセプターモデルの四つの段階がキレイに出ている」と説明した。
- 現状体験(生活者にとっての“当たり前”認識)
- 課題感の発生(生活者が課題に気づく/気づかせる)
- 受容価値(ブランドからの価値提案)
- 生活変化(価値成立した後の生活変化)
車内の匂いには芳香剤でOKという生活者の前提(①現状体験)。香りでごまかしても不快な人がいるから別の手が必要と課題に気づく(②課題感の発生)。微香タイプで無臭化という価値を提案(③受容価値)。無事匂いが消えて楽しくドライブ(④生活変化)――という内容だ。
アクセプターモデルでストーリーを組み立てた例を示した村山氏は、「逆に微香タイプの消臭剤を売るのならそれを買った人に、この形に沿ってナラティブを集める」と説く。①何が決め手で買ったのか②なぜ別な消臭剤を買ったのか③それまではどんな消臭剤を使っていたか④消臭剤を使ってどんなうれしさがあるのか――を聞いていく。
「アクセプターモデルでナラティブを取れば、ブランドが受け入れられる過程に直結する施策が作れる」と村山氏は話す。大事なことは生活の変化まで含むこと。口紅の例に戻せば「リップがマスクの下でも落ちない」という直接的な便益だけでなく、「彼に素敵と、まわりの人にキレイと思われる」と喜ばしいことを示すことがポイントと強調した。
実際に顧客体験ストーリーを作ってみた
次に村山氏は、アクセプターモデルで顧客体験を作る実例を示した。5、6月の購買データで清涼飲料水はダウントレンドだが、レギュラーコーヒーは高止まりしていたので、レギュラーコーヒーを飲むようになった66歳男性のナラティブを5月に取った。
男性は、近くの自販機で缶コーヒーを毎日買い、1日に3、4本飲んでいたのだが、今はペーパーフィルターでドリップして飲んでいる。彼が語ったナラティブから在宅勤務でレギュラーコーヒーが飲まれる構造を分析してアクセプターモデルに当てはめて、ブランドが実現すべき「顧客体験ストーリー」を作ってみた。
コーヒーが好きで、飲んで気分転換をしている男性。コロナで家の中にいなくてはならず、自動販売機に買いに行けないが気分転換はしたい。ここで疑問が湧く。「缶コーヒーが好きなら箱買いすればいいのに、なぜ面倒なレギュラーコーヒーなのか」。開ければすぐ飲める缶コーヒーではなく手間がかかるレギュラーコーヒーを選ぶのはなぜなのか。
ナラティブで背景分析すると、男性は外で働いている時も自動販売機にわざわざ買いに行っており、すぐに飲めることではなく、飲み行って休憩に入る時間が大事と読み取れた。共通するのは仕事モードから休憩モードに切り替えるスイッチだ。これがレギュラーコーヒーを飲む「受容価値」が成立したポイントで、これで「体験設計」ができる。
体験設計から具体的なストーリーを描いてみる。アクセプターモデルの「①現状体験」と「②課題感の発生」は、消費者の中でどんな当たり前があり、どんな課題や葛藤が発生した状態なのかの段階だ。これを「対立構造」と呼ぶ。「具体的な体験を作る際は対立をどのように描いて消費者に共感しやすいモノになるかを考える」と説明する。
こうした「対立構造」に対して「受容構造」を次に考える。葛藤がある中でブランドがどんな描かれ方をすれば受け入れられるのか、というブランド側ストーリーだ。ゆったりと優雅にコーヒーを淹れ、パッとひらめいて仕事が進む「③受容価値」を見せることで、よりブランド価値が共感される「④生活変化」になる。
レギュラーコーヒーのストーリー案からCMを意識した絵コンテは次の通り。
- 現状体験
自宅で作業しているエンジニア。生活感溢れる部屋の中で在宅勤務中 - 課題感の発生
プログラムで行き詰る。自宅で仕事をするが上手くいかない、という対立の描写 - 受容価値
外へ出るのではなくキッチンでコーヒーの準備。家で解決しようとする - 生活変化
コーヒーを淹れる時間が休憩モードに切り替えてくれる、という価値を描く - コーヒーを口につけ一口のみ、一息つく主人公
すっかり安らいだ落ち着いた表情に - 急にハッとした表情になる主人公
行き詰まりを解決するひらめき。コーヒーの先にある「仕事がはかどる」まで描く
CMの演出ではじっくり時間が流れるようにしたい。コーヒーが仕上がる時間を経て、ひとくち飲むとリラックスして休憩モードに入る需要価値になる。ここで終わらず、ハッとひらめいて机に戻って仕事が進むところまでころまで描き、生活変化のストーリーになる。
まとめ
「『売れる』の答えは顧客がすでに持っているから、顧客の変化を読み解いて『売れる』を再現する」と村山氏は強調した。その上で「マーケターは気づいていないがすでに発生している勝ち筋を見つけてほしい。勝ち筋をナラティブで集めてアクセプターモデルで解釈し、顧客体験の施策を実践してほしい」と講演をまとめた。
最後に、顧客の変化を読み解いて「売れる」を再現する参考書として、8月24日に発売した『顧客体験マーケティング』という本を紹介した。ナラティブを作る詳しい手順を解説している。
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