なぜ、その顧客理解ではダメなのか? 「売れる」を再現する「顧客体験マーケティング」

なぜ、顧客調査を実施したのに、新しいマーケティング施策立案につながらないのだろうか? 『顧客体験マーケティング』の著者・村山氏とポーラ中村氏が対談し、売れるを再現する顧客理解について語った。

コロナ禍で社会が激変する中、多くのマーケターは「顧客の変化を見誤らずに、次の戦略を立てたい、施策を打ちたい」と考えているのでは? そこで今回は、8月24日に発売された『顧客体験マーケティング』(インプレス:刊)の著者であるコレクシアの村山幹朗さんと、本書に書かれたスキルを実際にビジネスに活かしているポーラ CRM推進部の中村俊之さんにお話を伺った。

*『顧客体験マーケティング 顧客の変化を読み解いて「売れる」を再現する(Web担選書)』コレクシア 村山幹朗・芹澤連:著 インプレス:刊。

新しいマーケティング施策につながる顧客理解はなぜ難しいのか?

顧客理解の重要性はわかっていても、「新しいマーケティング施策」に結びつく「顧客理解」をすることは実はとても難しい。それはなぜだろうか?

数値からアイデアを出そうとするから難しい

「定量的な数値そのものから新しいアイデアを生み出すこと自体が難しい」と言うのは村山さんだ。新しいマーケティング施策につながる顧客理解をするには、まず「顧客の仮説」をどれだけ出せるかが重要だ。「顧客の仮説を出す」には、顧客のN1分析(1人を深堀りして分析すること)をしたり、ナラティブ(ある顧客の1人称による物語)を聞いてみたりすることがポイントだという。

ある有名なマーケターが、転職してまずやることは「お客様アンケートの自由記入を読むこと」だそうです。そこからお客様がそのブランドの商品のどこが好きで買ってくれているのか、仮説を溜めていく。そのうえで数値を見て、計画を立てているんです(村山さん)

株式会社コレクシア 代表取締役社長 村山 幹朗(むらやま みきお)さん
2011年に株式会社コレクシアを創業。マーケティングリサーチを用い、顧客データに基づいたブランドの戦略策定・施策立案の支援を行う。現在までに5000件を超えるカスタマージャーニーを作成し、ブランドの成長を実現する顧客体験の設計を手掛けている。公益社団法人日本マーケティング協会認定マーケティング・マスター。

部署ごとのバラバラな顧客調査が共有されにくいから難しい

一方、中村さんは「事業会社でありがちなのは、何を目的とした顧客調査なのか、何のための顧客理解なのか、アウトプットと活用イメージが定まっていないこと」を課題としてあげた。たとえば事業戦略視点で未来の顧客について考えることも顧客理解である。また特定商品のプロモーションにおいて、コミュニケションの相手は誰で、どのような考え・感情をもっているか、深く掘り下げることも顧客理解だ。調査・分析の前に、目的、立ち位置をはっきりさせることが必要だという。また、各部署がバラバラに顧客調査を実施してしまうことも課題の一つだと指摘する。

たとえば1つの商品に対して、開発部門やマーケ部門、販売部門などが別々に顧客調査をしていることがあります。各部署、それぞれの目的で調査を実施しているので、調査結果の共有がしっかりされず複数の理解が社内にある。これは、事業会社ではありがちだと思います(中村さん)

株式会社ポーラ CRM推進部 部長/日本アドバタイザーズ協会 Web広告研究会 代表幹事 中村 俊之(なかむら としゆき)さん
新卒でコニカミノルタに入社し、営業担当、新規事業立上げなどを経てブランド推進部門へ異動。企業ブランディング、デジタル統括組織のリーダーとして、戦略立案、グローバルでのWebサイト統合などを実施。2018年1月に株式会社ポーラ入社し、現在は事業戦略立案、DX推進およびEC事業統括を担当。

ナラティブ分析・アクセプターモデルとは?

このように2人が挙げた顧客理解の課題は「ナラティブ分析」「アクセプターモデル」を使えば、解決しやすいという。実際にナラティブ分析を行った中村さんは、結果をプロジェクトメンバーなどで共有し、施策に活かす準備を進めている。

アクセプターモデルは、顧客がブランドを受け入れる構造をモデル化したものです。顧客理解だけではなく、自社商品・サービスで提供すべき顧客体験を設計できる手法です。特別な専門知識が無くても理解できます(村山さん)

アクセプターモデルとは?

アクセプターモデルは、コレクシアがみてきた100以上のブランド、5,000人以上の顧客体験から、「ブランドを価値として顧客が受け入れる」際の共通するプロセスを4つのステップでモデル化したものだ。

アクセプターモデルの4つのフェーズ(『顧客体験マーケティング』より)
アクセプターモデルについて、こちらの記事でも詳しく解説しているので参考にしてほしい。

顧客の体験を理解する手法として、マーケターに知られている方法としては、「カスタマージャーニーマップ(以下ジャーニーマップ)」があるだろう。ジャーニーマップとアクセプターモデルとの主な違いは、次の2点だという。

アクセプターモデルは「今後このブランドをこういう風に受け入れてもらいたい」という次の戦略の定義のためのモデルであり、設計ツールなんです(村山さん)

ナラティブ分析とは?

ナラティブ分析は、ある特定の顧客体験を1つのストーリーとしてデータ化する手法で、そのポイントは「ブランドの価値は顧客が決める」という点にある。

たとえば、あるブランドの商品の売上が落ちて何とかしなくてはいけない場合でも、お客様の中には「この商品じゃなきゃダメだ」という人がいる。その人にとって、「何のどういう条件が組み合わさったからその商品じゃなきゃダメなのか」「どこにブランドの価値を感じてくれているのか」といった、商品を買った背景や事情を顧客自身が語る物語がナラティブ分析だという。

ナラティブ分析は「ストーリーとして読める顧客データ」であり、専門的な知識が無くても誰もが学びを得られます(村山さん)

なお、ナラティブを集める方法は、インタビューの場合もあれば、顧客に文章を書いてもらう場合もあるという。いずれにしても、顧客が主役であり、調査する側は顧客が何を語っているのかに注目して深掘りしていくことが大切になる。

誰のナラティブを集めればいいのか?

顧客調査の対象者をどう選べばよいか、どのようなナラティブを集めるべきか、という疑問もあるだろう。その場合のポイントとしては、「調査の目的となる顧客」であることが必要だ。

たとえば、「商品の売上が落ちて何とかしなくては」という先ほどの例で言えば、ある一定期間でリピート購入してくれる顧客に絞り込んでナラティブを集めていけばいい。キャンペーンや商品単位での顧客理解の場合は、すでにゴールに到達した顧客を見つけて、その体験を深掘りしていくことがポイントだ。

N1は「どう口説くかで使う」

一方で、特定顧客を深掘りするN1分析は、ときに信憑性が欠けるなどと批判されることもある。村山さんは、「誰を狙うのか」を顧客理解の目的とした場合と、「どう口説きたいのか」を知りたい場合を例に、目的を間違わずに調査方法を選ぶ必要性を語った。

「誰を狙うのか」の場合は定量抜きでは決められないですが、「どう口説きたいのか」を知りたいときには、必ずしも定量がないと決められないわけじゃないです。お客様がこういう風にブランドを受け入れてくれるから、こうしたクリエイティブを組み合わせようという施策につなげる顧客理解には、N1で十分なヒントを得ることができます(村山さん)

事業会社では、調査以外にも顧客理解のためにできることはありますが、思考を深めていくうえでも調査は重要です。ナラティブ分析は、「顧客がこれからどう変化していくのか」に思いを馳せ、想像していくうえでとても有意義な手法だと思います(中村さん)

顧客体験マーケティングのスキルとは?

さまざまな粒度で使える

マーケターは自分の顧客について仮説をもっていて、それに沿って施策を作っているが、コロナ禍の影響でこれまでの仮説のままでは難しくなってきている。仮説の更新に迫られているときだからこそ、顧客体験マーケティングのスキルを活かしてほしいと村山さんはいう。現在はまさに、数値だけではなく、一歩先の顧客理解が必要とされている時なのかもしれない。

常に仮説を更新できるマーケターが、適切な施策を実施できるのだと思います。そして顧客の仮説を更新するための視点を提供するのが、顧客体験マーケティングです。もちろん、マーケティングの中でも、会社全体のブランドをどのようにチューニングするかといった戦略を立てる場合、ある商品のキャンペーンの企画を立てる場合、あるクリエイティブを制作し媒体に出稿する場合など、それぞれの立場、範囲があると思いますが、それぞれの顧客理解に活用できます(村山さん)

中村さんも、最初は会社全体のマーケティング再構築を検討するとき、村山さんに調査を依頼。その後、特定商品をお客様に受け入れてもらうためのナラティブ分析をしたのだという。

会社全体のマーケティングをもう一度、一から見直してみよう、という検討から入りました。その後、特定商品について、どうすればお客様に受け入れてもらえるかを具体的に考えるための調査をしてもらいました。現状理解だけでなく、これから先どうなっていくかを想像するヒントを得たい、そう思ってお願いしました(中村さん)

顧客がブランドや商品を受け入れる過程、プロセスを知ることは、「会社のポジショニングをどうするか」といった粒度にも、「個別の施策を最適化する」という粒度にも、あてはめることができる。たとえば、どちらのクリエイティブ案が良いかを決定するときにもナラティブ分析は活きるという。

社内メンバーの意識を変え、共通理解を深める

そして実際に、調査の結果、お客様にブランドがどのように受け入れられているかを知ることができ、中村さん自身もメンバーも、意識が大きく変わったという。また、調査結果を使って全社横断的にディスカッションも行ったそうだ。

店舗やECなど各事業のマーケ担当や、接客教育を担当するメンバーなどさまざまなメンバーに集まってもらい、調査結果をもとにお客様について一緒に考えました。いろんな立場の人が集まる場で、お客様のことを想像していく基点となるツールとしても、よかったですね(中村さん)

部署ごとにバラバラな顧客調査や定点調査だけだと、つながった顧客体験として捉えづらいですよね。百貨店、ECなどでのお客様の体験がどうつながって、自分たちのやっていることが成果になっているのか、そうした全体像がみえるのがナラティブ分析の良さだと思います(村山さん)

マーケターが使えるアウトプットを出す

なかでも中村さんが、ナラティブ分析、アクセプターモデルを活用して良かったと思った点は、「深掘りが鋭く、アウトプットがシンプルで顧客の感情や変化がわかりやすい」ということ。また、調査の前提条件として「調査の目的を明確にする必要がある」点だという。

アクセプターモデルは、何を理解したらマーケターの手が動くのかをみすえているので、目的の設定、関連部署の設定をしていただくことになるんですよね。だからこそ、アウトプットがそのまま使える、理解できるというものになるんだと思います(村山さん)

マーケティング戦略のコアになる

ポーラでは、顧客体験マーケティングの結果が、戦略のコアの1つになったという。

ナラティブ分析の調査結果から着想を得ることで基本思想が生まれ、今は新しいマーケティングの実行計画を考え、事業戦略に反映していっています。お客様は日々変わっていきますし、この先もずっと顧客理解について、更新し続けなくてはいけないと考えています(中村さん)

書籍『顧客体験マーケティング』を書いた理由

書籍『顧客体験マーケティング』では、アクセプターモデルとナラティブ分析を使って、CM動画の絵コンテを書く、屋外のイベントを設計するという施策づくりを解説している。まさに顧客理解を施策に活かすスキルを紹介しているわけだが、なぜ今、この書籍を出したのか、最後に村山さんにお聞きした。

コロナ禍で、変化が激しい時です。現場で施策を実行している人には「自分の顧客の変化を読み取る力をパワーアップ」して次の手を考えてほしいし、顧客を軸にした「事業戦略そのものを更新する」上でも使ってほしい。そのためのスキルを書きました。ぜひ活用してください(村山さん)

中村さんも実践したナラティブ分析・アクセプターモデルの手法解説書『顧客体験マーケティング 顧客の変化を読み解いて「売れる」を再現する(Web担選書)』が8月24日発売

書籍の詳細はこちら

本書は、顧客体験をデータで捉え、顧客理解から新たな戦略や施策、製品企画、クリエイティブやコンテンツを作り出す実践マニュアルです。100以上のブランド、5,000以上の顧客体験から導き出された「ブランドが価値として成立するプロセス」に基づいて、以下の内容を解説しています。

1人の顧客を深く理解して企画やアイデアを生み出す方法
  • 顧客体験を観察してデータとして捉える「ナラティブ分析」
  • マーケティングにおけるナラティブの実践と対話技術
  • ブランドが価値として成立する条件を見つける分析手法
顧客体験を軸とした施策の作り方
  • 顧客のナラティブから、ブランドが語るべきストーリーを開発する方法
  • ブランドを受け入れてくれるターゲット層の見つけ方
  • ブランドの新しい利用機会を創出する仕組み
  • データドリブンの施策開発事例(動画CM、新製品コンセプト、体験型イベント)
体験価値の算定
  • 顧客を奪いやすい競合の見つけ方と奪うためのストーリー開発
  • 売りたいモノありきで、ブランドのストーリーを最適化する方法
  • 簡単な分析で施策の体験価値を算定する方法
  • サブターゲットごとの体験を最適化する「顧客体験ポートフォリオ」
〈こんな人(企業)におすすめです〉
  • 顧客理解の必要性を感じているが、どう始めていいのか困っている人
  • 顧客中心のマーケティングが必要だと感じているが、実践手順がつかめていない人
  • 「顧客の声を聞いているのに、売上や成果に結びつかない」と悩んでいる人
  • データに基づく科学的な施策作りを行いたいと考えている人
  • 実務で戦略立案や施策企画、製品開発に取り組んでいる人
     
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