「結果のデータ」ばかり見ていませんか? 企画に必要なのは「予測」です
「企画力が弱い」「戦略立案力が足りない」……マーケターにはつきものの悩みです。しかしそれはデータの捉え方が間違っているからではないでしょうか? 「結果」としてのデータを生んだプロセスを正しく捉える方法がわかれば、成功する企画が狙って作れます。『顧客体験マーケティング』の著者、芹澤 連氏の集中連載。(第2回)
「結果のデータ」だけでは、アイデアは生まれない
Web担当者Forumをご覧のマーケターの皆さんは、購買データや顧客データの「数字の部分」とは日々向き合っていらっしゃると思いますが、その数字の成り立ちについて目を向けたことはあるでしょうか。
皆さんが日々扱っている数値データはどこから来ているのか。数値以外のデータとはそもそも何か。なぜデジタルマーケターが数値以外のデータを考えなければいけないのか。
結論から言うと、デジタルマーケターが数値以外のデータを考えなければいけない理由は「顧客を理解して、新しい顧客体験を生み出すため」です。
たとえば、何かしらの施策を企画するとしましょう。メッセージ、広告、コンテンツ、動画CM、DM、ECサイト構築。どんなデジタル施策を考えるにしろ、顧客を理解した上で、製品やサービスがより顧客に価値として受け入れられるような「体験」を提供することが大前提です。
しかし施策や体験を設計するための新しいアイデアやストーリーは、数値データを見ていてもなかなか生み出せません。それは皆さんが扱っている数値データの多くが「結果のデータ」だからです。
データドリブン、データに基づいた戦略、データからアイデアを生む――。ビジネスではデータは手段として扱われるため、データは「それを使って何かを生み出す」というように材料的な意味合いで認識されていることが多いと思います。企画で言えば、データが材料、企画書がアウトプットというイメージです。
では、そのデータはどこから来ているのでしょうか。実はそこを考えることが、アイデアを生むポイントなのです。
数字の裏にある「体験」に目を向ける
購買データでも広告効果測定でも顧客満足度でも、基本的にデータとは「結果の記述」です。自社競合含めた施策や広告の顧客に対する影響、過去の類似商材の使用経験、そこにあった感情。それらすべての結果として、「今」、顧客はどうなのか。これが数値のデータです。
たとえば、顧客満足度スコア「3.0」という数値だけが純然と与えられても、顧客側にどんな体験や認識変化があったから「3.0」という数値が出てきたのかはわかりません。したがって、その「3.0」から「4.0」を目指すために「何をすべきか」は見えてきません。
どうしたら見えてくるでしょうか。KPIやKGIなどの数値でマーケティングを管理しているならば、数値目標をクリアした顧客体験を理解することが最も合理的です。
顧客満足度の例であれば、スコアが実際に3.0から4.0に変化した顧客に注目するわけです。なぜならその体験からなぜ満足度が高まったのか、そのとき顧客に何が起きたのかを学ぶことができるからです。
「顧客の体験で何が起こり、認識がどう変わったからスコアが向上したのか」がわかれば、「スコアを向上させるために、顧客の体験や認識をどう変えればよいか」を逆算できます。
顧客満足度以外にもたとえば、競合からブランドスイッチしてもらいたいなら競合からブランドスイッチした人の体験を、新規客をロイヤル化してファンベースを拡充したいなら、一般客からファンになった人の体験を追うのが最も建設的です。
企画とは、予測である
デジタルマーケティングに限ったことではありませんが、よく「企画力が弱い」「戦略立案力が足りない」という話を聞きます。
企画とは何でしょうか。データが結果の記述だとすれば、企画とは「データを生み出している原因やプロセスを逆算して、その因果関係に乗じて起こしたい変化を狙って起こす企て」と言えます。つまり企画の本質は、予測です。
予測をするときは、「ブランドが選ばれたときにこんなきっかけがあったらしい」「こんな体験があるとブランドが選ばれやすくなるらしい」という事前情報が役に立ちます。つまり、購買に関連する確度の高い情報を加えて予測モデルを更新することで、予測の精度を高めようというわけです。
企画も同じです。顧客体験を捉えたデータを事前に準備しておいて、購買に至った顧客が自身の体験について語るエピソードやそのときに使われた表現、ロジック、矛盾、対立構造、優先順位などをつぶさに観察します。そこから、
- なぜ顧客はこの表現を使ったのか。一見矛盾している。もしかしたらこんな理想と不安を持っているのかもしれない
- こういう優先順位で選ばれるということは、ブランドのこの側面が価値になるかもしれない
というように、ブランドが受け入れられる条件をあぶり出していきます。今度はそれを一種の予測モデルとして、
- 顧客の課題にこんな背景があるなら、こういうシーンでの利用機会を提案すべきではないか
- こんな考え方をしている人なら、こういう文脈を動画で描写すると便益が伝わりやすいのではないか
という具合に、ブランドが選ばれやすい体験を予測していくわけです。
企画に使える「ナラティブ分析」
さて、このように予測的に企画を作っていくには、顧客体験を「ナラティブ(語り)」で捉えることが効果的です。ナラティブとは、生活者が語る自分視点の物語のことです。医療や介護、臨床心理、教育など「その人がそう感じる背景や事情」を理解して1人1人に寄り添ったサービスを提供することが望まれる分野で発展したアプローチです。
ナラティブをどう分析すると何が得られるか、マーケターにとってどんなメリットがあるのか、いくつかポイントを紹介します。
1. 「顧客の声そのもの」ではなく、「その声がどこから来たのか」を考える
ナラティブは顧客自身の物語です。顧客とのインタビューやオンラインチャットを通して、生活で起こったエピソードや実体験を物語ってもらいます。
ナラティブを分析するときに注目すべきなのは顧客の発言自体ではなく、その発言がどこから来たのかという「背景要因」です。
顧客の不満の声や感動の声を聞くと、直接それ自体に目(耳)が行ってしまいがちです。しかし顧客の声を額面通り受け取ると、予測が働きません。ある顧客が「こっちがいい」と言えばこっちに変える、他の顧客が「いや前の方がいい」と言えばまた戻す、というように、訴求軸がころころ変わってしまいます。
重要なのは、実際に顧客が何を言ったかではなく、その声を生み出しているメカニズムの方です。顧客がどのような“レンズ”を通して世の中や生活に起こる出来事を捉えているか、意味づけをしているかという「物事の見方」や「考え方の癖」をあぶり出すわけです。いわゆる経験則や経験知と言われるものです。
これらの顧客の中にある経験則は商品やサービスを選ぶときも使われるので、それに寄り添うように新たな顧客体験を作り上げれば、顧客に受け入れてもらいやすくなるわけです。
2. 顧客の「ドミナントストーリー」を捉える
人は暮らしてきた環境や自身のこれまでの経験などから、「これはこういうものだ、こういうときはこうしたほうがいい」といった世の中を理解するための経験則を培い、普段はそれに従って生活しています。たとえば、次のAさんとBさんの会話を見てください。
A: 「チャレンジしても成功しなければ価値がない」
B: 「挑戦する姿勢や粘り強さはチャレンジからしか得られない。チャレンジ自体に価値がある」
Aさんの発言は、「チャレンジすること」に対するAさん固有のものの見方を表しています。このようなナラティブをドミナントストーリーと言います。その人の考え方や物事の意味づけを決定づける「支配的な物語」、すなわち経験則です。
対してBさんの発言は、同じ「チャレンジすること」に対する異なる見解、ものの見方を表しています。これをオルタナティブストーリーと言います。つまり語り直された「代わりとなる物語」です。
Bさんは、Aさんを支配している(dominant)考え方を、別の視点から捉えた代替案で置き換えることで、Aさんの認識を変化させて、「チャレンジすること」を価値として受け入れてもらおうと試みているわけです。
そして、顧客のドミナントストーリー次第で、ブランドが価値になる条件は変わってきます。
3. 何が価値になるか、すべては顧客のドミナントストーリー次第
動画CMのプロットでも体験型イベントでも、ブランドを価値として受け入れてもらうための施策を作るには、顧客のナラティブから顧客のドミナントストーリーを引き出すことが何よりも重要です。そのためには、以下のようなポイントに注意しながら顧客のナラティブを観察してみてください。
- ターゲット顧客は、どんなものの見方をするのか
- どういうルールで日々生活しているのか
- 何がどうなることを理想的と感じるのか
- 生活上の出来事に対してどんな意味づけをするのか
- 物事の因果関係をどういう視点で捉えているか
- 問題が起こったときに何を原因とみなす傾向があるのか
- どうしたらうまくいくと信じているのか
こういった「顧客固有のルール」や「意味づけの癖」を引き出すことができれば、そこから、
- こういう考え方をしているなら、こういう言い方の方が伝わりやすいのではないか
- こういう背景でこの課題感を持ったのなら、この生活シーンの中で便益を描写するとよいのではないか
という、オルタナティブストーリーが見えてきます。
顧客はどんなドミナントストーリーを持っているのか、その視座からブランドをどう認識しているのか。なぜ競合にスイッチするのか。その原因と結果のルールを捉えることができれば、そのルールを逆手にとって現状の認識や行動を変える企てを画(はか)ることもできます。それが企画です。
書籍「顧客体験マーケティング」では、ナラティブ分析を使って、1人の顧客を深く理解して企画やアイデアを生み出す仕組みを詳細に解説しています。ナラティブ分析の具体例は、共著者村山による連載「「語り」で読み解くコロナ以降の行動変化」でも詳しく紹介しています。
次回の第3回では、ナラティブ分析をアウトプットにつなげる方法について解説していきます。
『顧客体験マーケティング 顧客の変化を読み解いて「売れる」を再現する(Web担選書)』が8月24日発売
本書は、顧客体験をデータで捉え、顧客理解から新たな戦略や施策、製品企画、クリエイティブやコンテンツを作り出す実践マニュアルです。100以上のブランド、5,000以上の顧客体験から導き出された「ブランドが価値として成立するプロセス」に基づいて、以下の内容を解説しています。
- 顧客体験を観察してデータとして捉える「ナラティブ分析」
- マーケティングにおけるナラティブの実践と対話技術
- ブランドが価値として成立する条件を見つける分析手法
- 顧客のナラティブから、ブランドが語るべきストーリーを開発する方法
- ブランドを受け入れてくれるターゲット層の見つけ方
- ブランドの新しい利用機会を創出する仕組み
- データドリブンの施策開発事例(動画CM、新製品コンセプト、体験型イベント)
- 顧客を奪いやすい競合の見つけ方と奪うためのストーリー開発
- 売りたいモノありきで、ブランドのストーリーを最適化する方法
- 簡単な分析で施策の体験価値を算定する方法
- サブターゲットごとの体験を最適化する「顧客体験ポートフォリオ」
- 顧客理解の必要性を感じているが、どう始めていいのか困っている人
- 顧客中心のマーケティングが必要だと感じているが、実践手順がつかめていない人
- 「顧客の声を聞いているのに、売上や成果に結びつかない」と悩んでいる人
- データに基づく科学的な施策作りを行いたいと考えている人
- 実務で戦略立案や施策企画、製品開発に取り組んでいる人
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