クックパッドが実施した「企業ミッション」のデザインとは? サービスに反映する方法論を担当者が語る
各企業には、「ビジョン」や「ミッション」があるはずだ。ただ、それが単なるお題目になってしまっていないだろうか。レシピサイトで知られるクックパッドは、「毎日の料理を楽しみにする」をミッションに掲げ、すべてのサービスのみならず、オフィス環境や広告掲載方針にいたるまで、そのミッションを反映させている。
オンライン開催の「デジタルマーケターズサミット 2020 Summer」のセッションでは、クックパッド株式会社 デザイン戦略本部長の宇野雄氏が「ミッションをサービスに組み込む」とはどういうことか解説した。
ミッションが反映されている状態とは?
そもそも、企業の「ビジョン」や「ミッション」についての講演で、デザイナーが登壇するのは不思議だと思うかもしれない。しかし、デザインとはビジュアルデザインだけを指す言葉ではなく、「事業のデザイン」「バリューのデザイン」「研修のデザイン」「評価のデザイン」など、さまざまなシーンで使われる。セッションで取り上げるのは、「ミッションのデザイン」についてということだ。宇野氏は、ミッションとビジョンを、以下のように定義している。
「毎日の料理を楽しみにする」というミッションが完遂されている状態とは、クックパッドという企業からのアウトプットすべてがそのミッションを体現している状態のこと。具体的には、以下のような状態のことだと宇野氏は言う。
例① 提供しているすべてのサービスにミッションが反映されている状態
クックパッド株式会社はレシピサービス「クックパッド」が最も知られているが、それ以外にも「おりょうりえほん」という知育玩具やECサービスなどがあり、それらすべてが会社のミッションである「毎日の料理を楽しみにする」ためのものになっている。
例② オフィス環境にミッションが反映されている状態
クックパッド社のオフィスエントランスには、20人程度が同時に使えるキッチンがある。「料理を楽しみにする会社ですから、社員が利用できるキッチンが社内にあるのは自然なこと。もし社食でごはんが提供されていたら、ヘンな感じですよね」と宇野氏は言う。
例③ 広告掲載にミッションが反映されている状態
クックパッド社の事業モデルには、レシピサービスのサブスクリプションがメインだが、広告事業も大きな割合を占めている。その広告掲載についても、「毎日の料理が楽しい」を提供するためという行動指針を守っている。
レシピサイトの広告主といえば食品・食材メーカーが多いが、他にも食器用洗剤メーカーなども考えられる。後片付けが楽になれば、毎日の料理が楽しみになるのを手助けすることができるという。ただし、よくある「こんな油汚れもスッキリきれいに」という広告クリエイティブが、レシピの隣に出ていたらどうだろうか。「これから料理をしようとしている人がギトギト汚れを見たら料理したくなくなるのではないか。だから広告主には、『ポジティブなメッセージと一緒に作っていきましょう』と伝えます」と宇野氏は言う。
クックパッドが目指す「未来」
「【毎日】の【料理】を【楽しみ】にする」というミッションは、実はかなり難しい。なぜなら、
- 毎日でなければいけない=週末の趣味の料理を楽しむのではダメ
- 料理でなければいけない=食事を楽しむだけではダメ
- 楽しみでなければならない=ツライ思いをして料理をするのではダメ
という意味であるからだ。宇野氏は、「多くの人が料理は大変だと思っていて、毎日になると苦痛という状況。けれど、苦痛を取り除くことと楽しむことは違う」と言う。楽しみにするためにクックパッドが目指しているのは、たとえば以下のようなことだ。
「ハンバーグの一番人気のレシピが知りたい」というユーザーにどのレシピを見せるか。現状では、もちろん「ハンバーグの一番人気のレシピ」を提供する。しかし、このユーザーは実はハンバーグが食べたいのではなく、冷蔵庫にある「挽肉」を消費したいのかもしれない。だとしたら、同じような食材で作れるキーマカレーのレシピを提示するのはどうだろうか。
宇野氏は、「ユーザーの求めに単に応じるのではなく、押しつけにならない程度に、自分たちの思想を植え付けることが重要」と言う。「思想を植え付ける」というのは言葉がきついが、つまり「サービスに強い意志を取り込む」のが大切だ。これは、サービス動線の変更などでも言える。以下はクックパッドアプリのデザイン変更(左から右に変更)だが、5つあったボタンを3つに減らしている。
革新には批判を伴う
使い慣れたUIが変われば、ユーザーからは多くの苦情が寄せられるし、社内から批判も出る。それでも、「ミッションを反映するために、必要なもの以外は極力そぎ落とす」ことを優先し、経営判断を仰いで遂行している。宇野氏は「革新はカイゼンの先にはない。ロケットを作るために、積み木を積みあげても完成しない」という言い方をする。
とはいえ、「それは企業の都合であってユーザーファーストではないのでは」という反論は当然のことながら出る。しかし宇野氏は、それこそが真のユーザーファーストにつながると考えている。
たとえば、作った料理のレシピを自動で保存する機能があるとしよう。ITツールではよくある機能だ。もしその後何度も同じ料理を作るのであれば、きっと便利だろうと普通は考える。しかし、クックパッドではあえて、手動で保存する機能にしてある。「自ら行動して毎日の達成感を積み上げてほしい」からだと宇野氏は言う。自動的に保存されたものは一見便利だが増えていくとただの情報の羅列になり、そこから探すことはできなくなってしまうが、自分が能動的に保存したものは忘れにくい。
短期的にはユーザーが便利だと感じることができなくても、長期的にはそのユーザーのためになっていることを目指したいと考えているという。
別の例でいうと「たべドリ」というサービスでは、レシピを提供せず、「○○を使って××を作って」というお題が出るだけだ。「レシピを見ないで料理を作れるようになった方が楽しい」という発想で作られているサービスなのだという。万人受けするものではないかもしれないが、その方が毎日の料理を楽しめる人がいるに違いないという思想だ。
当然ながら、「たべドリ」はレシピサービスと相反するという声もある。しかし宇野氏は、「想像したことのないものに抵抗があるのは当たり前。むしろ、批判が出ないということは存在を認識されない、価値のないもの」と言う。そして、批判があってもブレない軸を持つことが重要だという。軸とは、たとえば以下のようなことだ。
- 会社や経営層にとってのリスクは何か
- サービスにとってのリスクは何か
- ユーザーにとってのリスクは何か
- 何を達成できたらゴールなのか
提供したい価値を正しく伝える
宇野氏は、「提供したい価値を正しく伝えるのが一番大切」と言い、それを理解するための事例として、「クックパッドマート」というサービスの事例を紹介した。クックパッドが、レシピサービスの次に軸にしたいと考えている生鮮食品のEC事業である。
- 地域の新鮮な食材(採れたて野菜や鮮度の高い魚介類など)を、出荷当日に駅やドラッグストア、コンビニなどに設置する冷蔵庫(ステーション)に届ける
- 購入者は、都合のいい時間にステーションから商品を受け取る
コアバリューは、「新鮮な食材」「受け取り場所と受け取り時間が自由」「小売店などの流通を通さないため比較的安価」の3点だ。
ECサービスなので、「自宅まで配送してくれないのか」という問い合せはユーザーから当然来る。実は自宅配送も行ってはいるが(外出できない事情がある人もいるため)、そこは提供したいコアバリューではないため、ウリにはしていない。というのは、ステーションまでの配送は無料だが、そこから自宅までは送料が発生する。送料は購入した量にかかわらず一定なので、まとめ買いをしがちになる。まとめ買いすると、せっかくの新鮮な食材が、新鮮なまま消費されない可能性がある。また、宅配は、受取時間が制限される(生鮮食品は宅配ボックスに入れられない)。
目の前に見えている痛みを解消することと、ミッションである楽しみの間には、何段階かのステップが必要。それをつなげていくのは意思で、事業には会社の意思を反映させることが必要(宇野氏)
ということだ。
最後に宇野氏は、「見えているものではなく、その先の未来をユーザーと一緒に考えていく強い意思が必要だし、それを体現するプロダクトや会社が必要と考えている」とまとめた。
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