広報・PR術入門/インタビュー

外資系企業広報の使えるノウハウってどんなもの? Arm広報の「筋を通し、柔軟に対応する調整力」

今回ビーコミ加藤さんが訪ねたのは、Arm広報の坂元さん。外資系企業広報が行っているテンプレートを用いたシステマティックなやり方などをお聞きしました。
広報経験があまりないという方のために、ビーコミ 加藤恭子さんが、活躍中の広報担当者にインタビューし、広報として役立つTipsを紹介する本連載。

これまで日本企業の広報についてご紹介してきたが、今回は外資系企業の広報の働き方にスポットを当て、PR会社から外資系企業を経て、現在は英Arm(アーム)日本法人の広報責任者となった坂元章彦さんを訪ねた。外資ならではのノウハウは、日本企業にも活かせるものが多く、話題は多岐に渡るものになった。

今回、インタビューから得た主な知見は、以下の通り。それぞれの項目については、記事後半のインタビューで詳しく紹介している。撮影:永友ヒロミ

インタビュア加藤さんによる本インタビューまとめとアドバイス
広報の基礎知識アップ Tips
  1. 場数を踏んでパワーアップしておく
    書籍やセミナーなどで先人から学べることも多いが、実体験に勝るものはない。記者会見も、社内報やブログなどの執筆業務も大量にやると能力が格段に上がる。自分がパワーアップすると苦労しなくてもこなせるようになり、楽に仕事が回るようになる

  2. テンプレートを最大限活用
    外資系企業では、テンプレートを活用することが多い。たとえば、取材ならばブリーフィングノートと呼ばれるものがある。それを埋めるだけで取材に備えるために確認すべき必要な項目が網羅される。これがあれば社長が丸腰で取材を受けなくて済む。また、効果測定のためのテンプレートや、SoW(Scope of Work:業務仕様書)などのテンプレートを使うことで、1から制作するのではなく効率化ができるとともに漏れや抜けがなくなり、企画立案やメディア訪問など本来必要な部分に時間を使うことができる。テンプレートがない場合は、PR会社に作ってもらったり、友人の広報担当に教えてもらっても良い。いわゆる車輪の再発明を避けることが効率化につながる。

  3. 一人広報はPR会社と「チーム」になれ!
    外資系企業の日本法人では一人広報が多い。そんな場合、頼りになるのは一緒に組むPR会社になる。記者会見を行うにしても自分が司会をしたら、全体に目配りをする人が他に必要になる。PR会社を「使う」のではなく一緒に「チーム」になる感覚で仕事に取り組むと大きな成果が得られる。

  4. 英語は勉強しないで練習する
    留学経験がないと英語に苦手意識を持つ人も多い。だが、英語もパソコンや車の運転などのように、仕事で使うスキルの1つと捉えて、使えるように練習するという姿勢で臨むのが良い。英語がある程度使えるようになると外資系企業への就職への道も開けるし、英語で発信されているPRの最先端の情報にも触れることができるようになる。

  5. 広報、メディアにもっとも詳しい人になる
    広報、メディアについて社内で一番詳しい人になり、周りにそう認識してもらえれば、社内の協力も得られやすくなるし、相談されるようになる。仕事も良い方向に回り出す。なるべく早めに、広報やメディアの知識を身につけておく。

場数を踏んでパワーアップしておく

加藤: 坂元さんのご経歴の最初は、PR会社でしたよね。

坂元章彦氏(以下、坂元): 新卒でPR会社のプラップジャパンに入り、最初の3年くらいはクリエイティブ部門でPR誌や広告などの編集制作に携わりました。その後異動して、テクノロジー系クライアント企業の広報をサポートすることになり、大手外資系IT企業のPR実務を担当しました。

ほぼすべてのスマートフォンに組み込まれている半導体設計をてがけるアームのエンタープライズマーケティング部 シニアマネージャー 坂元章彦さん

加藤: 日本のPR会社に入られたけれど、外資系企業(以下、外資)との接点があったんですね。

坂元: 外資では「PR会社と組む」というのがデフォルト(一般的)ともいえるので、私が担当したクライアント企業の8割以上が外資でした。そのときにお客様に学ばせていただいたことや経験は、現在も活きています。

加藤: 具体的にどのようなことでしょう?

坂元: 最初はインタビュー記事の執筆やコピーライティングなど、ひたすら書くことが多かったんですが、そのことで書くことが苦にならなくなりました。それは、PRの実務に携わったときに役立ちましたね。広報の仕事はコトバを使って相手に何かを伝えて、結果に近づくための努力をするので、書くスキルは重要です。グラフィックや動画などのビジュアル表現も大事ですが、そのためにクリエイターの方にイメージを的確に伝えることもコトバで行いますし。書けることは基礎になりますね。

その後クリエイティブ部門からお客様のPR支援部門に移ったわけですが、日々ものすごい数の記者会見や取材対応をこなすことになりました。コンテンツを作るのはクライアント企業の方ですが、実際に記者に案内を出し、設営、運営、撤収、フォローアップをするのは私たちです。それを週に1回以上は行っていました。こうして場数をふめたので、インハウス(企業内広報担当)に移ってプレスイベントをするときにも、迷いなく対応できるようになりました。

他社のやり方から学ぶ

加藤: そうした経験を積まれたPR会社から、次は外資系企業に転職をされたんですね。

ビーコミ 加藤恭子さん。IT系月刊誌、オンラインメディアでの記者・編集者を経て、BtoBのIT企業でPR/マーケティングマネージャーを歴任。2006年に個人事業としてビーコミュニケーションをスタート。2007年より株式会社ビーコミとして法人化。複数企業のPR/マーケティング支援を行うほか、各種媒体で執筆活動や企業・団体向けに講演活動もしている。PRSJ認定PRプランナー。日本マーケティング学会理事、サイバー大学客員講師(コミュニケーション論)

坂元: 2008年のリーマンショックの直前にご縁があって、分析ソフトを手掛けているSAS Institute Japanに入社し、広報担当として5年ほど在籍しました。「PR会社で経験を積んでいるから広報だったらなんとかなる」と思って入ったんですが、実際は使う筋肉、マインドが違うという印象をもちました。

PRエージェンシーのなかでもお客さんとネタを作るところから支援するケースもあると思いますが、私がやってきたのは、ネタとなる発表内容は決まっていて、それをどうやって世の中にデリバリーするかが中心でした。インハウスの広報だとネタから作らなくてはいけないので、職種は似ているけれど、異なるものだという実感がありました。

加藤: なるほど。マインドを変えて、どのように動かれましたか?

坂元: 外資系なので、本社から出されるものをローカライズ(翻訳するだけでなく、その市場に合わせた形式に作り変えること)して展開するということもありますが、日本でのアクティビティにも注力しました。たとえば、日本の社長に国内のビジネス戦略説明会や製品の記者会見に出てもらってビジネス現況を伝えてもらったり、事業部門長を集めて記者との懇親会を開催するなど、日本ならではの動きをしていきました。転職したばかりのときには、これまでやってきたこと、また他社さんのやり方を模倣することもありましたね。

加藤: 他社さんのやり方はどのように調べるんですか?

坂元: 他社さんの記事を読んだり、広報どうしの会にはなるべく参加してノウハウやアイディアを得ていました。社外から学べることは大きいです。たとえば広報がうまくいっているように思える会社があれば、その担当者に会いに行くこともできると思います。現在はFacebookなどソーシャルメディアで簡単につながれますから。記者へのアプローチもメッセンジャーで行うなど、よりカジュアルにできるように変わってきていますよね。

テンプレートを最大限活用

加藤: 外資系企業の広報の特徴って何でしょうか?

坂元: けっこうシステマティックなところですかね。たとえばエグゼクティブの取材前に用意する事前説明資料(ブリーフィングノート)もテンプレート化されていますから、それを埋めていけばブリーフィング(簡潔な状況説明)できるようになっています。レポーティング(報告書)もほとんどの部分はテンプレ化されています。

加藤: 日本の企業でブリーフィングノートを作っているところは少ないようですね。以前、日系企業の広報の方から取材を受ける際の準備について質問があったので、「外資系ではブリーフィングノートを作っていますよ」と話したら、驚かれていました。ブリーフィングノートで、「この記者はどういう人でこんな質問が出るだろう」などが事前にわかっていれば、社長も取材を受けやすいですよね。

坂元: ブリーフィングノートだけでなく、取材をアレンジする際のチェックリストもテンプレ化すると良いと思いますね。たとえば、その取材は記事風の有料広告であるペイドパブリシティ(Paid Publicity)なのか、お金の発生しない純粋な編集記事の取材なのか、純粋な取材ならば掲載前に原稿の確認はできるのかとか、いろいろとリスト化できますよね。

加藤:そうしたテンプレートがあれば、とりあえずまわせそうですね。

坂元: 一通りまわせますし、効率化できるので、プランニングやメディアとの関係構築など本当に重要な仕事に時間を使えるようになります。広報のコミュニティで聞けば、チェックリストやブリーフィングノートのテンプレートのサンプルを教えてくれる人は多いと思います。私もサンプルであれば喜んで共有できますよ。

ブリーフィングサンプル
ブリーフィングノート(資料)のテンプレートサンプル(ビーコミ 加藤さん提供)。

一人広報はPR会社と「チーム」になれ!

加藤: 外資系から取り入れるといい技は、1つは「テンプレ」ですね。もう1つは、場合によっては「PR会社と組む」ということですかね。

坂元: 自分でできることには限りがあるので、外部のプロフェッショナルの知見に頼るのは必須だと考えています。私は現在一人で広報を担当しているので、イベントで司会をしたらもう身動き取れません。プランニングやコンテンツ作りは主に社内で行いますが、その後のプロセスはほぼ全部、PR会社におまかせしています。

加藤: PR会社と組む際の注意点は何でしょう? やはりRFP(Request for proposal:提案依頼書)を作成して提案を受け、そのPR会社と一緒に何ができるのかを理解して依頼しないと、うまく回りませんよね。

坂元:外資では、SoW(Scope of Work: 業務仕様書)を事前に合意して契約に組み込んでおきます。SoWにはやはりテンプレがあり、サービス内容や提供回数を明記しているので齟齬がおきにくいです。PRエージェンシーにもそれぞれ得意分野がありますし、すべてを求めるのではなく、それをいかんなく発揮してもらうことが、最良のアウトプットにつながると思っています。

そのうえで、エージェンシーは同じチームの一員だと考えた方がいいですね。日本では発注主が偉いというマインドをいまだに見聞きすることがありますが、担当の方が心の底からその製品・サービスを広めたいと思ってもらえないと良い仕事なんてできっこないと思います。

加藤: チームで動けば、パワーアップにつながりますね。

坂元: 予算規模によっては大きな総合型のPR会社と契約できない場合もあるかもしれませんが、フリーランスで並走しながらサポートしてくださる方もいると思いますので、良いパートナーを選べるのではないでしょうか。

左が坂元章彦さん。右が加藤恭子さん。対談では、日本のビジネス用語としてよく使われる「PDCA」は外資では聞いたことがないということも話題になった。

トップとは定期的にコミュニケーションをとる

加藤: 日本のトップとのコミュニケーションをどのようにとっているのでしょう?

坂元: 日本の広報としては、日本法人のキーパーソンとの関係はとても重要です。たとえば日本法人の社長とは月1程度の定期的なミーティングをもって、しっかりと情報を共有し、関係性を築くことが大切ですね。そして社長が求めていること、考えていることを理解して、事業や方向性、戦略をじかに教えてもらっておくことです。

加藤: 外資系の場合は日本の社長以外に海外に上司がいますが、その人とのコミュニケーションはどういう頻度でどのようなことをしているのでしょうか?

坂元: 私はSAS Institute Japanのあと、日本オラクルに転職して4年ほど広報に従事し、そして現在のアームに入りました。現在アームはソフトバンクグループ傘下となって厳密には外資ではないんですが、現在も本社はイギリスのケンブリッジにあり、カウンターパートとなる同僚は世界各地の拠点に分散しています。アメリカにいる上司やPRチームのメンバーとは、週1くらいでテレカン(電話会議。最近はインターネットのツールを用いたビデオ会議が一般的)を行っています。

それと、半期に1回は製品戦略の大きな方向性を共有しアラインメントをとる(調整を図る)ためのミーティングがあります。アームには、エンタープライズマーケティング(コーポレートマーケティングにあたる)のほかに、事業部サイドにもマーケターがいて、彼らもアウトバウンドマーケティングを担当しています。そうした主要メンバーが年に2回集まって、2日間、侃々諤々(カンカンガクガク)の議論だったり、情報共有をして、むこう半年から1年くらいの方向性を握っています。

加藤: それも外資の特徴ですね。

坂元: そうですね。日常的にはメールやSlack、テレカンを使いますが、大事なミーティングはFace to Faceでじっくり話して先のことも共有しておきます。実際に顔を合わせることで、コミュニケーションがとりやすくなることは間違いないですから。

英語は勉強しないで練習する

加藤: 海外の方とのコミュニケーションは英語ですよね。英語はどのように身に付けられたのでしょう?

坂元: 私は留学経験もないので、英語を使うようになったのは仕事を始めてからで、必要に迫られて使えるようになったという感じです。やるしかないとなると、なんとかなると思います。外資は多国籍企業でもあるので、決して流暢でないノンネイティブの英語でも、話す内容がしっかりしていれば理解してもらえます。短期的なゴールを決めてベルリッツに行ったこともありましたが、実地の経験に勝るものはありません。日常的に英語を必要としない環境であれば、英語を毎日使うためにオンライン英会話を継続するのもありですよね。車の運転のように、「勉強じゃなくて練習、訓練」と思った方がいいと思います。日本語と英語では、相手にできるマーケットの規模が違い、見える世界も広がりますから、若き広報の方には、ぜひ前向きに英語の練習を楽しんでほしいですね。

加藤: そうですね。英語がある程度使えるようになれば、外資系企業へ就職する道も開けますし、英語で発信されているPRの最先端情報にも触れることができますね。

正論だけでは回らない。大人としての調整力、柔軟性を忘れない

加藤: 広報はいろんな人とコミュニケーションをとる必要がありますが、心がけていることは何でしょうか?

坂元: 「誰が拾うかわからないボールはとりあえず広報に振ってみる」ってことが、ありがちですけど、そんな広報だからこそ筋道を立ててきちんと整理して考えることが必要だと思っています。広報じゃなくて営業のフィールドで処理すべきことであれば、それを論理的に説明して戻す。そのためにも、常日頃から「なぜならば、〇〇だから」という「理由」を考えるようにしています。

加藤: たとえば社長の話をそのまま記者に伝えても、記者には伝わらないことが多いですよね。タイミングや切り口など、記者に合わせないと伝わらないので、「こういう取材なので、このような話をしませんか?」と社長に説明できなくてはいけない。広報には、そうした調整する力が求められます。そのためにも筋を通して、「なぜならこういう理由だからです」と語れるようになりたいですね。

坂元: 「社長の言っていることはもっともだけれど、このような対応がいいのでは?」というように切り返せる力、筋を通す力が必要ですね。経営幹部との良好なコミュニケーションがあればそれは言いやすくなります。そのためにも事業部門長クラスとは、月1以上はコミュニケーションをとっています。

それと、一方でその人や場に合わせることができる柔軟性も必要です。立場上、板挟みにもなりがちなので、ときにはある種の鈍感力というかスルーする胆力も求められるかもしれません。大きな目的は何か、それを達成するために正しいことは何か、自問し続けることが大切ですね。

広報、メディアにもっとも詳しい人になる

加藤: 若手の広報の方のなかには、自分のキャリアップに悩まれている方がいらっしゃるようです。ビジネスパーソンとしてより良いキャリアを築くためにやっておいた方がいいことは何でしょうか?

坂元: 1つ目は、広報、メディアについて誰よりも詳しい、社内の第一人者という評価をできるだけ早急に築くことが大切だと思います。そうした評価が付けば社内の協力も得やすいですし、圧倒的に仕事がやりやすくなります。そのためには、体系的に学べる本やPRプランナー資格の勉強も役立ちますね。それと、ソーシャルメディアから情報を収集したり、実際に人と会って知見を得ることも重要です。

2つ目は、広報以前にビジネスパーソンとして信頼を積み重ねることです。たとえばメールがきたら迅速に過不足なく返信するとか、期待されていることがあればきっちり応える、あるいはできないならできないと伝える。当たり前に思えるかもしれませんが、そうした日々の仕事に愚直に、真摯に取り組むことが重要だと思います。

加藤: どんな職種でも必要なことですよね。

坂元: それと、「いろんな職種を経験することも無駄ではない」ということもお伝えしたいですね。広報は1つのスペシャリティだと思いますが、あともう1つ、例えば営業やエンジニアなどの経験をかけあわせれば、さらに希少性の高い人材になれます。私も編集は自ら予期しなかった職種でしたが、今はかけがえのない経験になっています。また、機会があれば必ず打席に立つことが大切ですね。

プランド・ハップンスタンス(Planned Happenstance: 計画的偶発性)というキャリア形成のセオリーがあるんですが、偶然のチャンスをキャッチしてキャリアを形成していくことが大切だという考え方です。変化の激しい時代には、自分のキャリア形成を綿密に計画したとしても、なかなかその通りにはいかないですよね。プランド・ハップンスタンスでは、好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、リスクテイキングといった行動指針をもつことでチャンスを引き寄せるんです。

私は転職活動を1回もしたことがなくて、いつも偶然のご縁に導かれてきましたが、振り返ってみるとこのプランド・ハップンスタンスセオリーに近い行動をしてきたからチャンスに恵まれたんじゃないかと、しっくりきました。いわゆる「点と点がつながる」ような感覚は、後からしか実感できません。ぜひ、若手の方には参考にしてほしいセオリーです。

――本日は、外資系ならでの貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

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