NPSを上下する「ロイヤルティドライバー」はどう抽出してPDCAを回すのか?
顧客調査として、顧客理解を深められるNPSでアンケート調査をすることが企業でも一般的になってきた。しかし、よく聞くのが「NPSを調べたが、それをどう分析し、PDCAを回していけばいいかわからない」ということだ。
アイ・エム・ジェイ(以下、IMJ)では、NPSのコンサルタントをする傍ら独自のメソッドで分析、PDCAを回している。前編に引き続き、IMJの吉岡英理子氏、栗原路子氏、嶋田優子氏、松永来美氏に詳しく話を聞いてきた(以下、発話は敬称略)。
※「ロイヤルティドライバー」とは顧客のロイヤルティを上下する要因のこと。詳しくは前編をご覧ください。
※本稿では、IMJがNPS活用のための支援を行う顧客を「クライアント」、そのクライアントが商品やサービスを提供する対象者を「お客さま」と記述する。
ロイヤルティドライバーを発見するワークショップの進め方
――IMJさんでは、ロイヤルティドライバーはどんな方法で分析していくのでしょう?
松永: アンケート(調査票)の自由回答欄をテキスト分析※していきますが、クライアントと一緒に分析する場合は、関係者を集めたワークショップでテキスト分析をしていきます。
ワークショップの目的は、ロイヤルティドライバーの抽出やその後のアクションの立案だけではなく、NPSを上げていくために組織横断的にアクションしていくにあたっての意識合わせや、お客さまの声をみんなで把握するという場でもあります。
ですから、ワークショップの参加者としては、クライアント社内のNPS主管部署に加えて、その後のアクションを遂行する部署やその他のステークホルダー(利害関係者)も含めて参加してもらいます。参加人数は15~20人位です。そうした人に参加してもらうと、「なぜその取り組みをするのか」といったロイヤルティ向上のための取組みをすることや、検討したアクションを実施することへの説得力が増すからです。
※調査票やNPSについては前編をご覧ください。
――ワークショップに参加するメンバーの選定やそもそもプロジェクトにどの部署を巻き込むかが、大事なのかなと思います。その意味で、主管部署はどこが担当するケースが多いでしょうか?
松永: 「マーケティング関連の部署」や「Web戦略」といった部署が主管部署になることが多いですね。あとはカスタマーセンターや(ブランド)コミュニケーション部門のこともあります。多くはありませんが、会社によっては製品開発の部署が入ることもあります。
昔は「調査部」のような部署からの依頼が多かったですが、NPSやロイヤルティドライバーの分析は、もう「調査」という扱いではなくなってきています。
――ワークショップの所要時間は?
嶋田: クライアントと本格的にワークショップをする場合には、4時間×3回(3日)の時間を取ることが多いです。NPSや作業内容の説明からロイヤルティドライバーの抽出、その後のアクションプランを立てるプロセスまでしっかり理解しながらワークする時間を取っているため、長めになっています。
――ワークショップの難しさはどういうところにあるのでしょうか?
松永: ワークショップでは、自由回答欄に記載されたテキストを分析していくのですが、テキストを分析する目的は、そこに書いていない裏側をみんなで考えていくことです。そのため、想像力を働かせなければいけないこともあります。人のバックグラウンドや言葉の受け取り方はさまざまなので、議論が膠着(こうちゃく)することはありますね。
でも、ワークショップってたいがいそういうもの。全員が納得できるまで着地点を探すことがワークショップのメリットでもあり、一人で分析してもなかなかできないことだと思います。
――競合分析に関してお尋ねします。自社に関してクライアント自身はある程度まで正確な知識があるものと思いますが、競合についても十分なディスカッションができるものでしょうか?
松永: 競合について分析する理由は、競合を見たときに、初めて見えてくる自社の姿があるからです。ただ、ワークショップで分析の対象にする情報はお客さまが書いてくれた回答、「お客さまの声」です。それぞれの企業に対する深い知識がなかったとしても、「お客さまはこう言っているよね」といったヒントはたくさん含まれていて、それで十分に成立します。
――競合についてはどこまでカバーしますか?
松永: 最初の定量分析のところは、クライアントが希望されるものについてはできるだけ多くカバーします。ワークショップについては時間も労力もかかるので、定量のところでベンチマークにする競合を1~2社選定して細かくみていくという進め方が多いですね。
――予備知識のあるなしに関係なく、いまあるお客さまの声にフォーカスということなんですね。
松永: はい。ワークショップの目的は「顧客視点になる」ということです。なので、企業が何をやっているかよりも、お客さまが何を言っているかを分析し、理解していただくことが重要です。
――ワークショップで抽出されたロイヤルティドライバーと、クライアントがこれから戦略的に向かおうとしている方向性で食い違いがでたりすることはないでしょうか?
栗原: ありますね……。その場合、我々からクライアントの事業内容に関して直接的に口を挟むことはもちろんしませんが、「お客さまの声や体験から見えてきた方向性はこうだった」ということは、ワークショップを通じてクライアントも理解されているはずです。あとはクライアント次第ですが、NPSを活用してお客さまの声に応えていくことでビジネスを変えていくことができますよ、という可能性は最大限お伝えするようにしています。
――ワークショップに参加されたクライアントの反応はどんなでしょうか?
松永: ワークショップでは批判者、推奨者など、回答者の立場ごとにチームに分かれて分析を進めるのですが、批判者の意見を読むことになったチームのへこみようと言ったら……。
逆に、推奨者の意見を読むことになったチームからは「元気が出てきた」なんて感想が聞こえてきます。お客さまの声を知らないまま業務をしている人も世の中には多いのです。
特にコールセンター業務の方は、毎日お客さまからのクレームばかり受けていて、「喜んでくれているお客さまがいる」ということを知らない場合もあるようです。なので、ワークショップで推奨者の声を見て、嬉しそうにしています。
栗原: ワークショップを行わずに分析結果だけをクライアントに提出するような場合もありますが、ワークショップでお客さまの声を直に目にした場合と比較すると、クライアントの納得感などに違いが出てきます。
ワークショップのメリットとしては、非常に多くの情報を含んだお客さまの声を生で目にすることで、クライアントのなかでお客さまに関する情報量をそろえられる、あるいは熱量やエネルギーのようなものを共有できるということが挙げられます。これがワークショップを通じて「場を作る」ことのメリットだと私たちは考えています。
ロイヤルティドライバー抽出後のアクションはどうする?
――ロイヤルティドライバーの抽出後、それを刺激するためのアクションを出すというのは、具体的にはどのような作業なんでしょう?
松永: ロイヤルティドライバーを抽出することが、そのままアクションの策定につながるわけではありません。誰に対して、いつ、どのようなかたちでメッセージを出すか、などを具体的に検討していきます。
たとえば、カスタマー・ジャーニー・マップを作ったうえで、どこでロイヤルティドライバーが出てくるのか、それは既存のタッチポイントや施策のなかで刺激することが可能かどうかなどを検討します。
あてずっぽうに考えるだけでは、やはりうまくはまりません。お客さまの生活、顧客体験のなかで「ロイヤルティドライバーを活かしきるにはどうしたらよいのか」を考えたうえでアクションを策定することを心がけています。
日本におけるNPSの今後は
――日本におけるNPSの普及をリードする存在としての貴社が、これからについて考えていることは?
吉岡: 日本企業における成功事例と呼べるものはまだまだ少ないように思います。私たちとしては、1社1社のクライアントと向き合ってじっくりと関わらせていただきながら、顧客ロイヤルティを高める企業文化の醸成、それを根付かせる、といったところまでいきたいと思いますし、そのような影響力を持てる存在になっていきたいですね。
松永: NPSはまだまだ単なる指標ととらえられていて、そのようにお問い合わせいただくことも多いのですが、いま吉岡が言ったように、企業の文化を変えていく、本当に顧客視点でものごとを考えられるようになるためのツールですし、そのように使ってもらえるよう支援していきたいと考えています。
また、自分たちのお客さまのロイヤルティを上げるためには、自分たちの会社を好きになるといったことや、あるいは働き方なども変わってくると思っています。そのために、従業員NPS(eNPS)といった考え方も存在します。
NPSで先行する海外には既にそういう事例もたくさんありますが、そこまでいかないと本当にNPSを導入したことにはならないので、クライアントの取り組みの質や企業文化自体が変わったというところまでやりたいと考えています。
――eNPSについて、クライアントからの引き合いはありますか?
松永: 興味は持っていらっしゃるようですが、IMJとして導入支援した実績は今のところありません。所属する企業を自分たちが推奨できるくらいでないと、感動させるような商品・サービスは提供できないよね、という考え方ですので、本来は対外的なNPSの改善と同時並行で進めるべきものであると思います。
とはいえ、特に日本企業にとって従業員から評価されるということは厳しい面もあるかと思います。なぜそれが企業業績に好影響を与えるかが証明されて、従業員のロイヤルティ向上が顧客ロイヤルティの向上につながっていくということが理解されていくと、eNPSを取るべきだといった風潮になってくるんでしょうけれど……。まだ現時点では「米国でも良いと言われているらしい」というレベルですね。
吉岡: 今もし上層部に理解できる人がいればいったんは取り入れられるかもしれませんが、その人がいなくなると途端にeNPSを取るのをやめてしまう恐れがあります。それでは意味がないので、きちんと全社的に理解したうえで導入し、しっかりと根付かせることが重要ですね。
読者へのヒント: 「まずは顧客と向き合う」
――Web担当者Forumの読者に向けて、NPSの素晴らしさや注意すべきポイントなど、取り入れるうえでのヒントをいただけますか?
松永: NPSはそこまで難しく考えるものではありません。とにかくお客さまの声をまじめに聞いて、それを推奨者/中立者/批判者に分類して、そのセグメントで何が言われているのかを忠実に聞いていくことが第一ステップだと思います。
NPSを入れるとなると、「利益との相関が~」といった理念的な話や、「年に1回はリレーショナルNPS※1を計測し、日々、トランザクショナルNPS※2を取って~」みたいな話が語られがちですが、本質はそこではありません。
- ※1リレーショナルNPS: 中長期な視点の調査、総合的な関係性を測定する
- ※2トランザクショナルNPS: 短期的な視点の調査、個別の顧客体験を測定する
どんなに小さな企業でも、お客さまとのタッチポイントがあるのであれば、そこでまず話を聞いてみる。それに対して必ずフィードバックをしていく。そこに指標が必要なのであればNPSを入れてみる。
NPSを入れることが大事なのではなく、顧客と向き合うことが大事なんだというところから始めるのがよいと考えています。
――NPSありきではなく、顧客と向き合うことにこそ意味があり、その意識の中でNPSを使えばいい、ということですね。本質に迫る熱いメッセージをありがとうございます。
ソーシャルもやってます!