【レポート】デジタルマーケターズサミット2017 Summer

いま考えるべきネット広告取引の透明性と広告主の倫理

御社はインターネット広告で反社会的組織に資金提供していないと言い切れますか?

インターネット広告では、最終的にどこにお金を支払ったかがわからない。広告費が反社会的組織に流れるなど、それが社会的な問題行動になる可能性がある。

いま考えるべきネット広告取引の透明性と広告主の倫理」と題した「デジタルマーケターズサミット2017 Summer」のパネルディスカッションでは、アビームコンサルティングの本間氏をモデレーターに、パネリストとして広告主の立場からはユニリーバ・ジャパンの山縣氏が、さらに事業会社とメディア両方の経験がある事業構想大学院大学の江端氏が登壇した。

山縣 亜己氏江端 浩人氏
ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング株式会社 マーケティング - ブランドビルディング メディア メディアダイレクター 山縣 亜己氏(左)と 事業構想大学院大学 教授 マーケティング・ビジネスモデル・IT 江端 浩人氏(右)

アドネットワークでは自社の広告がどこに出るかわからない

本間 充氏
アビームコンサルティング株式会社
デジタルトランスフォーメション
デジタルマーケティング セクター ディレクター
本間 充氏

最初に本間氏が、共有したい情報として2017年2月9日の英国紙「The SUN」の記事を紹介した。内容は、「YouTube上のISIS(イスラミックステイト:以下、IS)の動画に、メルセデスベンツの広告が掲載されていた。国内の自動車メーカーの広告も出ていた。この広告費はISに流れることになる。つまりISに資金提供していることになって大きな問題だ」というものだ。国内ではほとんど報道されていないが、欧米ではISをサポートしているのかと、株主総会で問題になることも多かったという。

もちろん、YouTubeが悪意をもってしたことではない。YouTubeは動画のメタ情報と広告をマッチングさせる仕組みであり、おそらくISの動画に「自動車」といったメタ情報があったため、自動車メーカーの広告とマッチングされたのだろう。ということは、このような問題は、すべての企業で起こる可能性がある。つまり本間氏が問題にしたのは、【自社の広告出稿により、意図せず反社会的な組織に資金提供することになる危険性があるという自覚はあるか】ということだ。

自社の広告出稿により、意図せず反社会的な組織に資金提供することになる危険性があるという自覚はあるか

このようなことが発生する原因としては、「トラディショナルな広告と違い、インターネット広告ではお金が最終的にどこに支払われるかわからない」ことがある。

新聞・雑誌・テレビといった従来からのメディアならば、支払った広告費は新聞社・雑誌社・テレビ局にとどまる。

しかし、インターネットの広告の場合、広告プラットフォームが何割かのトランザクションフィーを抜くが、残りの広告費は、最終的なブログや動画のクリエーターに渡る。このため、YouTube上の動画クリエーターであるISにお金が流れたのである。

広告のお金の流れ

問題は、アドネットワーク型の広告事業では最終的な支払先のリストが広告主には提示されないことにある。メディアレポートにはインプレッションやクリックについて記載があるが、最終支払先は書かれていない。これは、「広告主であるユニリーバが『出してくれ』と言っても一蹴された」と山縣氏は言う。

広告主は、マッチングによって広告が出るとわかっていても、最終的にどこに支払ったかはわからない。そのため、反社会的なグループに(結果として)資金提供してしまったという意識がないのだ。

意図しないところに広告を出さないためには

意図しないところに自社の広告が出てしまうことの問題点は2つある」と山縣氏は言う。

ひとつは、ブランディングの問題だ。たとえば、アダルトサイトにバナーが出ることは、ビジネス上は問題がないとしても、ブランドイメージとして好ましくない。これまでのアドベリフィケーションや広告の透明性という論点では、主にこちらが問題になっていた。

もうひとつの問題は、「自分たちが気付かないうちに、自社のポリシーと合わない人や組織に大きな資金を提供してしまっている」ということだ。昨今、そこがクローズアップされ、解決が急務となっている。

多くの広告主は、「弊社は反社会的勢力に一切お金を提供しないし、支援しない」と言っている。にもかかわらず、気付かないうちにそれに反していることに株主が気づき始めたら、日本でも株主総会で説明に追われることになるだろう。

広告主が気付かないうちに反社会的勢力に資金を提供している

コンテンツマッチングによる広告掲載という仕組みが変えられないのであれば、対処法として考えられるのは次のような方法だ。

[意図しないところに広告を出さない方法]
  • 出したくないところに出るなら、全部止める

    たとえば、YouTube上で出したくない動画に広告が出てしまったら、YouTubeの広告を一旦すべてストップするという方法がある。

    実際にそのように対処した企業もあり、グローバルでのYouTubeの収益は2017年3月から5月頃に大きく下がったと言われる(ちなみに、日本でそのような対応をした企業はなく、YouTubeの業績は好調である)。

  • ブラックリストを作り、付き合う相手を絞る

    広告を出したくないブラックリストを作り、YouTubeなどのプラットフォーマーに対応するよう交渉する。多くの会社と交渉するのは大変なので、透明性の高いところや指標のいいところに絞ってじっくり付き合うことになる。

    この、ブラックリスト(排除ルール)の交渉は、各広告主が個別に行うよりも、業界全体で取り組む方が進みやすいだろう。プラットフォーマー側も、ルールが統一されていればオペレーションしやすい。

    もっとも、すべての広告主がそのような排除ルールを適用すると、プラットフォーマーにとっては収益が減ることになるため、積極的になってもらえない可能性もある。

とにかく、反社会的な組織や違法行為者(著作権法違反の違法アップロードなど)にすでに資金提供してしまっている可能性があるという意識を持って、代理店、広告主、広告業の三者で話を進める必要があり、その流れは日本でもできている。

広告を出したいところにしか出さない仕組みは是か非か

新聞・雑誌・テレビといったトラディショナルなメディアでは、チェック体制ができている。新聞を発行するには、編集長が記事をチェックし、明日の朝刊に載せるべきか判断し、何か問題が起きたとしても、それは新聞社の責任と腹をくくる。広告主は、そこに広告を載せるべきか判断し、新聞社はその広告を載せるべきか判断する。

しかし、インターネットではチェック体制がなく、個人が個人の倫理観でコンテンツを作り、公開する。これが従来メディアとインターネットの、決定的な違いだ。チェック体制がないため、「インターネット上のコンテンツは質が低い」という状態が起きる。そして、広告主はそうした場に広告を出稿している。

このためネット業界は質より量に走り、ネット広告はインフレ状態になっている。安く大量に作っても安かろう悪かろうでは意味がないが、ネット広告業界としてはそこを改善すると収益が減る心配がある。

山縣氏は、「量より質を担保したら、価格が上がる。しかし、広告が上がっても、広告主としては払う金額は結局は同じになるはず」と言う。安いがあまり効果のない広告をたくさん出すのと、高価だがマッチ度もビューアビリティ(実際にユーザーが広告を見ている状況にあるかどうか)も高い効果のある広告を選んで出すのとで、得られる効果に対して必要な金額は変わらないということだ。どうせ広告を出すなら効果が見込める方がいい。このため、「高くても広告効果の高い良いメディアが出てきてほしい」というのが、広告主の思いだ。

本間氏も、「今は安かろう悪かろうの状態で、広告主も刹那的なパフォーマンスを求めがち。しかしこれでは、適切なパートナーにお金が落ちない構造」だと言う。

ただし、江端氏は「プレミアムなコンテンツに人が集まったとしても、その人が必ずしもエンゲージメントが高いとは限らない」という問題もあることをメディア側の立場からあげる。それを解決するには、どのようなところに広告を出したのかをきちんとレポーティングでき、問題がある掲載先を自動的にブラックリスト化するような仕組みが必要だろう。それがさらに進むと、AIのように機械学習によって「出したいところにしか出せない仕組み」も可能かもしれない。

しかし、「広告主側としては、それはあまり好ましくない」と山縣氏は言う。広告主はコンテンツにお金を支払いたいのであって、ビューアビリティをチェックする警察のようなことをしたいわけではないし、そこにコストをかけるとコンテンツにお金がまわらなくなることを懸念しているのだ。この点は、鶏と卵の関係で、全体として解決していく必要があるのかもしれない。

ビューアビリティを気にして、効果をクオリティに求める

広告主にとっての問題は、「クオリティが下がるとビューアビリティを気にしなければならない」点だ。たとえば、「広告が50%表示されたらビューアブルだとみなされて課金されるが、50%しか表示されない広告はブランディング目的ではまったく意味がない」と山縣氏は言う。ユニリーバでは、きちんと露出されないメディアは買わなくしていく方針だ。

効果の(価格の)高いものを残すのでコストは上昇するが、効果を求めるならそれは当然のことだ。すべての広告主が同様のことをすれば、ビューアビリティの低いメディアは自然淘汰され、最終的にはビューアビリティのチェックが不要になるだろう。

量ではなく質で効果をはかるためには、KPIを見直す必要がある。広告が100%露出され、スキップされないことが大前提で、さらに、コンテンツと一致していて、自社のターゲットに当たっていれば効果が高い。インプレッション単価が安かったとしても、きちんと表示されていなかったり、見ているのがターゲットでない人だったりするならば、それは無駄金だ。

指標やスペースを確認し、ターゲットやコンテクストに合ったものだけにお金を払うようなプランニングをすることで、取引をやめるプラットフォーマーがあったとしても、ビジネスにマイナスの影響はない。むしろ、精度が高くなったことを喜ぶべきだ。

最後に

このパネルディスカッションでは、「インターネット広告は、メディアを応援しているつもりでプラットフォーマーを応援してしまい、とんでもないメディアや組織を応援していたという可能性がある」という本間氏の問題提起から、「広告主がメディアといかに付き合うかを整理すべき」というテーマで進められた。

江端氏が会場へのメッセージとして最後に述べたのは、「ネットメディアとネット企業を区別し、コンテンツにスポンサーシップする。安くやりたいならそれなりのリスクがあると認識することが重要」ということだ。

また、広告主側の山縣氏は「顔の見えないところに投資するのはやめたい。皆さんが意識高く良いものだけにお金を払うようにして、メディアを育てていける環境を再度見直していきたい」とまとめた。

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