ニッチとガンバライドの世界。永遠の勝者との矛盾
コンテンツは現場にあふれている。会議室で話し合うより職人を呼べ。営業マンと話をさせろ。Web 2.0だ、CGMだ、Ajaxだと騒いでいるのは「インターネット業界」だけ。中小企業の「商売用」ホームページにはそれ以前にもっともっと大切なものがある。企業ホームページの最初の一歩がわからずにボタンを掛け違えているWeb担当者に心得を授ける実践現場主義コラム。
宮脇 睦(有限会社アズモード)
心得其の百四十七
一方向に流れる性向
年々早くなる「クリスマス商戦」に呆れているのですが、それは体力勝負の消耗戦に陥ってしまうからです。同じ条件での競争は企業体力がある方に軍配が上がります。それに対抗するビジネス必勝法を1つ挙げるなら「勝ち易きに勝つ」に尽きるでしょう。
大企業と同じ土俵で戦ってはなりません。ロールプレイングゲームに置き換えればボスキャラの登場しないエリアで「スライム」と対戦するように、勝ち易い条件を整えていくことに腐心すべきだということです。もちろん、実際のビジネスシーンでは「スライム」も反撃してきますし、ボスキャラ=大企業が美味しい市場を放置してはくれません。しかし、いくつかの条件が整えば「勝ち易きに勝つ」を実現する市場は生まれます。これを「ニッチ(市場)」と呼びます。
ニッチはホームページの特性を活かせる市場です。同時にニッチの「罠」にご注意ください。
ニッチ市場で客集う
首都圏近郊のゲームリサイクル業者もこの不況に頭を抱えていました。ゲームリサイクル業とは不用になったテレビゲームソフトを買い取り、儲けをのせて販売する業種です。書籍における「古書店」と同じで、古書とゲームの双方を扱っている店舗もあります。
黎明期は「濡れ手に粟」で儲かったのは「ニッチ」だったからです。次々とゲームソフトが発売されるなか、クリアしたり遊び飽きたりしても買い取ってくれる場所がないなかで登場し、そして新品より安い中古ソフトが飛ぶように売れました。競争相手がいなかったわけではありません。「質屋」「古書店」「リサイクルショップ」です。しかし、安く買い取り、高く売るのがこの商売のキモで、買い取り価格も売値も「相場」があり、週単位で変動します。人気ソフトはすぐに売れるので「回転率」が高く、高値で買い取っても問題ありませんが、人気は永遠ではなく回転率の落ち込みの半歩先を予測しながら、買い取り価格を調整しなければなりません。細かな価格調整は「片手間」ではできず、専門業者の独擅場となったのです。
勝ち易き市場には多くのプレイヤーが
いわば「勝ち易きに勝つ」のすべてが揃っていました。「ニッチ」が生まれた背景には、2002年に最高裁判決が下されるまで「中古ゲーム販売」はグレーゾーンとされ、大手企業が積極的に動きにくかったこともあります。しかし市場は無常です。中小企業が次々と参入し競争が生まれたところに、さらに最高裁が中古ゲーム売買に「合法」と判決をくだしたことで、レンタルビデオや古書店などのチェーン店が本格参入してきます。さらに「ヒット作」の不在も苦しめます。ドラゴンクエストやファイナルファンタジーのような大ヒットは極わずかで、テレビゲーム市場全体ではヒット作が減少しており、ゲームリサイクル業も無縁ではいられません。ヒット作の「回転率」は利益に比例し、なにより客足を左右します。
打開のためにゲームリサイクル業者が目をつけたのが「トレカ」でした。トレカとはトレーディングカードゲームのことで、米国プロバスケットリーグ「NBA」の選手カードのように収集だけが目的ではなく、カードでゲームを楽しむことができ、アーケードゲームの「手札」として使えるものもあります。
広告費がでない商材
店頭での人気はすぐに定着しました。これまた「売り先」を求めていた客が売りに来て、金を積んでもレアカードを欲しい「大人」がこれを買います。しかし、すぐに頭打ちとなります。広報手段がないことから店舗の近所という小さいエリアでの「クチコミ」でしか広まらず、分母の拡大が喫緊の課題でした。「レアカード」と呼ばれる希少性の高いカードとなると数千円で取引されることもありますが、普通のカードは「ひとやま」いくらでの取引に過ぎず、すべてのトレカのジャンルを併せて「部門」として成立させるのがやっとで、広告費を投入するのが難しい商材だったのです。いずれ機会があれば触れますが「クチコミ」は万能ではありません。
そこで相談され、回答したのが「ホームページ」です。すでにサイトを運営していたので、商材としてトレカを追加します。もちろん「SEO」の基本は盛り込んで。するとすぐに検索エンジンの上位に表示され、トレカ目当てとみられるオーガニック検索での訪問者が激増しました。
業界特有の課題
趣味のページも含めてトレカのサイトは沢山あります。しかし、トレカの種類名と「買取」「売買」「中古」を組み合わせると、その数は激減します。
「仮面ライダー」のトレカを表す「ガンバライドカード」をグーグルで検索すると1,030,000件(平成21年11月25日現在)ヒットし、オフィシャルサイトを筆頭に強豪がひしめきます。一方、「ガンバライドカード 売買」なら35,200件(同)だけです。検索結果のサイトを見れば「内部SEO」すらできていません。つまりここでの敵はスライムで、ボスキャラはおらず、つまりは「ニッチ」。結果は目論見通りです。
IT業界の課題はマーケティングにあると何度か指摘しています。そしてこれは「ニッチ」への認識ひとつで査定することができます。
魚のいない釣り堀に糸をたらす
あるIT業者は自社の強みを「ニッチ戦略」としてこうサイトに記します。
ニッチに絞れば一定の需要が見込める
陥りやすい「ニッチ」の罠です。仮にIT業者がニッチ戦略を提案してきたら、この一定の「額」を問うてください。確かに市場を絞り込めば競合は減りますが、それは魚がいない釣り堀に針を落とすリスクと背中合わせで、ライバルがいなくても売り上げがなければ意味がありません。そしてニッチを得意としたIT業者は現在「脱! IT」を謳い、業態転換を模索しています。
最後に「ニッチ」の現実について述べておきます。ニッチとはマイノリティで、大儲けができる市場ではなく、逆に大儲けができる市場には他のプレイヤーが続々参入しニッチでありつづけることはできないのです。ニッチの到達点は「足るを知る」ことです。
今回のポイント
ニッチを埋めるホームページの特性。
ニッチか過疎かを見極める。
- 電子書籍『マンガでわかる! 「Web担当者」の基本 Web担当者・三ノ宮純二』
- 企業ホームページ運営の心得の電子書籍
「営業・マーケティング編」「コンテンツ制作・ツール編」発売中! - 『完全! ネット選挙マニュアル』
現場の心得コラムの宮脇氏が執筆した電子書籍がキンドルで2013年6月12日発売! - 『食べログ化する政治』ネット選挙が盛り上がらなかった理由はここにある(2013年8月1日発売)
コメント
足るを知るですか……
ニッチにこそビジネスチャンスというのは大抵のコンサルが言いそうな事ですが、その額について書かれたのは素晴らしい。
「たぶんこれなら誰もやってないから儲かるんじゃね」
で始めると、その道の第一人者になれたりはしますが、儲かりません。でした。
私もその道を進んでしまっています。
だれも儲からないからやらないのが一般人が気づくニッチでしょうね。
ごく稀にそれが大ヒット!という夢はありますけど。
仕方ないのでほどほどニッチをたくさんやるようにしています
ビジネスじゃなくてライフワークにはちょうどいいですね
お気づきの通り
Tankさん、コメントありがとうございます。
お気づきの通り、ニッチと目をつけても市場規模が小さすぎビジネスとして成立しないことが多いことは・・・あまり語られません。
マーケティングからみれば、
・市場規模
・将来性(市場拡大)
・潜在性
などから勘案し、小さなリサーチをして仮説を検証し、そこから参入するのが正しいのですが、ライバルがいないというだけで「ニッチ」とすると危険です。
もちろん、趣味や研究で取り組むことは素晴らしくそれが花開くこともあります。言葉を換えればこれを
「投資」
といいます。
実際に、美味しい市場、いや美味しく育てた市場には肉食動物が集まってきて、常に競争に晒されるのが商売の宿命で、ごく希に「究極のニッチ」が発見されて騒がれますがそれはこういう真実に基づきます。
「珍しいからニュースになる」
・・・それでも、ニッチを追うことは私も取り組んでおります。