【小説】CMS導入奮闘記――吉祥寺和男の挑戦

東小金井のアドバイス

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東小金井のアドバイス

吉祥寺は、さすがにへとへとになって、自販機が並ぶ休憩スペースのソファーにどかっと腰を下ろした。日頃、コーヒーはブラックしか飲まない吉祥寺だったが、無性に甘いものが飲みたくなり、砂糖とミルクがたっぷりと入っていそうな缶コーヒーを買って、一気に飲み干した。

その時である。「お疲れのようですね、主任」という柔らかいバリトンの声が背後から聞こえた。ソファーの背もたれ越しに振り返ると、そこには微笑みを湛えた東小金井の姿があった。

吉祥寺 vs ファミリー製薬――社内コンセンサス獲得の戦い/CMS導入奮闘記#3

「室長……」

溺れる者がわらにすがろうとする、そんな目で吉祥寺は東小金井を見ると、横に座った元の上司に、自分の「お疲れ」の理由を一気呵成に話した。

しかし、話し終わるやいなや、吉祥寺はにわかに我に返って、羞恥の強い感覚が胸を満たすのを覚えた。ウェブマネ課に配属になった以上、自分は東小金井の部下ではない、問題が起こってもそれはウェブマネ課内部で解決すべきである。そう吉祥寺は決めていたはずだった。東小金井には、すべてが完結した段になって、ひと言「終わりました」と報告すればいい。そうすれば、東小金井は黙ってうなずいてくれる。そんな絵を彼は心に描いていたはずだった。

吉祥寺は、「すみません」と言って、思わず下を向いた。黙って吉祥寺の話を聞いていた東小金井は、静かに言った。

「お前は責任感の強い男だから、そのぶん苦しみも多いことを俺は知っているが、どうだ、どうやったら物事がもっと楽に進むかという視点をもってみては? 社内のヒアリングから始めるというのは正解だと思うが、ヒアリングの結果をすべて集約しようとするのは必ずしも正解じゃないんじゃないか? 物事を前に進めるためには、切るべきところを切るという発想も大切だぞ」

そう言うと、東小金井は吉祥寺の肩をポンと叩いて去っていった。

しばらく呆然としていた吉祥寺だったが、東小金井の言葉が、何か別のフレーズと頭の中で響き合っていることに気づき、そのいわば反響音に彼は耳を澄ました。

「切るべきところを切るという発想も大切だぞ」

「ウェブサイトのどの部分のクオリティをどう上げるの?」

そう、東小金井の言葉は、数日前に居酒屋で中野から告げられた言葉とはっきりと響き合っているのだった。

企業サイトは、企業活動の全体像を正確に伝えるメディアであるべきだが、一度のリニューアルプロジェクトによって、その理想像に一足飛びに近づけるはずはない。今回のプロジェクトで達成すべき成果は、限定的なものであってかまわないはずだ。社内の要望に関しても、掬い取るべきところを掬い取ったうえで、どうしても統合できないところは切り離すべきだろう。切るべきところを切って、クオリティを向上させるべき部分に注力すること、それがすなわち、今回のプロジェクトの「目的」となるということだ――。吉祥寺はそう考えた。

「切るべきところ」とは、おそらく、宣伝と人事に関わるいくつかの情報である。たとえば、マス広告と連動したキャンペーンサイトは、独自のウェブサイトとして動いてもらってかまわないし、その方がコミュニケーションの効率もよくなるだろう。それから、採用に関する様々なコンテンツ。これも今回のプロジェクトの射程に入れるには荷が重すぎる。プロジェクトの外部に置くべき要件だろう。

ソファーにかけたまま考えの整理を進めていた吉祥寺は、思考がそこまでまとまってようやく、先の羞恥の気持ちが自分を去っていったことを感じた。そして、信頼できる元上司と友の存在の大きさをあらためて思った。

秋葉原との「対決」

吉祥寺にはその日のうちにやらなければならないことがもう1つあった。情報システム担当との話し合いである。実は、彼はここが一番の難関であると感じていた。情報システム担当、秋葉原夏麿の評判をかねてより耳にしていたからである。

秋葉原は仕事のできる男だが、ある意味で「できすぎる」――それが代々木や神田の秋葉原評であった。秋葉原はITに関する専門知識という点で社内随一であったが、それゆえに他人の無知や手際の悪さに不寛容で、少しでも要領を得ない仕事の頼み方をすると、とたんに不機嫌になるというのである。しかも、これまでのウェブマネ課では、情報システムに対する緊急の仕事依頼や、いわゆる丸投げ的発注が多々あり、ウェブマネ課全体が秋葉原から良い印象をもたれていないのだった。

吉祥寺は、自分にむち打つようにして情報システム部のオフィスの扉を叩いた。案の定と言うべきか、挨拶が終わるやいなや、秋葉原は「ウェブマネの新しい主任が何の用だよ」とでも言いたげな冷たい視線を吉祥寺に投げた。彼はひるむことなく、現在進めているウェブサイトリニューアルプロジェクトについて話し、リニューアルの方向性やCMS導入に関する意見を乞うた。すると、秋葉原は開口一番、

「それって、誰がやるの?」

と、眼鏡の奥から底光りするような目で吉祥寺を見ながら言った。たじろぐ吉祥寺に対し、秋葉原は続けた。

「まさか、またうちに丸投げってことはないよね。第一、今ひとつ何をやるのかはっきりしないし。もうちょっと話をまとめてから来てよ」

「話をまとめるためのヒアリングをまさに今してるんだろが!」。吉祥寺は、思わずそう叫びそうになったが、ぐっとこらえた。そして、「わかりました、出直します」と言って、情報システム部を後にした。ウェブサイトの縁の下の力持ちである情報システムと喧嘩をすれば、このリニューアルプロジェクト自体が破綻しかねない。のみならず、今後のウェブサイト全体の運営が滞る可能性もある。そんなとっさの判断が、彼を大人にした。

「秋葉原をうまく手なずけること」――新たに浮上した課題を、彼は胸に刻むのだった。

吉祥寺 vs ファミリー製薬――社内コンセンサス獲得の戦い/CMS導入奮闘記#3

次回予告
第4話 RFPがすべての始まり

社内調整の方向性が見えてきた吉祥寺が次にやるべきは、社外のパートナーを選ぶことだった。代々木に複数の業者に相見積もりを出してもらうべきだと進言する吉祥寺。代々木は、現在のパートナー会社の社長である旧友、大月と盃を交わし、理解を求めるのだった。一方、吉祥寺の前に、「RFP作成」という新たな問題が浮上する。

RFPがすべての始まり――吉祥寺が犯した失敗/【小説】CMS導入奮闘記#4
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