神田の提言、中野の助言――企業ウェブサイトが果たすべき役割は/【小説】CMS導入奮闘記#2
前回までのあらすじ ファミリー製薬のウェブサイトリニューアルのために、経営企画室からウェブマネジメント課に配属された吉祥寺。雲をつかむようななか、吉祥寺はサイトの問題点をノートにまとめ、上司の代々木とミーティングの約束を取り付けるのだった。(→第1話を読み返す)
リニューアルの計画に行き詰った吉祥寺は、上司の代々木とミーティングを行う。また、神田が帰り際につぶやいたCMSに興味をもった吉祥寺は、彼女を食事に誘い、リニューアルのヒントを得ようとする。
代々木課長とのミーティング
代々木とのミーティングを社内で行うのは、吉祥寺の希望だった。もし、酒を飲みながら話をしたりすれば、代々木のペースに取り込まれて、追求すべきことを追求できずに終わってしまう。そんな不安が彼にはあったのである。
しかし、広い会議室で2人きりで話を始めてまもなく、吉祥寺は代々木に対する見方を改めなければならないことを知った。代々木は丁重な態度で、この一週間の吉祥寺の仕事をねぎらい、申しわけなさそうに言った。
「これまで、何もやってこなかったわけではないんです。トップページをはじめ、いろいろなページのデザインに手を加えて、少しでも使いやすくなるように工夫してみました。でも、ウェブサイトって、場当たり的にいじってみてもどうにもならないんですね。やるなら明確な方向性をもって、根本から新しくしなければならない。でも、それをやろうとすれば、時間と労力とお金がかかります。何度もチャレンジしようとしたのですが、日々の仕事をこなしながらそこまで踏み切ることはできませんでした」
その言葉には、Web担当者のトップとしてこれまで背負ってきた責任と、自分の役割を果たし切れなかった無念さのようなものが滲み出ていた。
誰が課長だったとしても難しかったということか――。吉祥寺は、代々木の話を聞いて、納得と落胆が入り交じった複雑な感情を抱いた。しかし、その一方で、終始敬語で話す代々木の柔らかな人柄に触れたことによる安堵も感じるのだった。
「吉祥寺君の知恵と力を貸してくれませんか。もちろん、私ができることは、今後もやっていくつもりですが」
代々木は最後にそう言った。「頑張ります。よろしくお願いします」と吉祥寺は答えて頭を下げた。できれば、例の外部業者の件についてもただしたいところだったが、話をそこまで進めることは難しかった。
「全体のプランを考えたうえで、代々木さんには改めて相談しよう」。吉祥寺はそう考えて、代々木とのミーティングを終えた。
CMSって何だ?
次の日、吉祥寺は神田をランチに誘った。最初は面倒そうな顔をした神田だったが、会社の近くに最近できたイタリアンの店で吉祥寺がおごるという言葉を聞いて、「それなら」と席を立って吉祥寺についてきた。
ペペロンチーノとサラダのセットを注文した神田に、吉祥寺は早速切り出した。
「毎日夜遅いみたいだけれど、ずっとこんなペースなの?」
「2年前にウェブマネに来てから、ずっとこんな感じです」
そう神田はつまらなそうに言った。
「もう知っていると思うけど、俺がウェブマネに来たのは、うちのウェブを全面的に見直すためなんだ。その“見直し”の中には、現場の労働負荷を軽減するということも含めなきゃいけないと思ってる」
神田は、「そうですか」という感じで軽くうなずいた。「あまり期待はしていませんが」――そんな言葉がすぐに口から出てきそうだった。
「ところで、2、3日前の帰り際に、ブログとかシー何とかって言ってたよね。あれって何?」
「CMSです。ブログとかCMSを入れたら、情報更新も楽になるのかなと思って」
神田は必要最小限の言葉で、吉祥寺にCMSについての説明をした。CMSとは「コンテンツ・マネジメント・システム」の略であること、それは企業サイトの更新をブログのように簡便にするツールであること、それがあれば、現場の商品担当者やウェブに詳しくない広報の人間などでも手軽に情報をアップできること――。
「CMSを入れたら、たぶん、私こんなに残業しなくてもよくなると思うんです」
「君は、CMSを使ったことはあるの?」
「ないけど、ブログはやっています。ブログもCMSも似たようなものらしいです」
吉祥寺は、とうに運ばれてきていたトマトとシーフードのピザに手をつけようともせず、神田の話に熱心に聞き入っていた。そこに何か大切なヒントがあるような気がしたのである。
「ブログのように情報更新が楽」ということには、いくつかの重要な意味が含まれていると吉祥寺は考えた。神田が言うように、本当にCMSがブログと「似たようなもの」なのだとしたら、いちいちウェブマネ課を通さずに、各部署が自力で情報をアップできるようになる。そうすれば、ウェブマネ課の労働負荷が下がるし、ウェブ全体の情報更新頻度は格段に向上する。ウェブマネ課のスタッフは、煩雑な日々の更新作業に追われることなく、ウェブサイト全体のクオリティや使いやすさを上げることに注力すればよくなる。
そう考えたら、いても立ってもいられなかった。吉祥寺は、急いでピザをたいらげ、「ありがとう、すごく参考になった。行こうか」と言って、そそくさと席を立った。ランチを食べながらの短い話し合いだったが、今後に繋がる貴重なヒントを得られたことに吉祥寺は満足していた。しかも、この会合にはもう1つの収穫があった。店を出る時、神田が「ごちそうさま」と言って、軽く微笑んだのである。それは吉祥寺が見た初めての神田の笑顔だった。
ソーシャルもやってます!