
2026年2月16日に開催された「AI時代の企業発信サミット2026ー信頼と成果につながるコンテンツ戦略とはー」の基調講演をレポートします。
AIの登場により、企業と生活者の関係は根本から変わろうとしています。生活者はAIを"相棒"にすることで「世界一賢い消費者」となり、企業が持っていた情報優位性は崩れていくでしょう。この変化のなかで、企業発信もまた再定義を迫られています。
基調講演は、マーケティングに40年携わり、「ファンベース」を提唱してきた、コミュニケーション・ディレクターでありファンベースカンパニー会長の佐藤尚之(さとなお)さん。AIに選ばれるためのフレームワーク「TRUST」とファンベースの考え方をもとに、これからの企業発信の道筋をダイジェストでお届けします。
※当日の様子は、アーカイブ動画でもご覧いただけます。

AIの登場はマーケティング史上最大の事件
私はマーケティングに40年近く携わってきました。その経験からこういえます。AIの登場と普及は、マーケティングという概念ができて以来の最大の事件だ、と。
それにともない、企業発信も大きく変わるでしょう。いまから準備しておかないと間に合わないのではないか、とも感じています。
AIそのものが事件なのではありません。生活者が変わる。これが本質です。我々が届けたい相手、伝えたい相手である生活者が、根本から変わってしまうのです。
もともと、AI以前から企業発信は「無理ゲー」だった
まずは企業発信の前提のお話をします。昭和時代から平成の頭ぐらいまでは、広告を出せばだいたい伝わり、テレビが取り上げたらだいたいヒットしました。でも、いまはもう本当に伝わりません。
つまり企業発信を「≒BtoC」と捉えると、AIが出る前から企業の情報発信はほぼ無理ゲーになっていました。なぜなら、世の中の情報量が増えすぎたからです。
総務省の2009年の調査では、99.996%の情報がスルーされています。届くのはわずか0.004%。企業が10万の情報を出しても、届くのは4つだけです。これがSNS普及前の話です。

2024年には、1年間で149ゼタバイトの情報が流れました。1ゼタバイトは世界中の砂浜の砂の数に相当します。地球149個分の砂浜の砂を全部足した量がたった1年で流れた。もはや想像を超える情報量です。
人間が149ゼタバイトの情報をすべて処理するのにかかる時間は、宇宙が誕生してから現在までの時間(約138億年)を27万回繰り返すくらいかかるといわれています。
実際、コンテンツやエンタメ、メディアの量自体もとんでもなく増えています。たとえば、YouTubeでは毎分500時間分の動画がアップロードされています。1日分の動画を全部見るのに82年かかる。そこに、みなさんの精魂込めた動画があっても、興味関心のないひとが見る可能性はゼロです。
つまり、露出を増やしたり、動画をつくったり、ちょっとバズったりしても、それは砂粒が少し増えただけ。基本的にひとには届かないし、見てくれない。覚えてもくれないでしょう。
日本人が自由に使える時間は平日で4.2時間しかありません。動画、SNS、ゲーム、飲み会、旅行——すべてが時間の取り合いです。この状況で、興味関心のないひとに届けようとすること自体が、そもそも無理だったのです。
いま、生活者は情報の海で溺れています。何かほしいものがあっても、どれがいいのかわからない。フェイクニュースもある。探すのも大変。だからこそ、このままでいくとマーケティングでいう最後のアクション、つまり多くの生活者が「買い物」のときにAIに頼るようになると思います。
すでにアメリカでは2024年の年末商戦で、88%のひとが買い物でAIを使用しました(※)。この流れは加速するでしょう。
(※)米Talkdesk社, 2025年1月発表プレスリリース
AIで生活者が「世界一賢く」なる
ではAIで生活者はどう変わるでしょうか。ここで重要なのは、情報の非対称性が崩れることです。
いままで企業は情報優位の立場にいました。たとえばランニングシューズがほしいとします。すると企業は「このソールだから膝に優しいですよ」と教え、説得し、動かそうとする。つまり、企業と比較して情報弱者である生活者をコントロールできる存在として見ていました。これが従来のマーケティングであり、いままでのBtoCです。
しかしAIが生活者の横にいると状況が一変します。「膝に優しいランニングシューズはどれ?」とAIに聞けば、AIはあらゆる情報を精査して、企業と同等の情報を持ったうえで選んでくれる。
AIを相棒にした生活者は、世界一賢い生活者になります。価格比較、商品比較、企業情報、株価、流行——AIは全部把握しています。しかも「◯◯さんは派手なものが好きですよね」と、ご主人の好みまで理解している。つまり、いままでのマーケティング手法を根本から見直す必要があるのです。

AI時代における企業発信の4つの切り口
それでは企業はAI時代をどう捉えればいいのか。僕は4つの切り口があると思います。

1つ目は、AIに選ばれたい、どうするか。AIに選ばれないと、下手をするとブランドは死にます。ならばAEO(Answer Engine Optimization:AI検索最適化)対策をするべきなの?となるでしょう。
たとえばAIに膝に優しいランニングシューズを探してというと、3つから5つくらいのシューズを勧めてきます。逆にいうと、それしか勧めてこない。いわば第1次選考、金メダル候補のようなものです。
そして2つ目の、AIに選ばれたが、どうするか。たとえ金メダル候補になったとしても、3つのうちの1つにならないと売上になりません。第2次選考ともいえます。
だから情報発信では、第1次選考、第2次選考の両方とも超大事になります。これはAEOだけでは勝ち残れないことを意味します。
3つ目は、AIに選ばれない、どうするか。AIに聞いてみたところ、膝に優しいシューズだけで200種類あるといっていました。しかし、AIは候補を3つか5つくらいしか出してきません。すると、残り195のブランドは、もう僕の目に触れなくなります。
それでもいままでは、お店に行って実物を見たり、Amazonなどで比較したりしました。しかしこれからはAIを経由、下手をするとAIエージェントにそのまま買ってもらうかもしれません。そうなった場合、もう残り195のブランドは生活者の目に触れなくなります。
これは買い物においても、採用においても、何でもそうだと思います。
4つ目は、AIを使わない人、どうするか。たとえば僕の88歳の母はAIを使いません。しかし、そういうひとたちでも、家族にAIで探してもらい、シューズを買う可能性はあります。
企業発信はこの4つをきちんと分析して考えないといけないのです。
BtoCからBtoAwCへ
これまで企業発信におけるBtoCは、イジワルないい方をすると、基本的には企業に都合のいい情報を一方的に生活者に伝えてきました。つまり都合の悪い情報は伝えないことが多い。
これからは間にAIが入ります。いやいや、AIは生活者の横にいるから「BtoCとAI」ではないか、というご指摘もあるかもしれません。けれど違います。生活者は情報が多いこの時代に本当に苦労してるので、先にAIに聞き、AIが選んだものを買うほうがラクなのです。なので、AIが企業と生活者の間に入る、つまり「BtoAtoC」になっています。

さらに、生活者はAIのご主人なので、AIはご主人のために動いてくれます。構造的にいえば、BtoCは「BtoA with C(BtoAwC)」になります。企業と生活者の間にAIが入る。これだけで従来のマーケティング手法の多くが厳しくなります。

たとえば消費者行動モデルのAIDMA(注意→興味→欲求→記憶→行動)。いままでは広告などで認知を取ろうとしていました。でも生活者がAIに頼るようになったら、これまで必死に取ろうとしていた認知も想起も関係なくなります。AISAS(注意→興味→検索→行動→共有)モデルも同様。消費者購買行動モデルのほとんどの段階がAIに置き換わります。

AIに選ばれるためのフレームワーク「TRUST」
では、AIに選ばれるために何をすべきか。現段階で考えうる、AIに信頼されるためのフレームワーク「TRUST」をまとめてみました。

T:Translation(AI語への翻訳):これが最も重要です。「膝に優しい」とは何でしょうか。どこまでが優しくて、どこからが厳しいのか。人間は雰囲気でわかりますが、AIにはわからない。
シューズであればソールの反発率、特殊な形状、具体的なエビデンス——これらを因数分解して、AIが読みやすいように構造化する必要があります。サイトの裏側、コードのなかでも構いません。AIが正確に理解できるかたちで情報を整理しておくことが重要です。
ちなみに、AIの引用元としてはWikipediaの次にnoteが多いというデータがあります。一次情報や独自情報が多く、AIが参照しやすいからです。
R:Report & Review(レポートとレビュー):AIは実際に使った人間の言葉を重視します。ただし数が多ければいいわけではありません。過去の投稿までさかのぼり、一次情報的で、熱く具体的に書かれた質の高いレビューを採用します。
U:Uniqueness(差別化ポイントと独自性):どの企業もAIを使って商品開発するようになると、機能的には差がつかなくなります。歴史、産地、独自の取り組み——機能以外の差別化ポイントを棚卸しする必要があります。
S:Sincerity(誠実な設定と対応):ユーザー対応、サポート、価格設定の誠実さ。機能で並んだ場合、ここが決め手になるでしょう。
T:Truthfulness(企業の真実性):「ひとに優しい」と謳いながら離職率が高い。「地球に優しい」と言いながらCO2削減をしていない。このような言行不一致の企業をAIは信頼しません。
おもしろいのは、ロジックの塊であるAIが、誠実さや正直さという人間的なものを見抜くこと。AIをハックして騙そうとすると、バレた時に二度と選ばれなくなる。誠実な企業が生き残る。これはひとつの希望だと思っています。
ただし、各社が商品開発にAIを活用するようになるので、機能が似通ってくる可能性も高い。するとAIルートでは、商品開発やCSR(企業の社会的責任活動)に力を入れられる、資本力がある企業が有利になってくるとも思います。
AIに選ばれない95%のブランドはどうする?
このようにTRUSTなどへの対応で、AI対策はできます。とはいえ3つ目「AIに選ばれない、どうするか」の通り、AI時代はほとんどの企業がAIに選ばれません。同じジャンルで100のライバルがいたら、95個は候補から落ちます。
では、どうするか。ひとつだけ強力な道があります。指名買いです。
「俺は◯◯って決めているんだ」——こういうひとはファンです。AIは論理と機能で選んでいます。でもファンは感情で好き。ほかより価格が高くても、古くても、最先端の機能でなくても買う。価格競争からも機能競争からも外れています。
AIに選ばれないブランドの生命線は指名顧客です。そしてファンからの強い推奨はAIすら超えます。AIが「あなたにはこの映画がぴったりです」といっても、友人が「『国宝』見ろよ。3時間あるけどさ」といえば、私たちは『国宝』を見るわけです。

それを裏付けるのが「家族や友人からのクチコミは圧倒的に信頼されている」というデータ。この「ファンが家族や友人など親しいひとにオススメを伝える」ルートに着目し、マーケティングを再構築したのが「ファンベース」という概念です。
ファンベースとは、商品やブランドを支持してくれるファンを土台に、中長期的に売上や事業価値を高めていく考え方。フラットに考えて、AIとギリギリ戦えるのがこのルートだろうと考えています。
そして、ファンベースでファンと長く続く良い関係を結べれば、指名顧客が生涯顧客に育ってくれます。この方々こそがAI時代に安定して企業を支えてくれる存在になるでしょう。

企業発信はどう変わるべきか
いままでの企業発信は、新規獲得を強く意識していました。企業サイトも、SNSも、広告も。しかしこれからは違います。
まず、AIに読んでもらう発信が必要です。AIが正確に理解できるように、情報を構造化して提供する。これが第一です。
そして、ファンに愛される発信が大切です。企業サイトに興味関心のない新規のひとは、もう来なくなります。AIが情報をまとめてくれるなら、わざわざ見に行く必要がないからです。でもファンなら見にくる。だったらファンに喜ばれる企業サイトにしておく必要があります。
これからマーケティングは2つのルートに再構築されるでしょう。
AIルート——AIの第1次選考で選ばれ、第2次選考で最終的に1つに選ばれる。グローバル企業や巨大企業が有利。
ファンルート——AIに選ばれない場合は、指名顧客(ファン)を大切にし、生涯顧客へと育てていく。
AI時代の企業発信。これはマーケティングの大きな転換点です。
新規に届けようとする発想から、AIに選ばれる発想へ。そしてファンに愛され続ける発想へ。この2つの軸で、企業発信を見直してみてください。
AIはすべてを調べあげます。だからこそ、誠実であること、言行一致していることが最強の生存戦略になる。これは私にとって、希望のある未来です。
noteでは、法人向け高機能プラン「note pro」を通じて、AI時代にあった発信を応援しています。ご興味のある方は資料をご覧ください。

登壇者プロフィール
佐藤尚之さん
コミュニケーション・ディレクター

大手広告会社でのクリエイティブディレクターを経て、2011年に独立。(株)ファンベースカンパニー創業者/取締役会長。 災害支援団体、患者団体、コーチング団体などの代表を務める傍ら、コミュニティの主宰や花火師などもやりつつ、平日夜は都内某所のバーのカウンターにも立っている。著書に『AIに選ばれ、ファンに愛される』『ファンベース』『ファンベースなひとたち』「明日の広告」『明日のプランニング』など。“さとなお”の名前で『うまひゃひゃさぬきうどん』『沖縄やぎ地獄』『沖縄上手な旅ごはん』『極楽おいしい二泊三日』など。
text by 本多いずみ photo by 林 美夢
