【小説】CMS導入奮闘記――吉祥寺和男の挑戦

CMSは目的ではなく手段

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CMSは目的ではなく手段

そこからの吉祥寺の行動は迅速だった。彼は会社に戻ると、早速、CMSについて調べ始めた。ウェブ上の掲示板やベンダーのサイト、様々なブログなどを猛スピードで渡り歩いて、CMSの概要を把握しようとした。その間、ある場所に内線をかけることも忘れなかった。

「急なんだけど、今日の夜って空いてる?」

電話の相手は、8時くらいなら大丈夫と答えた。吉祥寺は、会社近くの行きつけの居酒屋で会う約束をすると、それから何時間もの間、席から一切離れず、ひたすらPCに貼り付いた。

約束の時間に居酒屋の暖簾をくぐると、その男は、すでにいつもの席に座って、生ビールを飲み始めていた。

「先に始めてたよ」

その男――営業部マネージャーの中野一郎は、吉祥寺の同期で、吉祥寺とは親友と言ってもいい親密な間柄だった。同期の中では頭抜けて優秀な男で、入社して数年で営業部のエースとなってトップクラスの成績を収め続けていた。

「またふられたか?」

軽口をたたく中野に、吉祥寺は真面目な口調で言った。

「いや、今日は仕事の話なんだ」

「珍しいな。新しいところで何かやらかしたの?」

吉祥寺は、自分がウェブマネ課に配属になった経緯を手短に話し、この10日あまりの自分の行動と、代々木や神田との話の内容、自分のミッションを果たすにはCMSが絶対に必要であると考えていることを中野に伝えた。

「お前に聞きたかったのは、そのCMSってやつについてなんだ。午後いっぱいかけて調べたんだけど、とにかくいろいろな会社から販売されているし、価格も機能もバラバラだから、どれを選ぶべきかわからないんだよ」

吉祥寺が中野を第一の相談相手として選んだのは、たんに親しいという理由だけではなかった。サッカーマニアの中野は、個人的にサッカーをテーマとしたコミュニティサイトを運営していた。当然、CMSについての知識もあるはずだと吉祥寺は考えたのである。

時折ジョッキを傾けながら無言で吉祥寺の話を聞いていた中野は、冷淡な口調で言った。

「CMSを入れてどうすんの?」

意外な言葉を耳にした吉祥寺は、やや戸惑いながら、

「いや、だからウェブのクオリティを上げるために……」

「ウェブサイトのどの部分のクオリティをどう上げるの? うちのウェブには何が欠けていて、何が必要なの? そもそも、お前は、ファミリー製薬のウェブをどういうメディアにしたいの?」

「それは、一週間もかけてノートに書き出したとおりで……」

「そのすべての問題をCMSが一気に解決してくれるとでも思ってんだろう」

二の句を継げずにいる吉祥寺に頓着せず、中野は話を続けた。

「お前は、CMSって聞いて、いきなり価格とか機能を考えるところから始めようとしているけど、それって、順序が逆なんじゃねえの? 企業のウェブサイトの役割って何よ?」

吉祥寺は、少し考えてから答えた。

「企業の情報を正しく伝えて、企業活動の効率を上げることかな」

「悪くない答えだけど、大切な何かが欠けている気がするな。俺はこう思うんだ。企業サイトってのは、お客さんとより深いコミュニケーションを図って、1人ひとりのお客さんをハッピーにするための窓口だって」

中野は、2人分の生ビールを注文して、さらに続けた。

「うちは大衆薬のメーカーだろう。病気になった人、怪我をした人、それからその家族。そういう人たちすべてがうちのお客さんってことだ。たとえば、子どもの熱が下がらずに困り果てているお母さんが、助けを求めてうちのサイトにアクセスしたとするだろう。そこで、そのお母さんが必要としている薬が即座に見つからなきゃ、サイトを開設している意味なんかないんだよ。企業サイトのクオリティって、そういうことじゃないのか? うちのサイトがダメなのって、そういうところじゃないのか?」

吉祥寺はその話を聞いて、ウェブマネ課に配属になってから自分を覆っていたもやのようなものが、次第に晴れていくような気がした。

神田の提言、中野の助言――企業ウェブサイトが果たすべき役割は/CMS導入奮闘記#2

「そのへんの視点が定まらなきゃ、最適なCMSがどれかなんか決まるはずがないよ。お前の話を聞いていると、CMSの導入が目的になってる気がする。CMSは目的じゃなくて、手段だろう?」

CMSは目的ではなく、手段――。だとしたら、本当の目的って何だ? 吉祥寺は、薄まりつつあるもやの先に、自分がやるべきことが微かに見えたように思った。

次回予告
第3話 吉祥寺 vs ファミリー製薬

CMSに対する理解を深め、CMS導入への道筋をつくろうとする吉祥寺。彼はまず、宣伝、IR、人事、各製品担当といった社内各部署にメールを送り、ウェブサイトのリニューアルへの理解を求める。しかし、各部署がウェブの予算をもっていることもあって、サイト運営体制一本化への異論が噴出する。また、サイト運営のパートナーであるはずの情報システム部からも、冷ややかにあしらわれてしまうのだった――。

吉祥寺 vs ファミリー製薬——社内コンセンサス獲得の戦い/【小説】CMS導入奮闘記#3
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