迷わず行けよ、吉祥寺!――終わりのないトラブルとの戦い/【小説】CMS導入奮闘記#9
前回までのあらすじ 吉祥寺のもとに営業本部長から突然デザイン変更の指示が入る。土壇場での変更に、プロジェクトチームは「特設サイト」というアイデアを打ち出すのだった。(→第8話を読み返す)
大きなトラブルもなく、プロジェクトは順調に進んでいた。もう心配はないだろう、そう思った矢先、旗艦商品のブランドマネージャーから修正依頼が入る。また、神田も今回のプロジェクトではCMSに移行しない、旧サイトの処理を抱えていた。
吉祥寺からのメール
朝、東小金井が会社のPCを立ち上げてメーラーを開くと、50通ほどに上るメールの中に、吉祥寺からのメールを見つけた。東小金井は、ほかのメールよりも先に、その文面に目を通した。
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お疲れさまです。吉祥寺です。
先日は、変なお願いをしてすみませんでした。
結論からご報告すると、あの後、日野本部長とお話をし、こちらからの提案を承諾してもらえました。
日野さんは、それぞれのブランドには固有の課題や特性があるのに、それらがすべてフラットに見えてしまうのはどうかという提起をされました。
一理ある意見であり、営業ならではの経験知が反映された見解だと思ったので、制作側とともにいろいろ解決策を考えたのですが、やはりCMS導入をメインとした現在のリニューアル作業の中に、その要望を吸収できる余地はないというのが結論でした。
そこで、次善の策として、キャンペーンやリクルートサイト同様、商品の特設ミニサイトを別に立ち上げ、リンクによって誘導するというアイデアを日野さんに投げたところ、それで行こうということになった次第です。
「日野さんは難しい」というお話だったので、かなり緊張して話し合いに臨んだのですが、たいへん話のわかる人で、逆に何かあったら力になると言ってもらえました。あまりビビらせないでください(笑)
それでは、引き続き頑張ります。
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東小金井は、微笑みを浮かべながらそのメールを読み終えると、日野の内線番号を書いてデスクに貼っておいた付箋を丸めてゴミ箱に捨てた。
再びのトラブル
それからひと月ほどの間、プロジェクトは順調に進行した。プロジェクトチームのメンバーは、それぞれの役割を抱えて多忙だった。とりわけ神田は、従来のウェブサイトの更新作業とリニューアル作業を並行して進めなければならなかったので、忙しさは以前より明らかに増していた。それでも神田に不機嫌な様子が見られなかったのは、適宜、代々木や吉祥寺が彼女をサポートすることに務めたからであり、リニューアルによってできあがるはずの新しい運用体制への期待感が彼女にあったからだった。
リニューアルサイトの各ページの最終サンプルが上がってきたのは、サイトリリース予定日まで、残すところ3週間に迫った頃だった。テンプレートに必要な情報をすべて入れ込み、最終的にリリースされるページに限りなく近いものが関係各部署の確認に回された。ここでテキストや画像のチェックが済めば、リニューアルサイトのクリエイティブはほぼ完成したと考えてよかった。
「ハイパーエブリデイXX」のブランドマネージャーからウェブマネ課に連絡が入ったのは、まさにその確認作業が進められている最中だった。電話に出た吉祥寺に、マネージャーはこう告げた。
「商品の一覧ページなんだけどさ、今は五十音順になっているみたいだけど、ハイエブとシャキットは別扱いしてもらわないと困るんだよね。リストとは別枠で表示させることってできないかな」
「この時点で言われましても……。ページの構成は、すべて一度確認いただいているはずなんですが……」
吉祥寺は、丁重に断ろうと試みたが、マネージャーは強気だった。
「確認は確かにしたけど、こうやってすべての情報が入ってから気づくこともあるじゃない」
「しかし……」
「とにかく、ハイエブとシャキットは会社の屋台骨を支えているブランドなわけだから、頼むよ」
そう言って、ハイエブのマネージャーは電話を切った。
「トラブルですか?」
神田が心配そうに吉祥寺の顔を覗き込んだ。
「うん、ハイエブのマネージャーがね、一覧ページのレイアウトを変えてくれって言うんだ」
「今頃になって何言ってんのよ。突っぱねましょうよ、吉祥寺さん」
「ハイエブとシャキットの売り上げが、うちの全売上のどのくらいを占めてるか知ってる? あの2つのブランドの実力を考えたら、どうしたって優遇しないわけにはいかないんだよなあ……。とりあえず、国分寺さんと相談してみるよ」
事情を聞いた国分寺は、意外にも落ち着いた様子で電話口で言った。
「製品リストは自動的に生成されるところですから、テンプレートの変更だけじゃ済まないですね。プログラムも書き換えないと。下手したら、半月くらいかかりますよ」
その冷静な口調から、彼女が過去にも同種のトラブルを経験していることが窺い知れた。
「それは厳しいな。大きな遅延なしで何とかしたいんだ。お願いしますよ、国分寺さん」
「それから、コストの追加もなし、でね」
「そういうことです。国分寺さんと四ツ谷君なら、何とかできますって、絶対」
「勝手なことばっかり言って」
そう言って国分寺は電話を切った。
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