四ツ谷の活躍
四ツ谷の活躍
「あとから言われても直せないから、ちゃんと見といてねって、そう何度も言ったじゃないですか。何でこのタイミングでそんな修正が発生するんですか」
電話の内容を国分寺から伝えられた四ツ谷は、不快感を露わにした。四ツ谷は、プロジェクトの進行には本来、一切のミステイクがあってはならないと考えていた。起こりうるあらゆるミスをあらかじめ想定し、それに対する処置を事前に施しておくことで、しかるべきゴールにスムーズに着地させる。それが正しいプロジェクトのあり方であり、このリニューアルプロジェクトもそうやって進めてきたはずだ。それが四ツ谷の考えだった。いかに周到な準備をしても、人間が関わるあらゆる活動には、想定外のノイズが発生しうる――。そういう知見を得るには、四ツ谷は若すぎたのである。
国分寺は黙って、しばらく四ツ谷が毒を吐くにまかせていた。そして、四ツ谷がひととおりの不満を言い終えたと見ると、「もういい?」という感じで口を開いた。
「正論だけじゃ乗り切れないことが、この世にはいろいろあんのよ。さあ、対策を考えましょ。こういう時こそ、制作者の力量が問われるんだから」
ハイエブのマネージャーの要望を叶えるには、全製品リスト、カテゴリ別製品リスト、各商品ページなど、全部で4つのテンプレートに変更を加える必要があった。それ以外に、リストを自動生成するプログラムの変更が必要であり、それをフルに行えば、10日から2週間はかかるというのが、国分寺の読みだった。
「どのくらい短縮できるかな、四ツ谷君」
「ちょっと検討してみます」
言いたいことをすべて言い切ったこともあってか、四ツ谷は比較的すっきりした表情で、今後発生する作業の検討に入った。彼は、しばらくの間、頭を掻いたり、メモに何かを書き込んだりしながら考えていたが、ふと思い立ったようにどこかに電話をかけてから、国分寺に向かって、指を3本立てた。
「3日。丸3日あれば何とかなります。あとは、サイトリリース後に追っかけで対応すれば」
「プログラムの方は大丈夫?」
「いつもうちの仕事をやってくれてるプログラマが、ほかの案件よりこっちを優先してくれるって」
「やるじゃない、四ツ谷君の人徳ね。早速吉祥寺さんに連絡するわ」
四ツ谷はすぐに、変更の段取りを立てる作業に着手した。その顔は、プロジェクトを力強く進めるディレクターのものに戻っていた。
救世主、秋葉原
ハイエブのマネージャーからの要望を受けてから3日後、新しい製品リストのページが吉祥寺の元に届いた。ハイエブとシャキットが最上位に表示され、その下にほかの商品が並ぶ体裁。これならば文句の出るはずはなかった。当初、半月と言われていた作業時間がたったの3日に短縮されたことに彼は驚き、胸をなで下ろした。
吉祥寺は、短時間で修正をしてくれた四ツ谷と国分寺に電話で厚く礼を述べてから、オフィスを出て、休憩ルームのソファにどかっと腰を下ろした。最後の最後に勃発した問題を何とか解決できたことに、彼は大きな満足を感じていた。無糖の缶コーヒーを啜りながら、
「あとは、公開に向かって一直線だな」
と言って大きく伸びをした時、ワイシャツの胸ポケットの携帯電話が突然鳴った。神田からだった。
「まだ何かあんのかよ」
吉祥寺は、トラブルではないことを祈りながら電話に出た。その祈りが通じなかったことを、彼はすぐに知った。
「100ページか……」
ウェブマネ課のオフィスで、吉祥寺は神田と向かい合って頭を悩ませていた。旧サイトの情報の多くは、このリニューアルでCMSに移行することになっていたが、CMSに入れずに、古い形式のままで残しておくページがいくらかあった。吉祥寺も神田もそのこと自体は当然知っていたが、ここに来て、それが100ページにも及ぶことが明らかになったのである。
神田が国分寺に電話をして聞いたところ、プロジェクトの最終段階で「余りページ」が出てくることは、決して珍しくはないということだった。各ページのヘッダーとフッターを差し替えて、新しいサイトに組み込む。それが一般的な処理法で、その作業自体は決して難しくないと国分寺は言った。しかし、この作業を担当すべき神田には、サイトリリースを前にしたこの時期、やらなければならないことが山のようにあったのである。彼女は、困り果てて、吉祥寺に泣きついた。
「どうしたらいいですか、吉祥寺さん」
「どうしたらいいかなあ……」
吉祥寺が呟いたその時だった。開け放しになっていたウェブマネ課の入り口のドアの向こうを、見覚えのある人影がよぎるのを、吉祥寺は見た。
「秋葉原さん……」
吉祥寺は立ち上がって、猛スピードで廊下に出た。
「あきはらばさぁぁん!」
滑舌の混乱した吉祥寺にいきなり呼び止められ、秋葉原はぎょっとした顔で振り返った。吉祥寺は秋葉原の腕をつかんでウェブマネ課のオフィスに引きずり込むと、早口で事情を話し、手を貸してほしいと秋葉原に哀願した。
「そんなの情シスの仕事じゃないでしょうよ」
秋葉原は困惑した顔で、そう言った。
「そこを何とか。ここさえ乗り切れたら、いよいよリリースなんです。頼みますよ」
そう言って、吉祥寺は頭を下げた。秋葉原はしばらく頭を掻いてしかめ面をしていたが、
「確かにこのタイミングだからねえ。まあ、プログラム組んで一気に書き換えれば済むし、できない仕事でもないから……やりましょか」
と言って軽く微笑んだ。
「ありがとう、秋葉原さん!」
吉祥寺は、人目もはばからずに秋葉原を強く抱きしめた。代々木と神田は、その2人を複雑な表情で眺めていた。
次回予告
最終話 新たなウェブサイトの完成、そして――
ついに新しいファミリー製薬のウェブサイトが完成した。しかし、これはゴールではなく、新たなスタートだった。神田、代々木、中野、東小金井、コムコムファクトリーのスタッフ――。リニューアルに携わったそれぞれの人たちの言葉を受け止めながら、吉祥寺は次のステップを目指す。
新たなウェブサイトの完成、そして――ウェブマネ課が進むべき道/【小説】CMS導入奮闘記#最終回
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