勃発する問題――突然の社内クレーム、召集されるプロジェクトチーム/【小説】CMS導入奮闘記#8
前回までのあらすじ キックオフミーティンでチーム内に微妙な温度差が生じるが、ウェブサイトの設計図であるワイヤーフレームができあがり、チームは再び一致団結してプロジェクト成功へと向かっていくのだった。(→第7話を読み返す)
サイトの仕様もほぼ決定し、プロジェクトは順調に進行していた。中野に誘われた居酒屋で一息つく吉祥寺。だが、ここにきて営業本部長からテコ入れの要望が入る。仕様がほぼ確定したこの段階でどう対応すべきか、プロジェクトチームが緊急招集される。
突然の電話
毎年、暑い季節が近づくと、吉祥寺は辛いものがしきりに食べたくなった。1年を通じてモツの煮込みを最良のつまみとし、その日もまた、モツを食べながらビールのグラスを傾ける中野を尻目に、吉祥寺は、その居酒屋特製の「ピリ辛手羽先」に次々手を伸ばした。
「一度食い始めると、止まんないよね、これ」
そう言って汗を流す吉祥寺を、中野は笑いながら見ていた。思えば、こいつが経営企画室からウェブマネジメント課に転属になって、はや3カ月だ。その間、営業である俺の仕事は相も変わらぬものだったが、聞くところによると、こいつの仕事は波乱の連続だったようだ――。そんなことを中野は思っていた。
「そういやあ、お前がいきなりCMSがどうしたとか言い出したのも、この居酒屋でだったな。あの時はまだ、ピリ辛手羽先はメニューになかったよな」
「お前は、あの時もモツ煮込みを食ってたよ」
季節感がねえよな。そう軽口を叩く吉祥寺に、中野は「うるせえ」と軽く返した。
居酒屋に誘ったのは中野だった。吉祥寺が中心で進めているウェブリニューアルプロジェクトは、依然、進行の過程にあったが、ほぼ仕様が決定して一段落したということを耳にして、2人だけの簡単なねぎらいの会を開いてやろうと考えたのだった。
「順調みたいだな、リニューアルの方」
「ああ。プロジェクトチームができたばかりの頃はちょっとぎくしゃくしていたんだけど、ワイヤーフレームとかいうのが確定してからは、かなりスムーズに進んでるよ。情報の整理もだいたい済んだし、機能もほぼ決まったし、今ちょうど、ページデザインのサンプルを各部署に確認してもらっているところだ」
吉祥寺は、最後の手羽先を骨だけにしながら、中野に答えた。3カ月前にはなかった自信のようなものが吉祥寺の言葉の端々に溢れていることを、中野は感じた。
「説明会も開いたんだって?」
「ブランドマネージャー向けのな。今回のリニューアルは、何と言っても、商品の見え方とか、商品ページへの導線ががらっと変わるのが最大のポイントだから、どこがどう変わって、今後どう更新していく必要があるかを説明したんだ。さすがに、30人のマネージャーを集めて仕切るのは緊張したけどな」
「“ハイエブ”と“シャキット”のマネージャーは難物だったろう」
ファミリー製薬で最大の売上をもつ栄養ドリンク「ハイパーエブリディXX」と、最も長い歴史をもつ風邪薬「シャキットポン顆粒」の両マネージャーは、社内で発言力の強い製品セクションでも、とりわけ影響力をもつ男たちだった。
「いや。ごく初期にもヒアリングをしているし、あくまでもブランドのためになることをこっちはやっているわけだから、とくにうるさいことは言ってこないよ」
その時だった。吉祥寺のワイシャツの胸ポケットに入っていた携帯電話がブルブルと震え出した。吉祥寺は、手で「ちょっとごめん」とジェスチャーをして、電話に出た。ビールでほのかに紅潮していた吉祥寺の顔から途端に色が失われたことを、中野はみとめた。
「ごめん、トラブルだ。会社に戻るわ」
そう言って、吉祥寺は席を立った。
「好事魔多し、だな」
「そんなところだ」
吉祥寺は、そう言い残して、急いで居酒屋を後にした。
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