「インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第56話(特別編の後編)。前回の記事はこちらです。

杓谷
審査基準や広告品質を管理することで花開いた日本のモバイル広告
杓谷:1999年2月、ドコモから世界初の携帯電話向けインターネット接続サービス「iモード」が登場しました。翌年の2000年6月にはドコモと電通の合弁で、世界初のモバイル専門広告会社である株式会社ディーツーコミュニケーションズ(現株式会社D2C。以下D2C)が設立されます。CCIから電通に戻っていた藤田さんは、インターネット広告市場を立ち上げたという、数少ないキャリアを買われて、初代の代表取締役社長に34才で就任しました。まさに、キャリアが次のキャリアを呼ぶ流れですね。
(出典:2000年6月29日付けのD2Cのiモード広告媒体資料。加藤さん所蔵)
連載の中では、そんなiモードの広告を取り扱うことができる広告会社を「JAAA(日本広告業協会)」に入会している企業に限定したこと(第15話参照)に触れました。これにはどんな理由があったのでしょうか?

藤田
藤田: PCの世界では回線が空いている夜中2時にメール広告を送ることが定石でしたが、携帯電話で同じ手法を採用できるかどうかについては課題がありました。たとえば、次のようなことがありました。
- 広告メールの着信音で夜中に起こされた、とクレームが来るのではないか?
- 当時はパケット代(データ通信料)が高価なため、データが重いのにユーザーベネフィットが見合わない広告ページを見せられたらクレームが来るのでは?
- PCに比べて画面も小さいので、1ページ当たりのバナー広告の数はいくつを上限とすべきか?
公式サイトという「安心・安全」の設計思想
ドコモ側でも、ダイヤルQ2(第8話参照)の先例があるので、ドコモが提供するサービス内のコンテンツは「公式サイト」と呼んで、安心安全なものにする。そこに表示される広告も同様に安心安全であることを求めました。あらゆる年代が使うiモード上の広告のあり方について、ドコモと毎日のように議論し、広告の審査基準や品質管理のレベルを決めていきました。
その結果として、「マスメディア広告を長らく扱ってきた『JAAA(日本広告業協会)』加盟の広告会社であれば、このような倫理観を共有できるに違いない」と、当初は取引先を限定した訳です。
ドコモもD2Cも早期に売上実績が欲しかったのですが、長期視点に立って、モバイル広告市場を健全に発展させるためには、しっかりしたエコシステムの構築を優先したのです。だからこそ、世界に先駆けて日本のモバイル広告市場は急成長できたのだと思っています。
一方で、時代に合わせて柔軟に考え方を変えることも行いました。2005年頃には、モバゲータウン(DeNAが運営)や魔法のiらんどなど、公式サイトの外側にあるモバイルインターネットメディア(一般サイトや勝手サイトと呼ばれていました)が大きく成長しており、トラフィックの6割超を占めるようになりました。ユーザーは既に、公式サイトと一般サイトの違いを理解して、使い分けている――ならば、これまで公式サイト上で築いた広告ルール(広告と明示した画像広告フォーマット、ファイル容量、掲載基準など)を一般サイトにも拡張することで、ユーザーは安心して広告をクリックでき、広告主も安心して一般サイトに広告を出せるようにすべきであると、取り扱いを開始しました。2007年頃のことです。
そして、スマートフォンが登場
杓谷: その2007年の1月にスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表し、2008年に日本に上陸します。日本の携帯電話を第一線で見続けてきた藤田さんには、iPhoneはどのように映りましたか?
藤田: 日本で最初に発売されたiPhone 3GSを入手して触ったとき、タッチパネルの吸いつくような操作感、PCサイトがそのまま見られるブラウザ、そして何よりも大きくて明るい画面といった完成度の高さに、大きな衝撃を受けました。道新(北海道新聞の略。第55話参照)で見たMOSAICブラウザを見て以来、14年振りの衝撃でした。
出典:ケータイWatch「【今日は何の日?】11年前の今日、「iPhone 3GS」が日本で発売」(2020年6月26日付け)
スマートフォンはパソコンとも、これまでの携帯電話とも異なるインターフェースでした。すなわち全く異なる新しいメディアの登場だと直感しました。そのため「スマートフォン専業の広告会社」を世界に先駆け設立して、スマホネイティブになりそうな若者に社長をやってもらう。そして広告サーバーの構築、ルール整備、営業活動、海外アライアンスを行う「企画」を電通に提案しました。しかし、出向歴が長くなり、電通社内での影響力が弱かった私の提案は、スグに却下されてしまいました(笑)。
「お行儀が悪く」なってしまった現在のインターネット広告
杓谷:インターネット広告を、ユーザーや広告主が安心して利用できるように奔走した藤田さんの目には、今のインターネット広告はどのように映っているのでしょうか?
藤田: 今のインターネット広告は、「お行儀が悪く」なってしまいましたね。詐欺まがいの広告主、コンプレックスを煽る広告表現、ユーザーを不快にさせる追跡型広告手法、そして何よりユーザーインターフェースを阻害する広告が溢れています。これではユーザーが安心して利用できる広告メディアではありません。広告ブロッカーを入れる人が増えるのも当然でしょう。
ユーザーが個々の広告を受け入れる前提となるのが、「メディアやプラットフォーマーが、一般的には信頼できる広告を掲載している」という安心感と信頼感です。それを担保(証明、保証)する仕組みが、日本に限らず世界中のメディアで行われている「事前審査制度」です。「マスメディアはエラいから、第4の権力だから広告も信頼できる」のではなく、安心安全な仕組みをきちんと備えているのです。
犯罪者集団は、ユーザーと接触するために、善人の顔をしながらお金をチラつかせ、何とかこの審査を突破しようと知恵を絞っています。メディアはこれまで彼らと攻防を繰り返してきたのです。でも最近のプラットフォーマーは、ユーザークレームがあってから動き出す「事後審査」形です。その場合は、高速のPDCAと自浄作用こそが、ユーザーからの信頼の鍵となります。「ダメなら変えよう」「失敗したら元に戻そう」といった自浄作用が今後も機能しないなら、ユーザーは広告を無視し続けて、スマホ広告市場は勝手に自滅していくでしょう。広告主や広告会社は、今も昔もプラットフォーマーやメディアに縛られていません。出稿先を自由に選択することができます。ここはダメだと思ったら、サッサと皆いなくなるでしょう。
今までもこれからも広告は「信頼獲得」が重要に
杓谷:テレビ・新聞・雑誌・ラジオなどの既存の広告メディアとインターネット広告の両方を知る藤田さんは、今後の広告はどのようになっていくと思いますか?
藤田: 3つの観点からお話しさせてください。
1つめは、生活者視点です。生活者のエントロピーはますます拡大すると思います。すなわちニーズは多様化し、セグメントはどんどん細分化され、広告主は捕捉しにくくなるでしょう。同時に、事象や物事が情報として消費されるスピードも、ますます速くなるでしょう。ブームは爆発的に起きますが、終息するスピードも爆速です。その反動で、流行に囚われることなく長く愛される趣味や風習が根強い人気を得るでしょう。厄介なことに、一人ひとりがその両面を持っており、人々が解決したい問題も、皆バラバラになっている。パーソナルメディアであるスマホ上のコンテンツは、これらの現象をさらに加速させるでしょう。
2つめは、メディアやプラットフォーマの観点です。
ラジオやアナログレコードが無くならないように、時代のニーズや年齢、ライフスタイルの変化に結びついている限り、生活者の細分化によりビジネスは小さくなるかもしれませんが、創意工夫を怠らなければ、アナログ・デジタルにかかわらず消滅することはないでしょう。
一方で、まだ私たちが目にしていない新しいメディアやプラットフォーマが、今後も次々に現れ、ユーザーの支持を得たいくつかだけが巨大になるでしょう。歴史は繰り返されるのです。しかし、それが何であるかを事前に予測することは相当難しいことです。できる限りアンテナを高くして、自ら使ってみて、その価値を常に確認するとともに、会社が小さいうちから経営者を支援する一方で、その力量を見極めていくしかないでしょう。
3つめが、1つめ(ユーザー)に対して、2つめ(メディアやプラットフォーマー)を通じて接触を図る広告の視点です。技術や手法はどうあれ、本質的な部分は昔から不変だと思います。
それは「広告は生活者にとって余計なもの」だということ。これは電通に入社した際、まず最初に教わったことでした。だから、電子新聞のビジネスが購読モデルで成立するなら、新聞の経営者は広告は省略しようと考えるだろうから、広告モデルも加えたデモ版『日本新聞』を作った訳です。
余談ですが、私は日経電子版の有料会員です。記事だけで広告がほぼ皆無なので、つまらない。余計とは、余分がある状態。つまり余裕があり豊かさのある状態なのです。これこそが広告の本質です。
話を戻しますが、『日本新聞』のデモを見た新聞社の人達に「広告は余計だけれど、あった方が良い」と思ってもらう必要がありました。そのオーダーに対して、制作に当たった電通のクリエーター達は広告の役割を、次のように定義。
- ニュース性(タイムリー性、アテンション、生活者が求める情報とのマッチングなど、情報を知らせるレベルでの工夫)
- 詳細度(価値伝達、メリットの確信、デメリットの確認など、消費や導入した際の満足度を想像させるレベルでの工夫)
- エンタメ性(キャラクター、ブランド、体験価値、①から②まで一連のストーリーなど、「企画」レベルの工夫)
懸命に知恵を絞っていたことを憶えています。もう30年以上前の話ですが、生活者を取り巻く環境や技術が変わっても、広告が人の心を動かすためには、生活者からの「信頼」と「企画」が必要であることは、何ら変わっていないと思います。
杓谷: 『日本新聞』後の30年間に、個別の課題に向き合って生きている一人ひとりが、それぞれ別々のコンテンツをネット上で探している時代が誕生しました。この連載では、色々な技術をベースに、そんな時代に適応する広告が生まれてきたことを紹介してきた訳です。その先駆けこそがGoogleやOvertureが始めた「検索連動型広告」(第18話〜第32話参照)だと思いますか?
藤田: はい、そう思います。Googleの検索連動型広告を始め、プラットフォーマのマッチングロジック的な広告モデルが広告業界にもたらした最大の功績は、「広告市場の開放」だと思います。私が携わった仕事では、メディアと広告会社が中心のクローズドな環境だからこそ「広告の信頼性」が担保されていた訳ですが、その反面、失ったものもあったと思います。
たとえば、アメリカのIT産業の層の厚さは、「まず市場に問うてみよう」という挑戦が容易だったからだと思います。さまざまな新しいサービスが検索連動型広告を使い、低コストで初期顧客を獲得し、その中からUberやAirbnbといった巨大IT企業が誕生したのですから。
もちろんこれには、悪徳業者を呼び込んだ負の側面があることは見逃せません。ここで問うべき論点は、プラットフォーマーが「事前審査」を行わないが「事後審査」を迅速に行う、と世の中に約束したことを実現していない点です。プラットフォーマは、自らが得意とするAI等の最新技術を使って、最優先に対応すべき責務と認識し、今すぐ結果を示すべきです。
既に、広告主や広告会社、メディアなど広告業に係わる良識ある人達と、良識ある協議会や団体は、官庁も巻き込んで注意喚起のキャンペーンを行い、生活者を守ろうと努力しています。また、問題を世の中に顕在化させることで、プラットフォーマに対してプレッシャーをかけ続けています。それでも対処を怠る事業者は、いずれ国などの規制で活動を制限されるか、良識ある広告主が去ることで事業が成立しなくなり、消え去っていくでしょう。
杓谷: 話を戻しますが、マス広告の今後については、どう考えていますか?
藤田: ラジオの事例を述べましたが、マスメディアは大衆に支えられたメディアから、特定の人に支えられるセグメントメディアに変化していくでしょう。そのためには、生活者にもっと寄り添うことが重要で、radikoのような最新テクノロジーの自社活用は必須です。
広告主側から見ると、リーチ人数が減る分、広告費は手頃になるので、再び注目するはずです。歴史を振り返ると、新聞広告がまだ安価だった黎明期に、積極的に広告を出して商品知名度を上げ、大きくなったベンチャー企業があります。森下仁丹とカルピスです。商品名を知らない人はいないでしょう。
同じようにテレビ広告の黎明期にも、小さい企業が知名度を上げ、大企業に成長した事例があります。米国ではP&G、日本では日清食品です。どちらも企業名や商品名を知らない人はいないでしょう。「Apple Magic ‘95」(第55話参照)を実現したように、広告会社にもマスメディアにも優秀な人材が現在も多数います。彼らの持つ「人の心を動かす知恵」を活かしておもしろい「企画」が生まれる可能性があると思います。
「新しい景色」を作るために挑戦してほしい
杓谷: 日本最大級のスタートアップカンファレンス「IVS」の2025年のテーマは「1990年代」でした。今の若い人たちにとって生まれてから当たり前のように身近にあるインターネットサービスの源流に興味を持つ人が増えているようです。そんな1990年代と2000年代の広告業界を駆け抜けた大ベテランとして、最後に現在の広告業界を生きる読者にメッセージをお願いします。
藤田: 私は10年以上も前に広告業界を離れているので、そんなエラそうなことは言えません(笑)。
繰り返しになりますが、広告業界において30年前から今も変わらない大切なことは、生活者からの「信頼」と、人の期待を上回る「企画」だと、強く確信しています。
今、インターネット時代も30年が経ち、「トヨタイムズ」のように企業がメディアコンテンツを直接ユーザーに届けたり、濃いコミュニティを構築するオウンドメディアが、生活者から高い信頼性を構築しています。エバンジェリストやプロカスタマーを活用するなどアーンドメディアも着々と信頼性を築いています。そして、各社には内部・外部の専門チームといった人的資本も積み上がっています。
ネット以外にもタクシー広告やCVSのデジタルサイネージなど、「企画」に使えそうな新しい手法がずいぶん増えています。どんな活用をしようか、考えるとワクワクしませんか。
それらを俯瞰し、上手に組み合わせて、一連のストーリーにすれば、インターネット広告だけでは実現できない「高い信頼性」と「高い費用対効果」の双方を実現する「企画」が生み出せるはずです。そんな時代に、皆さんは生きているのだと羨ましく思います。
でも、そのためには自分の守備範囲を「越境」する場面が出てきます。他の分野の専門家の領域に首を突っ込み、前向きに議論する必要があります。「越境」と「対話」は、世界初・日本初・社内初を実現するためには、不可避なことなのです。この連載に出てきた登場人物は、そのような「越境」に挑戦して「対話」を行い、見事に「境界」を乗り越えて、広告界に「新しい景色」を創造してきた人達です。
読者の皆さんも、「既存のルールは絶対不変では無い」ことに気付いて、空気を読まずに「新しい景色」を作るために挑戦してほしいと思います。その先にしか、次の時代はありませんから。
『インターネット広告創世記』完
※記事初出の時点で誤りがあり修正しました(26-01-09編集部)
※この連載では、記事に登場する出来事を補強する情報の提供を募っています。フォームはこちら。この記事に触発されて「そういえばこんな出来事があったよ」「このテーマにも触れるといいよ」などご意見ご要望ございましたらコメントをいただけますと幸いです。なお、すべてのコメントに返信できるわけではないことと、記事への反映を確約するものではないことをあらかじめご理解いただけますと幸いです。
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