インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~

AIという前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」である[第4部 - 第54話]

1年3か月にわたる『インターネット広告創世記』の本編がついに完結。佐藤さんの視点で振り返ってもらいながら、有園さんと加藤さんのコメントも収録。

杓谷匠(杓谷技研)

12月18日 7:05

インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第54話。前回の記事はこちらです。

杓谷

杓谷

前回のお話では、Microsoft Advertisingの有園さんの視点からこれまでのインターネット広告の歴史について振り返っていただきました。インターネット広告が持続的な成長を続けるためには「愛」が必要であるというお話でした。

佐藤

佐藤

有園さんのお話される「愛」はインターネットの発展においてとても重要な視点だと思います。表現は違いますが、僕もGoogleについてその特筆すべき点は、テクノロジーそのものよりもむしろ、その根底にある哲学だったのではないかと考えています。

有園

インターネットは「一般受容性」が高く、そこには「愛」があると感じて、当時の放送局や大手総合広告代理店ではなくて、インターネットに魅力を感じるようになっていったのですが、その中でも、やはり、当時のGoogleは「一般受容性」をもっとも高いレベルで具現化した企業だったと思っています。

Google創業者の2人がCEOを他者に託した「謙虚さ」と「寛容さ」

有園:最大の特徴であり、私が最も魅力に感じていたのは、GAFAMではカリスマ的な創業者・経営者が一人でリードしているケースが多いなか、Googleは創業者二人(ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリン)が、エリック・シュミットを招聘しCEOを任せたことです。

私は「これはスゴイ!」と思いました。まず、この判断には「謙虚さ」がありますよね。そして、「他者を受け入れる寛容さ」が明確でした。エリック・シュミットに頭を下げてCEOになってもらったのですから、傲慢と偏見・強引などから、かけ離れています。

また、インターネットビジネスで名をあげ功を成し、世間を騒がせた「ライブドア事件」などもありましたが、若い経営者が浮世で失敗するようなイメージは、Google Japanには皆無でした。

これは、「ユーザーファースト」という姿勢、「永遠のベータ版」という価値観、「アジャイル開発」という開発文化につながっていくわけです。常に「柔軟」に「変化」し「挑戦」、「成長」していく――そのためには、「勇気」がいる訳です。お客様からの厳しいクレーム、「真実」の声を受けとめて「信頼」「信用」を勝ち取るために、24時間365日、A/Bテストなどをしているわけです。正直、圧倒的でしたね。その姿勢は「ユーザーファースト」であり、「Googleファースト」ではなかった――そして「お金はあとからついて来る」と言い放っていました。

たとえば、世界史を振り返ったときに、「国際協調路線」「多様性と包摂性(Diversity and Inclusion)」「自由貿易主義」から、「自国第一主義」「自国ファースト」「保護貿易主義・ブロック経済化」に路線変更した途端に、「信頼」「信用」を失ってしまい、さまざまな綻びが生じ軋れきが生まれるという過去があります。なぜなら、「自国ファースト」には、地球規模の普遍的な「愛」を見いだせないからです。

GoogleとMicrosoftに共通する普遍的な価値観

いまのMicrosoftは、「Empower every person and every organization on the planet to achieve more.(地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする)」とミッションを掲げているのですが、これは「Microsoftファースト」ではないのです。

同様に、Googleのミッションも素晴らしいもので、「世界中の情報を整理してすべての人にアクセス可能にする」という、「全世界のすべての人」を対象にしているのです。ここは、GoogleとMicrosoftが完全に、通じている価値観だと思っています。そして、それは、「愛」なのです。

すべての人を「公平」に「平等」に、プラットフォーマーはその器に載せようとする――そうでなければ、プラットフォーマーではありません。大手総合広告代理店は大手企業だけを取引対象にするのです。それは、利益率などの観点で理解はできるのですが、そのビジネスモデルが「愛」に昇華することはない、論理的に不可能なわけです。「愛」はその本質に普遍性を要求するのです。

そして、この「愛」に魅力を感じて、集まってきた人々が当時のGoogle Japanにも多数いたと思っています。その「愛」の力が爆発的な成長につながったと思っています。当時の代表取締役社長の村上憲郎さんを筆頭に、執行役員営業本部長の佐藤康夫さんなど、いつも温かい「愛」のある姿勢で、スタッフに接していらっしゃると思っていました。

いまの私のMicrosoftでのマネジメント・フィロソフィーに大きな影響を与えた方々です。これは、まぁ、面と向かってお伝えしたことがないのですが、お二人をはじめ当時のGoogle Japanの同僚・先輩・後輩の方々に、心から感謝しております。Google Japanが日本のネットビジネスを牽引した、その中心にいたのは間違いないと思います。

Googleの根底に流れていたヒッピー文化

佐藤:Googleが、有園さんの定義する「愛」を持ち得ることができたのは、彼らの根底に息づくヒッピー文化の精神があったからだと考えています。Googleは効率とデータを追求する冷徹な巨大テック企業に見えるかもしれませんが、ヒッピー文化の主要な理念である「愛と平和」「自由」「既存の体制への挑戦」「情報と知識の共有」といった考え方が、Google初期の理念や企業文化に反映されているように思います。Googleが掲げる「世界中の情報を整理し、アクセス可能にする」という使命は、知識を一部の権力から解放し、誰でも無料で情報にアクセスできる世界を目指す点で、ヒッピーの理想主義と通じる部分があります。

第38話でも触れましたが、2001年に僕が面接で訪れた創業間もないGoogle本社のオフィスには、伝説の音楽の祭典「ウッドストック」や「フラワームーブメント」に代表されるカリフォルニアのヒッピー文化の流れを汲む「バーニング・マン」の写真がたくさん飾られていました。

2000年のバーニング・マンの最終日で燃やされている人型の人形
出典:Burning the man 2000 is under CC BY 2.0

また、初期のGoogleが会社の文化のシンボルの一つとして使用していた「ラバランプ」は、元々は1960年代のヒッピー文化、サイケデリック文化を象徴する製品です。一つとして同じ動きをしない「自由で個性的な存在の象徴」として流行したのがラバランプでした。Googleの創業者達はこうしたラバランプの文化的な背景を知っていて、あえて会社のシンボルとして使っていたのだと思います。

佐藤さんが入社面接で訪問した際のGoogleのオフィスの受付にずらりと並べられた「ラバランプ」
出典:ETH Zurich (https://www.ethworld.ethz.ch/events/explore/study_trip/weblog_11/26.jpg

こうしたGoogleの創業者達が持っていた想いは、既存の権威や体制(Big Brother)への対抗心であり、かつてAppleが1984年にスーパーボールで放映した伝説的なCM「1984」で表現した精神とも通底するものです。

Googleが提供するさまざまなサービスの根底に、「自由」と「解放」の精神を多くの人が感じ取ったからこそ、Googleは世界中に広く受け入れられ、結果として世界を大きく変える結果になったのではないでしょうか。その精神は彼らが作ったインターネット広告、AdWords(現Google 広告。第20話参照)にもしっかりと息づいていたと思います。

Googleが巨大化したその先に……

佐藤:この連載が行われている2025年は、Googleが創業して27年目です。かつてシリコンバレーのガレージで既存の権威のようにならないように、自分たちへの戒めとして「Don't be evil(邪悪になるな)」を掲げたGoogleですが、その純粋な理想が世界中の情報を整理し尽くしたとき、彼らは誰よりも巨大なデータを持つことになりました。検索履歴、ウェブサイトの閲覧履歴、位置情報、メール、動画視聴履歴のすべてを把握していて、見方を変えればそれはかつての独裁者が夢見ても手に入らなかったレベルの監視システムと言えるかもしれません。かつての「自由」が、今では「最適化された統治」になったと揶揄されることもあるようです。

創業間もない時期のGoogleを知る身としては、初期のGoogleが持っていた「自由」と「解放」の精神を保持し、膨大なデータを人々の生活がより自由で豊かになる方向に活用して、インターネット広告も利用者にとって有意義な情報提供となるような形で、持続的な成長を引き続きリードしていってほしいと願っています。

伊藤穰一の予言がGoogleによって現実のものになった

佐藤:インターネット広告について話を戻すと、僕がインターネット広告の世界に足を踏み入れたのは伊藤穰一のコラムを読んだこと(第6話参照)がきっかけでした。彼が描くインターネットが普及した先にある次の2つの世界観に共鳴し、思い切ってインターネット広告の世界に飛び込んだわけです。

  1. 情報発信が誰でもできるようになり、個人がエンパワーメントされる
  2. すべての中間業者がなくなり利権が破壊される

あれから約30年が経った今、伊藤穰一のこの2つの予言はGoogleによって実現したと言っても良いでしょう。

1.情報発信が誰でもできるようになり、個人がエンパワーメントされる

2010年にGoogleのCEOのエリック・シュミットが「Techonomy」というイベントで

「文明の夜明けから2003年までに人類が生み出した情報の総量は5エクサバイト(50億ギガバイト)だが、現在はそれをわずか2日間で生み出している」 (“Every two days now we create as much information as we did from the dawn of civilization up until 2003”)

という発言をしています。

インターネットの普及によって情報の発信が民主化されたことで、情報の量と種類が爆発的に増加し、情報の発信者と受信者の双方に大きな恩恵をもたらしました。マーケティングの世界においても、第49話で紹介したYouTuberを始めとするインフルエンサーが登場し、これまでにない多種多様なコンテンツの広がりが実現しています。

2.すべての中間業者がなくなり利権が破壊される

第1話でお話しした通り、テレビや新聞などのマスコミ四媒体に代表される伝統的な広告業界は、大手総合広告代理店が広告枠をあらかじめ買い切って仲介するというビジネスモデルで発展してきました。つまり、広告主とテレビ局、新聞社の間に「中間業者」として大手総合広告代理店が位置していたわけです。

初期のインターネット広告は、このビジネスモデルをそのままインターネットに持ち込みましたが、GoogleやOvertureによる「検索連動型広告」の登場によって大手総合広告代理店を介さずに、クレジットカード一枚で世界中に広告を配信できる世界を作りました。インターネット広告費がマスコミ四媒体の広告費を追い抜いた今、広告業界において「中間業者」がいらない世界が現実のものとなったと言えるでしょう。

インターネット広告の歴史は「諸行無常」

佐藤:こうした変化をもたらした約30年のインターネット広告の歴史を一言で言い表すと、「諸行無常」と言えます。正解だと思って一生懸命築き上げた手法が、次の新しい手法に次々と置き換えられていく、そんな歴史の連続でした。

前例のない中でメディアレップが中心となって試行錯誤を重ねながら何とか形にした初期のインターネット広告の在り方(第9話第17話参照)に対して、GoogleとOvertureの検索連動型広告が全く異なる手法を普及させ(第18話第32話参照)、スマートフォンというこれまた前例のないデバイスに応用していった(第33話第52話)のがここまでのインターネット広告の大きな流れでした。

そして、2025年が終わろうとしている今、AIの登場によってインターネット広告は再び前例のない時代に突入しようとしています。技術の進化に伴いラバランプのように常に変わり続けるインターネット広告の在り方はまさに「諸行無常」と言って良いでしょう。この「諸行無常」こそがインターネット広告の宿命なのです。

前例なき時代に必要なのは「教育」ではなく「学び」

佐藤:本連載では、当事者の皆様から数々の貴重な証言を基にインターネット広告の歴史を振り返ったわけですが、こうした生の証言を改めて振り返ると、インターネット広告の歴史とは、「誰も正解を知らない時代に、自らの学びによって道を切り拓いていった人々の物語」と捉えることもできると思います。Googleでさえも、最初からインターネット広告の黄金律に辿り着いたわけではなく、「プレミアム・スポンサーシップ広告」で試行錯誤した経験を経て現在のGoogle 広告に辿り着いたわけですから。

AIによって前例のない時代に突入する際に重要になってくるのは、伊藤穰一も講演などで良く言っているように、誰かが体系化してくれた「教育」を待つのではなく、実体験を含む自ら能動的に取り組む「学び」だと思います。

たとえば、確立された大手既存の産業には学校や教科書などの「教育」が存在しますが、インターネットの黎明期には前例などなかったので教科書は存在しませんでした。当時のプレイヤーたちは、手探りで実験し、失敗し、ある意味でハッキングするようにして「学び」を得ていきました。挑戦した結果、手痛い目に遭うこともあるかもしれませんが、そこで得た「学び」こそが次の時代を切り開く大きな一歩になっていくことは、本連載が証明していると思います。

伊藤穰一のコラムをきっかけに、前例のないインターネット広告の世界に飛び込んだ自分としては、AIという前例のない時代を乗り越えるためのキーフレーズとして、次の伊藤穰一の言葉を贈りたいと思います。

  • 「教育」ではなく「学び」
  • 「押す(Push)」のではなく「引く(Pull)」
  • 「強さ」ではなく「しなやかさ(Resilience)」
  • 「理論」ではなく「実践(Practice)」
  • 「安全」ではなく「リスクテイク」
  • 「地図」ではなく「羅針盤」

本連載をお読みになった皆様が、自らの「学び」を通じて新しい世界を切り拓いていくことを強く願っています。1年3カ月という長きにわたり、本連載をお読みいただきありがとうございました。

まさにこうした「学び」を実践したのが、連載の前半で貴重な証言の数々を提供してくださった加藤順彦さんだったと思います。今なお新しい「学び」に挑戦しておられる加藤さんにも最終話ということでコメントしていただこうと思います。

加藤

最後になにか読者の皆さんにご報告があるとすれば、2024年秋からの佐藤さん、杓谷さんとの作業が、僕にとっては28歳(1995年)から41歳(2008年)の振り返りとなり、シンガポール移住後18年の己と周囲にとっての轍と意味を考える契機となったことです。

加藤:僕にとって佐藤さん、杓谷さんとの作業後半となった2025年4月、新宿のIT企業DONUTSからラジオ大阪への事業参画を打診され、8月、応諾いたしました。大阪の家業=丸1グループとして20.3%の新株と代表取締役会長を引き受けました。

産経新聞創業者である前田久吉氏が1958年に始めたラジオ大阪は、堀江貴文さんがライブドアグループとしてのニッポン放送/フジテレビの買収を断念した2005年に、創業者が同じという縁もありフジサンケイグループ(FCG)に加わっていました。おそらく1年早ければ、即座に退いていたでしょう。本書の制作過程が僕を日本のメディアの世界に連れ戻した、と感じています。

音声情報を電話回線を通じて提供した僕はその後、雑誌取扱から広告界に加わり、その窮屈さに辟易としてた折(1995年)に現れたインターネットの登場に狂喜し、身を投じました。

その後の30年で、インターネット広告は、それまで電通をはじめとした広告業界がマスコミ四媒体としてきたテレビ・ラジオ・新聞・雑誌のすべてを飲み込むほどの市場規模となりました。本連載を通じて、その変化を僕だけでなく読者の皆様も追体験できたのではないでしょうか。日本だけではありません。世界すべてがそうなったわけです。

そんな振り返りができたタイミングにラジオ大阪の話でした。今回、経営参画に際しては、2008年にCybirdに新卒入社、その後ECナビ(現CARTA HOLDINGS)に転じ、運用型テレビCMの仕組みをつくった子会社テレシーを創り育てたohpner株式会社の土井健さんに取締役に就いてもらうと同時に、出資もしていただきました。彼はオフライン広告の運用で実績を上げてきた気鋭の経営者です。一緒に上手く、次の世代にバトンを繋ぎたいと、日々仕事に向き合っています。

特別編として藤田明久さんのお話を紹介

佐藤:『インターネット広告創世記』の本編は、今回をもって最終話となります。次回は特別編として、日本におけるインターネット広告市場の立ち上げを牽引した藤田明久さんの軌跡を紹介したいと思います。

藤田さんは1991年に電通に入社後、ネット広告元年の1996年にメディアレップCCI(第9話参照)の立ち上げに取締役として参画し、2000年には電通とドコモの合弁の株式会社ディーツーコミュニケーションズ(現D2C。第15話参照)の創業に代表取締役社長として関わりました。藤田さんもまさに先程の「学び」の実践者であったと思います。

この連載は、「Googleの視点」からインターネット広告の歴史を振り返ってきました。長らく広告業界を牽引してきた大手総合広告代理店の視点から見たインターネット広告の歴史は、まったく別の物語になるということを強調しておきたいと思います。

藤田さんの物語を紐解くことは、大手総合広告代理店の視点からインターネット広告の始まりを捉え直すことであり、前例のないAI時代を生き抜くためのヒントもたくさん詰まっていると思います。インターネット広告がマスコミ四媒体の広告費を追い抜いた今、これからのインターネット広告のあり方を考える上で、藤田さんをはじめとする大手総合広告代理店の皆様が培ってきた知恵や教訓に耳を傾ける部分が大いにあると僕は考えています。

次回は12/25(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。

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