「インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」シリーズ第52話。前回の記事はこちらです。
杓谷
佐藤
検索広告とYouTube以外のアップデート情報が少なくなってきた
杓谷:私は2016年夏にGoogleを退職し、佐藤さんが会長を務め、第21話からOvertureの語り部を務めていただいた杉原剛さんが代表を務めるアタラ合同会社(現アタラ株式会社。以下アタラ)に転職しました。アタラでは、インターネット広告に関連するウェブメディア「Unyoo.jp」を運営していて、私もその執筆陣の1人となり、主にGoogleの広告製品に関する記事を執筆するようになりました。
Googleは毎年、広告製品に関する最新アップデートや開発方針を発表するグローバルイベント「Google Marketing Live」を開催しています。私は、このイベントが「Google Performance Summit」と呼ばれていた2013年から継続して見ており、Google在籍時代の2015年、2016年は、お客様を米国本社にお連れして現地でイベントを見届けたこともありました。アタラに転職した2016年以降は、このイベントに関する記事の執筆を私が担当することになりました。
日本時間深夜に行われるイベントをオンラインでリアルタイムで見守りながら、発表内容を最速で記事にまとめてUnyoo.jpで公開します。徹夜作業にはなりますが、おかげさまで業界内の多くの方に読んでいただき、現地参加した日本人の方から「出張レポートを作る手間が省けました」と感謝の声をいただくこともありました(笑)。
2013年以降、検索広告やディスプレイ広告、動画広告など、あらゆる分野で多くのプロダクトアップデートが発表されてきました。しかし2017年頃から、発表内容が検索広告とYouTube広告に偏りはじめ、特にディスプレイ広告に関するアップデートが少なくなってきたと感じていました。海外の友人を含め、さまざまなルートでその理由を探ってみると、どうやらヨーロッパで大きな法律の改正の動きがあるらしいということでした。それが、2018年5月にEU(欧州連合)で施行されたGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)でした。
出典:Europian Union Official Website「Regulation - 2016/679 - EN - gdpr - EUR-Lex」
2018年5月GDPR施行
杓谷:GDPRは、EU域内の個人データ保護に関する包括的な法令で、Cookieは個人データとして定義されています。そのためCookieを利用するには「明示的な同意」が義務付けられ、現在EUのウェブサイトにアクセスすると、Cookie利用の同意を確認する「同意管理プラットフォーム」のバナーが表示されるのは、この規制に対応するためです。
GDPRは、EU域内の個人(居住者・滞在者)に関連する商品やサービスの提供、または行動の監視を行う世界中の企業に適用されます。つまり日本のウェブサイトや日本の企業も対象となり得ます。また、違反した場合には最大で全世界の年間売上高の4%または2,000万ユーロ(約32億円)のいずれか高い方が制裁金として科される可能性があり、非常に厳しい罰則があります。
Googleは2007年のDoubleClickの買収以降、特にディスプレイ広告の領域においてCookieを使った広告配信技術を進化させてきました。その最たる例が第40話で紹介したプログラマティック広告(DSP・SSP・DMP)です。当初、Cookieに紐づくデータはウェブサイトの閲覧履歴が中心でしたが、Criteoの登場によって商品情報が紐づくようになり、さらに第51話で紹介したように商品の購買履歴や位置情報までが紐づき始め、プライバシーへの懸念が高まりました。そこに待ったをかけたのがGDPRだった、というわけです。
GDPRの施行を皮切りに、世界各国で個人データの保護を強化する法律が施行され、日本でも2022年に改正個人情報保護法が施行されました。
2018年DoubleClick製品群をGoogle Marketing Platformに改称
杓谷:GDPRの施行から約2カ月後の2018年5月に行われた「Google Marketing Live 2018」で、Google AdWordsが「Google 広告」に改称されることが発表されました。
同時に、「DoubleClick Bid Manager」(GoogleのDSP)をはじめとするDoubleClick製品群とGoogle アナリティクスが統合され、「Google Marketing Platform」に改称されることも発表されました。
出典:Google Marketing Platform 公式ブロク「Introducing Google Marketing Platform」(2018年6月27日付け)
AdWordsは、米国で2001年にサービスを開始して以来、検索エンジンに打ち込まれた検索語句や、ウェブサイトの文言など、「言葉(=Words)」をターゲティングすることによって発展してきました。その後17年が経ち、Cookieを使ったオーディエンスターゲティングや、YouTubeの動画広告など、広告の配信ネットワークや配信手法が多岐にわたるようになり、もはやAdWordsという名称がサービスの内容を表していない、ということが表向きの理由でした。
ただ、なぜサービスの性格が異なるDoubleClickの製品群とGoogle アナリティクスが同じGoogle Marketing Platformというブランドでまとめられた理由については、名称の統一以上の発表はなかったように記憶しています。これはあくまでも個人的な推測ではありますが、GDPRに端を発するその後のブラウザのCookie規制から判断すると、このタイミングでDoubleClickという名称を消したかったのではないかと思います。
Google ChromeとApple SafariのCookie規制
杓谷:GDPR施行の約1年前、2017年9月にAppleは、ユーザーのプライバシーの保護を目的に「Intelligent Tracking Prevention(ITP)」というCookie規制を始めました。AppleのSafariブラウザでは、ユーザーの最後のサイト操作から24時間後にサードパーティーCookieを無効化し、30日後に完全に削除する仕様になりました。その後、2018年9月にITP2.0が開始されると、サードパーティーCookieはデフォルトで完全にブロックするようになり、ファーストパーティーCookieも24時間で削除されるようになり、現在に至ります。
サードパーティーCookieとは
サードパーティーCookieとは、訪問したウェブサイトとは異なるドメインから発行されたCookieのことを指します。ウェブサイトの閲覧履歴を元にユーザーの興味・関心に沿った広告を配信するGoogleのオーディエンスターゲティングは、DoubleClickドメインが発行するサードパーティーCookieを利用し、閲覧履歴に基づいてユーザーの興味・関心に合った広告を配信する仕組みでした。
これはあくまでも私の穿った見方かもしれませんが、前述のDoubleClick製品の名称変更は、GDPRによってDoubleClickのCookieへの注目度が高まることを見越して、GoogleとDoubleClickのブランドを分離しておきたかった、という側面もあったのではないかと思います。
一方のGoogleは、サードパーティーCookieに依存せず、ユーザーのプライバシーを保護しながら、Webサイト運営者や広告主がビジネスを継続できる新しい技術標準を開発するプロジェクト「プライバシーサンドボックス」を開始しました。
サードパーティーCookieを削除すると、ユーザーのプライバシーは保たれる一方で、ユーザーの興味・関心に沿った広告が表示できなくなります。結果的に広告のクリック率が低くなり、広告枠を提供するパブリッシャーの広告収益が下がります。パブリッシャーの収益が下がると、品質の高いコンテンツやサービスを無料でユーザーに提供することが難しくなり、最終的にユーザーのデメリットにつながります。そのため、サードパーティーCookieを代替する技術を開発する方針を取ったわけです。
Googleは、2020年にChromeでサードパーティーCookieを2022年までに段階的に削除する予定でしたが、廃止は3度にわたり延期されました。2025年10月に発表された最新の情報では、プライバシーサンドボックスで開発された代替技術の開発と普及が進まないことを理由に、訪問したウェブサイトでのみサードパーティーCookieの利用を継続するという「パーティションCookie」という方針を取ることになりました。
このように、DoubleClickの技術を引き継いだ、広告の配信と収益化に欠かせないサードパーティーCookieを巡る課題が生じたことで、Googleは自社のドメイン上の広告プラットフォーム、とりわけYouTubeの広告への投資を加速させていくことになりました。
コネクテッドTVの普及
杓谷:こうしたGoogle側の動きと並行して、テレビ視聴の体験そのものを根本から変える技術革新が進みました。それが「コネクテッドTV」の普及です。コネクテッドTVとは、インターネットに接続された大画面テレビ端末(スマートテレビ、ストリーミングデバイスなど)を通じて、YouTube、Netflix、Amazon Prime、TVerなどのストリーミングサービスが視聴できる環境が備わったテレビのことを指します。このコネクテッドTVは、2018年頃から徐々に普及率の成長度合いが加速しています。
出典:VR Digest+ by ビデオリサーチ「『コネクテッドTV(CTV)とは?』今さら聞けない!基本の『キ』」(2025年9月3日更新)
スマートフォンが日本で登場し始めた2008年頃、Androidの生みの親であるアンディ・ルービンがとあるインタビューで「Androidはスマートフォンから始まるが、カーナビや飛行機の機内モニター、テレビなど、今後あらゆるディスプレイに搭載されていくだろう」といった主旨の発言をしていたことを覚えています。その証拠に、2010年にはSONYが「Google TV」プラットフォームを採用した世界初の「Sony Internet TV」を発売しています。2018年頃からのコネクテッドTVの急速な普及を迎えるまで、約10年の時を経て、アンディ・ルービンのビジョンが現実化したことになります。テレビは従来の「放送を見るもの」から「インターネット動画を視聴するホームエンターテイメントハブ」へと役割が変化していきました。
2021年インターネット広告がマスコミ四媒体を追い抜く
杓谷:こうしたGoogleが自社ドメインの広告製品、とりわけYouTubeに投資を集中せざるを得ない状況と、コネクテッドTVの普及が後押しして、2018年の電通『日本の広告費』では、インターネット広告費1兆7,589億円に対してテレビ広告費が1兆9,123億円と肉薄しました。業界内ではいよいよ来年には「インターネット広告費がテレビ広告費を上回るのではないか」というムードが高まりました。
そして翌2019年の『日本の広告費』において、インターネット広告費が初めて2兆円の大台を超える2兆1,048億円を記録したのに対し、テレビ広告費が1兆8,612億円という結果となり、インターネット広告費が初めてテレビ広告費を上回る形になりました。長らく「広告の王様」として君臨してきたテレビが、その座をインターネット広告に明け渡したことになります。
出典:ネットショップ担当者Forum「【2019年の広告費】ネット広告は2兆円突破でテレビ広告費超え、ECプラットフォーム広告は1064億円」(2020年3月17日付け)
その後、コロナ禍の影響で2020年4月には緊急事態宣言が発出されるなど、外出自粛や休業要請が本格化し、人々がインターネットに接する時間が大幅に増加しました。こうしたパンデミックの影響がインターネット広告費のさらなる成長を後押しする形となり、2021年にはついにテレビ、新聞、雑誌、ラジオのマスコミ四媒体を追い抜きました。
- インターネット広告費:2兆7,052億円
- マスメディア4媒体合計:2兆4,538億円
- テレビ:1兆8,393億円
- 新聞広告費:3,815億円
- 雑誌広告費:1,224億円
- ラジオ広告費:1,106億円
出典:Internet Watch「2021年のインターネット広告費、新聞+雑誌+ラジオ+テレビを抜いて2.7兆円に~電通調べ」(2022年3月2日付け)
佐藤:インターネット広告費の調査が始まった1996年にはわずか16億円だった市場規模が、27年目で1690倍の2兆7,052億円まで成長しました。始まりを知る身としては、このニュースにはとても感慨深いものがありました。もちろんこの市場規模のすべてがGoogleによるものではありませんが、これまでの連載で見てきたように、インターネット広告の市場規模の拡大を牽引してきたのはGoogleであることは間違いないと思います。
2021年3月、Googleの発表によれば、日本でYouTubeをテレビ画面で視聴する人は2000万人を超えたそうです。2006年の「ザイトガイスト ‘06」でGoogleによるYouTubeの買収のニュースに立ち合い、海賊版と揶揄されて広告主に敬遠されていたYouTubeがここまで大きく成長したことには万感の思いがあります。
YouTubeのここまでの成長を牽引したのは、Googleの創業者のラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンに自宅のガレージを貸した人物としても知られるYouTubeのCEOのスーザン・ウォジスキのリーダーシップがあったことは間違いありません。彼女は2023年2月に家族との時間の確保と健康上の理由でYouTubeのCEOを退任しましたが、2024年8月に肺がんで56歳という若さで亡くなったことが本当に残念でなりません。
出典:Susan Wojcicki (29393944130) (cropped).jpg is under CC BY 2.0
また、2019年12月にはGoogleの創業者であるラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが、それぞれGoogleの親会社であるAlphabet(アルファベット)のCEOと社長を退任しています。創業者が第一線を退いたことで、Googleとインターネット広告は次のステージに向かっていると言えるでしょう。
次回は12/11(木)公開予定(毎週木曜日更新)です。
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