インターネット広告創世記 ~Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~

インターネット広告創世記・完 あとがき「You are a connection, we are one」[第4部 - 第57話]

1年4ヶ月にわたる連載が終了。筆者の杓谷氏のあとがきで連載を振り返ります。

杓谷匠(杓谷技研)

7:05

インターネット広告創世記〜Googleが与えたインパクトから発展史を読み解く~」は、約1年4ケ月にわたる連載となり、第56話で完結しました。最後となる今回は、筆者の杓谷氏によるあとがきをお届けします。

杓谷

杓谷

本連載の執筆は、私のこれまでの歩みが一つに結実していく得難い「伏線回収」の場となりました。「この物語を綴るために私のキャリアは用意されていたのではないか」――そんな感覚を抱くほど、過去の断片が鮮やかにつながっていきました。当時は知るよしもありませんでしたが、学生時代に決断したニューヨーク留学が、この連載へと導く最初の「伏線」となりました。

自主映画の制作費が留学費用に転じて

2003年4月、早稲田大学第一文学部への入学をきっかけに上京しました。入学後、なかなか居心地の良いサークルに巡り合うことができず、2年生になってようやく辿り着いたのが映画制作サークル「シネマプロダクション」でした。毎年秋に開催される「早稲田映画まつり」で作品を披露する先輩方の姿に感化され、「来年は自分の映画を出展しよう」と決意し、大学近くの牛丼屋でアルバイトを始め、映画の制作費を稼ぎ始めました。

スタジオジブリの『ルパン三世 カリオストロの城(スタジオジブリ絵コンテ全集第II期)』に挟まっていた宮崎駿お手製の絵コンテの書き方指南書を偶然見つけ、見様見真似で映画の脚本を作り始めたのですが、納得いく脚本がまったく書けませんでした。やがて、せっかく頑張ってアルバイトで貯めたお金を自分が納得のいかない作品に使ってしまうのはもったいないと考え、ニューヨークへの語学留学を決意しました。急に思い立ったので、早稲田大学の交換留学制度には間に合わず、大学を一年休学しての語学留学となりました。

当時の私は脚本が作れないことを「人生経験が足りないから」と考えていたので、記憶に新しい2001年の911のニュース映像越しに見た「世界の中心」ニューヨークに行けば、人生経験を積め、良い映画の脚本も浮かぶのではないか、と考えたわけです。今振り返るとなんとも安直な飛躍ですね(笑)。

ニューヨーク留学がきっかけでAppleとGoogleに出会う

2005年3月、ほぼ勢いで渡米した私は、初日に訪れたタイムズスクエアのマクドナルドでの注文すらままならず、己の無力さを痛感するところからニューヨーク生活がスタートしました。

2025年に再訪したタイムズスクエアのマクドナルド

ようやく生活にも慣れてきた頃、地下鉄の車内である光景が目にとまりました。乗客たちの耳元から、一様に白いイヤホンのコードが伸びているのです。それは、当時の日本ではまだ馴染みの薄かったiPodの純正イヤホンでした。

MDウォークマンが主流だった日本とは対照的に、マンハッタンの街中は影絵のダンサーをあしらったiPodのポスターで溢れていました。「世界では日本と違った形でITが進化しているらしい」ことに気がつき、私がIT業界へ関心を持つ決定的な転機となりました。

2006年3月に帰国し、早稲田大学に復学すると、梅田望夫さんの『ウェブ進化論――本当の大変化はこれから始まる』のヒットにより、ビジネスパーソンからのGoogleへの注目が高まっていました。ニューヨーク留学中に語学学校の講師が自慢げに見せてくれたまだ招待制の「Gmail」の記憶が蘇り、すぐに書店で見つけた『Google誕生 ガレージで生まれたサーチ・モンスター』『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』を購入しました。

とりわけ『Google誕生』には圧倒されました。この本は創業者のラリー・ページとサーゲイ・ブリンがイスラエルの高校生向けに講演するシーンから始まるのですが、そこにはソ連のゴルバチョフ元大統領が同席していたのです。この2冊の書籍を通じて、単なる検索エンジンを超えた彼らの壮大な思想と革新性に触れ、私は一気にGoogleという存在の虜になりました。

検索ボックスの下に現れた「人材募集」のテキストリンク

2007年2月、いつものように開いたGoogleの検索ボックスの下に、「人材募集」という4文字のテキストリンクが現れました。就職活動中だった私が導かれるようにクリックして辿り着いたのは、広告営業職の新卒採用の案内ページでした。今振り返れば、あれこそが、その後の私の人生を決定づけた「運命のリンク」でした。ニューヨーク留学のために大学を一年休学したことで、初年度のGoogleの広告営業職の新卒採用募集に巡り合うことができたのです。

Googleの検索ボックスの下に表示された「人材募集」のリンク
出典:Internet Archive

当時のGoogleといえば、理系の最高峰の人材にしか門戸を開いていないという先入観がありました。それだけに、文系の自分にもチャンスがあるかもしれないという事実に胸が高鳴ったのを覚えています。もちろん、世界中の俊才が集まる場所ですから、合格の可能性は限りなく低いことも自覚していました。それでも「憧れのGoogleのオフィスを一度見られるだけでも一生の記念になるはずだ」——そんな無鉄砲な熱意に突き動かされ、私は無我夢中で応募フォームを埋めていました。

選考は幸運にも順調に進み、2007年3月、本連載のナビゲーターの佐藤康夫さんによる最終面接へと辿り着きました。これが私と佐藤さんの、最初の出会いでした。 当時はスティーブ・ジョブズがiPhoneを発表したわずか2ヶ月後。世間では「Googleも自社製スマートフォン『Gphone』を開発中らしい」という噂が駆け巡っていました。その期待感に抗えず、私は面接の最中であることも忘れて「本当に『Gphone』は出るんですか?」と身を乗り出して尋ねてしまいました。佐藤さんが不敵な笑みを浮かべて「ノーコメントで」とはぐらかした光景は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。

その後、幸運にもGoogleから内定をいただくことができました。ところが、あろうことか内定通知のメールが、自社のサービスであるGmailの「迷惑メールフォルダ」に振り分けられていたのです。 4月末に受信していたにもかかわらず、私がその事実に気がついたのはゴールデンウィークの最終日。せっかくの連休を「まだ連絡が来ない……」と暗い気持ちで過ごしてしまいました。今となっては、あれこそが「最後の選考」だったと思います(笑)。

Googleから内定をいただいた興奮が一段落した頃、ふと「本当にこのままGoogleに決めて良いのだろうか」と逡巡した時がありました。大学時代にもっとも身近で尊敬する友人の二人が揃って出版社の集英社に内定を決め、学生時代の私たち三人の夢であった「作品作りの道」に進んでいたからです。しかし、その時ふと思い至ったのです。「これから世界を劇的に変えていくのは間違いなくGoogleだ。その変革の中心を目撃せずして、果たして人の心を揺さぶる作品が作れるだろうか」と。中野の六畳一間の学生アパートで天井を見上げながら「まずはこの時代の目撃者になろう」と覚悟を決めました。

「広告」と呼ぶことが憚られた当時のGoogleの広告

2008年4月1日、私は当時渋谷のセルリアンタワーにオフィスを構えていたGoogle日本法人の一員となりました。本連載にご登場いただいた25名のうち、実に17名がこの時期のGoogleに在籍しており、皆、佐藤さんのもとで切磋琢磨した仲間たちです。私にとっては仕事のいろはを叩き込んでいただいた、かけがえのない先輩方でもあります。

入社に先立ち、私は予習として本連載にご登場いただいた高広伯彦さんが携わった『次世代広告テクノロジー』を読み込んでいました。その書籍の中で、検索連動型広告に代表されるターゲティング広告を、不特定多数へ「広く告げる」従来の「広告」に対し、特定の層へ「狭く告げる」=「狭告(きょうこく)」と表現されていた一節がありました。

当時のインターネット広告費は、ようやく新聞広告を追い越そうかという黎明期。さらにその中でYahoo! JAPANが検索シェアの6割を握る絶対王者として君臨し、残る4割からGoogleが猛追を仕掛けるという構図が続いていました。果たしてGoogleが提供するこの仕組みは「広告」と呼べるものなのだろうか――。その疑念は確かにありました。それだけ当時のGoogleは広告業界全体の中で小さな存在でしたし、既存の広告業界とは異質な存在でした。

このようにして、私のインターネット広告業界におけるキャリアは幕を開けました。その後の歩みについては、本連載で紐解いてきた数々の物語が物語っている通りです。

たった二人で始めた小さな物語が大河ドラマに

あれから約18年の歳月が流れ、インターネット広告費はマスメディア四媒体を上回る規模に成長し、Googleの広告も大手を振って「広告」であると言えるまでに成長しました。

時代の流れの後押しを受けて、私は2023年に株式会社杓谷技術研究所を設立し、独立の道を歩み始めました。せっかく自分の看板を掲げたのだから、自分にしかできない仕事を全うしたい。そう考えたとき真っ先に頭に浮かんだのが、この『インターネット広告創世記』の企画でした。佐藤さんにナビゲーターをお願いしたところ、幸運にもご快諾してくださったことでプロジェクトが動き出しました。

最初のインタビューを行ったのは2023年4月28日。気がつけば今から2年9ヶ月も前のことでした。当初はどこかのメディアに掲載するあてなどなく、自社のブログで細々とでも公開できればいい、と考えていたに過ぎませんでした。

しかし、転機は思わぬところから訪れました。たまたま舞い込んだ『いちばんやさしいはじめてのGoogle広告の教本』の執筆依頼を通じて、株式会社インプレスの今村享嗣さんと出会いました。書籍の執筆を終えたあと、半ばダメ元で書き溜めていた本企画の原稿をお見せしたところ、今村さんはその熱意を「粋」に感じてくださり、なんと書籍化に向けて動き出してくれることになりました。

さらに、今村さんのご紹介により、同社が運営する『Web担当者Forum』の四谷志穂編集長へとご縁が繋がり、ついに本連載は日の目を見ることになりました。2024年9月5日の連載開始から約1年4ヶ月。全54話と特別編2話を数える、大河ドラマさながらの長期連載となりました。そして今日、2026年1月15日に無事連載の完結を迎えることができました。

それは、良い作品を作りたいと単身ニューヨークへ飛び出し、中野の六畳一間の学生アパートで天井を見つめながら「まずはこの時代の目撃者になろう」と覚悟を決めた学生時代の私の野望が19年越しに実現した瞬間でもありました。

「広告プラットフォーム」の視点から描いた初めての広告史

インターネット広告は、あまたのインターネットサービスの成長を支える原資となり、日本国民のほとんどが毎日のように接する存在です。これほどまでに身近な存在でありながら、その成り立ちを物語として詳細に記録した著作物は、これまで驚くほど存在しませんでした。

その背景には、一つの「断絶」があります。日本でインターネット広告を始めた「大手総合広告代理店」の視点から語られる物語はいくつかあれど、主要なプレーヤーがGoogleなどの「広告プラットフォーム」へと移行していく過程でその先の連続性を失ってしまうからです。本連載は、インターネット広告を「広告プラットフォーム」の視点から語る初めての著作物になったのではないでしょうか。

この、日本の広告史上最大とも言える「大手総合広告代理店」から「広告プラットフォーム」へのパラダイムシフトを、まさにその中心地でご経験された人物こそが本連載のナビゲーターを務めていただいた佐藤康夫さんであると私は確信しています。佐藤さんが歩んでこられた唯一無二の軌跡を、私の手で克明に記録し、世に送り出す機会をいただけたこと。その信頼とご厚意に対し、この場を借りて深く、深く感謝申し上げます。

また、佐藤さんの呼びかけに応じ、快くインタビューを引き受けてくださったご登場人物の皆様にも心より御礼申し上げます。本来であれば、ここにお名前を連ねたお一人おひとりが、大河ドラマを悠々と描き切れるほどの重厚な足跡を残された主役級の方々ばかりです。皆様の貴重な証言があったからこそ、この物語はこれほどの深みと広がりを持つことができました。

本連載のインタビューにご協力いただいた皆様(敬称略。連載ご登場順)

佐藤康夫

杉原剛

高広伯彦

岡田吉弘

井上祥士郎

平良真人

加藤順彦

村上憲郎

平山幸介

高広伯彦

持田忠一郎

下川弘樹

角明洋

滝井秀典

鹿毛比呂志

平山幸介

葉村真樹

信濃伸明

大内範行

金田信和

黒田俊平

鹿毛比呂志

香村竜一郎

有園雄一

上野正博

岡田吉弘

井上祥士郎

黒田俊平

菅野圭介

藤田明久

志立正嗣(書籍にてご登場予定)

   

インターネットを「目撃(Watch)」し続けたインプレスが紡いだ30年の軌跡

また、インプレスが記録し続けてきた膨大な史料の数々についても言及せずにはいられません。

インターネット広告が本格的に始まった1996年当時の雑誌『iNTERNET magazine』に刻まれた黎明期の熱狂。2002年9月の「Google AdWords」国内サービス開始、そして2004年1月の「Google AdSense」上陸を伝える臨場感あふれる記者会見の記録――。「Internet Watch」をはじめとする各メディアが長年にわたり積み上げてきた克明な足跡は、本連載における物語の解像度を飛躍的に高める大きな原動力となりました。『iNTERNET magazine』のバックナンバーはウェブ上にアーカイブされて公開されていますので、ぜひご一読ください。

当時の記録を紡いでこられたすべてのライターの皆様への敬意を込め、その代表として株式会社インプレス取締役会長の小川亨さん、ならびにインプレスホールディングス代表取締役の塚本由紀さんに直接感謝をお伝えする機会を得られたことは、私にとって望外の喜びでした。

そして、この連載を世に送り出す道筋を整えてくださったコンピューターテクノロジー編集部の今村享嗣さんと『Web担当者Forum』編集長の四谷志穂さんにも、この場を借りて深く御礼申し上げます。お二人には多忙な業務の合間を縫って毎週の原稿の校正や画像の許諾申請に多大なるご尽力をいただきました。何より、連載の過程で折々にいただいた率直な感想や温かい励ましの言葉が、孤軍奮闘しがちな執筆作業においてどれほど大きな心の支えとなったか計り知れません。お二人の並走があったからこそ、私は最後まで書き切ることができました。心より感謝申し上げます。

本連載は今村さんのお力添えのもと、2026年6月の刊行を目指し、書籍化に向けて着々と準備を進めております。書籍版では、未公開エピソードを加筆し、さらに密度を増した一冊としてお届けする予定です。この物語をより深く、より価値ある形に磨き上げ、皆様のお手元に届けられるよう全力を尽くしてまいります。これからの『インターネット広告創世記』の新たな展開に、ぜひご期待ください。

加藤順彦さんが繋いでくれたご縁と第一級の史料

解像度を高めるという意味では、インターネット専業広告代理店、日広(現GMO NIKKO)の創業者として、第8話第33話にかけて貴重な証言をいただいた加藤順彦さんの多大なる貢献も忘れてはなりません。連載中に加藤さんから直接ラジオ大阪の会長にご就任されたことをお聞きし、そのバイタリティにただただ圧倒されるばかりでした。

加藤さんには、第15話でご紹介したD2Cの第一回広告代理店向け説明会や、第31話のYouTubeの買収が発表された「ザイトガイスト 2006」のパンフレットなど、インターネット広告の歴史における第一級の史料の数々をご提供くださいました。加藤さんのご登場回の公開が終わった後も、第9話で登場し、インターネット広告費の調査が始まった1996年当時最大の売上を誇ったハイパーネット社の広告商品紹介ビデオ(VHS)をご提供いただきました。幸いにも保存状態が非常に良く、無事にデジタル化に成功しましたので、当時の熱気を伝える貴重な映像としてここに共有いたします。

加えて、加藤さんには、特別編で電通・CCI・D2Cについて語っていただいた藤田明久さんと、ダブルクリックジャパン、Overture、Criteoについてお話いただいた上野正博さんのご両名をご紹介いただきました。

Google出身の私にとって、ある種の「競合」という立場にいらしたお二人へのインタビューは、大げさに言えば「敵陣の大将軍」に相まみえるような身の引き締まる心持ちでした。しかし、インタビューを通じて、歩んできた時代や立場の違いを超え、より良いインターネット広告を追求してきた「同志」であったことを確認できたことは、私にとって何にも代えがたい幸福な気づきとなりました。

「you are a connection, we are one」

1996年から今日に至るまで、30年近い月日をこの連載で辿りながら、私の脳裏にはある言葉がリフレインしていました。それは、日本のインターネット商用化直後に誕生した伝説的サイト「富ヶ谷(第6話参照)」に刻まれていた一節――「you are a connection, we are one」です。

1996年12月27日の「富ヶ谷」
出典:Internet Archive Wayback machine

インターネットとは、どこまでもオープンで、誰もが等しく参加できる場所です。連載を通じて、この場所はそこに集う人々の心が鏡のように映し出される不思議なメディアであると考えるようになりました。

善意を持って接する人が増えれば、それはより豊かで温かい場所へと進化を遂げ、逆に悪意が支配すれば、瞬く間に牙を剥く。その歴史の積み重ねを俯瞰すれば、インターネットの未来とは、どこかのビッグテック企業だけが決めるものではなく、それを利用する私たち自身の振る舞いひとつで、いかようにも変えていけるものなのだと確信しました。

私たちは皆、誰かと何かをつなぐ一つの「結節点(コネクション)」であり、同時に大きなネットワークの中でつながった、一つの生命体のような存在です。創世記を築いた先人たちの情熱がそうであったように、あなたの発する一つの善意、一つの行動が、これからのインターネットをより良い場所に変えていくのだと信じています。この連載が、あなたにとっての新たな情熱の一助となれば幸いです。

長期にわたり、本連載をお読みいただきまして誠にありがとうございました。この連載を通じて取り戻した学生時代の瑞々しい志に立ち返り、これからも、真実味のある質の高い書き手であり続けたいと思います。

杓谷 匠

◇◇◇

※この連載では、記事に登場する出来事を補強する情報の提供を募っています。フォームはこちら。この記事に触発されて「そういえばこんな出来事があったよ」「このテーマにも触れるといいよ」などご意見ご要望ございましたらコメントをいただけますと幸いです。なお、すべてのコメントに返信できるわけではないことと、記事への反映を確約するものではないことをあらかじめご理解いただけますと幸いです。

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