アプリマーケティングは“とにかくCPIとインストール数”から“データ活用し正しくユーザーを狙い、効率と規模を両立”させる時代へ:AppLovin坂本達夫氏×ヤフー和波豊氏
現在のモバイルアプリのビジネスは、無料でインストールさせた後で、アプリ内課金や広告で収益を上げるモデルが多い。にもかかわらず、アプリのマーケティングやプロモーションにおいては、インストールを評価指標とした広告運用が主流で、インストール後の指標でマーケティングを評価する動きは少なく、その意味でWebほど成熟していない。
さらに、新規ユーザーの獲得競争が激化していくなかで、今後はアプリの利用データをもとに、インストールされたアプリの継続利用・再利用を促進するための施策も必要になってくるだろう。
アプリ広告配信の自動最適化に取り組むAppLovinの坂本達夫氏と、2015年12月に「Yahoo! MOBILE INSIGHT」(ヤフー・モバイル・インサイト)をリリースしたサービス責任者であるヤフーの和波豊氏が、アプリマーケティングの現在と今後について対談した内容を今回は紹介する。
アプリビジネスの最新動向と課題、日本市場と海外市場の相違点、アプリマーケティングが遅れている原因、企業やマーケターは今後どのように取り組んでいくべきかなど、対談内容は多岐にわたった。
アプリ市場におけるROAS(広告費用対効果)ベースのマーケティング最適化に取り組む
―― まず、お二人のこれまでの活動や、現在取り組んでいることを聞かせてください。
坂本達夫氏(以下、坂本) 前職はGoogleで、2015年6月からAppLovinにジョインしています。
そのタイミングからAppLovinは本格的に日本を含むアジア市場に力を入れ始め、この約1年間僕は、AppLovinそのもののブランド認知と、広告主・代理店・メディアすべてのパートナーシップ開拓に取り組んできました。
AppLovinは、モバイルおよびApple TVアプリ向けの広告ネットワーク/DSP(Demand-Side Platform:デマンドサイドプラットフォーム)です。「アプリのプロモーション」「広告によるアプリの収益化」を支援するソリューションを提供し、ROAS(Return on Ad Spend:広告費用対効果)ベースの最適化配信技術による高いパフォーマンスが強みです。
和波豊氏(以下、和波) これまで、アプリのプロモーションは、配信先の面やアプリとの相性を人が判断して、どのメディアにどれだけ出稿するかを決めるのが主流でした。
一方で、Webマーケティングに成功していた企業が、アプリでも同じように本格的なマーケティングを行いたいときに、アプリから取れるデータが少ない、取る手段がない、データを活用できるメディアがないといった課題に直面することもありました。
そこで、2015年12月に「Yahoo! MOBILE INSIGHT」の提供を開始しました。これは、アプリ広告の効果測定(トラッキング)機能とアクセス解析(アナリティクス)機能により、アプリの広告運用などを含めたマーケティングの最適化を支援するマーケティングソリューションです。
アプリにおいても、広告の効果測定やデータ分析の結果を幅広いプロモーション施策に活用できるよう取り組んでいるところです。
データを活用したマーケティングができない事業者は「質の高いユーザー」を囲い込めずに収益化がますます困難に
―― これまでの広告を用いたアプリのプロモーションは、本格的にデータを活用したマーケティングには至っていないということでしょうか。
いまはインストールあたりの単価をどれだけ下げられるかが評価指標となってしまっている
坂本氏 Webマーケティングに携わる人には意外かもしれませんが、アプリプロモーションの主要なKPIは、CPI(Cost Per Install)が偏重されがちです。すなわち、インストールあたりの単価をどれだけ下げられるかだけが評価指標になってしまっています。しかし、本来のビジネスの目的から考えれば、アプリをインストールして、その先の課金や会員登録というコンバージョンまで至って、初めてアプリ提供の意味が出てくるわけです。
インストールをゴールにしたマーケティングは、Webマーケティングに例えると、ランディングページにアクセスさせるためにかかったクリック単価(CPC)の低さだけに注目して、コンバージョンまで至っているかどうかを一切見ないようなものです。コンバージョンにつながりやすいメディアやキーワードは、単価を上げてでもボリュームを増やそうとするのが普通じゃないですか。それをやらないのが、今なおアプリマーケティングで主流の、CPI重視のプロモーションです。
―― 日本とグローバルにおけるアプリ市場において、異なる傾向はあるでしょうか。
和波氏 日本は、韓国や米国と同様、ゲームのレベニューシェアが多い傾向がありますが、グローバルでは、タクシーやホテル予約をアプリで行うようなツール系のアプリも多く利用されています。さまざまな分野にアプリが浸透していますが、日本ではアプリに特化してUXを設計し、ビジネスをしているアプリネイティブなサービス事業者はまだ少ないのが現状です。
アプリマーケティングにおいてはデータ活用が必須となる
坂本氏 日本はかつて、ゲームアプリでの課金環境がよく、たとえば100人くらい新規ユーザーを獲得できれば、そのうち何人かが多額の課金をしてくれて、全体としてビジネスが成り立つというモデルでした。
しかし、現在ではアプリの数が増えて、課金ユーザーの獲得競争はさらに激化していきます。そうなると、ただユーザーを安く獲得するというのではなく、自分たちのゲームにコンバージョン(課金)してくれる「筋のいいユーザー」をどれだけ囲い込めるかが鍵を握るでしょう。
つまり、データを活用して「本来のビジネス目的に合った顧客にアプリをインストールしてもらう」ためのアプリマーケティングができない事業者は、今後質の高いユーザーを囲い込めずに収益化できなくなるリスクをはらんでいるというのが現状です。
―― 事業者側には、アプリマーケティングに投資したくてもできない、というビジネス上の課題があるのでしょうか。
坂本氏 企業やマーケティング担当者の多くは、データを活用したアプリマーケティングの必要性は認識しているはずです。
ですが、危機感が具体化されていないため、組織の中で新しいマーケティングの手法を試しづらいというのはあるかもしれません。新しいマーケティング手法を試し、成果が上がれば、それまでの古い手法による機会損失まで可視化されますが、一度やってみないことには現状どれほどマズい手法をとっているかが顕在化しないというのも事実です。ですから、データ活用の必要性を感じつつも、リソースが確保できない・社内の承認を得られないというジレンマを抱えているマーケティング担当者も多いと思います。
啓発や環境整備を含めて、アプリマーケティングのサイクル確立を進めていかなければならない
和波氏 Yahoo! JAPANにおいては、2015年に1日のユーザーのメディア接触時間で、初めてスマホがデスクトップを超えました※1。また、スマホの利用では、アプリの占有時間がもっとも長いという傾向があります。現状はまだ、デスクトップの接触時間も長いですが、今後はモバイルシフトがより一層進むでしょう。
アプリの場合、設計、開発の段階からきちんとマネタイズを設計しないといけません。その意味からも、啓発や環境整備を含めて、アプリマーケティングのサイクル確立を進めていかなければならないと考えています。
ランディング後のコンバージョン後の分析にデータを活用するWebマーケティングの常識をアプリにも浸透させたい
―― 現在のアプリマーケティングにおいてはとにかくダウンロード数至上主義で、単にインストールを増やすための広告手段と捉えられている現状もあると思います。このあたりの課題について感じることは。
和波氏 これまでアプリマーケティングの世界では、一般的にはブースト広告と呼ばれる手法が重視されてきた側面があります。アプリダウンロードに対して金銭的なインセンティブを与えることで必ずしもそのアプリに興味のないユーザーも含めてインストールを促進し、アプリストア内でのランキングを上げ、オーガニック(自然)流入を増やすという手法です。
しかし、これまでも基本的に禁止だったブースト広告の規制がさらに強化され、同じようなシナリオが通用しなくなってきました。また、最近ではロングセラーのアプリが増え、単にランキングを上げるだけでは新規ユーザー獲得が難しくなってきています。
そこで、定着した既存ユーザーを囲い込み、もっとアクセスしてもらい、課金につなげていくという部分に、よりマーケティングの目的をフォーカスしていく必要があります。
しかし、ディレクターやプロモーターは、ツールを入れてアクセス解析をしているのに、その分析結果が広告やプロモーションに活かされていないもったいない状況も多々起きています。
―― ツールや仕組みがあるにもかかわらず、アプリマーケティングができていないのはなぜでしょうか。
坂本氏 その原因も、どちらかというと組織的なものであるように思います。アプリを作る開発部門と、それを広めるマーケティング部門が組織上分断されている。開発者側は良いアプリを作ることだけに集中していてマーケティングにまで気が回らない、マーケターは与えられた予算内でインストールを増やすことしか考えていない、といったケースをよく見ます。たとえば、「CPIを500円以内に抑えて、何件インストールが獲得できたか」がマーケターの評価指標になるので、そこだけを見ているという課題です。
また、個人的な感覚では、多くの企業ではビジネスサイズの割にマーケティングの人的リソースが少ない印象があります。マーケティングリソースに限界があって、やりたいのにできない、あるいは、何かやるときは代理店任せで、ノウハウが蓄積されないという課題です。
―― アプリ市場が急成長しているので、アプリマーケティングの専門家、スキル、人材も育っていない課題があるのでしょうか。
坂本氏 海外ではUA(User Acquisition:ユーザー獲得)マネージャーという役職があって、ユーザー獲得に責任を負うだけでなく、 データを活用しながら社内の各部署と連携し、社内全体の収益を拡大していく役割を果たしています。
たとえば、獲得したユーザーのアプリ内での継続率や課金データをもとにアドネットワークを評価して最適な広告予算の配置を考えることだけでなく、それらのデータをもとにアプリそのものの改善をプロデューサーに提言する、あるいは、新規ユーザー獲得と初心者向けイベントを同時に開催するなど運営チームと連携する、といったところまでマーケティング担当者が踏み込んでいます。
日本でも、Webでデータを活用したマーケティングに取り組む人が、アプリの分野でも、社内の組織づくりから分析、解析を含めて統括していけば、かなり活躍できるフィールドがあると思います。
―― 最後に、それぞれの立場で、自分たちのサービスが課題をどう解決するか、メッセージをお願いします。
和波氏 日本のマーケットで、アプリで収益を上げていくには、自社アプリのユーザー層を知ったうえでの最適なマーケティングが必要です。そこで、「Yahoo! MOBILE INSIGHT」の新機能として、5月に「オーディエンス」機能をリリースします。これは、自社アプリの分析結果をもとに、既存ユーザーや新たに獲得したいユーザー層へのアプローチが可能になるというものです。
たとえば、ユーザーの行動を分析して、チュートリアルを突破してレベルが高まったユーザー層には、それ専用のプロモーションをかけ、長く使っている課金ユーザー層にはそれ相応のキャンペーンを行っていくというように、アプリプロモーションを最適化していくようなサイクルを確立していきます。
もし、坂本さんと一緒にお仕事ができたら、日本のアプリ市場にも、ROASベースのマーケティング最適化が可能になる素地が整うと期待しています。
坂本氏 これまで世の中になかったアプローチでマーケティングを良くしていきたいと思っています。
配信面ごとに広告の費用対効果を見て、広告配信をリアルタイムに最適化できるのがAppLovin独自の強みなので、こうしたプロダクトを通じて、クライアントにはインストール後のユーザーのデータを取得・分析してマーケティングに活用し、より質の高いユーザーをたくさん獲得していただきたいです。
より質の高いアプリマーケティングの必要性を訴えつつ、クライアントに成果を出していただくことで、市場全体を大きくしていきたいです。
※この記事の内容は、2016年4月現在の情報に基づいています(インタビュー部分は3月時点の内容)。
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